第六話 傲慢 2/6 乗りかかった船
「直ぐにここから立ち去ろう。機関、最大」
ジョージの指示の下、シリウスは足早に艦を進めた。ウィナードと名乗った灰色の男は、シリウスを足止めするのが目的だったようだ。
「ニーブックに何があるんでしょうか」
「分からん。碌でも無い事なのは確かか」
ジョージは、疲れた頭で北を睨んだ。
戦闘の後の格納庫は、いつものように修理と補給作業に追われていた。コックピットを潰されたバインや、岩壁から落とされた機体たちは見るに耐えないものだったが、敵の戦力の把握をする為には、これらの解析をしなければならない。そして補給が望めない以上は、背に腹は変えられない。
「僕が片付ける。彼らを弔わないと」
ケントのこういう真面目なところはユイも好感が持てるが、真面目過ぎていつか壊れてしまうんじゃないかと心配になる。
「でも、殺した奴のパーツ使うってのはな……」
友矢の考えも尤もだ。綺麗事も立派な本人の主張であり意思なら尊重するべきだろう。ただし、自分の主張を通したいなら、自分の世話は自分で見なくちゃならないし、他人の意思も同じくらい尊重しなくてはならない。
「私は遠慮なく使う。私たち、生きてるんだもん。みんなを死なせるもんか」
ユイだって、何も無益な殺生をしたいわけじゃない。今まで見たことのないユイの強かさに、ケントは感心したと同時に、彼女の内面を見抜けなかった自分の至らなさも痛感した。
「……ユイは、願力が無いんですか?」
同乗していたルミナが、特にノイズに苦しんでいるようではなかった事と、ファーファの反応からのケントの推察だった。
「バレたか! 別に隠してたわけじゃないんだけどね」
レベル0。ケントも初めて会った。というより、そんな人間がいることに驚いた。
オーラやチャクラ、プラーナ、気といった生体エネルギーとされる願力。人間を含む多くの多細胞生物が持つ力だと言うのに、ユイにはそれが無い。
後にオリヴィアからケントは聞かされるが、願力の発生器官そのものが無いのだという。
彼女も黒須砂月と同じように、ジョージとオリヴィアに拾われ育てられた。彼らに保護されなければ、マーク・キュリー博士のような外道にモルモットにされていたのかもしれない。
「君も出生の秘密とかあるの?」
「それ、考えたことある! えへへ、どうなのかな?」
彼女の手が震えていた。
――初陣。
緊張が解け、自分にとっての日常に戻ろうと、体を無理矢理動かす。ケントが見ていなければ、ユイは涙でも流していただろう。
「ユイ、先にコード・ウォリアーからだ」
ジグじいさんに呼ばれたユイは、元気良く返事をしてから、ケントに謝り行ってしまった。前回に比べれば軽微な被害で済んだので、損傷の激しい機体から修理して頭数を揃えるのが先のようだ。
ジグは彼女の異変に気付いていたのか、ユイの頭をくしゃくしゃに撫でてから、コード・ウォリアーのコックピットへと押し込んで、静かにハッチを閉めた。彼女は遠慮なく、一人で泣いた。
残されたケントは一人、バインのコックピットを掃除する。こびりついたジュードの血と肉に、何度も吐きそうになる。
(最後に、彼の願いを聞いてやれば良かったのかな。もっとまともに一対一の真剣勝負をしてあげれば……)
しかし、それは勝者の傲慢というものだ。スポーツでは無い、命のやり取りなんだ。敗者に対して何かをしてあげれば良かったなんて、烏滸がましいにも程がある。
「何様だ、僕は」
ただの人殺し。戦争の被害者であり、歴とした加害者だ。自分だって気を抜けば、死んでいたのはこっちだったかもしれない。
「大丈夫か、あいつ」
友矢は少し離れた場所から、未だ見慣れない赤髪の親友を眺めていた。
◆
世界粒子の流れを利用した〈粒力発電〉と呼ばれるものがある。風力発電の親戚のようなもので、安定した電力を確保できるわけでは無い。
人間の住む外界では、世界粒子の流れが安定していないが、モンスターの巣では、より多くの粒子が漂流していると考えられている。しかし、化け物の巣に巨大な発電施設を建てても、護衛にかかるコストを差し引くと、赤字である。
この、粒力発電装置(風車のような物)を搭載し、モンスターの巣を調査する為に開発されたのが、コロニー探査用小型実験艦・シリウス級一番艦、シリウスである。
世界粒子は電波干渉を引き起こすと言われているが、粒子の量だけでその程度が決まるわけでは無いようで、まだまだ不明な点が多い。粒力発電においても、その発電量=粒子量というわけではないのか、やはり安定はしない。
シリウスにも他の艦と同様に、火力発電や太陽光発電、振動発電、ゼーバのものと比べると小型化出来ず大型な願力発電も併用して搭載されているのは、そういった理由からである。
世界粒子の存在は、秘匿されていた訳でも無く、ただ知識としては知っていても、それで何かが変わるとも思っていなかったし、実際誰も、何も変えられなかった。
世界は広い。広い世界で、ただの一人が出来ることなんてだかが知れている。
しかし、灰北者ウィナードというたったひとりの願いの力が、世界に干渉してしまった。ほんの小さな干渉だけど、その事実を楽観視して良いものだろうか。
◆
「電波干渉の原因が世界粒子だとして、それを無くすことが出来れば、世界中に巨大な通信ネットワークを構築できます。そうすれば、アルカドやゼーバ以外の国や人々も見つかるかも知れません」
「具体的にはどうする? ガンドールだけじゃなくて、モンスターの外殻だって願導合金のようなものなんだぞ。ガンドール無しでモンスターと戦ったら、俺たちは絶滅を待つだけだ」
「現実的じゃ無いっすよねぇ」
ユイとジグじいさんの話は、のほほんとしたダニーの一言で打ち切られた。現実的では無い。今の現実は、どうゼーバを攻略するかである。
「モンスターの征服前と比べて、コロニーの地形も変化している。電波干渉のせいでアルカドとの通信も出来ない。なんでかコンパスも狂い出すし、艦の飛行距離と、僅かに見える星の位置から現在地を割り出して、なんとか航海してきたけど」
「まどろっこしい! つまり?」
「迷った」
ブリッジに集合させられた一同は、艦長の一言に落胆した。
「いや、正確には迷ったっぽい? ぐらいのニュアンスだよ? だって、ホラ! シリウスは光ってるし!」
ジョージは天井を指差す。艦のシリウスでは無く、星のシリウスのことだ。灰色に覆われ視界の悪いコロニーでは、北極星のポラリスよりも、シリウスやカノープス、或いは太陽のような明るい星が頼りになる。
方角は概ね合っているのだろうが、正確な位置が分からない以上、正確な作戦の立てようが無いのである。
しかし、ジョージのサタデーナイトフィーバーのようなポーズの別の意図にケントは気づいてしまい、思わず顔を顰める。周りを見渡すと、アリスも自分と似たような顔をしているのに気づき、お互い目が合った。
(いや、お前が言えよ)
そんな風にアリスが言っていたかは定かでは無いが、気づいてしまった以上、ケントが言うしかない。言わない限り、ジョージはずっとそのポーズを取り続けるだろう。それはそれで面白いが。案の定、ユイが面白がって同じポーズをし始め、オリヴィアが笑い出してしまった。
「空から現在地を確認しましょう」
「馬鹿か、健人? 上にはムカデクワガタがいるだろうが」
「倒せばいい。倒せなくても、僕が囮になっている間に、誰かが確認してくれればいい」
ケントは、イツキとブラッククロスの方が囮として適任だと思った。願力推進で一気に離脱出来るし、強力なバリアのおかげで、生還率も高いからだ。
だが、イツキはシリウスの出航前からこの作戦に組み込まれていた。彼には、もっと大事な役目があると予想できる。対して、本来存在しない部外者のケントなら、万一失ったとしてもリカバーできるだろう。
「上空に出ればゼーバにも見つかっちゃうね、どうしよう?」
コロニー内部は、モンスターの願力のせいか灰色に覆われ視界が悪い。電波も阻害されるから、ムカデクワガタ以外からはそうそう見つかることも無い。
そこへ、まるで見つけて欲しいと言わんばかりのジョージの露骨な振り。言葉通り、乗りかかった船だ。ケントは最後まで茶番に付き合う。
「この艦はレイザーたちが準備を整えるまでの囮でしょう?」
「クロウカシス准尉は、なんでそう思うの?」
艦長は品定めでもするようにニヤついた。
「このシリウスは、魔王の息子とアルカドの姫、そして、ブレインというゼーバが無視できない餌を抱えています。加えて、ランスルート・グレイスという裏切り者に情報を渡しながらも、航海を続けているからです」
出航前に作戦の全てを話してしまえば、離反者が出た場合、情報が漏洩してしまう。実際、フローゼやウィシュアがそうなった以上、神の盾を信用していないレイザーとジョージの慎重さは正しかったのかもしれない。
そして、ここまで死戦を共にした今のクルーなら、そういったこともないだろう。ジョージはケントを使って、全クルーに現状と本来の作戦を一度に説明してみせた。
「ゼーバの動き次第では、ムカデクワガタを奴らに押し付けることができる。ニーブックの意趣返しだね。ただ、あくまでも現在地の把握がメインだ。無理はしなくていい」
それでは、あの日のエイリアスとやっていることが同じだ。ケントは複雑だったが、戦力の足りないシリウスなら使えるものは使うべきと諦めて、こっそりと髭面に耳打ちをした。
「艦長。出来れば、前もって教えてもらえれば、話合わせるんですけど」
「それじゃ、クルーの成長にならないだろ。君も精進したまえ、クロウカシス准尉」
ケントの頭に乗せた手を、優しく二回叩く。髭面の手はゴツゴツしていて毛むくじゃらだ。
自分が楽したいだけじゃなかろうか、この親父。ジョージにとって都合の良すぎる察しの良さを持ってしまったケントに、アリスはちょっとだけ同情してやった。