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第七話 遺物 3/7 ラビリンス

「右だね!」

「アホか! 戻ってどうすんだ! 大丈夫か、この娘は⁉︎」


 ユイとセラも、迷路へと誘われていた。メアリと違い、物理的な迷路だが。


 コロニーの深部は、この空間特有の割れた大地や裂けた空によって地形が動き続けていた。重力も滅茶苦茶で、割れた大地や岩盤も浮遊し、気づいたら無重力の空を歩いていたこともあった。


 浮遊大陸や、天空の城。そんな心踊るお伽話を脳内に浮かべても、鬱蒼とした現実とのギャップにかえって気が滅入る。


 目印になりそうな物といえば、岩や老木、それに偶に見つかる建物の残骸やガンドールくらいであるが、それらも浮遊し続け、電波干渉や磁気嵐も相変わらず酷く、レーダーやコンパスは使い物にならない。


「見て! ガンドールがあるよ! アンティークだったりするのかな?」


「ゼーバのアートだ。今より大分大型だから、第一世代モデルかな。最古アートってところか」


「おおー! 調べるぜー」


「食えそうなもんは無いと思うが」


 ユイ・フィールという娘は一見頼りないが、興味を持った分野には、とことん真摯に前向きに取り組み、また、朗らかで愛らしい笑顔は、見ている方まで元気にさせる力があった。


「風化が酷いね。レコーダーも、これじゃ動きそうも無いな。……えへへ。ごめんね、時間とらせたね?」


「いや。良く照れ笑いするな。確かに可愛い、癒されるよ」


「……え? ええ⁉︎」


 セラを名乗った男から思っても見なかった言葉が飛び出して、ユイはどんどん顔を赤らめていった。


「友矢が、そんなこと言ってた」

「あ、そう……そうなんだ……」


 それはそれで、ユイは今後、友矢を見る目が変わりそうでもあった。


「いっそのこと、空から」

「駄目だよ。ごうまんの? る……なんとかが、くよくよしてるんだから」


「確かに、あれは生きた心地がしなかった。そもそも、ここが隔離空間だったら空にも出られない。クロスイツキの話通りなら、その可能性は高い。あと、ウヨウヨ、な」


「うようよしてても始まらないもんね! よし、気を取り直して行こう!」


 ユイは、赤くなった顔を手で仰ぎながら、胸元もちょっと開けて、(ほて)った体を冷まそうと躍起になっていた。


 愛らしい少女の仕草に、セラは自分を苦しめていた積雪が溶けていくのを感じていた。





「おめでとう。実機訓練もセラちゃんの勝ちだね」


「危ねぇ! シミュレーションとは別人の動きじゃねぇか、健人!」


「いや、やっぱりセラは凄い。最後、こっちの攻撃を利用するとは思わなかった」


「……まあな!」


「偶然だな、こやつ」


「うるせえぞ、菫。勝った奴が勝者なんだよ」


「危険が危ないみたいな」


「よし、もう一戦いこうか、セラ」


「うわ、マジかコイツ」





 セカンドのコックピットで一夜を過ごしたセラは、夢を見ていたようだった。朧げに霞む懐かしい思い出は、もう帰ってこない。寝息を立てている少女を起こさぬように、独り、コックピットを出ていく。


 狭い部屋から解放され、大きく伸びて深呼吸をする。コロニーの内部は、相変わらず不気味な悲鳴にも似た風の音が聞こえ、四六時中それを聴き続ければ簡単に精神を病めそうだった。


 遠くで、何かが跳ねた気がした。


 薄らとした漆黒の願力を纏った小さな生物が一匹。こんな世界でも、生物は逞しく生きながらえている。

 現在の重力が正常に作用しているのを確認すると、セラは願具の銃を握り締め、物陰に隠れて息を殺した。


 生物は僅かな草を喰んでいたようで、少し痩せていたが、背に腹は変えられない。セラは背後から銃を撃った。

 ぴょん、とあっさり躱わされてしまったが、それがフェイントになり、電動銃の弾丸が命中した。


「ユイ」


「当たった……? 死んだの……?」


 ユイの放ったプラスチック製の弾丸が当たり、生物は気絶したようだった。


「どうする?」

「……私がやる」

「そうだな。二人でやろう」

「……ありがとう、ケント」

「うん。ユイは射撃のセンスあるよ」

「えへへ……願力は無いけどね」


 軽口を叩かないと、少女は命を奪う重さに泣いてしまいそうだった。


 生きるために、人は何かを犠牲にしてきた。戦争が始まって、それが日常になった。でも、それが無くたって、人は知らないうちに誰かを傷つけていく。


 セラを裏切ったケントは、そんな世界に疲れてしまったのだろう。


「命って、美味しいね……」


 ユイは、やっぱり泣き出して、自分が奪ったものの重さを骨の髄までしゃぶってやった。

 セラは正直言うと、血抜きやら臭い消しの香辛料やら香草、薬草なんかが無いから、焼いたのに血生臭くて、少し吐きそうだった。


 平時であれば、多くの人間が体験しなくても良かった事。市井は残酷と呼ぶだろう。しかし、自らが殺めなかったとしても、第三者から提供された命を頂いていた事実は否定出来ない。「いただきます」の儀式は、アルカド、ゼーバ、それに古代でも共通した。


 彼女の強さに、少年は改めて生きる意志をもらったようだった。





 どのくらい時間が経ったのか、どのくらい距離を進めたのか。

 セカンドに常備してあったサバイバルキットを使えば、この土地の植物や水から大抵の毒素やらは取り除けたはずだが、ここがモンスターのコロニーである以上、何が潜んでいるかは分からない。


 多分、病原体やら何やらで、体は酷いことになってそうだったけど、帰ってオリヴィアの診断を受けるまでの辛抱と思い、乗り切った。


 この時期、といっても、コロニーの時間の流れは変動してよく分からないが、ともかく、とにかく暑く、ユイはジャケットやタイツを脱いで、セラは目のやり場に少し困った。


 モンスターは食事の殆どをプリズム・フラワーに依存している。そこから距離を取れば、彼らに襲われる可能性はぐっと低くなる。接近してしまった時には機体の動力を切って、願力を抑え、なんとか戦うことなくやり過ごし、それでも無理な時には、全力で応戦した。


 何日目かの朝、人の住んでいた痕跡を見つけた。民家の残骸だったけど、少し前まで誰かが住んでいたような、埃を払った上から再び埃が積もった形跡があった。

 寝床も食器も使われていたのは一人分。イツキか、それとも行方不明のエイリアスが使っていたのだろうか。いや、もうひとつの可能性……二人は、顔を見合わせる。


「ヂィヤ」「爺やさん!」


 イツキが別れたという彼の友人。ヂィヤ・ヂーヤが近くにいるのだろうか。二人は周辺の捜索に走り回ったが、残念ながらそれらしい人影は見つからなかった。


「ここを捨てたのかもな。俺たちも出よう、嫌な予感がする」


 光が、食器に反射した。


「……ユイ!」


 刹那、斬撃が走った。勢い余ってテーブルは破壊され、セラは咄嗟にユイを庇って、左肩を鮮血で染めた。


「ケント⁉︎」


「……誰かと思えば」


 二メートル以上もの長身、長くてゴツゴツとした手脚、仮面を被ったような顔は、セラの良く知る人物に相違なかった。


「エイリアス……!」


「……お前は……いや、誰だ、お前は」


 エイリアス・クロウカシスは、手にした刀の切先を赤髪の少年へと向けた。付着した彼の血が、刀から滴り落ちた。


「俺だ、セラだ! エイリアスの家族のセラ・クロウカシスだよ!」


 セラを名乗る滑稽な男の姿に、エイリアスは鼻で笑った。


「……成程。人は愚かにも、同じ過ちを繰り返す」


「え……?」

 ユイの理解よりも早く、刀は再度振られた。刀に合わせて、セラは食器を投げつける。


「走れ!」


 投げた食器をスケープゴートにして、二人は仮面の武士から逃げ出した。

 音を立て、民家は外から崩されていく。じわりじわりと、セラの肩を痛みが襲った。


 振り返る事もなく、二人はセカンドへと逃げ延びる。セカンドは大剣を携え、民家を破壊した巨大な蟲の一本角と真っ向から競り合った。


「憤怒のサモン⁉︎ 不味いぞ、上位種だ!」


 アルカドではグソクカブトムシとか呼ばれる全身装甲に覆われた甲虫型のモンスターは、周囲に重結晶をばら撒いて、その鎧のような外骨格から灰色の光線を走らせた。


「ディス・プリズム⁉︎」


 ラスティネイルと同様の必殺の煌めきが、歪んだ空に放たれた。光は結晶で乱反射を繰り返し、加速しては時間が経てば消滅する。

 離れればディス・プリズム、接近すれば具足の鎧と一本角。鈍重さは重装甲でカバーしていると逆転の発想をすれば、遠近攻守に優れたワンマンアーミーと言える。


 大剣と刀と脚部の重結晶で、乱れ飛ぶ光をなんとか逸らしながら、セラは距離を取ろうと焦った。


「しまった⁉︎」


 ブレインセカンドは、左脚の膝下を失った。たったそれだけの傷が、致命傷だった。自分と違う体型の機体では、うまくリンクが出来ない。


 焦りは、更なる焦りを呼んだ。大剣は折られ地面に突き刺さり、シールドは砕かれ、全身に着込んだ蟹の鎧も剥がされていく。


 取り繕った化けの皮が、剥がされていくようだった。


「不甲斐ない。パイロットも機体も、所詮は紛い物か」


 エイリアスは乗機の踵を返して立ち去っていく。彼の乗る銀色に輝く兎耳の人型は、脚部から漆黒を放つと、それを足場にするかのように宙を跳ねながら、すぐにセカンドの視界から消えていった。


「待て……待ってくれ……行かないで、エイリアス!」


 歩行の為の脚を失えば、スラスターの推進剤を余計に消費する。出来るだけ願力推進のバインのブースターだけを使い騙し騙し運用してきたが、そんな節約生活も、もう意味は無いだろう。


 セラは、命の終わりを覚悟した。


「ケント……!」


「……終われるかよ!」


「ケント」は、失った左脚に折れた大剣を突き刺し、マフラーで縛って無理矢理固定した。姿勢を保つ為の簡易的な義足だが、重力異常の無い今の地形では、無いよりはマシだ。


 憤怒のサモンは、その名の通り目に映る全ての命に怒りをぶつけた。


 ――他のモンスターと同士討ちをさせるか? いや、来るかも分からない援軍に頼る事は出来ないし、生き残ったモンスターに襲われたら、今のセカンドでは逃げられるものでは無い――


「突っ込むぞ! ユイ!」

「信じます!」


 ケントは刀に集中させた願力を盾に、一点突破の突撃を仕掛けた。サモンは憤怒の通り名の如く、ディス・ライトを狙いもつけずにばら撒くだけだ。


 焦るな……ケントは、自分に言い聞かせた。運悪く、ブレインセカンドに閃光が届いた。


「右上!」

「勝った奴が勝者なんだよ! 蟲ヤロウ!」


 ケントは刀に重結晶を纏わせ角度を調整、向かってくる閃光をグソクカブトムシへと受け流した。質量を持ったビームの粒子が加速して、具足の鎧を穿っていく。


 ディス・プリズムの仕様を知っていれば、何のことはなかった。本能に操られたモンスターと、思考を止めなかったヒト。シミュレーターとは違う実戦ならば、全ての状況を利用して戦わなければ生き残れない。


 露出したコアに刀は突き刺され、憤怒のサモンの怒りと命が、静かに朽ちていった。

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