第五話 二人のベトレイヤー 1/6 樹
コロニーでゼーバ軍の待ち伏せを受けたシリウスは、黒須樹を彼らの本隊へ突撃させた。ブラッククロスは、一時的に重結晶に動きを封じられることはあっても、その圧倒的な願力のバリアのおかげで大したダメージを受けなかった。
「成程、確かに俺は化け物のようだ。なら!」
近づく敵にはシールドハンマー、群がる相手にはブーストハンマー。十字架のクロスハンマーを使うまでもなく、ブラッククロスは突き進む。
「クッ、奴を止めろ!」
ゼーバの艦長が焦ったところで事態は変わらない。しかし、ただ一人のイレギュラー。ケントが見落とした存在があった。
「ブラッククロス! 単機で来るとは!」
「ブレインセカンド、一号機……ウィシュア皇子か!」
ランスルートのブレインセカンドが放ったライトは、ブラッククロスには効果が無い。しかし。
「どうした? 何故撃ってこない?」
「……退け! お前の姉が悲しむぞ!」
黒須樹は、ランスルートに手は出せない。かつてほんの少しの間共に戦っただけなのに、ルミナ皇女やレイザー皇子の気持ちを思えば、逃げ惑うしか無い。
「姉? そんなものは、いらない! 俺には必要ない! そんな甘えを捨てて、ゼーバに来たのだ!」
「何故だ、家族なんだろ⁉︎」
イツキには理解出来ない。自分を守って最後まで気高かった母、黒須砂月。家族とは尊敬し、何をもってしても守りたい、かけがえのない宝物では無いのか?
「俺と戦え! クッ……俺を、みくびるのか!」
ランスルートに手を出せないブラッククロスに、これ幸いと、ゼーバが押し寄せた。
「機体ごとぶつかれ! 羽交締めにしろ!」
イツキはゼーバのガンドールを振り切るために、元来た道を後退していく。
「なんだ? 隙だらけだぞ?」
撤退をしていたカイナが、丁度ブラッククロスの後方から突撃してきた。カイナの悪運の良さは、セラも認める程だった。
「こいつ、正気か⁉︎」
「ヘッ! さっきアッシュが言ってたな! 腕は無くても囮は出来るってなぁ!」
前門のランスルートと挟み撃ちをかけるカイナは、ノエルに残された脚だけでも、自陣深くまで突き進んだ敵を翻弄することは出来た。
「クロスイツキ!」
白いブレインセカンドが、手にしたセイバーで斬りかかった。カイナに気を取られたイツキは、右腕のシールドハンマーで防ぐことになってしまった。
「俺を馬鹿にしているのか? それとも、戦場を舐めているのか⁉︎」
イツキは言い返せない。コロニーの中心での生活は、壮絶なものだった。食うものにも困り、途方に暮れたことも少なくない。モンスターとだって何度も戦闘になった。しかし、こと戦闘に於いては、ブレインの力は圧倒的だった。それは、パイロットがエイリアスでも、母でも、自分になっても変わらなかった。
ブレインは、アンティークであるライトアームの修理は必要としなかったが、それ以外のパーツはゼーバ製の高性能願導人形でしかない。
ゼーバの人形は〈動力〉〈動力源〉〈推進機関〉を願力で賄っている。魔族が総じて高い願力をもっているためであり、願力さえ続く限り半永久的に戦えた。
ライトアームによる「侵食」を受け、多少なりとも頑丈に変質していたブレインだったが、それでも、願導人形は機械だから、戦いが続けばどこかにボロがではじめる。植物に覆われ大樹のようになった「巨大な施設」を発見し、修理や衣食住を確保出来たことで、コロニーの中でも彼らの命は繋がったといえる。
戦場を舐めている、と言われれば、確かに戦闘でのピンチらしいピンチは、セラのラスティネイルと戦った時くらいだったのかもしれない。
「お前は、何のために戦っている? 何のためにここまで来た? やる気が無いのなら、またコロニーで引きこもっていろ!」
「言わせておけば!」
イツキはブラッククロスの左腕を射出し、ランスルートのブレインセカンドを鎖で拘束した。漆黒の強力な願力のバリアが物理障壁となり鎖が硬く巻きついて、ブレインセカンドは身動きが取れない。
「姫のところに連れていく。家族で、良く話し合うんだ」
「貴様ぁっ!」
――クロスイツキは、あくまでも、どこまでも、俺を見下している。他を圧倒するレベル32の願力。魔王の血、王の力――。
「見下すな……この俺を!」
ブラッククロスの鎖は、強い負荷を受けて引き千切られた。ランスルートのブレインセカンドは、眩い純白の閃光に支配されていた。
「ウィシュア……お前」
「……ハハハッ! なんだ、これは⁉︎ 今更……今更、覚醒するのかよ! なんの冗談だ⁉︎」
ウィシュア皇子は、念願であった純白の力を手に入れた。何もかもが遅かった。
「だが、良い気分だ。そうか、これが力か……!」
溢れ出る力……全能感が脳を支配して、自然と歪んだ笑みが溢れる。純白への覚醒の影響からか、黒く染めた髪も本来の銀髪を覗かせ、どこか灰色に染まったように見えた。
「ふ、フフフフ……アハハハハッ‼︎」
純白のランスルートは、セイバーにありったけの願いを込めていく。制御仕切れない力の奔流はセイバーの枠を飛び出して、ゆらめく白銀の巨大な樹を形成させた。
「ブレインセカンド……俺の敵を、打ち砕け‼︎」
雄々しく生命力に溢れた純白に輝くセイバーが、ブラッククロスの装甲を、それが纏うバリアごと斬り裂いた。電装は焼かれ、砕けた機械の破片が黒き十字架の主を襲う。
イツキに、今まで感じたことのない痛みが走った。人間となんら変わらない赤い液体が、体内から止めどなく溢れ出していった。
願力は体から離れる程弱くなる。願力を放出するパイロットがいるから、コックピットのバリアも自然と最も硬くなる。魔王の血を受け継いだパイロット、この戦場で、何よりも硬いコックピット。それが穿たれた。砕かれた。ブラッククロスは、荒涼たる灰色に倒れ込んだ。
「ランスルート、マジか……凄え!」
ゼーバは、難攻不落と思われたブラッククロスの動きを止めた。獣人人形たちが、反逆者である魔王の息子を拘束していった。
「覚醒したのか、皇子……!」
合流したセラとジュードも、驚きを隠せない。レベル19、歴代最高の純白だが、願力としてはイツキに遠く及ばない。
〈願力は願いの力ではあるが、願いの強さではない〉
ウィシュアは、兄であるレイザーの言葉を思い出す。ランスルートの願いは、今この時に限り、迷いの中のクロスイツキを上回ったのだ。思いの強さだけで、何かを変えられるわけじゃ無い。しかし、覚悟の無い思いには、何も変えることは出来ないだろう。
急激な願力の上昇は、友矢の時のように機体に負荷を与えて緊急停止を起こさせると考えられたが、ブレインセカンドには異常は見られなかった。
レイザー皇子は、弟であるウィシュア皇子が覚醒できた時の為に、システムにゆとりを持たせていた。そんな愛情も、ランスルートには届かなかった。
「良し! こいつを人質にすれば、あのシリウスとかいう艦も……」
ブラッククロスを拘束したゼーバの願導人形だったが、何者かの襲撃を受けた。漆黒のライトが、一時の勝利に浸るゼーバを嘲笑うかのように、彼らを一撃のもとに沈めていく。
「や、やめろ! 人質の姿が見えないのか⁉︎」
見えている。見えているから、当たらないように当てている。漆黒の射撃は、遂には彼を解放せしめた。
「同型機……ブレインセカンド……!」
灰庭ケントとランスルート・グレイス。
二体のブレインセカンドと、二人のベトレイヤーは、遂に相見えた。