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最終話 歯車 7/7

 願いの海、イェツィラー。

 セカンドIIが加速する、ブレイン・ヘモレージが王冠を輝かせた。


 流出界ブリアー。影絵が照らす、世界を産み出す。

 天の翼でブレインセカンド・ルシフェルが駆ける、八咫ブレインセカンドが黄金を導いた。


 重力が繋ぐ脳次元、彼らの始まり、アツィルト。

 マフラーが揺れる。二体のブレインセカンドが、真正面から激しく衝突した。



 彼らの果て。物質世界アッシャーで、新たに生まれた泥の巨人。ケントはユイの存在を感じた、カノープスの格納庫が座標となった。射出された複数のエレクトリックバレット、高性能充電池、全てをセカンドIIに装填。


「いくぞ、セカンド」


 二つのマフラーに光が奔る。目標は一つ、泥の巨人のコックピット。ケントの狙いは正確だ、それが外れる事は、期待出来ない。


「うおおお!」

 ブレイン・ゼーバの巨腕が薙ぎ払われた。コード・エデンのドローンが盾となり、その両腕が押さえ込む。ヂィヤとメアリ、大罪を従えし二つの漆黒が泥を跳ね除け、粉砕する。


 友矢のセプテム・アルコルの狙撃がヒットする。セカンドIIの暴撃が追い討ちをかける。泥のコックピットが穿たれる、内から、粒子が噴出する。


「誰も、いない……⁉︎」


 ランスルート・グレイスは、散っていったゼーバと一つとなって、このアッシャーから消失した。ブレイン・ゼーバの(ブレイン)と成り果てた。


「嫌だ……! 俺もゼーバだ! 俺を置いてくな!」

 カイナは一人取り残された。遥か先を行く仲間を望み、傲慢を仰いだ。


「ジャッジメント!」

 コード・エデンが泥を掻き分け、コアを砕く。


「何個めだ、エヴァ⁉︎」

「十三……! 反応は、未だ消えず!」

「強欲め」

 複数の生命を持ったブレイン・ゼーバ。ダニバッタを超えた浅ましさに、彼の兄が溜息を漏らした。


 ダテンゲート・トランスルーセントは尻尾のバレルを展開して王の勅命をばら撒いた。跳ねる泥を地面に撃ち落とし、迫る指を乖離の剣で切断した。


「人は、どのようにも進化するのか」

「あれが人の果てだとでも……?」


 メアリのカスタムメイドが色欲と怠惰を形成した。願いを押し留めるのに終始する。粒子結界で阻害する。


「ウィシュア。お前、それで満足なのかよ」

 友矢の狙撃が泥を穿つ。それだけで良い。それだけが自分の役割。それだけで、親友の支えになれる。


「終わらせろ、相棒!」

 セプテム・アルコルの背面が変形、狙撃銃と合体。弩級の弓弩が狙う先、菫色のマフラーの呼び声が聞こえた。


「オーバーライト! 照準、いけーー‼︎」


 放たれた純白の破魔の矢が、アライブシールドに直撃してセカンドIIを押し込み加速させていく。


「逃すものか」

 ケントは奴を逃がさない。その存在の全てを捉えた。


「奴に敗北を刻め! ブレインセカンド‼︎」



 イェツィラーのセカンドIIがブレイン・ヘモレージの王冠を砕き斬る。王のセカンドは傲慢で捩じ伏せようと紫の半身に力を込めた。


「ハイバ!」

「死ね!」


 エア・プリズムがフレア・プリズムに焼かれて弾け出す。セカンドIIがアルカドの推進システムで重圧を跳ね除ける。ただ一点の目標へ向かって特攻する。


「……貴様は!」

「刻め!」

 両腕のファングに両翼のマフラーを接続、イルミネーターの光と重結晶が脳内出血を叩き斬った。



 影が揺れる高次元ブリアー。明減する光が怪しく二人を照らし放つ。八咫ブレインセカンドが右腕から糸を垂らす、かつての自分が操るミスティネイルを召喚使役、片翼の排気筒がルシフェルを猛追した。


「生まれ出でよ、我が眷属!」


 堕天使から死神のオーグが流出。王の器テティスの漆黒と、その従者たちが群がり鎌首をもたげた。


「最後まで邪魔をしてくれた! テティス!」

「滅びろ、ハイバ! 彼の前から!」


 八咫ブレインセカンドのライトアームからただの閃光を放つ。目に頼る願導人形のパイロットは防ぐ術を忘れる。ケントは見る必要が無い。感じれば、そこに敵がいる。


「刻め‼︎」

 左腕の牙が死神を割き、八咫烏の背面から伸びた第三の腕が、背後から迫った堕天使の腑を貫いた。



「ハイバァァッ‼︎」

「グレイス!」


 漆黒のセカンドからマフラーがたなびく。純白のセカンドからセイバーの樹が現界する。脳が再現せし彼らの始まり。偽りにして真実のアツィルト。


「お前さえ!」

「お前だけは!」


 牙と剣が激しく悶える。黒と白、全く同じレベル19。二人のベトレイヤー、同型機、兄弟機のブレインセカンド。だから負けられない、だから許せない。互いは互いを殺さなくてはならない。二人は、互いに倒すべき特別だった。


「死ね」

「死ね!」

「死ねぇぇ‼︎」


 大樹となったセイバーに、ファングブレードが砕かれた。ケントの左腕、サヴァイブシールドに光が灯る。マフラーが風を描いた。


「躱すまでも、無い‼︎」


 黒が左腕で打突する、白のコックピットだけを激しく揺さぶった。何度も、何度でも。強固なサヴァイブシールドが変形する。血が湧き辺りを満たす。何度でも、何度だろうとも。特別な資質なんてかなぐり捨てて、ただ、奴の全てを砕き打ち捨てた。


「死ぬものか、貴様なんぞに‼︎」

 ランスルートのセカンドが立ち上がる。砕けた翼をそのままに、血を滴らせて蘇る。黒のセカンドの頭部を斬り、全身を八つ裂きにして消し炭に変える。


「刻み込め‼︎」

 灰となった黒きセカンドは切り裂かれた右腕で自らの頭部を鷲掴み、白いセカンドの頭上へと叩きつけた。


 破壊して、破壊されたまま、二体のセカンドは殴り合いへと突入した。アツィルトは脳が見せる幻か。だが二人が同じ幻を見たのなら、それは二人にとっては真実となる。


「殺す!」

「死ね!」


 白い腕が黒きコックピットを狙う。黒の腕はそれを読み、その腕にカウンターを打ち込んだ。

 打ち込まれた白の腕がへしゃげて、自ら白の(なか)を抉り取った。



 親友の願いを背負い加速して、セカンドIIが泥の巨人に組み付いた。粒子を取り込んだブレイン・ゼーバ。戦場の全てがゼーバに味方した。アッシュ・ドライブは鳴りを顰め、微弱な願力が今の彼らを突き動かした。


「死ね」


 ケントは複腕の全てを突き刺した。泥が抵抗する、構わない、パイロットから生えた副腕が唸りを上げる、操縦桿を迷わず押し込む。


「オオオオオッ‼︎」


 言葉にならない(わめ)きが泥から溢れ出す。ゼーバの全てが勇者の命を妬んだ。

 ケントは相棒のコックピットハッチを開いた。義手を繋いだままケーブルで伸ばし、相棒の肩へとよじ登る。副腕と左腕をファングブレードへと添わせ、セカンドと協力してゼーバへと押し込んだ。


「ガアアッ! ハ、ハイバ……! ハイバケント‼︎」


「全ての次元で敗れた気分はどうだ、敗北者!」


「まだだ! まだ、このアッシャーがある!」


「お前は俺だ。俺はお前だった。俺の中にお前がいる。お前の中に俺がいた。全ての世界からお前を消すには、俺とお前の対消滅しか道は無かった」


「貴様と心中なんて、真平(まっぴら)だ!」


「そうだな。どうかしていた。僕は僕で、お前はお前だ。決して、互いにはなれない! だから、もう死んでくれ! ……ランスルート!」


「……ケント‼︎」


 二人の男が力を込める。互いの全てを殺す為。互いの全てを壊す為。決して相容れない、決して並び立つ事は出来ない。二つの質量は引きつけ合い、近づく度に磁石のように反発した。


 ファングブレードが唸りを上げる。ゼーバの腕が激しく抵抗する。セカンドIIが、主とのケーブルを断ち切った。


「……?」


 量子コンピューターの無い世界では、機械のシンギュラリティは起こり得ないと言われていた。だからこれは、彼らの心が勝手にでっちあげた物語でしか無い。


「セカンドIIの内部に高エネルギー反応!」

「なにが起こっている⁉︎」


「セカンド」


 アッシュ・ドライブの暴走なのか、オーバーライトの副作用か。ラスティネイルやライトアームを接続したせいで、矢張り異常が発生していたのか。ケントのブレインセカンドは、最後に相棒を置き去りにして、ゼーバと共に自らの命を散らした。


 爆風が彼だけを吹き飛ばして、それを親友がマニピュレーターで受け止めた。


 やがて霧は晴れ、巨大な骸は風に吹かれて乾いて灰となった。蟲のコロニーに、安寧が訪れた。菫の花は、やっぱり咲く事は無かった。



「おかえりなさい。ケント」

「……ただいま、ユイ」


 ただ、その温もりが、今の二人には必要だった。



「我々」世界粒子による語りも、ここらで一度幕を引こうと思う。これからは紛れもなく、彼らの世界の物語だ。





 1961412





「もう! ママも起こしてくれても良いのに!」

「きちんと起きられないサニアが悪い。ほら、寝癖」


 今日は大事な旅立ちの日。「ボク」は急いで準備を済ませると、弟とママを家に残して走り出した。


「いってきまーす!」

「後でお見送りいくからねーって」

「あとあとみくりくかねー!」


 かわいい弟の声に後ろ髪引かれながら「ボク」の心は晴れ晴れとしている。本日は、晴天なり!



「俺」は妻と花屋に来た。目移りする色に、忙しなく彼女の笑顔が饒舌になる。


「見て、康平。これにしよう」

「なんでも良いよ。どうせ向こうで準備してる」

「お前……ロマンの無ぇクソオトコだなぁ!」


 はあ、やれやれといった顔を奏にされる。どうせ兄ちゃんにやる花だ。どうでも良いよ。


「あれ? あの人」

「今度は何?」


 花屋の店員さんは美女だった。仲睦まじそうに旦那さん? と寄り添って、他のお客さんと談話していた。


「菫……?」

「フィリアさんじゃないの……?」


 彼女がこちらに気付いて会釈をした。記憶が無いのか、いや、多分、他人の空似だろう。

「俺」たちは、綺麗な花束を見繕ってもらい、その場を後にした。彼女の朗らかな笑い声が、妙に懐かしかった。



「我が輩」は、ドライグである。名前は兄弟とおんなじである。「我が輩」は我が輩なのだから、名前なんてどうでも良いのだ。「我が輩」腹の虫を退治したい。


「なあ、親父殿。腹減った」

「アホか! これからって時にお前」

「イノシュ・バインも腹減ったよなー? 減ッテルヘッテルー!」

「時間だよ、ドラちゃん!」

「おお!」


 仕方のない話である。「我が輩」遂に旅立ちの日を迎えた。感慨深いものだなぁ。


「間に合った! セーフ‼︎」

「遅いぞ、サニア」

「ごめんなさい、ケントさん!」


 サニアは家から直接やってきた。大事なイベントごとには前乗りが基本である。自覚が無い。なっとらんのである。


「なんか言った?」

「心の声である」



「今日と言う日を迎えられた事。(わたくし)たちは、生涯忘れる事は無いでしょう」


「我々の辿った道は長く、辛く、そしてそれは永劫続くであろう。しかし、傍の誰かと手を繋ぎ、それを人類が続けていければ、きっと世界は一つとなれる」


「この星は、丸いのですからね!」


「さあ。そろそろ時間だな! では呼ぼう。我々『クロス共和国』そして、人類史に名を残す、勇者たちだ!」


「灰庭ユイ」

「ケント・フィール」

「サニア・ウルクェダ」

「マーク・ドライグ」

「イノシュ・バイン」


 ディオネ様とグリエッタ様に紹介されて、壇上のイノちゃんは元気良く手を挙げました。観客席に集まった皆に風が吹く。あたたかい夏の日差しが照りつける。

 イノちゃんに遅れて「私」たちも壇上に登りました。


「緊張ー」

「ユイ、足あし」


 あっ。同じ側の手足が動いてた。大事な場面でやらかした。「私」の体が熱を帯びた。しにたい。


「もう。しっかりして下さい先輩」

「サニアに言われるとは。先生も形無しであるなぁ」

「ニアちゃんとドラちゃんが図太いんです」

「おい、最年長」


 彼が最後尾から声を掛ける。優しくて力強い、少し低めの大好きな声。


「よし、登壇成功!」

「成功した要素ありました?」

「台無しである」

「先に失敗しとけ、もう」


 記者のロバート・ワンダさんからインタビューを受ける「私」たち。クラウザ大統領は号泣してる。笑いと緊張が会場を包む。いよいよだ。


「では、花束を」


 康平くんと奏ちゃん。友矢くん御一家に、ディオネ様グリエッタ様。マナとメアリ、魔族や他にもみんなが駆けつけてくれた。


「ほんと、話題が尽きねえなぁ」

「忙しいのは良い事だ」

「平和な証拠」

「ユイかわいい!」

「ありがとう、マナ」

「お揃いの服だから、我が輩もかわいいのである?」

「アンタデカすぎ。どんだけコストかかってんの、この特注品」

「皆さん、そろそろ」


 機内に乗り込む。別れは何度経験しても辛いけど、旅立ちは誰でも乗り越えて来た道なんだ。


「はい鼻水」

「ゔえぇ」


 お約束が終わってシートに座る。カウントスタート。


「五」

「よん」

「参」

「にー!」

「1‼︎」


「おねーちゃん、いってらっしゃい!」


 重力から解き放たれてシャトルが飛ぶ。大気圏を突破して、体が暗黒に浮かんでいく。成功した。



「みて、ケント!」

「……セラ」



「僕」らの星。太陽系第三惑星「THERA(セラ)」。

 古代の世界では「地球」と呼ばれていた星。


「綺麗ですね!」

「我が輩たち、さっきまであそこにいたのか? 信じられんな」

「うん。ここまで来たんだね。ケント」


 小さな星の中で争い、それに飽き足らず、未知を求め続けた人類の果てしなき欲望は、遂に外側へと進出した。


 だけど欲望って、そんなに悪い事ばかりじゃない筈だよね。


 欲望があるから、僕たちは生きている。

 欲望のおかげで、私たちは手を取り合った。


 滞留した流れは腐り、やがて花を育てた。

 歯車は回り、次の手を動かして、巨大な機械を走らせた。


 失ったものは多く、それでも前を向いて進んできた。

 命が命を繋ぎ、糸を紡いで明日を見つめた。


 僕らの失敗も

 私の後悔も


 僕たちが叶えられない願いだって

 いつか、誰かが受け継いで、受け継がれて


 そうして世界は回っている。廻っていく――

ありがとうございました!

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