第二十話 レフトアームズ 6/7 アイデンティティ
神を喪失した楽園は、容易く崩壊を始めた。神都シオンをつなげた糸は断ち切られ、灰色の心臓が音を鳴らした。ムカデクワガタたちは仲間を守る為、仲間を傷付けた敵へ牙を向けた。
「嫌だ! 離して、パパ!」
「もう無理だ、サニア。助けられなくて、ごめん」
サニアの友人は、蟲に穿たれ地に落ちた。グリエッタたちを育てた乳母は、絶叫の中砕かれた。街に縛り付けられたシオンたちは生きる意志に目覚め、もがいていたが、つぎはぎを断ち切るだけの脳を持つ者は少なく、殆どは仲間諸共、重力の底へと引き摺り込まれた。
リ・ブレインに乗るルミナと、子供のエリーリュ。そして生き残ったただ一つのイツキは、あてもなく宙を彷徨う。彼らは、カノープスへ向かう微かな願いに目を奪われた。
「おかあさん」
「ありがとう、マナ。いってあげて。きっと、あなたにも出来ることがある」
辿り着いた温もりと、しばしの別れ。母親をカノープスのハイルシュトロリアとフローゼに預け、マナは再び寒空へと旅立った。
楽園を追い出された背教者たちは、自らのガンドールで宙を駆けた。自立飛行の出来ないカンカーゴは放棄するしかなく、ハナコとカイナはティガ・ノエルで脱出した。街と共に、落ちる影があった。
「パージしろ、フィリア!」
「アッシュ……! そ、そっか」
フィリアのエルフ・アートは鈍重故に飛行が困難で宙に溺れた。加速して掴んだセカンドの左腕が、エルフ・アートに撃ち抜かれた。
「え……?」
撃ち抜いたフィリア自身が呆けた。自分の意志とは裏腹の態度に、妙に得心が入った。
「ククク……。アハハハハッ! 終われ、灰庭健人!」
「ダスク!」
「条件は全て整った」
灰北のブレインから光が迸る。灰色の願力、白と黒が混然一体となった灰北者の力は、何者にもなれて、何者にも浸透する。
「うっ⁉︎」
「がああ!」
フィリアとドライグに異変が現れた。それは二人だけに止まらず、戦場にいるハイブリッド・クローン全てに波及した。
「お前……!」
「ククク。如何にも!」
世界を覆うネットワーク。自身の願いを世界粒子に乗せて、ハイブリッド・クローンをその中継地点にし、この星全てに張り巡らせる。
「粒子は初めから全ての次元を漂うのだから、世界を変えるのに別の次元同士を繋げる必要なんてないのだよ」
操り人形と化したフィリアとドライグが、容赦なく彼らを襲い出す。ヂィヤ共々、ゼーバや未だ見ぬ大陸、世界各地に配置されたハイブリッド・クローンは、全てがダスクの因子を持った奴の手駒になった。
「沼田春歌の馬鹿には感謝しなくてはならないな」
「あいつ、余計な事ばかり!」
◆
神皇は、そもそもが理解していなかったのだ。
「奴がいたのは最高次元アツィルトでは無い。ブリアーとアツィルトとの狭間、アビスと呼ばれる深淵。ダークマターや暗黒エネルギー、グラビトンと世界粒子が滞留した余剰次元だ」
それを勘違いして神を気取っていたのなら、とんだ道化だった。イェツィラーとブリアーが融合した際、アビスがダークエネルギー(宇宙を膨張させているという力)によって広がって、ランスルートやルクスは弾き出された。
絶望のサイプレスがいたイミテーション・ブラックホール。外部を高重力で覆われ、内部に特異点が無い姿は、ブラックホールというよりも、グラバスターに近い。内包されたダークエネルギーのバリアにより、突入したアッシュたちは引力に潰されなかった。
それは古代人曰く、パロケトと呼ばれる幕である。影絵のように世界を映す。重力の幕はダスクの強奪で破壊され、世界に粒子が漂う後押しをした。
ダークエネルギーの他にも、人類にとって未知の物質があった。暗黒物質ダークマターは、彼らの世界、いや「我々」の宇宙の四分の一を占める。
願導合金の素材となる航灰石は、宇宙由来の物質である。その構造に隙間があり、想定よりも質量があった。ダークマターを内包しているのでは無いか、というのは専門家の話だ。
航灰石は、高次元物質であるダークマターの一種が、三次元の環境に適応する為にとった次元相転移と「彼ら」はいう。
重力はアッシャーに於いて非常に弱い力と考えられていたが、別の次元へと力が伝播していた。暗黒物質は高次元を含む真空の宇宙にあるとされたが、地上でも希薄ではあるが存在した。航灰石、願導合金、世界粒子も同様である。
それは、光子の一種では無いかと考えられていたり、星を覆う髪の毛とも喩えられた。「彼ら」が見つけた未知の素粒子は「彼ら」だけが観測し、捕捉して、技術として利用した。
空間という物質の中、ダークマターという見えない「重力」を介して人類は繋がっている。それに気付いたのは、ポーラでは無かった。
◆
語り出した老人の戯言。友矢やカイナにはどうでも良かったから、早々に理解を諦めた。誰も分かろうとしなくて良い。モンスターやクローンたちが邪魔をする。
「ケント」
「分かってる!」
襲い来るマーク・ヴァイスたちの仮面を、友矢の狙撃とカイナの斬撃が振り払う。発生した粒子は、アッシュ・ドライブが呑み込んで、中性粒子ビームで薙ぎ払う。
「矢継ぎ早にクローン共をぶつければ、お前は若い粒子を吸い込まざるを得ない。それが世界粒子を守ることになる」
老人は、自分の高説に酔っていた。アッシュ・ドライブや羨望を使える二機のセカンドさえこの場に拘束すれば、有象無象は相手にならないと考えた。
ダスクの願いによって少しずつ、世界は宙の端から分解しはじめた。その隙間を埋めるように、教祖の騙りが語られ続けた。
「人間の脳は、ダークマターの量子で情報のやりとりをしている」
脳内の神経間のやり取りは、量子通信のようなシステムで、超高速で処理をした。ゼロかイチか、ではなくて、ゼロでもありイチでもある。たったそれだけの違いが、莫大な情報の処理の中、膨大な解答の差になった。人間の脳が量子コンピュータと似たようなことをしているのではないかという量子脳理論の考え方は、ただの比喩かもしれないが、否定するだけの情報はまだ無い。
「我々」の世界では正しかった。
「『人間』が、量子テレポーテーションを行えた理由である」
世界同時融合分裂や転生、高次元ゲートを潜る時の体や記憶データのやりとりは、願力と願導合金に限定されず、脳とダークマターによって行われた。
はじめに、量子テレポーテーションで全ての情報のやり取りをしようとした。その結果、分裂時の激痛が起こり、不確定性原理のせいもあり再構成が上手くいかず、意識や魂のような情報までもが分裂をした。これが、融合分裂・転生であった。
それを克服したものが、量子テレポーテーションと重力の特性を利用した疑似ワープである。
体を構成するデータを量子テレポーテーションで受信側へと届けるのは先程と同じ。この時点では、設計図も無いバラバラの「パーツ」を制作する段階である。
重力は、無限遠方に届く。人間の意識や魂といった高度なデータだけは、量子テレポーテーションでは無く、ダークマターの重力の糸に載り、指向性で受信側へとダイレクトに渡るように仕向けた。
パーツに届いた重力は、宿ったデータを基に体を組み立てる。あたかも、ワープしたように見える。
常時、重力データの受信側は一つに限定されない。重力は波のように伝播するからである。それが集合的無意識〈ダークマター〉と同期した。
人類には、初めから、世界と繋がる力が備わっていた。時に、虫の知らせ、双子のテレパシー等と呼ばれた。
「このネットワークこそ、最高次元アツィルト。世界を変えた、俺と世良の世界」
古代アッシュは人類軍に捕まり、身動きが取れず、砂月世良と脳内で意識が繋がったという。
それは、ありふれた現象。バンデージとか、エスパーとか大層なものでは無くて、ただの人間の力だった。
「満足か、砂月博士」
「……なんの事だ、現代のアッシュ」
「白々しいな、過去のアッシュ」
「貴様という男は……!」
砂月世良の父親である人類軍の博士の見た目は、ジグ爺さんへと受け継がれた。しかし、その罪の記憶まで彼が引き継ぐ事は無かった。
「おかしいと思った。ポーラに唆されるくらいに『馬鹿』なお前が、ハイブリッド・クローンを作れる程の明晰な頭脳と強靭な忍耐力を持てた理由。バンデージである筈のお前が、人間の世界に未練がありそうな素振りをした理由。お前の中には、アッシュと博士の頭脳、記憶がある。彼女を女として愛した男と、彼女の父親としての記憶だ」
さぞかし苦しんだ筈である。
「ダスク。お前は人間を取り戻したいのでは無い。自分が楽になりたいだけだ」
「ククク……。そうだな、正しい! しかし、お前は察したつもりになっているだけで、本当の事は何も理解っていない! ……アッシュ‼︎」
憤怒が吠えた。ダスク・ウィナードという男の全てを、アッシュ・クロウカシスは理解してはいない。
「確かに、俺の中にはアッシュがいて『奴』がいる! 彼女を愛した、彼女を傷つけた! 一人の男としてあの娘を愛せない、父親としても愛してはいけない! しかし、俺は俺だ! この世界は間違っている! それを正す者こそ、世界を破壊した俺でなければならない!」
破壊したからこそ、破壊した者が修正しなければならない。それでようやく世界は救われ、自分も楽になれる。
「こうしている間にも、世界から記憶は失われている。きっと、完全なる復活は叶わない。だとしても、止まってはいけない。俺が止まる事は、決して許されない!」
人は、時に不合理な行動を自ら選ぶ。機械になれず、冷静になれず。願いのままに、欲望のままに。湧き上がる感情を制御仕切れず、破滅へと突き進む。その愚かしさが、人間の証明でもあった。
「これは、使命。俺にしか出来ない、俺がやらなければならない! あの女の口車に乗り、あの男に捕まって、あの少女に恋をした‼︎ なんと愚かな男だ‼︎ 反吐が出る‼︎」
「ダスク……!」
「世界の融合分裂で可笑しくなったのなら、同じ手段でしか治せないのだとしたら、俺がやるしかない! 世界に、人類に申し訳が立たない‼︎ 俺自身が、納得出来ない‼︎」
転生の不確かさを見れば、アツィルトへの干渉は不安定でもある。世界をより完璧に元に戻す為に世界粒子をばら撒き、ハイブリッド・クローンを利用して中継点にし、自身の願いを増幅、ダイレクトに伝える。
絶望のサイプレスとアルファングの奪取後、彼が姿を消したのは、世界に粒子とハイブリッド・クローンを伝播する為だ。粒子が何処を漂うかは問題では無い。神皇の洗脳は願いの干渉となるので邪魔だったが、奴が高次元を弄り倒したのは、寧ろ好都合だった。
「この世界は、俺たちの愚かしさそのものだ! だから破壊する!」
「世界は思ったより温情だった」
「……なんだと⁉︎」
長い語りの後、ケントは少し、嬉しかった。ダスク・ウィナードは一人の人間として、自分の人生を歩んでいた。アッシュでは無く、砂月博士でも無い。それに翻弄され続けたエイリアス・クロウカシスでも無い。
彼なりの矜持があった。紛れもなく、彼はダスク・ウィナードだ。
「何も無い空間に脳みそだけが浮かんでいたり、宇宙自体が作り物のホログラフィックな世界だったりするのかと思った。体が存在するのなら、砂月世良の心は思ったよりも普通の世界だった。いや、それこそが、アッシュでは無く、彼女が願った世界なんだ」
「彼女が願った……?」
ケントはいつも、悪い方に考えてきた。そして、それを乗り越えてきた。現実が自分の考えた最悪を越えられないのなら。
「なんとでもなる」
「き、きさま……!」
絶望のサイプレスを取り込んだアルファングは、触手のような蛇を遣って全周囲を襲い出す。左腕を喪失したセカンドIIは、結晶を纏った鏡の牙で、その熱線を反射して対処した。
「無駄話は終わりか?」
神殺しの英雄が、二人のアッシュへ発砲した。ついでとばかりに撃たれたケントは、ランスルートにイラッとした。
「ハイブリッド・クローンの中の自分としか繋がれない。憐れな男だ、ダスク・ウィナード」
「調子に乗るなよ、小僧共!」
歪んだ上空。ランスルートのブレイン・ヘモレージ・キールロワイヤルは、羨望の力を発動出来ない。
「貴様に対して嫉妬も羨望も抱けんのが、貴様という存在が俺にとって取るに足らない塵だという証だ」
しかし、自らの母には憧れていた。神を名乗り、人類を導きかけた立場に嫉妬した。その強欲こそ、自分が生き残ってきた理由だと、顧みる。
「偽りの人類に羨望を向けられても困る」
「貴様もハイバと同じだ。仮面を被って自らを偽る、臆病者め」
王は、傲慢のドミナント・セイバーで桜花を平伏させ、憤怒のディス・スパークルでマーク・ヴァイスの群れを一度に弾いた。
「お前を止める」
「貴様を倒せば終わる」
「この偽りの仮面を破壊する。来いよ、ブレイン‼︎」
◆
ハイブリッド・クローンにダスクの因子があるのなら、あれもダスクの一部と考える事も出来る。マーク・シオンやアンティークのように、複数の願力を統一出来れば、それは願いのブースターとなり、彼らには脅威となった。
「起きないなら墜とすぞ、フィリア」
容赦なく、友矢はアートを撃ち抜いた。増加パーツをパージしたエルフ・アートは、彼の指導内容を無視をして、コンバットナイフ片手に、一気呵成に吶喊した。
「馬鹿やろ、またフローゼに誤解されるだろ!」
懐に飛び込もうとする彼を近づけないように、ライフルをぶん回し追い払う。間隙をつき、マーク・ドライグのイノシュ・バインが突撃した。
「パパ!」
「サニア、無茶すんな!」
娘の重騎士が猪突を受け止めた。友人との別れの痛みは癒えていない。それを振り払って誰かを庇いに立ち上がる。少女もまた、戦士だった。
「立派に育ってくれたよ。俺のヒーロー!」
「ヒロインが良い」
しかし、ハイブリッド・クローンをこのまま止められたとて、ダスクを倒さない限り、砕ける世界を止める手立ては無かった。
「それでも! やらせません!」
メアリのオーグ・カスタムメイドが世界相手に粒子を放った。馬鹿の一つ覚えと言われようと、極め抜いた一擲は、その侵攻を僅かに押し留めていく。
「あっ、うぅっ、だめっ……っ」
「メアリ様!」
ゼーバの超願導人形たちが手を貸した。色欲のメアリに拐かされた。後世で、なんとでも呼べば良い。世界を救えたのなら、きっと笑い話にでも出来よう。
「世界が、泣いている……!」
地上で戦うコード・クラウンと旧コード・シリーズに、神の都市が降り注ぐ。レイザーとエヴァは一足先に地面に降り立ち、彼らの戦いを止めようと説得を始めた。
「レイザー? 知っているぞ、反逆者め!」
「洗脳は解けた! チッ! ネグレクトか!」
神皇たちによる教育が、若い信徒を暴走させている。死して尚、いや死んだからこそ、あれは神となった。脳によって肥大した偶像は、美化され、現実をも侵食する。
「レイザー様。彼らの事は、我々が」
同じコード・クラウンに乗っていても、教育の深度には個人差がある。友矢よりも上か同世代の戦士たちなら、あの異常さに気が付けた。
「今まで申し訳ありませんでした、殿下。どうか事が済み次第、我らに厳罰を」
「構わんさ。今は神で無く、俺たちのアルカドだ」
洗脳が解かれたコード・クラウンに乗る老戦士たちが、必死に若者の矯正に取り掛かった。
「オラー! いつまで夢見てんだ、バカモンー‼︎」
鬼教官の折檻が始まった。
◆
本物のルミナが望んだ夢の世界が終わっていく。神皇極北のポーラ・スターによって増幅された彼女の願いが、紛い物の世界を彩っていた。
「ユイ、ケント」
幸せそうに微笑みながら、モノクロのイツキとルミナが二人に声を掛けた。虚構の世界は、いずれ終わる。楽しかった演劇に、エンディングが訪れただけだ。
「なんでだよ。自分から死ぬ奴は、みんな悟ったような顔をして!」
彼らも既に生まれた命なら、生きる資格があるはずだ。モノクローンたちの穏やかな顔は、菫やオーランドの最後を彷彿とさせた。アッシュの傲慢な心は、生命の放棄に苛立った。
「良いんだ、ケント」
「これが私たちの願い」
二人で一緒に死んでいく。生まれも育ちも違うんだから、死ぬ時くらいは一緒が良い。何処かで聞いた話だった。
「身勝手だ」
「ごめんね、ケント」
ルミナとイツキの生前打ち切られた二人の時間。それを咎める事なんて、ユイもアッシュも、本来ならしたくは無かった。
「託すよ、二人に」
「ブレインセカンドは、まだ戦える」
モノクロのルミナは、リ・ブレインの左腕を自ら斬り落とした。ユイは黙って頷くと、虚飾の夫婦たちは満足したのか、粒子となって空に還った。
「修理する。それが、私のやるべきことだよね」
「頼んだ、整備兵」
詭計はいらない。パイロットは彼女を信用するだけだ。
(そうだ。戦場に迷いはいらない)
セラの重力が、確かにアッシュの頭に響いた。
◆
「状況!」
「カノープスの直掩に猫さんとハナコさん! それに、グリエッタ様とディオネ様!」
カノープスのクルーとカイナは無事。ゼーバの戦力の大半を占めたハイブリッド・クローンが敵になった以上、猶予は無い。フローゼの砲座が唸り、ギゼラの操舵が怠惰を轢殺する。艦船ならば、初めから寄生の対象外と見えた。
「目障りな!」
ダスクの咆哮が黒き星を狙った。帰る場所を失えばどうなるか、彼だからこそ良く知っていた。
「カノープスが⁉︎」
「やめろー!」
「ギゼラ! 回避!」
「……駄目‼︎」
融合した世界が割れる。幾度となく晒された量子テレポーテーション。灰色の花束が静かに舞い降り、カノープスを守り抜いた。
「お前たちは」
「母上の仇、討たせてもらう!」
老人の記憶領域から抜け落ちていた砂月世良の忘れ形見。失望のカレンデュラ。人型のモンスターたちが彩る羨望の灯火が、音を立てて突撃した。
「……嘗めるなぁ‼︎」
ダスクは彼女の形見である絶望のサイプレスを身代わりに捨てて、対消滅から生還した。恥ずかしげも無く、咄嗟に最古アートとアルファングという自分の残滓を手元に残した。パイロットが使い慣れた機体を選ぶのは、道理だ。
「勇者よ! 俺は生まれたのだから、好きに生きたぞ!」
カレンデュラに乗る「彼」の命は消える瞬間、なによりも派手に光った。光は伝播する。誰かの心を掻きむしった。
「おのれ……! 何をしている、エイリアス・イェツィラー!」
ダスクは仰天した。イェツィラーことヂィヤ・ヂーヤのダテンゲートが、ブリスターにパッケージングされていた。
「フッ……。我が名はヂィヤ。ヂィヤ・ヂーヤ!」
「貴様ー!」
クリアケースは翼となり、光を透過し、反射する。
「その名も、ダテンゲート・トランスルーセント!」
「ダテンゲート・トランスルーセント⁉︎」
ダテンゲートは粒子を取り込んだのか、ダテンゲート・トランスルーセントと成って、何が何だかわからない。老人には、何が起きているのか見当も付かない。何処で間違えた。何かが可笑しい。
「お前が我を縛るというなら、我もお前を縛れるも道理」
「道理じゃない!」
ヂィヤはダスクによる意図を手繰り寄せ、フィリアやドライグたちと協力し、ハイブリッド・クローンたちを解放して、逆に利用した。
「フッ。虚飾の罪……紛い物の我にこそ相応しい」
世界が砕ける。量子が震える。それが意味するものは、世界の敵たるダスクを追って、あらゆる因果の糸が収束して牙を剥くと同意。彼は、あの時のフィンセントの如く、自ら最後のスイッチを押したのだ。
「艦長!」
「宇宙害虫だと⁉︎」
神皇が警告した存在。宇宙へ旅立ったモンスターたち。宇宙害虫。
毛虫のような、原生生物のような姿は、地上に残された彼らの嫌悪感を刺激した。
「か、艦長‼︎」
「今度は何だ⁉︎」
宇宙害虫に影が纏わり付いた。神皇が破壊した高次元、その住人たちが、古代の残滓が、現世へと羨望の手を翳した。
「影が……宇宙害虫を侵食している……⁉︎」
毛虫の針の一本一本、一つひとつが、手となり腕となり、生きた願いを砕いて進む。
「願力……レベル・オーバー! ……計測不能‼︎」
「は、ハハハッ! 終わりだよ、偽りの世界! 神皇も、俺も、宇宙害虫に敗北した! 世良と絶望のサイプレスでさえ、あの影を閉じ込め、放置するしか無かった! お前たちでは……絶対に勝てない!」
老人の嘆きなんか、若者たちには関係ない。
「良いよ、ケント!」
「ありがとう、ユイ!」
脇目も振らず、セカンドIIが飛び立った。
◆
第二十話 旅人たち
◆
菫色のマフラーたなびかせ、余剰出力の光の翼が澱んだ宙を切り裂き駆け抜ける。移植した左腕、虚飾に塗れたリ・ブレイン。二人の思い、彼らの願い、何より、自分たちの欲望の為に。重結晶が、巨大な杭を形成した。
「いくぞ、セカンド‼︎」
宇宙害虫は一匹、ただの一匹。されど、いままでに経験したことのない恐怖があった。
宙は広く、人間はちっぽけで、生きるだけでも苦しかった。
「うおおおおっ‼︎」
世界は個人には酷薄だったが、人類全体で見れば厚遇で迎えた。
進化の果てに、地上の支配者と自惚れるだけの性能を獲得した。
生命は流転し継承され、未だ進化を絶やさない。
天災も人災も、どんなに理不尽であったとしても、それらを滅ぼすまでには至らない。
ダスク・ウィナードが諦めきれなかった人類は、今も、ここに在る。
「認めろ、ダスク! 僕たちも、人間だ‼︎」
手を伸ばしても、届かない。今は、まだ。
結晶が巨大な害意を一撃の下に穿ち、彼らの次元が、漸く宇宙進出の第一歩を踏み出した。
世界に、存在を刻み付けた。
「ブレイン、セカンド……! 灰庭アッシュ‼︎」
ダスクの進撃も止まらない。今更、止められる訳もない。涙は流れない。砂の月は、疾うに枯れ果てた。
彼が諦めない以上、彼らも諦める事は無い。
「グリエッタ様! 準備は宜しいか⁉︎」
「はい。出来るのか、分かりませんけれど」
「問題無い! このディオネを信じろ!」
「ええ。わたくし、ジグ様とユイ姉様を信じます」
ディオネのスマイルを受け流し、フォース・ブレインの装甲が展開した。
「コード入力。ディオネハキョニュウ……なんですか、これ!」
「いくぞ! 我らが理想郷、アルカンシエル!」
フォースの力が虚空を舞った。虹の「お絵描き」が花開いて、世界を漂う悪霊に降り注ぐ。
「なんだ、あのヘタクソな魔法陣は⁉︎」
ダスク・ウィナードは見下していた。アンティークも無く、弱体化したバンデージである現代人なんて、どうにでもなると高を括った。
「私たちの欲望。くらえ、世界!」
怠惰〈粒子結界〉で鈍らせ、傲慢〈指向性重力〉で引き寄せ、色欲〈棺桶の蓋〉で抱き、強欲〈模倣・ラスティネイル〉のリンクで出力を高め、暴食〈アッシュ・ドライブ・マイルド〉を発動させて、憤怒〈イミテーション・ディス・プリズム〉同士を衝突させて、嫉妬〈反物質弾〉を生成した。
「なっ、なにが……?」
「「いっけーー!」」
七つの罪を一つに束ね、欲望のブレインが極光を放った。光は「世界を砕く光」を砕く。イミテーション・ディス・エクス・マキナ。エンヴィ・ハート。
フォースの中にアラートが響く。それすら人生のバックグラウンドミュージックに変えて、光の軌跡が壮大な花火になった。
「耐えろ! フォース・ブレイン!」
「ぼうっとなんて、してらんないんですから‼︎」
だけど、世界の自浄作用、そんなに都合の良い希望は、降って湧いたりはしないから。
「だから、光と樹が、わたしを生んでくれたんだね」
「違うよ、マナ。あなたも世界の一部でしかない」
「そっか。うん。わたしも、この世界の為に戦う、ただの一人の人間だ!」
マナとホワイトノエルが虹になった。右腕を天に伸ばし、左手はそれを支えて、重結晶が軽やかに歌い出す。
「マナ⁉︎」
「大丈夫だよ、グリエッタ」
「おう! やってやれ!」
「ディオネもお願いね!」
「手を貸して!」
「任せて、メアリ!」
「フッ! 我らも往くぞ‼︎」
「ゼーバのみんな! おじいちゃん、フィリア、ドライグ! 一緒に、いくよ!」
一機一機が手を繋ぐ。人の願いが力になる。精神世界を漂う願いが、物質世界に降り注ぎ、無限の色を奏でだす。
幼い掛け声と共に、彼らの願いが寒気を吹き飛ばし、歓喜の産声を呼んだ。
「メリークリスマス。お誕生日おめでとう、マナ」
母からのお祝いに、少女も全力で応えた。クリスマスツリーが世界を覆い、砕かれたガラスは修復されて、新たなセフィロトを形作る。彩った結晶は、季節通りに雪となって、彼らの未来を輝かせた。
「馬鹿な」
醜悪な老人の全てが討ち砕かれた。だから、最後に残されたのは、合理性を欠いた本性だった。
「何故だ。なぜ、分かろうとしない! こんな世界は間違っている! お前たちなら分かるだろ、ユイ・フィール! 灰庭健人!」
「知るか。僕にある古代の記憶は、記憶でしか無い」
「私もケントも、みんながこの世界の人間なんです! 私はみんなと、この世界で生きるんだ! 私たちの世界を、馬鹿にするな!」
理屈じゃない、体の底から湧き上がる魂が、自らの罪深さを棚に上げ、世界の全てに敵意を向ける。
「何故! 融合分裂で間違えた世界なら、融合分裂で正すしか無い! それだけが、間違った世界を取り戻す、最善にして唯一の方法なんだ! なんで世界は、それが分からないんだ!」
「うるせぇぇぇッ‼︎」
空と大地の狭間へ向かって、アッシュとランスルートのセカンドが、一直線に灰北者へ吶喊した。
「ハイバケントと!」
「ランスルート・グレイスと!」
「「融合なんてしてたまるか‼︎‼︎」」
背中合わせの二人の願いが、遂に一つにシンクロした。虚飾の無い、人の本性だった。