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第五話 二人のベトレイヤー 3/6 笑顔

「ボルクか⁉︎ だが、これで分かっただろう! 俺の覚悟が‼︎」


「……ランスルート‼︎」


 ルミナは初めて、その名で呼んだ。ランスルート・グレイスは、身も心も既にゼーバの戦士であった。


「すまん、ランスルート。こちらの収容は終わった。撤退する、急げ」


 セラからの通信で冷静さを取り戻す。ランスルートも自身の体の不調で限界だった。自分の戦いは、これからも続く。こんなところで、むざむざ果てるつもりは毛頭無い。


「命拾いをしたな。次は、必ず殺す」


 ゼーバが去って行く。シリウスにも、無駄弾を撃つ余裕なんか無い。


(ボルク……ごめんなさい、ボルク……)

 ルミナは溢れる涙を拭い続けた。彼の死を悼みながら、しかし抑えきれない感情は、瞳に憎悪を宿らせる。愛していた筈の弟に向けるには、あまりにも悲しい。


 黒艦の姿が彼らの視界から消えるまで、そう時間はかからなかった。


「姫様、友矢。無事か」

「……ああ」

「そうですね……ありがとう、お疲れ様でした」


 シリウスは、なんとか命を繋ぐ事が出来た。安堵するには、コロニーの中は暗すぎる。


「姫様、奴は?」

 ケントは、ブレインセカンド一号機のパイロットを知らない。


「セラ。あいつの名前は」

 ランスルートには、漆黒のセカンドに見覚えが無い。



「アレは、ランスルート・グレイス。我々の……人間の敵です」


「奴は、ハイバケント。かつての、俺の相棒だ」



 ケントとランスルート。

 二人のベトレイヤーは、倒すべきその名を記憶した。


「グレイス」

「ハイバ」


 不快な音が、口を()く。耳から脳に届けられて、自らを縛った。


 暁の光が、巨大な影を作り出す。彼らの旅の結末を暗示するように。





「おかえりなさい、ケント」


「あっ……た、ただいま、ユイ」


 改めて考えると、この遣り取りはなんだかこそばゆくて、ケントは鼻の頭を掻いた。ユイは家族であるイツキの負傷と、ボルクの死に泣いてしまった為、目元を薄ら腫らしていた。


「姫様も。大丈夫でしたか?」

 心配するユイの傍ら、ケントはルミナ皇女の手を取ってコックピットからエスコートする。


「……ありがとう。ごめんなさい」


 それだけ言うと、彼女は格納庫を後にした。ランスルートやボルクの事で相当参っているのは、ここに来てまだ浅いケントでも分かるつもりだが、当人でないのだから、それもほんの一部だけだろう。


 それでも、やるせなさが彼の心を支配するには十分だった。


「ごめん、セカンドをこんな風にしてしまった」

 パイロットとして、機体を見つめる整備兵に謝った。左腕は全損、右腕も穴が開き、細かい傷も含めれば、全身ボロボロだった。


「姫様もケントも、新しい傷は無いんでしょ? 凄いね、この子が守ったんだ。名誉の負傷だね」


 彼女がセカンドの脚に触れる。仕草や声色、ユイの存在に、ケントは自分さえも優しく整備された気分になる。


「そうだね。ありがとう、セカンド」

「ありがとう。ブレインセカンド」


 頼もしい相棒。そんな関係になれたら良い。セカンドは、ケントと相性が良い。それは彼だけの自惚れとは思えない。


「腕ってどうなりますか? パーツって、そうそう調達できないでしょ」


「大丈夫。少しなら替えのパーツはあるよ。それに、ガンドールって拡張性の高さが魅力の人型兵器だしね。惨雪と殆ど同じだから互換性もあるのだよ。ただ、その場合ちょっと性能は落ちるのかな?」


「なら、僕の腕次第か」


「お? なんだ? 性能落とすなっていう整備兵への挑戦か? やるぜ?」


 ユイは、へなへなしたシャドーボクシングを披露した。受けて立つぞ、といった気概の空元気だ。


「……次も僕が乗せてもらえるかは分からないけどね」


「あ! ケント、捕虜じゃん⁉︎」


 彼女だって辛い筈だろうに、気丈に振る舞い、整備兵としての責務を果たそうとしている。初めて見た時には感じられなかった頼もしい姿に、ケントは間違いなく彼女から力を貰っていた。


「いてっ?」

 不意に、ケントの脚に作業ロボットのハナコがぶつかった。ケントの足下のゴミを取りたかったようだ。


「ごめん、ごめん……いて、いたい、痛い!」

 ハナコは、どういうわけか何度もケントの脚にぶつかった。


「ハナコ、それはゴミじゃないよ、ケントだよ。おかしいなぁ、故障?」


 ハナコに人間扱いされていないようで地味にショックを受けながら、ケントは命を預けた相棒の修理をユイに任せると、親友の元へと向かった。


「……よう」

 水分補給をしながら、友矢はコード・アーチャーを眺めていた。セカンド程ではないにしろ、所々被弾の形跡があった。狙撃機が被弾するのは、それだけ過酷な戦場だったという事だろう。


 友矢の顔は、ボルクの死に少なからず責任を感じているようだった。自分が躊躇わずウィシュアを止めていれば、こんな事には。


「あのグレイスって奴と友達なのか?」


「ウィシュア皇子な。友達だと思ってたのは、どうやら俺だけだったみたいだけど」


「どうしたいんだ」


 ケントの問いに、水を飲んでしばし考える。


「さあな……まだ踏ん切りがつかねぇや。なぁ、俺って、そんなに恨まれるような事したのかな?」


「してない。だけど、色々上手く立ち回れない奴にとっては、お前は真っ直ぐで眩しく見える」


 ケントには、ランスルートのことはよく分からない。分からないなりに、自分が友矢に抱いている感情を話したのである。


「まぶしい……分かんね」

 友矢は水をがぶ飲みして、残りをケントに差し出した。ケントは笑って、ありがたくいただいた。


「……ザッタの街にいたデカい奴。あれが、健人なのか?」


「ん? ああ、尋問の時、教えたっけ。菫は『お兄ちゃん』って呼んでたな。……健人お兄ちゃんか」


 友矢は水を飲もうとしたが、それは既にケントの手の中だった。手持ち無沙汰の手で、頭を掻いた。


「あぁぁ! もういい!」

「え、なに」


「お前も、そのお兄ちゃんも、それと、他にもいるのか? もう、全員健人として扱うからな!」


 友矢なりの、ケントへの解答。照れくさそうにしてケントの方は見てくれなかったが、自分のことを真剣に考えてくれたのは、ケントにもちゃんと伝わった。


「友矢……」

「チッ。その顔で泣くなよ、気持ち悪いからな」


 涙は流れない。親友と、また笑い合えた。彼といる時だけは、ケントは健人に戻れた気がした。


「……成程。三つ子以上の可能性は考慮していなかった。しかし確かに、不思議と双子なのだと思い込んでいた。友矢に言われるまで気づかなかった。元々康平と双子だからそう感じたのだと思うが。他にもいる可能性か……」


「やかましい!」

 ほんとにやかましかった。





 ケントと監視役の友矢は、ルミナのいる医務室を訪れた。側には、治療を終えたイツキが眠っている。片翼のせいで、なんだか寝るのに不便そうだった。


「改めて。先程はごめんなさい。協力ありがとう、ハイバケント」


「いえ。戦闘中のこととはいえ、数々の非礼、お詫びいたします」


 互いに頭を下げた。皇族とはいえ、今の彼女はなんだかしおらしい。


「ケガはいいんすか、姫さん」

「おい、トモ!」

「ふふっ……仲良いんだ? 良いね、男の子だ」


 ルミナは憑き物が落ちたみたいに自然な笑顔を見せた。皇族でも、純白の騎士でも無い、ただの女の子のルミナの笑顔だ。


「かわいい……」

 友矢の心は撃ち抜かれた。狙撃手顔負けの早撃ちであった。委員長はどうした。


「ランスルート・グレイス、ウィシュア皇子のことは聞きました。あなたは、本当に彼と戦えるのですか?」


 部外者のケントが聞くことでは無い。しかし、これまでと、これからのことを思えば、部外者のケントだからこそ出来る役割があるのだろう。ケントは、嫌われ役を自ら買う腹づもりだった。


「戦えます。そうでなくては、ボルクに合わせる顔が無い。勿論、誰がアレを倒したとしても糾弾する気は一切ありません。あなたには期待しています、ハイバケント」


 思ったよりもずっと、ルミナはしっかりしていた。彼女もまた、いろんなしがらみの中で、自分の役を演じざるを得なかった。悲しいかな、以前の彼女を知る者は、既にここにはいなかった。


「自分にまた戦えと? 一応捕虜の筈ですが」


「あら? どの口がおっしゃるの?」


「白々しいんだよ、コイツ。大人しくしてる気なんて更々ねぇんだぜ。艦内をうろついてんのに誰も止めねぇしよ」


 うろつけるのは友矢が監視してるからだろ。そう言いながら、二人の笑みが引き出せたのなら、ケントも悪い気はしなかった。


「ハイバケントか」

 これだけわちゃわちゃすれば、隣で眠るイツキも目を覚ました。ケントは率先して謝った。


「姫の笑顔を初めて見た。良い顔をしていた。俺には、引き出せなかったものだ」


 いきなり、どうした? 一同は困惑し、顔を見合わせた。


「初めて出会った母以外の女だった。美しいと思った。これが、エイリアスの言っていた『恋』なんだと理解した」


「え?」


「姫の笑顔が見たかった。どうすればいいのか分からなかった。ウィシュア皇子を連れ戻せれば、それが叶うと思った。俺には、覚悟が無かったんだな。結局、奴をみすみす逃し、欲しかった姫の笑顔も、お前たちのものになった」


「ちょ、ちょっと待って! クロスイツキ……私のこと……」


「恋している。好きだってことだ」


 驚愕の事実に、後ろで聞いていたジョージとオリヴィアは納得したように頷いた。いつの間にそこにいたのか。


「悪かった、イツキ。そうか、そうかぁ……! そりゃあ、お前に酷い命令を出したよなぁ」

 ジョージはイツキの肩を抱き、うんうん泣きながら頷き続けた。


「怪我人だよ、ボケ。……姫様、大丈夫?」

 オリヴィアは放心状態のルミナを揺さぶった。その人も怪我人では。


 何だか分からない事態になったので、ケントと友矢は、おいとましようと通路へ進んだ。


「待って、クロウカシス准尉」


 ジョージが告げた名前に、友矢は薄らと聞き覚えがあった。隣の親友の事だと気付くのに、数十秒かかった。


「アッシュ・クロウカシス。簡略ながら、君を尉官に任命します。どうか、これからも協力して欲しい」


「自分で言うのも何ですが、得体が知れない。ボルクさんとは状況が違うでしょう」


「そのボルクさんがいない今、シリウスの防衛戦力はガタガタだ。君にだって守りたい人はいるだろう?」


 ケントが友矢を見たせいで、彼は照れ臭そうに頭を掻いた。


「捕虜を戦わせたとなったら、我々にも罰が下される。だから君は、アッシュ・クロウカシスという架空の軍人になってもらう」


「アルカドの軍人が、融合分裂……転生して願力が黒く変質した、という設定ですか」


 ボルクの前例があれば、そう不思議でも無い。


「それに、君のせいでアルカドも被害を被った。『彼』に報いる気があるのなら」


「一生をかけるつもりです。自己満足なのは分かっていますから、自分から押し掛けるつもりはありませんが、御遺族の許可をいただけるのなら、謝罪でもなんでもします。だから、それ以上はここで言わなくても大丈夫です」


 ジョージが言っているのは、ケントがザッタの街で潰してしまったアルカドの兵士のことだろう。何処かのカメラにでも映っていたのか。


 ケントは、あの日の狙撃が友矢だとは知らないが、状況証拠から考えれば、当たらずとも遠からず、とは思っている。あの場に生身の人間がいたことを友矢が知れば、あの兵士の死に、間接的に関わったと責任を感じてしまうかもしれない。


「結構。君は、友達思いだね」


「艦長も、良く考えたものですね。アッシュ・クロウカシスなら、灰庭一家が巻き込まれることもありませんしね」


「赤の他人だからね。良かった、よかった」


 ジョージは、ポン、とケントの肩を叩く。ケントは、改めて家族の身の安全を頼んだが、ジョージもちゃんと理解して設定を作ってくれたようだった。

 似たような思考をしてるのだろうか。二人の張り付いたような笑顔は、なんだか薄気味悪く友矢たちの目に映った。


 しかし、ケントも元々このままで終わらせるつもりは無かった。セラと菫、千秋や春歌、もうひとりの健人。そして、ランスルート・グレイス。

 様々な因縁、しがらみを、ゼーバに残してきた。これから戦いが長引けば、きっとそれはもっと増えるし、自分たちのように巻き込まれる人たちも出てくるだろう。


「やってみせるさ」

 セラの呟きがそうであったように、ケントの言葉もまた、周囲の者から唐突に思われた。

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