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第六話 傲慢 4/6 天の剣

「確認するよ。上空に出たブレインが現在地を特定、それが出来なければ、ブレインはムカデたちの囮となり、本艦が現在地を特定する。ゼーバに見つかった場合は、本来の任務であるゼーバへの囮として振る舞い、位置の把握は諦め、ムカデクワガタをゼーバへ押しつけ、我々は離脱する」


「了解」


「では。作戦、開始!」


 シリウスとコード・ウォリアーの砲撃が戦端を開いた。ムカデクワガタには当たっているようだが、外骨格にはびくともしない。友矢は眼を狙ってみる。それには、さすがに反応を示した。


「来た来たぁ⁉︎」

 シリウス以上の巨体が突っ込んでくる。超加速したブラッククロスが飛び出して、ムカデの顔と正面衝突で防いだ。


「行け、ケント!」

「いってらっしゃい! 気を付けて、ユイ!」


 仲間たちの見送りの中、ブレインセカンドは、シリウスのカタパルトから勢いよく上空へ向けて射出されていった。


「うわわわわわ」

 ユイは加速のGに驚いて、ハナコクッションを仏頂面へと進化させた。


「大丈夫か? 今更、戻れな……」

「……ケント?」


 彼の声が途切れかけて、ユイはようやく四角い空(モニター)を視認した。


 いつものような視界の悪さ。灰色の中に蠢く、天から降り注ぐ無数の剣。行く手を阻むものの正体。


「あんなに、たくさん……⁉︎」


 十、二十、百……太陽の光さえ遮る生きた雲たちの群れ。左右に割れた角のような巨大な顎、薄く透き通った幾つもの翅、無数の剣は彼らの脚。

 間近で見るムカデクワガタのうねる巨体は、ともすれば、神話の世界の龍のような、畏敬や畏怖の念さえ抱かせた。


「ケント……」

 力無いか細い声が、ケントの制服の袖を掴んだ。


 シリウスからの連絡は無い、ゼーバはまだ動かない、迷っている時間は無い。


 彼女を、死なせるわけにはいかない。


「願力推進、いくぞ、ユイ!」

「はい!」


 ケントの漆黒が願力推進機構を満たし、ブレインセカンドに増設されたバインのブースターを点火させた。メインスラスターと併用して、爆発したような衝撃と音を道連れに、一気に更なる上空へと飛び出した。


 波打つ天空の長城を沿っていく。噛み付く牙のように次々に閉じていく脚のアーチを抜けて、龍の尾のカーブにブレードを当てて方向転換する。


 纏わりつく迷いを払い、襲いくる剣を突き抜けて、目の前に、雲を描き忘れた蒼穹が広がった。


「きれい……!」


 その遥か先には、人類が未だ誰も見たことのない、無限の宇宙が拡大をつづけているのだ。手を伸ばしても、届かない。今は、まだ。


 傲慢のルシアフの群れは、すぐにブレインセカンドの存在をキャッチした。ケントとユイは、なるべく長い間引き付けて、みんなが正確なデータを取ってくれるのを待てばいい。


「できるの⁉︎」

「やるしかない!」


 生きた心地はしなかった。





「識別はブレインセカンドか。傲慢を引き付けて、俺たちに当てる気か? 健人の考えそうな手だが」


「あ、もっと上まで行っちゃいましたよ?」


「チャンスだぜ、セラ!」


 めんどくさいケントの相手をしなくて済む。確かに、カイナのいう通りだった。


「クラウザに連絡を。さあ、お手並み拝見だな」


 セラの合図と共に、潜伏していたゼーバが一斉に動き出した。


「絶妙に嫌なタイミング。やるなゼーバ」

「言ってる場合か!」

 言わんこっちゃ無い。アリスは糞親父にイライラしている。


「ブレインに電波は届かないだろうから、シリウスを上空へ。ムカデの矛先がこっちにも動けば、あいつなら気づく」


「艦長〜⁉︎」


「無理はしない。危なくなったら降下して、ゼーバに押し付ける。ガンドールは、取り敢えずゼーバを阻止」


 ダニーの弱音は掻き消され、先頭に立つブラッククロスが敵影を捉えた。


「見つけた、シリウス!」

 ランスルートのブレインセカンド一号機が先行してシリウスを狙い撃ち、友矢のコード・アーチャーが放つ純白の閃光と激しくぶつかった。


「ウィシュア!」


「そんな奴は知らん、俺はランスルート・グレイスだ!」


「アハハ! がんばれ、ランスルート〜」


 テティスは、無邪気にわんわんの応援を始めた。自分からは手を出さないようだ。


「やっほー、いっくん!」


「「うわ……」」


 ファーファに対する態度だけは、イツキとディオネで馬があった。ディオネも苦労が絶えない。母であるファーファといい、姉であるテティスといい、人間や人混じりとの恋愛ごっこなんて、理解できなかった。


「各機、照準。構いませんね、ファーファ殿」


「ファーファの命令を無視するんだから、戦果は上げろよ、人間?」


 ファーファの冷たい視線を受けて〈人間を裏切った〉アダト兵のクラウザ・クランベルは、惨雪の部隊に号令をかけた。


「了解。全機、撃て!」


 アダトの惨雪は、一斉に砲撃を放った。所詮はシロの願力と、シリウスの誰もが侮っていた。彼らの攻撃を数発受けたルミナのコード・ウォリアーは、左腕のシールドを破壊されてしまった。


「なに、この威力……⁉︎」


「実弾だと⁉︎」


 実弾兵器は、願力の弱い者であっても一定の威力が期待できる優秀な兵器である。デブリのせいでミサイルのような誘導弾はまともに運用できないようだが、無誘導のロケット弾なんかは、ライト兵器と違って連発もしやすい分、数を揃えられたら脅威となる。


「待って、ジツダンって何? 授業で習ってねぇんだが」


 しかし優秀なのは、あくまでも数を揃えられたら、である。攻撃性能は優秀でも、この世界では、製造、保管、運搬全てに兎に角コストがかかる。ましてや、巨大人型兵器のガンドールだ。人間が使うものとは比較にならない。


 ライト兵器が、量産も容易な充電池一本で一戦闘をこなせるのに対して、これは致命的だった。

 なにせ、モンスター相手には一般兵であってもライト兵器で十分な戦果をあげることができたので、わざわざコストの嵩む実弾兵器を開発、量産する事は無かったのである。


「この戦闘、実弾の消費だけで億超えるんじゃねぇの? その金寄越せよ!」


 地面からの火薬の雨に打たれながら、シリウスのアリスはお給料が低いだの、福利厚生だの愚痴った。量産が少ないということは、それだけ一発の価値は高いことにもなる。


 実弾兵器という強大な力を覚醒出来ない「シロ」に与えたくなかった神の盾の妨害が無ければ、あの日のニーブックもまともにモンスターに対抗出来たかもしれないし、今現在、シリウスは更なる火薬の雨に晒されていただろう。


 いずれにせよ、アルカドを裏切ったアダトには、最早関係が無い事だ。


「願力が低いなりの戦い方をすれば良いのだ。何もゼーバの機体を無理に使うことは無い。肩のロケット砲が尽きたらすぐにパージしろ、重量過多のただのデッドウエイトだ。補給は交代で、連携を乱すな!」


 マシンガン、バズーカ、ガトリングガン、ロケット弾、ショットガン、ライフル、グレネードランチャー……。


 四脚やタンク脚、逆関節に、フロートユニット、武器腕、サブアーム等。それぞれのパイロットが得意な武装に身を包みながらも、統率のとれたクラウザの指揮の下、惨雪は願力の差を物ともしない物量で圧倒した。


「シリウスはムカデをこちらに押し付ける気だ! その前に片をつける!」


「やるな、人間」

 ディオネは素直に感嘆し、少しだけ認識を改めた。人間は自分たちの強みと弱点を理解し、細かな連携の集団行動を果たす練度の高さを見せつけている。プライドの高い魔族では、こうはいかない。


「そう? 下品じゃない?」

 テティスは素直に吐き捨てた。ランスルートのような力ある者ならいざ知らず、願力で劣る癖に数で勝る人間たち。それを象徴する、卑怯で、蠢く蛆虫のように醜い姿。


「お二人さん、双子ちゃんなのに考え方がてんでバラバラだよね」


 だからといって、母上であるファーファとも似つかないのがテティスとディオネである。似なくて良かったね。


「邪魔だ!」


 イツキのブラッククロスが、左腕のブーストハンマーで惨雪の群れを薙ぎ払った。実弾兵器はコストだけでなく、その重量もネックとなり、咄嗟の回避が間に合わなかった。悲しいことに、化け物イツキには物量も関係無かった。


「ムカデが来てんぞ、艦長!」

「イルミネーターバリア、損傷率四十二パーセント!」

「イツキ! 蟲を引き摺り下ろせ!」

「了解!」


 ブラッククロスは軽くジャンプした。願力推進を使用すれば、それだけで数十メートルも上空へ弾け飛んでいく。


「見下される気分はどうだ!」


 十字架のクロスハンマーを振り抜き、龍の頭をぶん殴った。


「出鱈目過ぎる!」

 ディオネの眼は弟の化け物っぷりに釘付けにされた。お陰で、すぐさま次の行動へと移行できた。


「母上!」

「連携だね、ディオネちゃん!」


 ディオネとファーファのノエルも空に駆け上がり、地に落ちる前のムカデを細切れにしていく。流石にテティスも黙ってはいられず、ランスルートと共に蟲とイツキを相手にしだした。


「親子愛だね!」

「うるさいなあ」

「見てみて、お母様。うちのランスルート、可愛いでしょ?」


 軽口を叩いてはいるが、魔王の血に選ばれた三人の実力は確かだ。ランスルートは勿論、クラウザとて嫉妬心は拭えない。


「急げよ、人間。ファーファが手を貸すなんて、二度と無いぞ」


 冷淡に吐いた。ファーファの人間への扱いは徹底していた。クラウザの檄が飛んだ。それが、ジョージの決断を早めた。


「やるね……! 連絡は?」

「ケントは、まだ!」

「バリア、損傷率八十パーセント! 割れます!」


 榴弾がバリアの面を確実に弱らせ、徹甲弾が貫いた。バリアの穴に焼夷弾がばら撒かれ、近接散弾が撃ち込まれる。

 敵も必死だ。ジョージはムカデクワガタを押し付けるのを諦め、イツキに指示を出した。


「みんな、下がれ!」


 イツキはクロスハンマーの持ち手を巨大な銃のように腹に抱え、機体と直結させた。ガンドールの全身を巡って三倍に増福された願力が供給されていく。レベル96。


「願力原動機カスタム……出力、最大!」


 排熱の為ブラッククロスは各部装甲を展開させて、そこからイツキの漆黒が意志をもたげて溢れ出した。光は十字架へと吸い込まれ、溢れる力さえ無理矢理呑み込んでいく。


「トモヤ、回避!」

 ルミナの指示で友矢は慌てて逃げ出し、シリウスも最大戦速で離脱する。ランスルートが気づいた時には、遅かった。


「空が」


 漆黒の傘が広がる。曇天を喰らうように、加速度的に巨大化する。モニターが死んだ。アラートだけが現実を縫い付けた。悍ましい質量が産み墜とされた。


「バスターハンマー! 打ち砕く‼︎」


 空に浮かぶ十字架から、超々巨大な漆黒の重結晶が放たれた。隕石は惨雪の大半を巻き込み、魔族の一般兵を蹂躙し、それでも止まらず、ムカデクワガタ諸共ランスルートとファーファを一網打尽にして、地面に突き刺さって衝撃を巻き起こした。


「きゃーー⁉︎」

「艦長ー!」

「アンカー固定! シリウスを姫様と友矢の盾にしろ!」


 ブラッククロスのエンジンが、異音を発しながら逆回転を始めた。


「オーバードライブ! セラに出来たのなら、俺にも出来る!」


 願力原動機は出力が高まった時、パイロットの意思とは無関係に逆回転を始める。その間は願力を使用せずとも、伸び切ったゼンマイが巻き取られるように原動機は動き続け、出力は更なる上昇をみせるオーバードライブ状態になる。


 アルカド製のガンドールであるコード・ウォリアーを素体としたブラッククロスには、ゼーバの願導人形のような変形機能は搭載されていない。


 堅牢さを優先した頑強なフレームと装甲には願力原動機は後付けであり、溢れる力には逃げ場が無い。


 ブラッククロスの背面から漆黒の光の片翼が発生。左眼に、ナマモノの眼球が現出した。


「なに、あれ」

「転生なの⁉︎」

「ボルクの時とは違います」

「じゃあ、何なんだよ!」

「機体がイツキに侵食されていく?」


 彼らは、イツキが巨人となったように錯覚した。ユイもジグ爺さんも、ブラッククロスにこんな機能は搭載していない。


「人型の、モンスター……!」

 クラウザの脳裏に、酷い比喩が浮かんだ。


 大地へと堕ちた白き悪魔は、今度は十字架砲を抱えたまま、ビームで薙ぎ払うように回転をはじめた。周囲に突き刺さった重結晶に反射した願力ビームの光が、ラスティネイルのプリズムのように弾け、辺り一帯を燃やし尽くした。イミテーション・ディス・プリズム。


「馬鹿な……」


 味方の惨雪たちが偶然盾になったせいで運良く生き残ったクラウザは、次元の違いを見せつけられた。決して実弾が弱いわけでは無い。むしろ圧していたのはゼーバだったのに。


「く、クロスイツキ……! お前は、これだけの力がありながら」


 やはり、あの時は手加減されていた。白いブレインセカンドは大破した。ランスルートは屈辱の中、引き下がるしかなかった。


「イツキーー⁉︎ テメェ! ファーファが目をかけてやったのにー!」

 彼女のノエルの四肢は弾け飛び、コックピット内部は焼け爛れた。傷だらけの歪んだ表情。愛らしい見た目は最早見る影もない。


 だが、ブラッククロスでは、ここまでだった。イツキの圧倒的な力に、機体が耐えられなかった。


「は、ははは……! あーあ、残念。ランスルート、コレは、おあずけ!」


 テティスは胸元にわんわんの餌をしまうと、セカンドを連れて、セラたちの下へ逃げるように撤退していった。


 黒き十字架から、強制排熱の蒸気が立ち昇る。漆黒の翼は霧散し、左眼は鳴りを顰めた。


 横たわる残骸と、死骸の海の中。イツキは自身に流れる魔王の血の力に、初めて恐怖を覚えていた。

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