第六話 傲慢 6/6 半身
「お久しぶりです、レイザー様。早速だけど、お引き取り願おうか!」
ホワイトホーンに命中した光弾は、右腕を破壊した。セラは残った左腕でケントからファングブレードを奪い取ると、そのままレイザーへ斬りかかった。
セラとケント、二人の願力は曖昧で、境界は無い。転生特典を使ったかのように、ファングはすぐに純白へと輝きを変えた。
しかし、遠隔誘導砲瓶・願ドローンの照射を受けて、牙は皇子には届かなかった。
「投降しなさい、アッシュ……いや、セラ」
「この感覚……アンタ、何もんだ? エヴァ」
「今の私はレイザー様の従者ですよ。クロウ、カシス」
褐色の美女にして、レイザーの従者である〈エヴァリー・アダムス〉。
彼女のコード・サマナーは、腕部のマニピュレーターの指の一本一本から願導合金の糸を伸ばして、一度に十機もの願ドローンを、まるで踊るような妖艶な仕草で操り出した。
「チッ! 見惚れてる場合か」
セラはファングブレードとシールド、願導マントを駆使して致命傷を避けながら、レイザーへとにじり寄っていく。
「おいおい、遊撃騎士団かよ!」
カイナやメアリたちがセラの援護へと動くのを、新たな銃撃の雨が正確無比に食い止めた。
「クロウカシスを名乗っておきながら。その程度か」
遊撃騎士団の新団員、男装の麗人〈サマンサ・サンドロス〉は、コード・アーチャーに不可思議な軌道で宙を舞わせて、両手にそれぞれ持たせた二丁の狙撃銃でゼーバを翻弄していく。
「無事だな、ブレイン。漆黒のお前がゼーバを圧倒していたのは見えていた。後は任せろ」
サマンサのコード・アーチャーは、跳ねるように小刻みにスラスターを噴かし、ブレインセカンドを守るようにダブルアローライフルで周囲の敵を掃討していった。
「ウォリアー部隊、前へ! 惨雪は援護に専念せよ!」
レイザーの指揮で、前衛にウォリアー、中衛に惨雪と接近仕様のアーチャー、そして後衛にサマナーと狙撃手アーチャーの布陣が完成した。
「騎士団の中に惨雪がいる。純白だけじゃないとは。奴ら、なりふり構わなくなってきたな」
友矢やウィシュアを採用し損なったレイザーの遊撃騎士団だったが、かねてからの構想通り惨雪と一般兵を仲間に加え、ここに参戦した。
「セラ!」
ブラッククロスにやられ逃げ帰ってきたランスルートたちは、その状況に困惑と絶望感を味わった。だがすぐに、それが怒りへと変わった。
「レイザー! 貴様ぁ!」
「弟さん、純白になったようですね」
「アレはランスルート・グレイスだ。裏切った小物が」
レイザーはオープンチャンネルで愚弟を蔑んだ。それがランスルートには屈辱だった。エヴァは、戦場の兄弟喧嘩を微笑ましく見た。
「全団員、我が願いを受けよ!」
ランスルートを無視したレイザーは、乗機である聖騎士機コード・セイヴァーの剣を盾に仕舞うと、それを地面に突き立てて〈皇族機コード・セイヴァー〉と成り、威風堂々としたポーズをとらせた。
「見よ、我らが理想郷! アルカディア!」
全身を覆うマントのような多層の追加装甲が開かれて、光がドーム状に広がり奔った。レイザーの叫びと共に、機体から発せられる願導合金の粒子を伝って、彼の願力が遊撃騎士団の味方たちへと流れていく。
「ありがとうございます、レイザー様」
「これは……奴ら、願力を分け与えている?」
一時的に自身の願力を分け与え、部隊全体の力の底上げをし、均衡を保つ。皇族機専用の秘技〈アルカディア〉。
強欲のマモー(ダニバッタ)が使用する力、願力を奪う「バンディット・レイヴン」を解析応用し、山羊角のオーグのように粒子を使って実現したものである。純白のエヴァやサマンサたちだけでは無く、惨雪に乗る騎士団員たちにもその効力は及んでいった。
「なんだよ、コイツら! 卑怯だぞ!」
純白の量産と例えられれば、いくらカイナでもヤバさは伝わった。
「……レイザー‼︎」
実の弟である自分に対しては、レイザーはこんな力を使ってくれなかった。ランスルートの思い込みは、またもレイザーへの憤りへと変わった。
傷ついたセカンドで無謀にも駆け出したランスルートは、兄の信頼を得た「シロの惨雪」に、なすすべなく機体を砕かれていった。
「まずい、マズイ! 帰るよ、ランスルート!」
「セラ、すまんな。しんがりは任せた」
テティスとディオネは、ファーファとランスルートを連れて、脇目も振らずに退散していった。
アルカディアによって願力を与えられた騎士団の団員たちに、複座を使った時のような痛みが走る。
レイザーと志を同じにする団員ならば、ガンドールで戦うことは可能だったが、その負担は軽視出来ない。複座やアルカディアのような他者の願力の影響下に置かれた時、パイロットが耐えられたとしても機体が先に限界を迎えることもある。
願力……願いの力。欲望。
傲慢、色欲、嫉妬。場合によっては強欲や憤怒もそうだが、これらは他者の存在があって初めて発現する欲望である。生物は根源的に他者、特に同種族を求めている。それは生物の持つ生存本能と繁殖行動に起因する。
願力、願導合金、ガンドール、そして願導合金の粒子。欲望を託されたそれらにも、知らず知らず互いに引き寄せ合う特性があった。それは時に、質量の持つ引力以上の繋がりを見せた。
世界粒子が集まったモンスターの巣、特に最深部は、その最たる例だと考えられている。
オーグの使う呪力・粒子結界や、現在コード・セイヴァーが見せつけたアルカディアも同じ原理を利用して、他者へと影響を与えている。
ガンドールは水中戦さえこなせる密閉性を持つ。十分なシーリングの上に、願力のバリアまで張っている。それを貫通、浸透して、粒子は影響を与えていることになる。
これは、願力を纏わせた(記憶させた)細かい願導合金の粒子にのみ起こる現象とされる。物質をすり抜けていると考えられているが、合金であるから、ニュートリノのような素粒子とは当然違う。
例えば重力のように。例えば、量子のトンネル効果のように。頑丈な装甲をものともせず、願導合金の粒子は、その先へと進んでいった。
世界粒子だって願導合金の粒子だから、同様に物質をすり抜ける。だが、プリズム・フラワーやモンスターは、それを捕らえエネルギーに変える事が出来た。
その器官を参考に開発されたバイオミメティクスが、粒力発電の巨大な羽根車だ。例によって小型化が出来ない為、ガンドールに搭載する事が難しい。溜め込んだ粒子を逃がさない為に、オーグの棺桶型粒子タンクや、コード・セイヴァーのマント風装甲が大型になってしまうのは、やむを得なかった。
それでも、目視も困難な上に、対象の懐へ入り込む事が出来る合金粒子の隠密性は、ただの攻撃とは一線を画する戦略的価値があると言えるだろう。
「お兄様!」
「レイザー様、何故ここに⁉︎」
ルミナとジョージは驚いたが、同時に安堵した。シリウスとの合流を果たすも、ケントのブレインセカンドは漆黒を失ったままだった。
「おい、健人!」
「トモヤくん、ケントが」
大きな眼に涙を溜めて、ユイは言葉をかけ続けていた。ケントは反応を示さないどころか、その体からいなくなってしまったんじゃないかと、ユイは感じていた。
抜け殻のようになって動けないセカンドを回収するまでもなく、状況は既に決していた。
「……カイナ、メアリ。お前たちも帰れ」
「何だと⁉︎」
「セラ!」
「まだ生き残った部下がいる。俺は隊長として、殿を果たす。大丈夫だ、お前らなんて後からでも追い抜ける」
「追い抜くな、バカ野郎」
今なら未だ引き止めることは出来た。カイナは、自分も残ると宣言しても良かった。
「ランスルートを頼んだぞ、カイナ」
「ああ、任せろ……!」
仮面の奥、セラの眼光は死んでいない。カイナは、この人間の隊長からの命令を全力で遂行すると決めた。
「メアリは、あんまり真面目に生きるなよ。疲れるぞ」
「……はい」
名残惜しそうに、二人は何度も振り返った。共に過ごした時間は長くは無い。古代人と魔族、種族と考え方の違いはあれど、セラが彼らと過ごした時間は、不思議と居心地の良いものだった。
「そうだ。菫のこと、メアリに頼むの忘れてたな」
エイリアスや健人なんかとは違う、これが本当の友情なんだと、セラにも誇りに思えるものが残っていた。
「ありがとな」
立ち去る仲間たちを見送ったセラには、独り、裏切りの清算をする時が来た。
「仲間を見逃してくれてすまないな、団長」
「黙れ、アッシュ。こちらは殺し合いをしたいわけじゃ無い。貴様ら野蛮なゼーバと違ってな」
「そうかい。なら、大人しく神都にでも引き篭もって、愛する国民がモンスターに喰われるところでも眺めているんだな!」
「黙れと言った!」
レイザーは盾に納められた剣にエレクトリックバレットを装填して、今度は天高く掲げた。
多層構造の外装マントが開かれて、四方に散って地面に突き刺さり、中心のコード・セイヴァーへ向かって粒子が放出されていく。粒子の通り道に、騎士団が整列した。
「裁きの時だ。灰燼と消えよ! アッシュ!」
剣が可変し展開した。先程のアルカディアとは逆に、騎士団全員からレイザーへと願力が集中し、剣に光が重なっていく。
「アッシュじゃない! 俺は、セラ・クロウカシス!」
セラは左腕に掴んだ牙から光弾を放ちながら、光輝く皇族機へと吶喊した。
「オーバーライト! ジャッジメント‼︎」
「俺は、エイリアスの――――」
〈救世機コード・セイヴァー〉から放たれた純白に輝く巨大な光の剣が、セラの駆る漆黒の騎士へ裁きを下した。
◆
「ごめんな。俺がこの世界に来たせいで、お前たちを巻き込んでしまった」
「前にも言ったろ。この世界の事情に巻き込んだのは、現代人の僕らの方だ。それより、名前のこと……」
「いいだろ? 気に入ってんだ。あのエイリアスって奴、良いセンスだな」
「そうだね。君が気に入ったのなら、それでいい」
「……じゃあ、改めて。セラ・クロウカシスだ」
「灰庭健人。よろしく、セラ」
「よろしく、健人。俺たち、良い相棒になれるよ。きっと」
◆
「……セラ?」
ケントが我に帰った時、彼の肉は全てが消滅した後だった。乾いた風が流れ、灰も残らず、灰色に溶けて消えていた。
セラの記憶は、もう、増えることは無かった。