第一話 アンティーク 3/3 曇天
「「ハハハッ! 踊れ、踊れ!」」
アンティークは、蟲諸共に街を焼いていく。今となっては蟲よりも「彼ら」の方が危険極まりない。しかし、アンティークの外にいるサツキにも、中にいる菫にだって、止める手立てが無い。
傍若無人な古代の機械は、更なる結晶を放出した。
「「やめろ!」」
二人の少年たちは、自力でアンティークの支配から脱した。強制的な支配ではなく、互いの意志が自然と重なった事が理由だと考えられるが、本当の所は分からない。
「健人くん!」
強制的に願力を放出されていたせいか、健人は目の前に広がる機械の枕に倒れた。動きを止めたアンティークの異変を察知したのか、蟲たちは反射的に突撃を再開していった。
「ノコギリだ」
「ああ、やってやる。こんな訳もわからないまま、死んでたまるか!」
記憶どころか人格さえも奪われるのは、納得できるものでは無い。健人の言葉に頷いた赤髪は、アンティークの右腕に、再び兵士の遺したノコギリを握らせた。
(よう、少年。もう一度だ。俺に寄越せよ、お前の体)
操縦桿を握った赤髪にだけ「奴」の声が聞こえた。どこか貫禄のある、尊大な男の声だった。
(戦う意志の無い者は、捨ておけ)
アンティークの眼下には、逃げ遅れた人々が、今も必死に生きようと踠いている。彼らの命を軽視しているアンティークの声は、不愉快極まりない。
「機械の癖にペラペラと! 黙って従え‼︎」
大地を揺らして巨人が走る。ノコギリからは光が疾り、蟲に襲われている人々を救出していく。
先程とは打って変わった、人の魂がこもった戦い。状況を把握しきれないサツキにも、それは確かに伝わっていた。
「サツキ!」
「レイザー様⁉︎ すみません、御無事で?」
「説教は後だ。街を守れなかったのは、俺も同じだ。すぐに撤退しろ」
「……え?」
専用回線の秘匿通信で届いたレイザーの言葉を理解することを拒んだのか、サツキは思わず聞き返した。しかし、再度の通信はノイズにかき消され、うまく聞き取ることが出来ない。
「いいか、……族だ、……ぐに……退を……」
レイザーの声をアラートが掻き消す。黒い光が、上空に瞬いた。
「上⁉︎ ……避けて‼︎」
サツキは咄嗟に叫んで、健人の目にはニーブックの住民たちの姿が映った。
「避けるな!」
「跳べ!」
赤髪の操縦で、アンティークが膝を曲げる。機械音を掻き鳴らして、高く跳躍する。住民に配慮して、地表近くで脚底スラスターは使用しない。上空から迫る漆黒の光を、胸の前で腕をクロスさせ自ら受け止め防ぎきる。
黒き光が霧散するのをメインカメラに収めながら、振動を伴って、膝を曲げてアンティークが着地した。重力制御が働いたお陰か、コックピット内部には軽度の揺れだけが響いた。
「黒い光?」
「魔族だ」
「なんだって?」
暗雲が一斉に蠢き出した。漆黒の稲光りが翅を焼き、雨霰が外骨格を砕いた。上空に集結していた魔族の願導人形と飛行艦隊の群れは、脅威であった筈のモンスターを、まさに害虫の如く容赦なく駆除していく。
「おいおい! モンスターの次は魔族って、ファンタジー?」
「そういう発想になるんだ?」
古代人の感覚にカルチャーショックを受ける。現代人の健人にとって、魔族もモンスターも現実である。実際に目の当たりにしたのは初めてではあったが。
人の体から頭だけを獣のものに挿げ替えた、獣人のような姿をした願導人形たち。赤髪が咄嗟に確認出来ただけでも、十機は下らない。それが絶え間なく地上に降り立ち、統率が執れた動きで瞬く間にアンティークを取り囲んだ。
「邪魔だ!」
犬面の願導人形が長槍を振るって、問答無用でアンティークへと斬りかかる。赤髪は願力のバリアを纏ったノコギリで対抗し競り合った。
「うわっ、犬耳⁉︎」
機体同士が触れ合った時に起こる接触通信が、パイロットの姿をアンティークのモニター画面に映し出す。
頭頂部に「狼」のような耳を持つ青年魔族〈フィンセント〉の外見は、しかしそれ以外は人間とそれほど違いは見受けられない。
「劣等種の人間如きが、我ら魔族に勝てると思っているのか!」
「すげえ。典型的魔族発言……!」
ファンタジー生物を目の当たりにした赤髪の少年に、若干の興奮があったのは否めない。フィンセントは、尚もスラスターを吹かせた。
「エイリアス様の手は、煩わせさせない!」
「エイリアス……そいつが指揮官か!」
遥か西にある、魔国ゼーバ。
魔族たちは、モンスターの巣であるコロニーを横断し、このニーブックの街へと侵攻してきた。
そうして住処を追われたモンスターたちの中には、ニーブックへと逃げ込んだものがあった。
それが、最近頻発していた件から始まった今回の惨劇の経緯である。
「お前たちが」
気づいた健人は憤りを隠せず、拳を握りしめた。
目の前には、アンティークの操縦桿。あの力をもう一度振るえば、たとえ魔族だろうと――。
――落ち着け。健人は、自分に言い聞かせた。
冷静に周囲を観察する。こういう時、複座というのは便利に機能した。
黒須砂月の機体は騎士のような姿をし、彼女もまた、騎士鎧風の制服を着ていた。それは、機体とのリンクを円滑にする効果を期待してのものと推測できる。
フィンセントを見れば、魔族の機体も同様だと思われる。それ以外にも、両国の機体には共通項が見てとれた。何より、同じ人型をした。同じ言語を使用した。
サツキの騎士機は巨大な斧で魔族に対抗しているが、住民を守る為か消極的にならざるを得ない。立派にノブレスオブリージュを遂行していた。
軍の残存兵力と騎士団の指揮艦が、東へ向かって進路を取るのが見えた。
「……ふざけるな」
自分たちは、見捨てられた。――分かっている。人は万能にはなれないから、全てを救うより、出来る限りを尽くそうとしたのだ。しかし、捨てられた方は納得し切れない。こんな結末、健人は認めない。
待っていても、状況は改善しない。
「菫。僕がまた操られたような仕草を見せたら、全力でひっぱたけ。恨みの限りを込めていい」
「……え?」
「お前、いいね。そうこなくっちゃ」
赤髪がほくそ笑むのが見えた。健人は再び操縦桿を握って、迷いなく願力を放出した。
「健人だ、灰庭健人。後ろの子は菫」
「健人……菫。よし、覚えた! 俺は名無しだけどな!」
「良ければだけど、後で一緒に名前考えよう」
「そうだな。どうせなら、この世界でうんとかっこいい言葉を教えてくれ」
二人の少年の願いの力が、アンティークを覆っていく。増大した白い光が、瓦礫と炎に埋もれた世界に広がっていく。
「防御は僕が!」
「攻撃は任せろ!」
アンティークの全身の砲門が開かれて、光の絵画が宙を彩る。周囲の逃げ遅れた人たちを覆い隠すように、機体から薄い結晶のベルベットを広げて盾にする。
それと並行してノコギリには結晶を纏わせる。プリズムに輝く刀が形成されて、獣人たちに切っ先を突きつけた。
アンティークは、機体全身がライト兵器のようなものだと考える事が出来る。その健人の考えと同調しているかのように、赤髪はラグの無い迅速な行動で応えた。
「うおおおっ!」
純白の刀が、フィンセントが乗る犬獣人機の右腕を断ち切って、その首を刎ね飛ばす。取り囲む魔族の願導人形相手に、大立ち回りを繰り広げていく。
「うっ……クソッ」
「先輩!」
(ククク……見ものだな。黒髪の方がどこまで保つやら)
「やかましいぞ、背後霊!」
健人の消耗が激しいのは、相方の方が願力が高いせいだろうか。赤髪はそれを感じて、即座にプランを変更した。
「一気に決める、健人!」
「……っ、守り抜く!」
赤髪は、ノコギリを覆う結晶を自ら破裂させた。納刀するように左腰にノコギリを携えて、居合いの構えを見せる。
一瞬の沈黙。
「薙ぎ払え! ディス・ライト‼︎」
風を裂き、巨大なビームが抜刀された。
恐れは無い、純然たる生への執着。願いの力、迸る純白の光が、黒い魔物の群れを吹き飛ばす。衝撃の余波がベルベットを震わせ、それを維持しようと必死に操縦桿を握る健人の手に、菫が小さな手を重ねていく。
「おのれぇーーっ! 劣等種の人間如きがぁっ⁉︎」
空を駆ける粒子の波に四肢を裂かれ、魔族の機体は紙屑と畳まれた。犬耳フィンセントの遠吠えを聞く者はいない。住民たちを守り抜いた結晶の幕は砕け散って、淀んだ空をプリズムに輝かせた。
(ハハハ! 凄いじゃないか。……ほら、次のお客さんだ)
「客? ……うっ⁉︎」
赤髪に頭痛が響く。アンティークのコックピットを、けたたましいアラートが蹂躙する。
脱出したフィンセントの眼前で、漆黒の翼が、曇天を切り裂き煌めいた。
「あの願導人形は『ブレイン』……! おお、我らがエイリアス様!」
アシンメトリーな左右の腕、禍々しい装飾。漆黒のライトは翼のように背部から放出され、額と顎が形作る鳥の嘴の奥から、二つの眼が真紅に瞬く。
雲の切れ間の光に照らされて、漆黒の主〈ブレイン〉が、廃墟に降り立った。
健人たちにとっては、疑いようもなく敵だった。しかし、その姿には人の根源に響く、絵画のような荘厳さがあった。
「お前か、俺とブレインを呼んだのは」
「なに……?」
オープンチャンネルから、漆黒がアンティークと赤髪に尋ねたようだった。その低い男の声は答えを期待した訳ではなかったのか、ただの確認だったのかは分からない。
「その右腕……俺は」
鈍い頭痛を振り払う、赤髪の視界に入るブレインの「黄金の右腕」が、不快感を煽る。呼応するように、アンティークの錆びついた装甲の下から、本来の「紫色」が滲み出した。アンティークのアラートは、鳴り止む気配が無い。
「お前は、俺を知っているのか? ……ブレイン」
怪鳥は、ただ、沈黙で答えた。




