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第二十話 レフトアームズ 5/7 ストーリー

「なんじゃこりゃあ⁉︎」


 融合した高次元が世界を包む。


「テティス⁉︎」

「ランスルート! どうなってるの? 私、ゼーバにいたのに」


 神都に集った背教者たち、ゼーバで機会を伺っていたテティスたち。そして未だ見ぬ大陸、世界中の人々が、その意識の下へと誘われた。


 ガンドールから解き放たれて、生身で宙を漂う感覚。空も大地も、上も下も無い。高次元イェツィラーや、ブリアーと違わぬ異質な世界。埃を被った斑模様が、閉鎖感を引き立てた。


「落ち着いて、みんな。ゲートの中と大差ない」

「また准尉が無茶苦茶言ってる!」

「ゲートの中どころか、そもそもゲート自体が初体験なんですけど!」

「そうじゃなくて、皆がゲートって呼んでいるのは人体とガンドールに作用させた量子テレポーテーションの類いであって、さっき大差ないと言ったのは」


「五月蝿え!」

「めんどくせぇ!」

「だから、そういうことが聞きてぇんじゃねぇよ!」

「アッシュの馬鹿!」

「阿保!」

「空気の読めないクズ!」

「なにが勇者だ調子のんなボケカス死ね!」

 どさくさ紛れの罵倒にアッシュは凹んだ。


 女性陣のスカートが翻る。こんな時にまで覗こうと企むのが男の性である。レイザーは自分の顔面を殴り、律した。


 しかし、周囲にはアッシュの目当てのものが見つからなかった。それは、この現象のトリックに気付くきっかけになった。


「アッシュ、あれ!」

 エヴァリー・アダムスが指差す方、巨大な投影機が光を放つ。


「昔話をしましょう」


 神が記録する映像。神話の世界が、彼らの脳を襲った。





 宇宙進出を果たした時代。


 後に航灰石スペースニウムと呼ばれる宇宙塵との出会いが、人類を新たなステージに導いた。


 航灰石と接触した、とある宇宙飛行士の突然変異。人体発光、バイオルミネセンスの一種とされたそれは、願導合金の完成により願力と名付けられた。


「ええ。彼が後のバンデージの王です」


 人が持つ欲望の力。

 微弱な魔法、夢を叶える七つの大罪。

 それを増幅する願導合金を作り出したのは、紛れもなく、幼い頃のポーラである。


 神童と呼ばれた彼女だったが、醜い大人たちに欲望の道具にされた。戦争の道具にされた。

 彼女にはどうでも良かった。心が痛む事は無かった。ただ、自分の探究心を満たしたいだけだった。寧ろ、彼らを利用した。


 純粋悪であった。


「世界を変えられるって、良い気分ですよ」


 しかし、それはすぐに彼女自身の身へと返ってきた。願導合金の製造工場で起こった事故により世界に粒子が拡散。願導合金と繋がれる新人類バンデージが誕生した。彼女も、その一人となった。


「そうか。矢張り、貴様のせいで俺たちは」


「おや。貴方たちが世界を破壊したんでしょうに。ここにいる現代人にも同じ事が言えますか、アッシュ? いえ、今はダスク、でしたっけ? 黄昏時とは、また意味深なネーミングですね」


 新人類バンデージと旧人類との戦い。激しさを増す戦場に、最初の願導人形アルファングが開発された。


「人間たちにアルファングと貴方というバンデージのサンプルを与えたのは良い判断でした。戦争をしていた方が一般人たちのタガが外れて技術の発展速度は上がりました」


「お前……!」


「あれを使える者なんて、いるとは思えなかったけれど。執念ですね、恋とは恐ろしい」


「ならばその力で、お前を殺す!」


 くだらない。実にくだらない発端だった。


「あなたたちのせいで、世界は随分とファンタジーにされてしまいました。これはこれで楽しかったのですけれど」


 世良と古代アッシュが願った世界は、難しい理論なんてかなぐり捨てた、幸せな絵本のような世界だったのに。


「世界がおかしくなる最中、私もこのオメガを使用して、貴方たちに対抗したのです。それが、このような奇天烈な世界を生んでしまった。ね、面白いでしょ?」


 重力と時間の拡大解釈。誇大妄想の現実化。プリズム・フラワーに代表されるファンタジー要素。別次元の存在。それを裏付け、または表面上なぞったかつての超弦理論。

 強過ぎる力の抑制。その一方で、物理現象の拡大解釈により実験や観察は容易になり、新たな技術が生まれていった。

 平和を夢見た子供の願い。しかし微妙にファンタジーになり切れないのは、ポーラの介入のせいだった。


「世良と言いました? その子、子供の作り方も知らないのでしょうね。だから貴方たちの人型モンスターには、私の子供たちとは違って生殖器が無かった。貴方がちゃんと教えてあげれば良かったのに。ほら、バンデージだった頃の私が、手取り足取り教えてあげたでしょう?」


「お前が世良を語るな!」


 人型モンスター。神皇から生まれたレイザーたちも、そういう事だった。かつて魔王をそう呼んだレイザーこそがモンスターとは。笑える皮肉だった。


「母上。甘んじて受け入れて、そう呼んでやろう」


 自分たちはどうやって生まれたのか、レイザーも興味があった。


「人のカタチを作る材料と工程なんてたかが知れています。それを母胎で優しく見守れば、生まれた後は人の世で勝手にヒトに成長します。魂なんて幻想です」


 神皇は自らのお腹をさすりながら教示した。人工子宮、ホムンクルスと言われれば、レイザーも納得した。ハイブリッド・クローンの製造過程はエイリアスも知っていたのだから、古代の技術だったとしても可笑しくは無い。命として生まれたのなら、ヒトの中で育てば、ヒトと同じように人格を形成した。


「純白と呼ばれる者は、その多くは私の子供とその子孫ですよ」


 特に、名門といわれたゴラリゴ、ウルクェダ等である。神聖アルカド皇国を建てたシロたちは、自分たちの代わりに戦ってくれる駒が欲しかった。それが、長い時の中で、いつしか立場を逆転させた。ウルクェダの反逆だろう。


 苦痛を伴う過去語りを聞かせたく無くて、フローゼは新しい命を庇い、縮こまった。


「一つ宜しいですか、神」

 クラウザが、睨みつけた。


「おや。神を前に一般兵が堂々と。良いですよ、どうぞ」

 こういった自分が意図しなかった意見を出す存在は、神皇も少し愉しかった。そこから研究が発展する事もあり得たからだ。


「何故、我々の街を殺したのか」


「いらないからです。転生の手法を確立出来たのだから、粗悪な素材も盾もいりません」


 つまらない質問に神皇はがっかりした。クラウザたちは、この語り部の思考が理解出来ない。聞かされる人類からすれば、その喋り方一つ取っても、傲慢が鼻についた。


 古代アッシュと砂月世良による世界規模の融合分裂で、ポーラとしての人格はアンティークに融合されてしまった。彼女は魂の存在を信じていないから、これはただのデータの定着と考えた。


 記憶を失った世界には、シロと漆黒とモンスターと、彼女たちアンティークが生まれた。


 モンスターに対抗する為、シロはポーラを解析してガンドールを作り出す。


「アンティークですからね。私も一人では動けませんでした」


 なすがまま、四肢を斬られ、分解され、その身を弄ばれ続けた。ポーラにとって、実験が出来なかったのは退屈だった。考えることが出来たから、彼女には耐えられた。


 五百年間。彼女は宇宙を見上げた。五百光年先は、古代の世界と変わらない光を見せた。


「人の願いでは、宇宙の全てを塗り替える事など出来はしなかったのです」


 宇宙に進出したモンスターたち。宇宙害虫は、地上の蟲より遥かに強大だった。それがいずれ地上に侵攻する可能性はあった。それは、彼女にとっては別に関係は無かった。


「五百光年先。私は、世界の狭間を見たい。誰も知り得なかった、宇宙の全てを知りたい」


「……そ、そんな、ことで……?」

 そんなことで、自分たちの世界は壊されたのか。


「そんなこと?」

 そんなこととは、何事か。自分には力がある。アルカド国民が常々唱えていたノブレスオブリージュを、神であるポーラは体現して、人類を新天地へと導こうとしているではないか。


「誰が望んだ! 理不尽に殺された人々に、謝罪の一つも無いのか⁉︎」

 クラウザが憤るだけ無駄だった。あれは、人では無いのだから。


「神都シオンは、宇宙へ上がり、宇宙害虫に対抗し、量子テレポーテーションの座標を播種させる為の方舟か」


「おお。御利口ですね、現代のアッシュは」


 害虫への対抗策として転生者を増やし、マーク・シオンのようにつぎはぎして、怠惰のディリジェンス・リンクスで意識を操る、若しくは赤い意図で意識を誘導して願力の統一を図り強化する。


「シロが転生したところでたかが知れていました。だから世界粒子となってもらいました。それを利用してゲートを開き、砂月世良の消失も手伝って、私はアツィルトへと赴く事が叶いました。それでも、宇宙へ続くゲートは開かない。だから地道に宇宙を目指し、そこから新たなゲートを作り、私の子供たちを播種船に乗せて点在させて座標とし、シオン・シリーズに宿る願導合金の力でゲートを開くのです」


 量子テレポーテーションを行うには、送信側と受信側で観測する工程が必要になる。受信側は、彼らが言う座標にあたる。世界粒子から生まれなかったレイザーたちには、今のゲートと適合する座標としての機能は無い。新たに彼らを座標とするゲートを作る、つまりは、宇宙に適合した新たなセフィロトを作るか改造する必要がある。トライアンドエラーは研究者ならば当然のように経験する事だから、彼女だけが特別というのでは無い。


 折角アツィルトにまで行けたのだから、そこから糸を垂らして神都の民を根こそぎ洗脳した。強制融合分裂装置でシオンを量産した。シオンたちから献上されたパーツを使い、自らをアップデートした。顔面だけの女神像はその残骸で、彼らを伝う事で外敵へ粒子を伝播した。ダスクがアツィルトまで来た時の為に、ルクスをブリアーの護衛とした。


「おそらく、かつてバンデージだった頃の私は、外宇宙への進出をする為に、願導合金にヒトのデータを宿らせる事で、量子テレポーテーションを行おうとしたのでしょう。アッシュと砂月世良がセフィロトという異次元への扉を開き願導合金とバンデージの可能性を広げた事は、正に神である私の計画通りだったのです」


 彼らは、空いた口が塞がらなかった。アルカドの国民も、それとは関係のない人々も、この場の全員が急速な一体感を覚えていた。おそらく有史以来初めて、神の名の下に遂に人類は一つとなった。神皇は、それを理解する事が出来ないし、するつもりも無い。


「御覧。私の子供。私にとっての砂月世良です」


「ルミナ……⁉︎」


 神皇の悍ましい胎内が開帳された。その中で、ルミナ・アークブライトは、頬は痩せこけ、骨が浮き、体は(しぼ)み、即身仏と成り果てていた。


 彼女の生命エネルギーは、願力は、生きる力は神皇の糧となり、吸われて干涸び、耐え難い現実となって彼らを襲った。


 レイザーたちを座標とするなら、それを可能にするのもまた、ポーラの子供である。ルミナを砂月世良のように利用して、新たなセフィロトを植えるのだ。


 あのイツキやボルク、大天使の中のルミナは、彼女の願い、記憶を利用して神皇が作ったモンスター。モノクロスや色欲が見せる幻に準えて、モノクローンと呼ばれた。



・神皇はシオンを量産するのに、わざわざゼーバの強制融合分裂装置を参考にした。


・大天使は、粒子を使用した虚飾で偽ったリ・ブレインでしかなかった。


・ポーラを以てしても、転生の全てをコントロールする事は出来なかった。



 では。



「量子テレポーテーションを実用化したのは、お前じゃないな」


「……私の話を聞いていましたか、現代のアッシュ? なにを根拠に」


 ここまで分かれば、答えは明白だった。アッシュにとって、神皇はただの敵だ。


「貴様が砂月世良を語るなと言ったぞ! ポーラ!」


「おお怖い。もう歳なんだから、無理してはいけませんよ、アッシュ。古代人としての力も弱体化して、現代人として帰化しかかっているから、強欲のバンディット・レイヴンでモンスターの灰色を取り込んで無理矢理補強しているのでしょう?」


 勝手に盛り上がる生きた屍、同窓会、古代の老人共。人類の苛立ちは、既に我慢の限界だった。


「分かった。君のタイミングでやってくれ、ユイ」


 神皇に衝撃が走った。彼らのいる空間が瞬時に瓦解して、元いた神都の風景を取り戻した。





「こ、これは……⁉︎」

「僕らは虚飾を受けていただけです。現実の僕らはずっとここにいた。あそこには、ユイがいなかったから」


 ユイの瞳は、静かに神皇を見据えていた。


「まさか。……なっ、なんで……人間が、なんで人間が生きているんです⁉︎」


 唯一虚飾を受けなかったユイ・フィールは、セカンドをただ直進させて、神皇の顔面に全力のシールドハンマーを叩き込んだ。


「……しくじった。いや、裏切ったのかぁッ⁉︎ ルクスーーッ⁉︎」


「そ、そんな……⁉︎ 私は、確かにリューシ王国を」


 神の顔が醜く歪んだ。信徒たちの百年の恋が、急速に相転移していった。


「お前たちは、地方を切り捨てた。ユイの存在にも気付かなかった。自業自得じゃないか」


「お、おのれぇぇぇっ、人間風情ーーッ‼︎」


 ユイの眼には涙が滲んだ。静寂の世界に、一人で心細かった。故郷を滅ぼした元凶に、怒りが湧いた。大好きな親友の変わり果てた姿に、抑えきれない嵐が込み上げた。


「し、神皇様は、迷える我々をお導き下さったのだ! なんの不満があろうものか!」


「考える頭すら無いか、ルクス!」


 ランスルートとレイザー、エヴァは、図らずも共闘しルクスと対峙した。消えていた羨望の炎が、次第に勢いを取り戻していった。


 ルクス・ウルクェダも昔は、祖国を愛する戦士だった。自分の行き過ぎた純白至上主義がリューシ王国を崩壊させて、それに悩んで戦場から退くくらいの人間性はあった。


 御神体として祀られていた神皇を心の拠り所にし、心奪われてからはそれすらも正当化した。レイザーの目論見通りルクスが元凶であったが、その経緯は大分惨めだった。


「……かえして」

 ホワイトノエルが宙を駆けた。何者かも分からぬ少女が、確かに感じた不快感。


「あなたは、私たちの敵‼︎」


「……小娘!」


 神皇を守る為、ルクスのセプテム・フェクダが少女に立ち塞がる。マナは光の釘を連射して大剣を釘付けにし、爪から結晶閃を放って吹き飛ばす。


「良くやった」


 ランスルートの羨望が、フェクダの鎧を溶断する。ルクスはブリアーの方向へ四肢を動かす事で機体を巨大に見せかけて、その腕を幾千もの光のモザイクに変えて振り回した。


「そんなもの!」


 マナとホワイトノエルの姿が消失して、セプテムの光線は空を斬った。プリズムの輝きを纏って、少女は量子テレポーテーションのゲートから、複数に遍在して顕現した。


「やあああ!」


「えっ⁉︎」


 七色の願いを纏うホワイトノエル・プリズムクロース。多重に分身した虹色の爪がルクスを弾き、最強の戦士を切り裂いた。


 戸籍も無い、誰でも無い少女に討ち滅ぼされたかつての英雄は、無様な断末魔と共に、呆気なく生涯を終えた。


「な、なんなんだ、お前ー⁉︎」


「私は、マナ! イツキとルミナの娘だ!」


 迷いなく、マナは一つの閃光となって、虹となって、再び駆け出した。グリエッタとディオネの歌が、少女を後押ししていった。


「何故⁉︎ グリエッタ! 私の糸を跳ね除けた⁉︎」


「ディオネのお陰です。私の友人を、舐めないで下さい」

「死ぬかと思ったけどな!」

 首に纏わりつく痛み。それすらも、最早心地良い思い出たち。


「どうやって⁉︎ いや、そんな事が出来るなんて⁉︎」


「姫を目覚めさせる方法はな、アルカドの絵本に載っているのだぞ。神のくせに知らないのか?」

「ばか! 言わなくてよろしい!」


 虹を引き連れて、少女は空を往く。神から放たれる極光のオーバーライトを切り裂いて、一歩ずつ、確実に母の元へと近づいていく。


「奴に出来て、俺に出来ない道理は無い!」


 ランスルートのブレイン・ヘモレージ・キールロワイヤルは、自身の機体を押し潰し、この狂った次元を利用して、神皇の喉元へと量子テレポーテーションを敢行した。


「ウィシュア‼︎」


「聞き飽きた!」


 ランスルートにも支配は通じない。アッシュとの戦いで一度粉々に破壊され、そしてバンデージの王との繋がりと、目覚めた羨望が、生まれながらの神皇の呪縛、臍の緒を断ち切っていた。


「しかし、私は神!」


 彼を襲う大罪の千本ノックは、エヴァのファントムが防ぎ切る。幾ら傲慢の化身でも、所詮は五百年来の引き篭もり。集中力を必要とする罪深き欲望を完全に制御出来ず、素人の腕では生え抜きの戦士たちには通用しない。


「ポーラ。この肢体、大事にしますね」

 エヴァリーとして生きるカシスが、自分の体を撫で回す。これは、中々良い塩梅だった。


「お前ぇぇ⁉︎」


「光れよ、我が魂! アルカディア‼︎」


 僅かに残されたコード・セイヴァーの粒子。レイザーから放たれた願いが、ランスルートのセカンドへと託された。


「レイザー? なんで、お前にも支配が⁉︎」


 サマンサが犯した罪。レイザーから願力を奪ったせいで、同時に、彼から臍の緒の赤い意図をも奪い去った。シロとは繋がれないのなら、レベルゼロとなったあの時に、綺麗さっぱり失われていた。


「死ね」


 友矢は、ただの二文字に全てを込めた。アルカドの国民にも手を掛けた罪は、自分のものだ。しかし、それをさせた神皇を許す事はない。

 サニアが泣いている、フローゼは(うずくま)った。家族を穢した悪には、同じ悪で撃ち砕く。弩級の光が、有象無象の五百本の腕を捥いだ。


「何故です! 何故……貴様ら! 神の言うことを聞けぇ‼︎」


 信徒は誰一人動かない。彼らの神は、もういない。戦場に漂う粒子たちを味方につけた二人の姫の歌声が、神の支配すら上回った。願いを込めた唯の歌が、ニンゲンたちに、自らの力で立つ勇気を与えた。


「終わりだ、ポーラ! この俺が、討ち砕く‼︎」

 戦場の空気に呑まれたのか、ダスク・ウィナードが自ら動いた。彼にも、譲れないものがあった。幾つもの桜の花が、彼女の結晶を吹雪と変えた。


「あああ! だれか助けて⁉︎ たすけろ、馬鹿やろーー⁉︎」


「命を理解出来ない奴の言葉が! 生命に響くものかよ!」


 ケントとダスクが、二人のアッシュが、最初で最後の連携を見せた。桜花乱れる春の嵐に、漆黒の春雷を撃ち込んだ。光輪が割れ、翼が堕ち、神を騙った虚飾は剥がされる。極北につぎはぎされた転生者のパーツが、マネキンのように転がった。


「グレイス!」

「往け、ウィシュア‼︎」


「うおおおおっ‼︎」


 アッシュの怒り、レイザーの願いを背負い、羨望の灯火が、いや、彼らの持つ底力が、傲慢と虚飾に塗れた偽神の首を跳ね飛ばした。


「ルミナ‼︎」


 プリズム・クロースは子宮へとダイブして、ルミナを束縛する肉壁を割き、絡みつく糸を掻き分け進む。マナはホワイトノエルから飛び出して、漸く、微かな光を掴まえた。娘に抱かれた母の眼に、確かな温もりが流れていた。


「……おかあさん!」

「マナ……!」


(マナ、とかどうかな)

(まな?)

(母の故郷の言葉で、命って意味なんだ)

(命……。私たちが授かる、新しい生命)


 絶望のサイプレスは、世界中のバンデージと強制無自覚リンクをして、その願いを素にしたモンスターを産んだ。


 曖昧だった灰色の魂が、あり得たかもしれない虹を、かけがえのない夢を掴み取った。





「う、うそだぁぁぁっ⁉︎ これは夢! 夢だと言って⁉︎」


 神都シオンの片隅で、機械の生首が転がって、聞き飽きた文句をほざいていた。


「神を騙るのなら、そこから復活でもしてみせろ」


 機械が夢を見るものか。ランスルートの一撃が、宣言通り、神殺しをやり遂げた。

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