第六話 傲慢 3/6 惑う
「囮か」
イツキは不服だった。母である黒須砂月の無念であるニーブック解放を成し遂げる。その為に、シリウスに乗ることを承諾したというのに、囮とは。
「俺たちで解放しちまえばいいんすよ! 俺だって、そのつもりでここまで付き合って来たんすから」
友矢の言葉に頷くイツキ。二人の意思は固い。願いの力で動くガンドールのパイロットなら、それは凄く頼もしい。
「そうですね。サツキ様の無念、そして今もニーブックで苦しむ人々の為にも、出来るだけ早く決着をつけましょう」
ニーブック解放が出来るということは、ゼーバ本国からの補給路を断てるということだ。そうなれば、ゲーデンやザッタといった他の街の解放もいずれ叶うだろう。
しかし、ゼーバ本国からモンスターのコロニーを横断して、別ルートを構築している可能性も否定出来ない。出来るだけ早く決着を、というのはそういった意味でも必要であると思えた。
「では、皆。ムカデクワガタ攻略には賛成なんですね」
「ああ」
「おうよ」
「やりましょう」
ケント以外のパイロットたちの息が合った。ジョージに乗せられた体ではあるが、一応ケントが作戦の言い出しっぺということになるのだから、パイロットたちのまとめ役をやらされる流れだ。中間管理職の父親を思い出す。
だが、セラたちを撃退した後、そこにいたジュードが後続であるファーファと合流して襲って来た。それは、ファーファとセラ、若しくはファーファと例えばアダトの街が近いことを意味する。連絡網と包囲網だって構築されているだろう。
今ムカデクワガタ攻略に上空に出れば、いくらコロニーの視界が悪いといっても、セラたちではないにしろ、ゼーバに捕捉される可能性が高い。
「何迷ってんだ、健人?」
「上位種のモンスターとゼーバを同時に相手にするのはリスクが高い。シリウスが囮なら、道に迷ったとしてもまだその役を演じるべきだ。これだけの餌がいる上に得体の知れないシリウスを、ゼーバが本陣であるニーブックへ呼び込むとは思えない。放っておいても奴らは僕たちを見つけに勝手に動く。こっちがこれ以上のリスクを冒す意味は無い、僕らが生存していることに意味がある。にもかかわらず、艦長が今正確な位置情報を欲していることに理由があるのなら、既にレイザーの準備が完了して、ニーブックを攻める段階に来たって事なのかもしれない。モンスターを使ったニーブックの意趣返しと言っていたから、ニーブックを攻める時にやると考えた方が自然な気はする」
「え、ええ」
「あ、ああ」
「そ、そうだな!」
ならば考えられるのは、ウィナードの存在。あれが、ゼーバに味方すると見せかけた、シリウスへの情報提供者、二重スパイという可能性だ。
既にレイザーたちの準備は整っていて、それをウィナードを通してこちらに伝えた。イツキを殺さずにいたことからも、それはあり得る。
しかし、ジョージの反応は、そんな風では無かった気もする。ジョージは未だにクルーの全て、特にケントのことを信用してはいないだろう。彼に聞いてみても答えるとは思えない。
ジョージとウィナードの白とも黒ともつかない灰色の態度が、ケントの脳を惑わせていた。
「お前、ニーブックを助けたくねぇのかよ。本当に健人か?」
言っちまった、という顔をして、友矢はすぐに謝った。
「よく分からないけれど、よく考えるものね、ケントって」
ルミナはケントの長文についていくのを早々に諦め、少し呆れた顔をして爪のお手入れをしていた。
「俺はやるぞ、もう迷わん。ブラッククロスのアレを使ってでも」
「遂に解禁ですか! 楽しみです」
「マジかよ、負ける気がしねえ」
ジョージの相手をさせられた、ケントの考えすぎだ。それならば、別にいいのだが。
「……ムカデクワガタは強い重力波を放つと言う。重力は時空を歪めて質量のあるものを引き寄せる力と考えれば、友矢の射撃も歪むものとして、逆に利用して当てられるくらいの気概でシミュレーションしておいてくれると」
「わ、分かった! 分かったから!」
やっぱり、やかましかった。
◆
ケントは監視役の友矢と相部屋だ。常に一緒にいるから、昔話をする機会が多かった。大抵のことは覚えていたが、融合分裂のせいか、ところどころ抜け落ちた記憶があった。
忘れた、というのでは無い。覚えているのに、覚えていない、そんな気持ちの悪い感覚。
「そうだ。ニーブックに帰ったら、借りたもん返せよな」
あの日、電話越しにそんな話をした覚えはあった。だけど、何を借りたかまでは覚えていない。
対して、ウィナードとの戦いで再び見た、覚えの無い白衣の女。記憶が混濁し、自分が何者であるのか確信が持てない。
敵を何人も殺してきた。ニーブックに帰りたい、ケントもそう考えていた筈なのに、いつの間にか「灰庭健人」という役を頭の隅に追いやっていた。
今の自分が、笑って「灰庭健人」の家族や友人たちに向き合えるのだろうか。
それでも、これが今のケントの居場所で、現実はどうやっても巻き戻りはしない。洗面所で顔を洗い、心を落ち着けようと深呼吸をする。命を奪う罪は、自分に押しつければいい。確かに、以前はそう思った。
鏡に映った顔は何度確認しても、見覚えはあっても自分とは思えない顔だった。
「眠れない」
豪快ないびきをかいている親友を起こさないように、今日もこっそり部屋を抜け出す。一応、ケントは捕虜の筈なのだが、監視が甘過ぎる。
暗いコロニーは、夜ともなれば不気味さに拍車をかける。蟲たちは昼夜問わず活動するが、エネルギー源であるプリズム・フラワーを避けて通れば、そうそう彼らに襲われることは無いだろう。
小型艦であるシリウスには、余計な部屋は存在しない。格納庫の片隅にひっそりと置かれたシミュレーターに乗り込み、一人訓練に励む。
この体になってから、ケントの睡眠欲は減退した。長い夜を利用して、考えられるシチュエーションに日々黙々と立ち向かう。孤独な戦い。
「お、今日もやってんな」
馴染みの店に来たみたいなノリで、整備兵のジグが顔を出した。何度か遭遇した、いつものローテーション。特に話をする訳では無かった。彼はケントを放置している。
「ちゃんと寝ろよ。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
お手伝いロボットたちを監視役として残して、ジグもさっさと寝床についた。友矢が起きる寸前になって、ケントもベッドへ帰って行った。
◆
「背面に牛くんのブースターを移植してみたよ。こっちは願力推進だから気をつけて」
翌日。格納庫では、ユイによるブレインセカンドの新たな装備がお披露目された。
背部には牡牛のスラスターをブースターとして増設。全身に蟹の鎧、脚には獅子の腕部ライト兵器、腕はストックの少ないセカンド本来のものを贅沢に使った。
「脚に付けたのは蟹の鎧とノエルの腕の一部かな? ありがとう。これでハナコが脚にぶつかってきても」
「え?」
「……ごめん、なんでもない」
「ケント、大丈夫? ケントはブレインセカンドじゃないんだよ?」
ユイの心配は一見バカっぽいが、機体との境界が曖昧になってやしないか心配してくれているのだ。
「分かってるよ、僕は灰庭健人だ」
「……そう。ケントが望んでセカンドと融合したいんなら、私は別に止めないけど」
ケントは何かの冗談かと思ったが、彼女の顔は真剣だった。
「あなたが望むことなら応援するよ。本当に望んだことなら」
彼女は、やはり真剣に心配してくれていた。ボルクのケースを踏まえれば、機体とのリンクをし過ぎるのを警戒するのは当然だ。今のケントは、それほど不安定に見えたのか。
「なんだ? やけにマフラーが多いな」
友矢が数えてみる。セカンドの首元、左腕、右脚にそれぞれひとつずつ、左腕のマフラーと盾は予め繋げておく。戦闘データを見れば、ケントは変なマフラーの使い方をしているそうだ。
「ケントって、サブアームとか興味ある?」
ユイに聞かれても、ケントは分からないとしか答えられなかった。
「サブアームね。そういや、ガンドールで使ってるやつあんま見かけねぇな」
「一応、使おうと思えば使える筈だよ。ただ、パイロットとの相性もあるし、願ドローンと似たようなものだから、本体と同時制御するとなるとね」
ウィナードのように人型から外れた機体を操るには、相応の訓練や適性が必要になる。ガンドールとパイロットがリンクしている以上、避けられない問題だ。ゼーバの願導人形に備わる「変形」も同様だ。セラでさえ、馬脚のホワイトホーンを扱いきれなかった。
しかし逆に言えば、元々のリンクの低い一般兵なんかは、この限りでは無い。
人には、適応力と想像力がある。車の運転なんかは、車輪の軌跡と車体の大きさを想像しながら行う。何度もやれば、大抵は感覚で捉えられるようになる。似たような事を一般兵たちはやっているに過ぎない。並大抵の努力では無い筈だ。
「まあ、こいつならいけるだろ。なんたって、健人は人間辞めてるからな!」
「成程……確かに」
「テンション低⁉︎ な、なあ。冗談だって分かるだろ?」
いつも通りに接しようとしても、ケントがこれでは友矢も調子が狂う。
「総員、第二種戦闘配備」
アリスの可愛らしい作り声で艦内放送が響いた。気まずい雰囲気から逃げるように、友矢とケントはそれぞれの機体へ向かっていった。
ユイはケントを気にしつつも、ルミナに急かされ、両腕と背面にシールドバズーカを装備したコード・ウォリアーに乗り込む。
友矢のコード・アーチャーはいつもと変わらない。彼は狙撃手に専念すると決めたようだ。ケントほど器用ではないと、自分で自分をちゃんと理解している。
対ムカデクワガタ用のシミュレーションだって、ケントの小言をなんのその、真面目に取り組んでいた。ふらふらしておぼつかない今のケントより、余程頼りになるだろう。
「よいしょ! お待たせ、ケント!」
「ユイ? 何してんの?」
さっき別れた筈のユイが、ケントが搭乗したブレインセカンドのコックピットに乗り込んできた。
「様子変だったからさ、姫様も心配してたよ?」
えへへ、と、いつものようにユイは笑ってみせた。愛くるしい笑顔に触れて、ケントは自分の心が落ち着いていくのを傍観した。
「ケントは囮に専念して、私が位置の確認をするよ! ふたりなら一石二鳥、一度に済むぜ!」
ユイは後部サブシートの調整をしながら、ケントを気遣ってか、少しテンション高めで話してくれる。セカンドのコックピットはコード・ウォリアーよりも少し狭いそうで「私が太ったわけじゃない」と言っていた。
本来ガンドールは一人乗りだから、大分無茶な調整で、黒いタイツに包まれたユイの太腿が、ケントの位置からもチラリと見えた。
「じゃーん! ハナコ型のクッションです! いいでしょ、おかーさんの手作りです! 空に上がるならGが凄そうだけど、これで大丈夫かな?」
「……ありがとう、ユイ。でも、それじゃ心許ないと思う」
「そんなこともあろうかと! 対G性能を向上させてあるのだよ。牛くんの設計は優秀だね、参考になるよー」
ユイはどうあっても着いてくるつもりのようだったので、ケントは最早止めなかった。ただ「本物のハナコより可愛いな」と、ユイの胸に抱かれて潰れたハナコ似の仏頂面を撫でた。
「本物のハナコだって可愛いですよー」
ユイはへたっぴな腹話術のように、その仏頂面をモサモサさせた。
◆
ムカデクワガタ。セラが言うには、傲慢のルシアフという名前らしい。こういうセンスは、きっとセラの家族のエイリアス・クロウカシスが名付けたのだ。
無数の脚と翅を器用に動かして、我が物顔で空を泳ぐ。彼らがいなければ、アルカドは巨大電波塔を建てることができたのだろうが、逆にゼーバの侵略を止めることは出来なかったであろう。
深き森の中、木々の隙間から小さな曇り空が顔を覗かせる。
「各機、準備はいいか?」
「ブラッククロス、了解」
「コード・ウォリアー、配置に着きました」
「あー、アーチャーもオッケー」
カタパルトを上空へ向けて、地面に降着したシリウスの甲板にガンドール部隊が並んだ。
「……ブレインセカンド?」
「ケント、呼ばれてる!」
「おい、ケントテメェ! 耳垢でも詰まってんのか⁉︎ アァ?」
アリスの怒号に、ユイは思わず目を瞑った。耳を塞がないと。
「あ……ごめんなさい、アリスさん」
「おいおい、しっかりしてくれ」
ジョージはそういうが、彼のやり口には、アリスも辟易している。
「……ま、気張んなや。死ぬ時は死ぬ。以上、通信終わり」
アリスなりの励ましが、ケントを現実に引き止めた。死にたくないし、よし、やるか。
「作戦、開始!」