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第三話 面影 7/7 花と巨人

 ――あの日。


 コロニーの内部にて、ウィシュア皇子と友矢の遊撃騎士団への入団テストがあった、あの日。


 空間を割いてコロニー深部から現れた黒須樹のブレインと、アッシュ・アッシャーのラスティネイルの戦いは、激しさを増していた。


 モンスターの巣、コロニーの低重力地帯は蟲たちの死骸で埋め尽くされ、エヴァはコード・サマナーの願ドローンを複数連結させて広域バリアを展開し、二つのアンティークの激突の余波からレイザーの艦を守るので精一杯だった。


「アッシュ!」

 イツキは、ブレインの右腕でラスティネイルの顔面を殴りながら、エヴァが教えた「敵」の名前を叫んだ。


「そんなもの、スパイ用の偽名だ。俺には、家族に貰った大切な名前がある」

 アッシュと呼ばれた赤髪の少年は一呼吸置き、大事な宝物を宿敵に告げた。


「俺は、セラ・クロウカシス。エイリアス・クロウカシスの家族だ!」


「エイリアスの……⁉︎」

 イツキは、赤髪のアッシュ・アッシャーことセラ・クロウカシスが、何故自分を敵視するのか合点が入った。


「そのブレインは、エイリアスのものだ! 家族の機体を返してもらう!」


「こっちだって、母の形見のようなものだ! 渡せるかよ!」


 家族を想う二人の男は、古代人形に譲れない願いを込めた。


(ククク……。家族、ねぇ)


「黙れ背後霊。お前にとっても、ブレインの右腕は因縁の相手だろ?」


(どうかな? まあいい。やってみろよ、クロウ、カシス)


 二機が放つ力の共鳴で大地がめくれ、空間が振動を起こす。幾重にも廻る幾何学な魔法陣が宙に描かれた。


「怒れ、ラスティネイル! 吹き荒べ、ディス・プリズム!」

「輝け、ライトアーム! 跪け、アーク・ドミナント!」


 ラスティネイルの屈折した光が空間を裂き、ブレインの重力波は大地を鳴動させた。


「撃ち砕け!」

「打ち砕け!」


 戦闘中、エイリアスが口癖にしていた言葉。二人にとっての大事な家族の言葉。


 拮抗する衝撃、砕け散る重結晶。装甲は剥がれ、フレームは歪み、巻き込まれる蟲の死骸たちは粒子となって世界に還っていく。


 眩い白と黒が辺りを包み、やがて残光の果て、巨大なクレーターが灰色のコロニーに浮かび上がった。


「……エヴァリー様、魔族の援軍です!」


 接近アラートとオペレーターの言葉が、静かの海から現実へ引き戻した。地に伏し動きを止めた二体の人形を挟んで、アルカドのレイザー艦はニーブックからの魔族の援軍と睨み合う。

 両者は、それぞれのアンティークを回収すると、砲口を向けながらも撤退を開始した。


「ヒャー! 凄まじい! 素晴らしいぞ、ラスティネイル!」


 マーク・キュリー博士は、不本意ながらもラスティネイルの名を受け入れていた。こいつを解析出来れば、自分の願導人形は更なる高みへと至る。下品な笑いが、魔族艦から洩れ出るようだった。





「ジュード様、逃げて……」


 魔族の猫耳少女兵マジェリカのノエルは、尊敬するジュードの援軍に駆けつけ、彼を庇って絶命した。


「ヘッ! 誰か知らねぇがよくやったぜ、肉壁!」


 彼女は以前、ジュードに命を救われた経緯があった。しかしジュードは作戦を遂行した結果そうなっただけで、ただのマジェリカの片思いだ。


「援軍か、厄介な!」


 マジェリカを排除し、ジュードと戦わされているレイザーは、一人愚痴っていた。早くウィシュアの救出に行かなければ、サツキを失った時の二の舞になりかねない。


 嫌な感覚、煌びやかな皇子に似つかわしくない脂汗が、銀髪を濡らした。





 機体を失ったウィシュア皇子は、生身で放り出された。此処が低重力地帯でなければ、無事では済まなかっただろう。


「皇子!」

「フローゼ、奴を撃て!」


 目の前の白き繭。自分が斬り裂いた、純白アートの成れの果て。あれを放置は出来ない。


「しかし、軽率な行動は」

「責任は俺にある」

 確かに、今更の話だ。レイザーの制止も聞かず暴走の挙句、得体の知れない繭を誕生させてしまった。どこまでがウィシュアの罪かは分からないが、フローゼは愚かな主の言う通り、その繭に狙いを定めた。


「健人くん!」

 浦野菫のアートが、繭に寄り添った。菫は、またも健人に迷惑をかけたと悔やんでいたが、健人はそんな事思わないだろう。


 フローゼの撃ったライトは、偶然にも菫に向かって突き進んだ。光は、繭から這い出た腕に止められた。





 光が、全身を覆っていた。優しい痛みが満たし、やがて激痛と共に右腕が砕けた。痛みと絶望から流れた涙は、左目諸共に粒子となって消えた。


 全身が砕け散る。少しずつ、じわり、じわりと。


 その音を感じる耳も、肌も、全てが光に還って、狭いコックピットの中に溶けていく。


 無限のような生き地獄。果てのない死刑宣告。


 漂うものを見つめる心は、誰のものなのか。

 今の自分は、果たして何者なのか。


 閉じた弦が廻る。


 光る糸が泳いでいる。


 純白アートの中で健人は、砕け散った意識を掻き集めようと、もがくことしか出来なかった。



「同じ苗字なら、俺とエイリアスは家族だな!」

「エイリアスの操縦は凄いな。俺もいつか、アンタみたいに」

「エイリアスが消えた? 何言ってるんだ、博士!」

「俺がエイリアスを捜す。クロスサツキって言ったか? 純白なら、アルカドに戻ったかもしれない……!」



「健人。お前は、アルカドと戦わなくていい」



 セラの声が聞こえた。純白アートに残された、彼の願力、残留思念が「健人だったもの」に纏わりついていく。


 光は、純白アートと健人を溶け合わせ、まるで虫のように繭を形作った。


 しかし、異なるもの同士が、そう簡単に一つになれるものではない。イツキを排出したサツキのように、この繭もまた、二つの不完全な命を生み出した。





「なんだ、何が出てくる⁉︎」

 フローゼの光弾を止めた巨大な腕は、菫を守ったようにも見える。腕はまるで、ラスティネイルやブレインが空間相手にやったのと同じように、繭を突き破り、この世界に誕生した。


「健人くん……? 健人くんなの?」

 菫は思わずコックピットハッチを開き、身を乗り出してそれを凝視した。


 固まりきれず泥のように溶け出る肉。剥き出しの心臓部は脈打ち、それを支える巨人のような外骨格には、微かに皮と肉がへばりつく。純白の願力と漆黒の瞳が、世界を睨んだ。


「ひっ……⁉︎」

 フローゼのコード・アーチャーから色が消失した。恐怖で体がすくんで動けない。


「ば、化け物……!」


 全長七、八メートル。純白アートの成れの果て。

 とても醜い、泥の巨人。


「なんだ? 何かが」

 ウィシュアが、ソレの足元の違和感に気がついた。息苦しかったのか頭の包帯を剥ぎ取り、赤髪を覗かせ倒れ込む少年の姿があった。


「アッシュ……? あれのパイロットは黒髪のニーブックだったはずだ……なにが、どうなっている」


 全身を包帯のような繭に覆われたミイラ男。セラと瓜二つの姿に変化した、灰庭健人。



 健人が気づけなかった違和感。



 願導人形を操縦するには、機体に使用されている願導合金に、自身の願力を記憶、定着させる必要がある。生体認証と、その上書きのようなものだ。

 しかし、この時の健人は「セラが使用していた直後の純白アート」に乗り換え、そのまま起動、操縦することができた。こんなことは、通常あり得ないことだ。


 ニーブックの惨劇でラスティネイルの支配を受けたセラと健人の二人は、そのせいで互いの願力の境界線が曖昧になっていた。

 純白アートとリンクし過ぎた健人は、そこに残されたセラの願力、記憶を、自分のものとして受け入れて、その身に取り込んでしまった。


 機体と融合、分裂した彼は、健人としての記憶を一時的に失い「スパイをしていたアッシュ」としての記憶に動かされた。



 アッシュとなった健人と、泥の巨人の健人。



〈――転生――〉



 一言で言い表すのなら、そうなるのだろうか。フローゼには、そんな神の御業には到底思えなかったが。


「健人くん……ごめんなさい、健人くん!」

 泣き出す菫の涙を拭いたかったのか、泥の巨人は菫のアートに優しく手を差し伸ばした。


「健人くん……。うん、そうだね、帰ろう。私たちのニーブックに……」


 赤髪の健人を拾い上げ、寄り添い合い、互いに身体を支え合いながら、菫のアートと醜い巨人の健人は、北を目指す。


 プリズムに色を変える花実(はなみ)の中、姿形を変えても、不変の愛の姿を見た。ウィシュアは、ただ、その美しい後ろ姿を記憶に焼き付けていた。

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