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第四話 セカンド・ライフ 2/5 落下

 健人が殺してしまったザッタの街の兵士にも、人生はあった。エリートでは無いが無能というのでもない。日和見主義の一般兵。今日で退役のつもりだったのに故郷を焼かれてしまっては、柄にもなく熱くなってしまった。


 健人の罪は消えることは無いし、その記憶を生涯忘れることは無いだろう。彼が、生きていたのなら。





 ゼーバ艦を複数撃墜できたことで隙が出来たアルカド軍は、ザッタの街を放棄した。


 街は焼かれたが、殆どの民間人は避難することが出来た。少なからず、ニーブックと同じ被害は出さずに済んだのである。新造小型艦シリウスもまた、脱出に成功していた。そこに、ランスルートの姿は無かった。


「ルミナ様の御様子は?」

「眠らせたよ、大分参ってるね」

 艦橋では、艦長のジョージと軍医のオリヴィアが神妙な面持ちで話している。ダニーとアリスは、入ってくる通信に忙殺されていた。


「艦長。ハッチ、開きます」

「検討を祈る、とだけ伝えといて」

 フローゼたち神の盾は、シリウスを後にした。漆黒の黒須樹と、サツキの姿をした兄、ボルク・ウルクェダと同じ空気は吸えない、らしい。


「純白至上主義か。……難儀だね」

 生まれた時からの純白であるエリートのフローゼは、殊更その傾向が強い。育った環境のせいだから、本人を責めても仕方ない。自覚して変われるかは誰にも分からない。


 ニーブックのような我が道を行く地方や〈虹教〉と呼ばれる多神教なんかもあるが、そちらの方が例外だ。純白至上主義はアルカドに蔓延る主流の考え、呪いだった。


「ガンドールの修理も大変だな」

「すみません。俺がもっと上手く戦えていたら」

 落ち込むイツキに、背負い込むなと髭面ジョージは肩を抱いた。


「ガンドールはジグさんとユイに任せましょう」

 整備兵の〈ジグ・ジーグナー〉は、シリウス最年長の御老体である。頭には常に「安全第一」のメットを被っており、その下はツルツルの光に満ちている。


「……で。君は、ボルクさんってことでいいんだよね?」


 サツキの姿に転生してしまったボルクは、黙ったまま、力無く頷いた。純白の名門ウルクェダの秀才が、漆黒に成り下がった。きっとフローゼたちも、そう報告するのだろう。


「願力はレベル20。素晴らしい上昇値ですね」

「おお。砂月以上だね」

「嬉しくはありません。こんな、穢らわしい漆黒……!」


 穢れを見られまいとしたのか、豊満になってしまった自分の体を抱き締めながら、ボルクは吐き捨てた。


 サツキに負けたく無い、ルミナの全てを自分のものにしたい。その願いが歪んで願導人形に伝わったのか、ボルクはサツキの姿へと変わってしまった。


 アルカド国民全体での願力の平均レベルは4、パイロットに限れば6。ニーブックの人たちは願力が低い傾向にあって、だいたいレベル2程度しかなかった。魔族と比べるのも烏滸がましいものだ。


 残念ながら、ステータスオープン的な便利な技でレベルが分かるわけでは無い。体全体を包む大仰な機械や、非接触体温計のような手軽なもの等、願力の測定器を使用して計測を行う。

 成長期を超えると殆ど上昇しなくなり、還暦を過ぎれば下降の一途を辿る。学校の身体測定なんかは、ちょっとしたイベントだった。


 イツキは、人間だった母を写真でしか知らない。ボルクの言動には少しイラッとしたが、話の腰を折らないよう黙った。


(やりづらいなぁ)

 亡き娘と瓜二つの姿となったボルクに対しての、ジョージとオリヴィアの率直な感想だった。





 ザッタの街を占拠したゼーバだったが、被害の大きさに頭を抱えていた。


「シリウス、だっけ? 逃しちまったな」


 機体から降りたカイナは廃墟の中で欠伸をしながら、黒髪の人間に話しかけた。


「奴らの手は分かっている。モンスターの巣を突っ切って、ニーブックを目指す算段になっている」


 ウィシュア皇子ことランスルート・グレイスは、ゼーバの一員となった。今のアルカドでは、モンスターの手から世界を救えない。それは悲しくも、兄レイザーと同じ考えではあったのだが。


「成程、あの惨劇の意趣返しというわけか。しかし、皇子がここにいることを奴らも知っている筈。素直に作戦通りに動くかな?」


 セラは仮面を取り、髪をかきあげながら疑問を述べる。エイリアスに憧れたセラは、彼のような見た目の仮面を自作したのだ。


「それは、分かりません。シリウスという小型艦だけで、ニーブックを解放出来るとは思えない。何か俺も知らない手でもあるのか」


 セラは、皇子の成長を微笑ましく見た。きちんと考えることができるようになった。純白なんかに拘る必要は、初めからなかったのだ。


「アッシュ……じゃないんでしたね、セラ。貴方とまた戦えること、誇りに思います」


「ああ、よろしく、ランスルート。お前は、こっちの名前でいいのか?」


「構いません。あの名前は、殺した」

「分かった、歓迎する。生き残ろう、この世界で」

「はい……!」


 セラとランスルートは、固く手を結んだ。ついでに、カイナも上から握って豪快に歯を見せた。吹っ切れたランスルートの笑顔は、皇子様だった頃よりずっと、キラキラして眩しかった。


「なぁに、青春?」


 魔王の血を受け継いだ双子の女魔族テティスは、人間と魔族のカイナの奇妙な友情に笑ってしまった。


「青春いけませんか? 俺は学生の思い出も無いんですよ」


 セラは中間管理職の仮面を被り直す。アルカドへのスパイと、健人が眠っていた数日間(セラの時間軸では数年間)、コロニーでエイリアスの行方を捜索する指揮をとっていたため、他人の扱いには幾分慣れていた。


「へぇ、可哀想。ごめんね、からかっちゃって」


 ケタケタと笑って謝られてもセラの溜飲は下がらなかったが、表面上は取り繕った。


 ランスルートはテティスをまじまじと見つめた。同じ魔王の血を受け継いだといっても、顔付きはクロスイツキとは全く似ていない。


 組んだ腕が乳房を支え、スレンダーだが出るところは出ているメリハリのある身体つきは、まだ幼く背も低いのに、女性である事を如実に語っていた。


「いやらしい目だな、人間。テティスから離れろ」


 ディオネの細い腰から抜刀された切先。ランスルートは微笑みながら指で触れると、出血も気にせず自らの心臓に刀を運んだ。


「なっ……⁉︎ 狂っているのか!」

「アハハッ! ディオネの負け〜!」


 慌てて刀を納めるディオネは、そっぽを向いてしまった。ウィシュア皇子は、覚醒出来ない落ちこぼれと散々からかわれた。余裕を取り戻したランスルートには、こんな子供の扱いなんて、造作もない。


「ふ〜ん。セラとランスルート、ね。まぁ、頑張んなさいな」

 テティスは小悪魔のように笑って、ディオネは般若の形相で去っていった。


「お前ら凄いな」

 ボサボサ頭を掻きながら、カイナは人間の強さの一端を垣間見た気がした。





 ニーブックの民家では、家族会議が執り行われた。議題は、健人の進路。


「貰えないよ、アンタのバイトのお給料でしょ」


「都会に行く康平の学費の足しにしてくれてもいいんだ。貯金でもいい」


 母は正直ありがたかったが、気を使いがちな健人がようやく欲しいものが出来たからアルバイトを頑張っていると思っていたので、なんだか悲しくもあった。


 昔は、健人だって都会の学校には憧れがあった。だけど、子供一人を育てるには莫大なお金がかかるし、双子は新級も入学も同じタイミングでやってくるから、ただの一般家庭の灰庭家は厳しいだろう。


 父も趣味だった骨董品レプリカの収集を辞めて、殆どを処分してしまった。残ったのは、日常的に使っていて傷だらけになった黒電話と、振り子時計だけ。


 健人には、そんな趣味すらなく、奨学金をもらってまで追いたい夢も、見つけられなかった。


「卒業したら、バイト先にそのまま就職するよ。先輩に誘われてんだ、なんとかするさ」


「健人」

 それまで黙っていた父は、低い声を発した。


「康平の人生じゃない、お前の人生なんだぞ」


 何を言うかと思ったら。

「分かってるよ。双子だからって、そんなことの区別くらいもうつきます。幾つだとおもってるの」


 もう十七歳。こんなにも長い間、彼らは無償の愛を注いでくれた。


 ……まだ、十七歳。終わらせるには、早かった。


「アッシュ。なんで、君は生きている? 僕はもう、ヒトじゃないっていうのに」


 分裂した自分の半身にさえ、責められている気がした。





「ごめん」

「えっ? うわぁっ⁉︎」


 なんだか凄い音がしたので、健人はベッドから飛び起きた。健人がいきなり目覚めて謝るもんだから、黒髪の少女は慌てて椅子をひっくり返したのだった。


「えへへ……ごめんね。びっくりした?」

「大丈夫ですか⁉︎」

「あ、だいじょうぶ大丈夫! ホラ、ここ医務室だから!」


 ドヤ顔してるけど、そういう意味じゃない。健人は周囲を見渡す。確かに少女の言う通りの医務室に見えた。


「べ、別にいたずらとかはしてないよ? よく寝てるなぁって、顔を覗いてただけ!」


「あ、はい。ここはアルカドの艦で、僕は捕虜ってことですか」


「え、凄い! なんで分かったの!」


 空飛んでる気がするし見たことない部屋だし自分とベッドが手錠で繋がれているし人間の女の子が自分を見張っている。健人は一息で捲し立てた。


「ゔおぉ……」

 少女は変な声を出して関心していた。大丈夫なのか、この子は。とても軍人とは思えない姿に、健人は凄く心配になった。


 作業ロボットは、彼女の散らかした小物を文句も言わずせっせと片付けていった。


「あ、えっとね! お手伝いロボットのハナコ!」

 ハナコは渋々手を上げてやった。

「あ、よろしくお願いします」


「絆創膏をね、取りに来たの。そしたら、おかーさんが、ちょっと見てて、って。えへへ……あっ、目が覚めたんなら先生呼ばなくっちゃ! おかーさーん!」


 少女とハナコは、いそいそと駆けていってしまった。先生? お母さん? 内線を使えばいいのに……。


「元気だよな。なんか癒されるわ……」


 少女と入れ違いで医務室にやってきた少年に、健人は声を荒げてしまった。


「友矢⁉︎」

「……あ?」


「僕だ、健人だ! 生きてた……そうか、生きてた!」


「……なんだテメェ。馬鹿にしてんのか、アッシュ!」


 燈間友矢は、スパイのアッシュに願具の銃口を向けた。

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