第五話 二人のベトレイヤー 5/6 テスト
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「コード・ウォリアー改・ブラッククロスの改造型、コード・ウォリアー改改・ブラッククロス改の調子はどう?」
「……なんて⁉︎」(※に戻る)
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乾いた岩壁が立ち並ぶ開けた渓谷の中、すでに懐かしい顔になった蟲たちが、シリウスへと薄翅を広げた。
「打ち砕く!」
イツキの放つシールドハンマーが、蟲の顔面を粉々に破壊した。新たに搭載された願力推進機構スペシャルにより、弱点であった突進力を改善させたブラッククロスは、背後から蟲をあっさりと追い抜き、大きく旋回してから周回遅れにして背後から殴ることさえ出来た。
「なんだよ、アレ! 俺ら要らなくね?」
「作戦の幅が広がるな。友矢、二時の方向」
ケントの観察眼と友矢の狙撃も、いいコンビに見えた。
「ヘッ! バッタなんて、もう敵じゃねんだよ!」
友矢の狙撃が一撃で仕留めた。かつて辛酸を舐めたダニバッタでさえ、最早撃墜数稼ぎにしかならない。
「歯痒いですね……」
成長を見せる男子チームをブリッジのモニター越しに見るルミナは、一人遅れを取った気分だった。
「怪我が完治するまでは無理は禁物です。そもそも今回の出撃は、ブラッククロスの性能テストの為なのだから、無理をする必要がありません」
目的は、あくまでニーブックの奪還。
「わかっています、オリヴィア先生。ですが、何かをしたいのです。手持ち無沙汰では、色々と考えてしまって」
「なら、こっち手伝ってくれよ、姫様」
艦橋任務に勤しむアリスが要望を出す。オリヴィアは医者として、怪我人に無理はさせたくないのだが、ルミナの気持ちも分かる為、そっと席に促した。
「えっと……」
「姫様はレーダーの確認、お願い出来ますか?」
メガネのダニーが、困惑するルミナに助け舟を出す。レーダーはガンドールのパイロットにも馴染みがあるから、今のルミナにも手伝えそうだった。
「ありがとう、ダニー」
「恐悦至極に御座います。ですが、もし許されるのであれば、グリエッタ様の情報を賜りたく……」
「おい、ダニ。テメェ、公私混同してやがんな?」
〈グリエッタ〉とは、ルミナたちアークブライト兄弟の末の妹である。神の盾に過保護にされている為、国民の前にも滅多に姿を見せず、ルミナでさえも、あまり話したことは無い。
ルミナに負けず劣らずの美人なのは、ダニーの反応からも窺い知ることができる。メガネはアリスさんに割られた。
「ケント、セカンドの腕の具合はどう?」
シリウスの格納庫から、ユイが通信で笑顔を見せる。コロニーの中とは言っても、蟲やデブリから離れた短距離通信ならば、それ程ノイズも無かった。
「ありがとう。問題は無さそうですね」
両腕が大破したブレインセカンドにも応急処置が施され、惨雪のそれと交換になっていた。
悪くない。悪くは無いが、良くもない。ルミナというデバフがかかった状態でも、セカンドの性能はケントに凄く馴染んでくれた。それ故に、惨雪のものでは反応が少し鈍い気がするのが気になった。
ブレインセカンドは最新鋭の量産試作型の為、使われているパーツひとつとっても、代わりは少ない。惨雪弐式としてデザインされていたから、惨雪と互換性はあっても、それは旧世代のパーツでしかない。
セカンド用のパーツの在庫には限りがある為、今回はテスト用に予備機の惨雪のものを付けた。代わりになれるものが見つからなければ、毎回修理に怯えながら戦う羽目になる。
「いっそのこと、同系統のNUMATAに拘らず、他の機体の腕でもいいのかもな」
「他の? アーチャーとか?」
友矢は専ら狙撃しかしないが、コード・アーチャーは軽戦士として接近戦もこなせる機体だ。そう考えると悪くないかもしれない。
「いや、友矢が被弾した時用の修理分は確保しておいた方が良い。今回みたいな時に対処できない」
「確かに……じゃあ、ゼーバの機体、ノエルとか?」
ゼーバの獅子獣人ノエルは高機動型の機体だから、反応は確かに良いだろう。
「あれは、少し手足が長いから大分バランスが変わりそうだな。でも、固定武装がある分、楽しそうだ」
「折角だし色々試そう。遊撃手だし、出来ることは多い方がいいよ」
「ありがとう。どうせなら、脚にも武装が欲しいな」
ケントは、ハナコの駄々っ子パンチにやられた脛をさすった。触ると、まだちょっと痛かった。
願導人形の各部位は、国や所属や製造会社が違っても、ある程度の互換性があった。五百年前の機体であるアンティークを共通の大本としているからだろうか。或いは、紆余曲折を経て技術が周瑜したのかは定かでは無い。
しかしその結果、ゼーバの侵攻以後、各戦場で現地改修機が氾濫するという、整備士泣かせの状況が出来上がっていた。
「でゅふふ! フルアーマーセカンド!」
「凄え楽しそうだな、こやつ」
妄想に浸るユイの笑顔は、ケントの心を和ませた。戦場の中の癒し。本人にセラピストの自覚はまるで無い。
◆
白きシリウスは荒野を行く。ブラッククロスが漆黒の風となり、灰色の霧を吹き飛ばす。
「ホントだ。西に流されてるな」
現空域のレーダー監視をルミナに任せたダニーは、ジョージと共に広域の情報を洗ってみたところ、予定していた進行方向から西へずれている可能性が高い事が判明した。
「良く気付いたな、ダニー」
「この電波干渉と灰色の霧の中を、モンスターやゼーバを躱しながら進んでますからね」
「どこかで修正しないとね。さて、どうしようか」
艦長が自慢の髭を整え出した。ダニーは嫌な予感しかしない。胃の辺りを手で摩る。
「あら?」
シリウスのレーダーを確認するルミナは、何かを捉えた。ジョージは、蟲相手にテストをするガンドール部隊に警戒を呼びかける。
「確かに何かいますね。流石です、姫様」
「お上手ですね、ダニー。グリエッタの情報は渡せませんが」
レーダーを見ていれば誰でも気づく。艦橋任務だからって、ルミナもそこまで素人じゃない。
「おい、なんだありゃ?」
アリスの声は甲高いが、いつにも増して変な声で吠えた。
「モニター、拡大して」
ジョージも、その異変に気づいた。敵は一機、識別は不明、形状から察するに、ゼーバのものと思われる願導人形。
「アートの改造機か? いや、問題はそこじゃない」
「灰色の願力……⁉︎」
人間は白、魔族は黒、そして、モンスターは灰色。願力の色の違いは、種族の違いである。それは、戦争の時代の常識だった。確かに違うのは、ケントやボルク、そして「お兄ちゃん」の転生者たちぐらいだと思われていた。
「なら、あいつは何なんだよ?」
「寄生型の? いえ、今度は見間違いじゃない。ヤドカリはついていませんね……」
「ちっちゃいヤドカリとか!」
「んな訳あるか」
オープンチャンネルの呼びかけには応答が無い。灰色のアートは「何か」を複数、機体から切り離した。
「願ドローン⁉︎ 散開!」
ケントの指示に、各機は臨戦体勢を取る。ゆらゆらと揺れるそれらは、最前線にいたブラッククロスと接触した。自分の願力バリアならば、被害は防げるとイツキも思っていた。
「バリアが、裂かれる⁉︎」
遠隔誘導斬撃兵器。イツキのバリアさえ貫くのなら、それを操る主は、彼と同等の力を持つ事になる。しかし、それ以上の違和感にイツキの思考は傾いた。
「エヴァのものとは違う! 鞭がないぞ?」
エヴァのコード・サマナーは、願導合金の鞭で有線式遠隔誘導砲瓶・願ドローンを操る。長距離通信技術が発展途上の世界で、しかも電波干渉の酷いコロニー内部なら、電波で誘導兵器を操れるとは思えない。
「つまり、どういうことだよ⁉︎」
友矢は狙撃で誘導兵器を狙ってみるが、やはりゆらゆらと躱されてしまう。有線式で無いのなら、メアリの山羊角のオーグの粒子結界のようなものかと考えられるが、目の前の灰色には粒子貯蔵タンク(小型化出来ない)もなければ、粒子を散布した形跡も無い。
「イツキさん、本体を!」
ケントの提案にイツキも頷き、ブラッククロスの願力推進機構スペシャルを開放する。
無線で誘導兵器を操りながら、ガンドール本体も同時に操る事は不可能だ。誘導兵器を置き去りにする速度で、イツキのブラッククロスは灰色のアートに最接近する。灰色は、右腕に杖を持ち、左腕はクロークに覆われていた。
「もらった!」
ブラッククロスの超加速からのシールドハンマーは、タイミングを合わされて側面宙返りのように躱された。
灰色の右肩は分割し展開をはじめ「更なる右腕」を形作ると、二本の右腕で杖から何かを引き抜き、ブラッククロスの背後から振り下ろした。
「仕込み杖⁉︎」
ルミナは、ジダイゲキフィルムで見たことがあった。盲目の凄腕剣士……目の前の灰色は、まさにそんな貫禄であった。