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第四話 セカンド・ライフ 1/5 双子

 瓦礫と黒炎の街、神聖アルカド皇国、ザッタ。


 アッシュ・クロウカシスは思い出した。かつての自分、本来の自分。ニーブックのただの学生だった、灰庭健人のことを。


「ぼ、僕は……!」


 取り返しのつかないことをするところだった。いくら記憶がないと言っても、アルカドと本気で戦っていたらと思うと、今この時に正気ではいられなかった。


 しかし、健人は既に罪を犯した。アートの背面と願導マントに、ベットリとこびりつく嫌な感触。ブレインセカンドに押されて潰してしまった、あの兵士の成れの果て。


 人を、殺してしまった。


 健人は、再び吐き出しそうになるのを必死になって堪えると、何度も心の中で謝った。今は、目の前のアレを止めなければならない。





「これが、ウィシュアの遭遇した現象……! 待っていて、ボルク! すぐに助けます!」


 白い繭に包まれるボルク・ウルクェダと、乗機のコード・ウォリアーは、ルミナの声にも反応はない。


「兄様……! まさか、そんな」

 あの日の純白アートと同じ現象だとすれば、兄にこれから降りかかる事態に、フローゼはいてもたってもいられなかった。


「これ……フローゼの報告にあった奴なの……?」

「転生って、ゼーバの機体だけじゃねぇのかよ⁉︎」

「うそ……まさか、私たちの機体も……?」

 セプテントリオンの若者たちは動転している。それは、惨雪やゼーバのパイロットたちも他人事では無い。


「兄様。いっそボクが、この手で!」

 身内の恥は、身内で蹴りをつける。名門ウルクェダが、モンスターのようなものを産むわけにはいかない。


「俺の相手はどうした、フローゼ?」

「退け、皇子!」

 ランスルートは、フローゼを止めようと立ちはだかった。ボルクがルミナを想っての転生ならば、その姿を見てみたかった。


「ボルクの願いの結果だ。見届けろ、フローゼ。それで苦しむのなら、それは貴き俺の命を亡き者にしようとした罪の苦しみだ。存分に苦しんでもらう」


「黙れ! そこを退け!」


 フローゼたちに殺されかけて、ランスルートは姉のことさえ信じきれなくなった。何せ、実の親の神皇と兄のセインが自分を殺すように指示を出したのだ。


 姉のルミナも本心では、純白になれなかった自分のことを化け物だとでも思っているのかもしれない。


 ボルクの姿が化け物になっても、ルミナが変わらず接してくれれば、彼女の心は、きっと清く美しいままで、ランスルートをウィシュアとして受け入れてくれるはずだ。


 あの日見た、醜い泥の巨人さえ慈しむ少女。


「菫の花」を思わせる、健気で可憐な少女のように。





「これが融合分裂か。目の前で見るのは始めてだな」


 赤髪の少年であった古代人のセラは成長し、青年となっていた。


 健人がアッシュの姿となって眠っていた頃、家族であるエイリアスを捜しにコロニーの深部に赴き、イツキと同じように遙かなる時の中で数年間を過ごすことになったのである。


 副官であるフィンセントはニーブックから動けない。自ら志願した事とはいえ、その旅は過酷だった。記憶の無い少年が、兵士(ソルジャー)に変わるには充分な環境だった。


 隔離空間では無かった為、自力での帰還を果たした。多くの仲間を失いながら、それでも、エイリアスはついぞ見つけられなかった。


「おかしなものだな、人間とは」

 ホワイトホーンのレーダーが、接近する機影を捉えた。


「ごめん、メアリ。協力してくれ。あれを結界で覆えるか?」


「アッシュ? あの繭のようなものは一体……」


 メアリは顔面蒼白な「アッシュ」に驚いた。大丈夫なのかと尋ねるべきか、彼女が迷う内に「健人」は言葉を続けた。


「僕のような邪悪が産まれる。だけど、あれが願導合金のせいだというのなら、その働きを阻害してやれば」


 健人の考えが正しい保障は無い。しかし、何かをしなければ、ボルクも「自分たち」のように苦しむことになるのかもしれない。


「僕、ね」

 セラは、健人の帰還を素直に喜べなかった。





 ザッタの街を雄叫びが包んだ。人ならざる獣にも似た声は、繭を見て泣いているようにも見えた。


「大丈夫。落ち着いて、お兄ちゃん!」


 お兄ちゃんと呼ばれた願導人形は、自身に流れる純白を放出し、マジェリカの漆黒を塗り潰した。


「どうしたの、お兄ちゃん⁉︎」

 マジェリカの静止も聞こえない。巨大な鋏で健人のアートを挟み込み、お兄ちゃんは戦線から離脱していく。


「アッシュ!」

「メアリ、繭を頼む!」


 頼むと言われても、メアリにもアルカドの攻撃が押し寄せ、繭には接近出来ない。よく分からない事態でもジュードとカイナは変わらずアルカドの願導人形を襲い、友矢も援護射撃を続けた。セラとイツキは殴り合い、撃ち合い、テティスとディオネは狼狽える人間を嘲笑った。


 シリウスとゼーバ艦の撃ち合いの流れ弾は街を焼き、やがてボルクの繭は割れ、中からは、やはり純白を放つ悍ましい巨人のような化け物が生まれた。


「でましたね、モンスター! ボルク、いまたすけます!」


 ルミナは一切の躊躇いもせずにそれを撃ち抜いた。外骨格が固着する前だったのか、それは醜く膨れ上がり血を捲き上げて破裂し、戦火の街中に肉片が転がった。


 純白だったルミナのコード・セイヴァーは鮮血に塗れ、ランスルートを落胆させた。



「…………姉上。それは、ボルクですよ」



「なにを言っ、ているのです、ウィシュア? 人間が分裂し、て化け物になるわけがないでしょう? 貴方も、ガンドールに取り憑くモンスターの存在は知っているはず。その、せいで、ボルクは、あんな、あんなことを、口走ったのですね。きっと転生も、その影響なのです……!」



 ルミナは、至って真面目に話した。真面目に話したように、彼には見えた。ランスルートは周囲を何度確認しても、寄生するというヤドカリガの死骸を発見できない。


「そうです。サツキ様も生きています。だって、サツキ様がクロスイツキを産んだだなんて、どう考えても可笑しいもん」


 度重なる理解の及ばない事態の連続に、清く美しく育てられたルミナの精神は、既に限界を迎えていた。自らで事実を一つ一つ確認するように話す。それによって彼女の中に、間違った事実が真実として記憶されていく。


「それよりも、ボルクは……あれは、サツキ様?」


 ルミナは血塗れの機体の手で「モンスター」の足元にいた「それ」を優しく介抱した。漆黒の願力と白い繭に身を包んだ、クロスサツキと瓜二つの女性が佇んでいた。


「ボルクなのですね! まさか、サツキ様の御姿に生まれ変わるなんて! ほら見なさい! やっぱり、サツキ様は生きています⁉︎」


 転生をしたボルクは、自分の願力の色と、自分をサツキと呼ぶ女性の声に嫌悪感を抱いた。


 ルミナは笑顔を見せ、手を上げて、はしゃいでいた。彼女の宝石のように美しかった瞳は、光の反射を忘れたように酷く濁り燻んでいた。


「お前も、結局あいつらと同じか」

「ウィシュア?」

 震える手で姉に照準を合わせる。ランスルートの行動を、ルミナはきょとんとした顔で見つめた。


「あんたは俺の報告を信じていなかったんだ。純白になれない落ちこぼれの言葉なんて、信用出来ないってな」


「どうしたのですか……? まさか、貴方まで寄生を⁉︎」


「まだそんな事を……。俺の願力の色にも、ボルクの見た目にも捉われて。操られているのは、貴女の方じゃないんですか、姉上」


 覚醒出来なかった自分より、自分の信じたいものしか見えていない姉の方が、化け物に見えてならなかった。





「お兄ちゃん」は、その巨体のせいか長時間の飛行は出来ず徐々に高度を下げていった。


 健人は、周囲に人がいないのをセンサーで確認すると、ファングブレードに重結晶の牙を作らせ、地面に突き立ててブレーキにした。お兄ちゃんを振り解き、両者は道路に倒れ込んだ。


 一輪の花が、彼らの目に止まった。


「……菫」


 健人の言葉に、お兄ちゃんは微かに反応を見せた。道端でも健気に咲く花。幼馴染の少女とよく見た、彼女と同じ名前の花。


「なんで、こんなことになったんだ、浦野」

「……なんのこと、アッシュ?」


 尚もとぼけるマジェリカ……いや、浦野菫に、健人の心は決壊した。


「お前には、菫だった頃の記憶があるんだろ? そうじゃなきゃ、説明がつかない」


「マジェリカとアッシュでお似合いだったのに」


 健人に下手な言い訳は通用しない。菫は観念したのか、短く溜め息を吐いた。


「本物のマジェリカはどうした? お前の両親は、友達は? 千秋と春歌は、ニーブックの人たちは、どこにいったんだ⁉︎」


「マジェリカは私だよ、先輩。ニーブックのみんなは……仕方ないよね」


「……マーク博士か。僕がこうなったことで、似た事例を試そうと実験でもしたか」


「なんでも分かっちゃうんだね、健人先輩。賢い賢い。だから康平くんと張り合うことから逃げて、バイトしたお金をあげて、あの人の神都行きを後押ししたかったんだ?」


「そうだな。あいつはガンドールの操縦の才能もあったし、純白になりたいって夢もあって、訓練もずっと頑張っていたから。どうしようもない僕とは違って」


「凄いね、残念だよ、先輩」


「お前も僕のこと、良くわかるんだな」


「そうだね。……ずっと、側で見てたから」


 呟いたマジェリカの表情は、菫の曇り顔と重なった。


 マジェリカを悲しませたのが許せなかったのか、不甲斐ない健人が気に食わないのか。お兄ちゃんは唸り声をあげて、健人に襲いかかっていった。


「怒っているよ、健人お兄ちゃんが」


 融合分裂したあの日、朦朧とする意識の中で、健人は確かに巨人を見た。この「お兄ちゃん」は、分たれた巨人の健人をマーク博士が改造したものだ。


 再び双子になってしまった赤髪の健人にも、意地はあった。


「僕の半身なら、何故僕を襲う!」


「お兄ちゃんは欲しいんだよ! もう一度、先輩と一つになりたがってる! 博士なら、出来るかもね!」


 巨大な健人の腕は、小さな健人を求めて振り回される。彼らを傷つけないように、アートは逃げ続けた。飛びかかる異形の腕と巨体は、次第に街を破壊していく。


 健人は、何度も、何度も、しつこく周囲に人がいないことを確認した。ホワイトホーンとブラッククロスが、こちらへ飛来するのが見えた。


「お前はどうなんだ、浦野! このままアルカドと戦うのか! 僕たちの日常を破壊したのは、ゼーバなんだぞ!」


「もう遅いよ! 私たちの日常なんて、返ってこない!」


「僕たちのような目にあう人を、増やすことになる!」


「私たちとは、関係ない!」



「……分かった!」



 決断した後は早かった。健人は、異形の腕をシールドでいなしながら、ファングライフルのヘビィモードで「お兄ちゃん」の踵近くのアスファルトを砕く。

 ブレードを「彼」の長い首に押し当てスラスターを噴かすと、窪んだ道路に脚を取られ、巨体は仰向けに倒れ込んだ。


「大胆なんだ、健人くん。女の子、押し倒すなんて」

「冗談じゃないんだぞ」

「冗談で押し倒されてたまるか!」

 それは、まぁ、ごめん。健人と菫が軽口を言い合えるのは、これが最後なのかもしれない。


「お前たちをそうさせたのは僕の罪だから、君たちのせいじゃない。記憶を失くして、悪かった。菫も、健人も、ごめん」


 お兄ちゃんの胴体にあるコックピットに、銃口が突き立てられた。


 ――頼む。止まってくれ。


 決断できた筈だった。健人に、彼女を殺せるわけがなかった。


「すぐ、そうやって……なんでも背負い込んで!」

 菫の漆黒が、純白のお兄ちゃんに注がれていく。白と黒が、混ざり合わずに斑を描いた。


「私は、健人くんのお荷物じゃない! 私が、健人くんを幸せにする‼︎」


 斑模様の力をセーブ出来なかったのか。はたまた、健人を殺す気だったのかは分からない。


 お兄ちゃんの鋏は加減を知らず、健人のアートを握りつぶした。爆発が起こると、血が辺りに飛び散った。


 菫とお兄ちゃんの慟哭は、やがて雷雨を呼んだ。願導マントが、寂しそうに空を舞っていった。

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