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第三話 面影 6/7 観測者は呆れる

「フローゼ、何も今やらずとも! 優先順位を履き違えるな!」


 兄であるボルクの叫びからは、ランスルートの排除は決定事項だと言うことが察せられた。


「神皇様の御命令は絶対ですよ? ボルク兄様」

 ブレインセカンドの周囲を、神の盾の騎士たちが包囲していく。皆、フローゼと同年代の若者のようだった。


「純白になれない皇族なんて、前代未聞ですもんね」


「我々、神の盾も悩んだのだ。フローゼの父君、ウルクェダ家は、ウィシュア皇子の名前と立場を奪えば、それでいいと考えたのだがな」


「神皇様、怖〜! 御自分の息子でも容赦ねぇ!」


「まあ要するに……死ね、ってことだよ。ランスルート・グレイス」


 口々に罵る若者たちは、ブレインセカンドへ一斉に攻撃を開始した。


「同士討ち? どうすんだ、艦長⁉︎」

「神の盾……レイザー様は、しくじったな」


 反撃開始というところで仲違い、あまりに馬鹿げた展開に、空いた口が塞がらない。ジョージは各機に帰還命令を出したが、神の盾が聞くとは思えなかった。


「なになに? 仲間割れ?」

「人間は愚かだな」

 テティスとディオネの感想に、否定する者はいなかった。





「アッシュ!」


 戦場に似つかわしく無い、朗らかな声が響く。ジュードと共に遅れて出撃したマジェリカは、傷心の〈アッシュ・クロウカシス〉と合流を果たした。


「チッ、俺は行くからな! 全く、なんで俺がガキのお守りなんか……」


「博士の命令が無かったら、お前となんか行動するもんか!」


 前線へと向かっていくジュードの背中に、マジェリカは「あっかんべー」と吐き捨てた。ジュードに恋している筈の彼女のものとは思えない態度は、相変わらずだった。


「見てみて、アッシュ! 私専用機だよ!」

 態度を一変させたマジェリカは、欲しかった玩具を買ってもらった子供のように、アッシュに見せびらかして、はしゃいで見せた。


 継ぎ接ぎで無理矢理伸ばしたような長い手脚、人型から外れた歪な造形。長身痩躯で猫背、手に指は無く、鋏を生やした姿は、蟲を思わせる。


 通常の願導人形の二、三倍もの巨大な異形と、アッシュは目が合った気がした。何処までも澄んだ漆黒の眼、穢れなき絶望の色が、アッシュの全身に突き刺さる。マーク博士開発の新型機〈シオン〉という名前らしい。


「さあ、行こう! 初陣だよ『お兄ちゃん』!」

 また勝手に、なんて名前をつけるんだ。


 純白同士の戦いといい、アッシュの理解の及ばない事態が動いている。それだけは確かだった。胸騒ぎを覚えたアッシュは、マジェリカに置いていかれないように「お兄ちゃん」の後を追った。





「フローゼ……純白至上主義者め!」

 ランスルートは既に撃たれた以上、フローゼと話してわかる状況ではないと悟り、彼らを敵と断定した。

 高性能のパーツで造られたせいか、ブレインセカンドの損傷は軽微だった。これならば、まだ十二分に戦える。


 若者たちのコード・シリーズは、近中遠と、きちんと役割分担が成されていた。実戦には殆ど顔を出さない神の盾らしい教科書通りの戦術だが、ランスルートが数で圧倒されるのは目に見えている。


「やーい! 願力クソ雑魚!」


「純白になれないお前如きがさぁ!」


「ハハハッ! その程度ですか? お・う・じ・さま!」


 何より、願力の差は歴然であった。軽戦士アーチャーの接近戦に、フローゼの狙撃手アーチャーが上手く合わせていく。


「お前は親からも、兄からも見捨てられたのだ!」

「兄……⁉︎」


 フローゼのいうランスルートの兄とは、神の盾の一員、贅を貪る第一皇子セインのことだ。だが、ランスルートの脳内に過ったのは、自分にブレインセカンドを託して応援してくれた第二皇子レイザーの姿だった。願いの力を必要とするガンドールの戦いでは、その一瞬が命取りとなった。


「神の汚点……ボクの汚点! お前は、ボクが粛正する!」


 ブレインセカンドのシールドに、フローゼのオーバーライトが直撃した。


「ウィシュア!」

「おやめ下さい、姫様。アレは、最早ウィシュア皇子ではありません」


 たまらず駆け出すルミナの前に、従者のボルクが立ち塞がった。


「何を言うのですか、ボルク!」

「覚醒できない一般人のシロなんて、どうだっていいでしょう!」


 幼馴染であり、また、信頼していた従者のボルクが、守るべき民をそんな風に思っていたなんて、ルミナは気づきもしなかった。アルカドの姫として、主として。今一度、不出来な従者を導く義務があった。


「ボルク。我々純白は、ノブレスオブリージュの精神に則り、サツキ様のように……」


「また、それですか! 二言目にはサツキ様だの、ニーブックだのと! レイザー様やクロスサツキなんかより、誰よりも貴女のことを思っているのは私です!」


「それはありがとう、ボルク。従者の鑑ですね」


「そうじゃない……! そうじゃないんです! クロスサツキは、もう死んだんです! 俺を見ろ、ルミナ!」


 ボルクは、自分の口から出た言葉に動揺を隠せなかった。


「ヒャッハー! 隙だらけだぜ、人間!」

 ジュード・ピーターの獅子獣人ノエルが、見つめ合う男女に戦場の厳しさを教えて差し上げた。


 ボルクは乗機のコード・ウォリアーが装備する巨大な斧に丸盾を合体させて、エレクトリックバレットを装填した。


「邪魔をするな!」


 盾にマニピュレーターを添わせて弾き、勢いをつける。何度かの手動で初速をつけた盾から、痛々しい爆音が響き渡り、自動高速で回り出す。その縁から、幾つもの光の刃が伸びた。


「オーバーライト! ヴァルキュリア!」


 風車かざぐるまのように回る刃が、獅子の爪を切断していく。戦斧ヴァルキュリアのホイールエクスカベーター(回転式掘削機)が、勢い余って地面に火花を撒き散らし、堅い岩盤さえ掘り砕いた。


「ぐえー⁉︎ ヘンテコ武器⁉︎」

「そうさ……俺が護る!」

「ボルク」

 幼馴染の従者の心の内さえ、姫は理解していなかった。ルミナは暫し機体越しに、遠い彼の背中を見つめていた。


「ねぇ、見て、お兄ちゃん。皇族機だよ。私たちを守ってくれなかったくせに、あんなに立派な騎士に守られてる。……ムカつく。……そうだね、懲らしめてやろっか」


「何言ってんだ、マジェリカ」


 アッシュの中のマジェリカへの不信感は、益々強まった。別人としか思えなかった。


 マジェリカは異形のお兄ちゃんを不器用そうに走らせ、ボルクに護られたルミナに、鋏のような腕で思いっきり殴りかかった。


「姫様!」


 ボルクは咄嗟にルミナを庇ったが、オーバーライトの影響で廃莢と排熱が発動、大盾はその機能を封じられていた。彼のコード・ウォリアーは巨大な鋏に盾斧ごと吹き飛ばされ、なす術なく地を舐めた。


「……大切なものを失う辛さ。あなたも味わうんだよ、姫様」


 猫耳マジェリカは冷酷に呟いた。お兄ちゃんを胸元の空いた姫君に覆い被させ、着飾った鋼のドレスをひとつひとつ剥ぎ取り始めた。





「見ちゃいられんな」

 ブレインセカンドにトドメを刺そうと振りかぶられた巨大な斧は、ホワイトホーンが放った光弾が横から殴り、弾き飛ばした。


「アッシュ⁉︎」


 神の盾からランスルートを庇ったのは、あろうことか敵であるはずのセラ(アッシュ・アッシャー)だった。


「アルカドを捨てろ、皇子。お前には、相応しく無い」


 セラの誘いに困惑したのは、ランスルートだけではなかった。


「ゼーバの純白?」

「おいおい、まさか敵と内通していたのか、ランスルート⁉︎ 完全に真っ黒じゃねえか!」

「ふむ。神皇様の御判断は、やはり正しかったということか」

「皇子……あなたは、どれだけの罪を重ねたんだ!」


 気づけばフローゼは、接近戦を仕掛けていた。彼女らしくない激情に駆られた他愛のない攻撃を、ランスルートはブレインセカンドで軽く一蹴してみせた。


「熱くなったのか、フローゼ。元主として、情けない」

「おのれ!」

「いけるか、皇子?」

「はい! 合わせて見せます!」

 セラとランスルートは、数に勝る神の盾を息のあった連携で翻弄していった。


「なになに? どゆこと?」

「私に聞くな、テティス」

 困惑しつつ、双子の少女たちも、面白がってランスルートに加勢し出した。





「姫!」

 異形のお兄ちゃんに襲われ、危機に瀕したルミナ皇女を、イツキのブラッククロスが守護騎士のように守り抜いた。


「また守られてる! なんなの、ムカつく!」

 マジェリカは腕の鋏を振り回し、邪魔な白武者を排除に動くが、イツキは大樹の如く、不動の構えを見せる。


「イツキ……」

「安心しろ、姫。俺が守る」


 ボルクは瞬時に理解し、絶望した。これからの戦いで、自分は彼女を守りきれない。しかも、よりにもよってクロスサツキの息子と名乗った男に負けるなんて。


「嫌だ。やめろ。彼女を守るのは、私だ。……引っ込め、ニーブック!」


 ガンドールは、願いの器。ボルクの願いを叶える為、機械的に彼とのリンクを果たす。やつれた心身とダメージにより、朦朧とする意識が雑念を捨てさせ、一つの解答を導き出す。


「ルミナに相応しいのは、俺だ」

 ボルクと機体のリンクが、百パーセントの値を超えた。



 その光景に「アッシュ」は見覚えがあった。ボルクのコード・ウォリアーを、白い繭が包み込んでいった。


「駄目だ、それは……!」


 走馬灯のように記憶が駆け巡る。血が熱くなるのを感じる。押さえ込んでいた何かを吐き出させるように、息苦しさは、慟哭となって轟いていく。


「あぁぁ……うわあぁぁぁっ!」


 アッシュ・クロウカシスは漸く思い出した。あの日、自分を襲った絶望の光を。

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