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第二十話 レフトアームズ 2/7 デュエット

「イツキ様、お早く」

「分かっています」


 ルクス・ウルクェダのセプテム・フェクダの外装は、ランスルートの羨望の灯火に溶断された。焼け爛れた願導合金は、悲鳴を上げる事も出来ず、ただこの世への未練を遺して朽ち果てる。


 修復には未だ時間を必要とした。反物質を生成し粒子さえ砕くこの一撃は、元来、絶望のサイプレスへのカウンターとして造られた。

 ジグ・ジーグナーの前世と思しき男は、自らが造り出したモンスターのマザーが手に負えなくなった時の対抗策として、これを残していた。そういった意味に限れば、彼は科学者として真っ当であったと言える。


「いってくるよ、ルミナ」


 イツキと純白の聖騎士モノクロスが、戦場への帰還を果たす。蟲を滅ぼす為、アルカドに仇なす全てを屠る為。漆黒を脱ぎ捨てて、今一度ルミナだけの守護騎士を演じる。


「シーケンス開始!」

「了解。発進シーケンス、スタンバイ!」


 女神像の麓の森林が、それを生やした大地毎薙ぎ倒されていく。道路が位置を変え、建物が割れ、公園の噴水が枯れる。そこに秘密基地でもあるように、長いカタパルトが出現した。


「イツキ・アークブライト。モノクロス、発進する!」


 やはり願力推進なのか、類稀なる強大な比推力を以て直進する。モノクロの閃光が瞬きの間に、空から迫る侵入者を捉えた。


「イツキ!」

「トモヤ。裏切り者には、容赦はしない!」


 モノクロスの背部コンテナから、ライトの槍が容赦なく降り注いだ。メアリのドローンたちが盾を作る、そこに隠れて友矢のアルコルが狙撃で迎撃した。


「打ち砕く」

「ブレインセカンドか!」


 アッシュとユイのセカンドIIがファングブレードで斬りかかる。イツキも負けじと、聖剣ルミナスセイバーで受けて立った。


「回りくどい。とてもイツキの戦い方では無い」

「……人は変わる。変わっていける! お前なら分かるだろう、ケント!」

「そうだな、理解した」


 迫り合いを制したのはモノクロス。弾かれたセカンドIIにクラウンの群れが襲う。


「この蟲は我々が!」

「イツキ様は、狙撃型を!」

「すまない。我らが神に感謝を」

「神の御心のままに!」


 アッシュはクラウンたちを引き連れたまま、神都の中央に聳える女神像を目指した。


「上手くやれよ、健人!」

「お前もな、友矢」


 メアリとフィリアに友矢のフォローを任せ、セカンドIIは神都の外周部に到着した。


「セオリー通りなら、ニーブック攻略戦と同じだけど」


 矢張り、壁がそこにあった。しかし、ニーブックの時と違うのは、壁が光で出来ていた事か。何度かファングライフルで撃ってみる。


「解析。色もそうだけど、ライトのバリアみたい。イルミネーターじゃないね」


 神都全体を覆うほどのバリアを形成するのなら、人型が必要になるだろう。あの女神像がアルカドのアンティークの可能性が高いが、些かあからさま過ぎるのが気にかかる。

 ランスルートの話では、赤い意図はイェツィラーの先から伸びていたらしい。その支配者が神皇ならば、奴は高次元にいるのだろうか。


 背後からクラウンが傾れ込む。セカンドIIはマフラーからイルミネーターを放射して牽制。躱したクラウンへ、的確にファングライフルを撃ち込んだ。


「損傷は軽微!」

「あの蟲の願力は弱いぞ!」

「一気にいきましょう!」


 アッシュはのらりくらりと躱しながら、外周を回りだす。油断をさせて、急停止。マフラーのイルミネーターで一体、ファングブレードで二体目を斬り裂く。


「こいつ、よくも!」


 左脚部のサブアームを露出。似たパーツで構成され、幾つもに分割された長い関節部分が伸ばされる。


「砕け」


 傲慢の蟲のように器用に動いたサブアームは、先端の爪で牙のように、残るクラウンを噛み砕いた。


「データ取得。いいよ、ケント」


 セカンドIIからオーグ・カスタムメイドへ、そしてそこからサニアのクラウンへと情報は光となって渡されて、数珠繋ぎのリレーでカノープスへと届けられた。


「うむ。我々の予測通りか。全機、女神像をアンティークと断定。……カイナ殿!」


「おうよ!」


 勢いよく返事をしたカイナは、ティガ・ノエルの四肢へと願いを伝達させた。いつもより重たい機体に、心なしか浮き足立っているのが自分でも分かる。


「おい、カイナ。普段通りやればいいんだぞ」

「んな事分かってるっつーの!」

 ディオネが茶化すのもそこそこに、戦域に見覚えのある巨体が、ふざけた格好でお出ましした。


「なんだ、アレは」

「デカいぞ! 女神像と同じくらい⁉︎」

「ハイヒール……?」

「下駄じゃね?」

「馬鹿な! 戦艦だ!」


 ゼーバの人型戦艦カンカーゴ。腹部の有袋にカイナのティガ・ノエルをコアとして接続。フローゼとカノープスのように艦を武器として、そして、リラのコード・サマナーのように外骨格として利用する。


「オラオラ! 轢き逃げされたくなきゃ道を開けな!」


 単独飛行は困難。それを浮かせる為に、空中戦艦ペリカーゴを二隻投入。下駄のようなフライトシステムとして、その甲板にカンカーゴを設置した。


「股が裂ける! 左脚、遅れてんぞ!」

「無茶言わんで下さい‼︎」


 この作戦で最も大変なのは、このペリカーゴの操舵士たちであろう。誰の発案なのか、言わずとも知れた事。


「ケントって未だに自己評価が低いから、自分が出来そうな事は他の人も簡単に出来ると思いがちだよ?」

「……改めるよ」

 アッシュがランスルートに捕えられた時、今のユイの言葉と似たような事を指摘されたと思い出して、そこは嫌だった。


 最後にゴーサインを出したのはレイザーやランスルートたちであるが。あまりに馬鹿げた作戦にユイは溜息をつき、見かねてハナコの兄弟たちを彼らのサポートにつけた。ティガ・ノエルに載せたハナコとの連携で、辛うじて「下駄」としての機能を発揮した。


「準備は良いか、カイナ?」

「お前こそ! しくじんなよ、アッシュ!」


 セカンドIIのレフトマフラーをシールドと接続。願力とイルミネーターが混ざり合い、電気とアクア・プリズムが変質する。


「穿て!」

 サブウェポンとしての機能を持たされた複合防盾システム〈アライブシールド〉に備えられた開口部から鋭い結晶の釘を連射、バリアに阻まれる。カンカーゴの脚部に力が籠って、ペリカーゴの姿勢制御が変調をきたす。


「打ち砕ーーく!」

 飛び立ったカンカーゴが、そこへ目掛けて巨大な拳を振り下ろした。ハードナックルハンマーは釘を押し込み、一点に集中された質量の暴力は、光のバリアを容易く打ち砕いた。


「なんだと⁉︎」

「神皇様!」


 神都が激しく振動する。カンカーゴを先頭にした連合軍のガンドール部隊が、次々に着地をしていく。

 永きに渡り護られた神聖なる楽園に、遂に外敵が降り立った。


「さあ、本番だぞ。グリエッタ」

「……ええ」


 緊張で胸が張り裂けそう。横並びのコックピットで、ディオネが彼女の手を強く握った。


「良いなぁ、二人乗り」

 指を咥えたマナが通信を開いた。


「なんですか、マナ。怖いのですか?」

「ううん。えっとね、二人だと楽しそうだなって思ったの」

「楽しい?」

「違いない。ほら、楽しもう、グリエッタ」

「馬鹿な事を。……もう」


 ディオネとグリエッタに笑顔が戻った。マナはそれを確認すると、彼女たちより一足先に操縦桿を握りしめた。


「わたしには君がいる。行くよ、ホワイトノエル!」


 カンカーゴから飛び立つ白き幻影。薄らと灰色がかった霧を纏い、少女は母親との対面を()いた。


「続け、お姫様!」

「言われなくても!」


 同様に、フォース・ブレインがその勇姿を晒す。吹き荒れる吹雪と暗雲の中、白と黒の願力が、神の盾と再び対峙した。


「私は、グリエッタ・アークブライト! お母様、貴女と訣別をしに参りました!」


 カンカーゴから光が迸る。ハナコに搭載された超高性能演算システム(仮)がフル回転。


「掻き鳴らせ!」

 巨大な人型をステージに、彼女たちの幕が上がる。


「え……」

「なんだ? 歌?」

 フォース・ブレインから放たれる光の粒子が、カンカーゴの照明にライトアップされて七色に輝いた。


 ――忘れないで 私のこと

 ――思い出して 優しい嘘


「デュエット……?」

「この声、どこかで」

 神の盾に届けられるグリエッタとディオネの歌声。二人の気持ちが重なって、純白たちに楔を打ち込む。


 ――あなたと痛い

 ――いっしょにいたい


「グリエッタ様だ」

「グリエッタ様と、誰か知らん少年っぽい声のデュエットだ!」


 ダスクが世界粒子を利用しようとしている事は明白だ。そして、神皇も願導合金を手綱とした。ならば、それに真正面から対抗する。フォース・ブレインは、世界粒子さえ観客にする。


 演者は観客を湧き立たせ、喜ぶ観客は演者にも力を与える。それを含めたステージこそ、ファンと偶像のあるべき姿。

 ラスティネイルの真価を勘違いしたアッシュの発想は、世界粒子に宿る願いともリンクをさせる事で、古代人形以上の戦果をもたらした。

 それは、神の支配さえ塗り替える。湧き上がるエナジー、迸るパッション。一人一人が持って生まれた生命の力に働きかける応援歌。


 ――絶対絶命

 ――全力全開

 ――あいつに負けない

 ――ぼっとなんかしてらんない!


 グリエッタが最も感情を曝け出しやすい手段。一度始まってしまえば、その姿は堂に入ったものである。恥ずかしがっているのは、むしろディオネの方だ。


 ――虹さえ越えて 無限の色へ

 ――次元 超えて 時間 すすめ


 ――あいにきて

 ――あいしてやる


「「欲望を連れて!」」



「ぐあああっ⁉︎ 痒い! 全身が痒い‼︎」


 神の盾、エリーリュ・ウルクェダ。防ぐことの出来ない、恐れを知らない全力の瑞々しい青春の攻撃ポエムに、ついつい耐え切れず出撃した。





「おのれ! 神都への侵入を許すとは!」

「どうした、焦っているのか、マロン」


 ランスルートが前衛となり、カノープスのフローゼが援護する。いつか見た景色、いつもあった筈の連携に、彼らも心が高揚するのが分かった。


「一気に決めましょう、皇子」

「指図するな。貴様が合わせろ」


 光のスパークルを纏わせて、翼のマントが真紅に翻る。ハイドの影響かヒロイックに進化したブレイン・ヘモレージは、ドミナントセイバーで傲慢を押し付けた。


「うおおお! 神の槍よ! 我が意思に応えよ!」

 神から授かった伝説の槍、願導ニールの一振りで受けて立つ。レイザーという主に見捨てられ、彼女は自らの足で立ち、自らの手で今の地位を確立した。

 誰かに頼るのでは無く、自立した一人の女、大人として、二十年もの人生を神へ捧げてきた。


「姉上! 投降して下さい!」

「裏切り者は、死ね‼︎」


 周囲からの声もあった。良いものばかりでは無かった。その事に落ち込み、戒め改善しようと努力したが、歪まされた人格は悉くを拒絶し、遂に自分を独りにした。

 セプテム・アリオトだけが、彼女と一つに繋がった。神が望むステージに、遂に努力が報われた。始まりは何であれ、これは自らが望んだ結末だ。世界は常に酷薄で、残酷で、時に平等だ。


「皇子は躱して下さいよ!」

「俺が出来ないとでも!」


 カノープスからのビームの嵐が飛来した。ランスルートは全てを躱しきり、空を飛ぶ人魚のマロンは、全てをその身に受けて、砕かれた。


「何故だ。どうして」


 キールロワイヤルが、その決着を無慈悲に叩きつけた。


「沈め」


 赤いコアを穿たれ、神の槍は大地に焦がれたように下界へと吸い込まれていく。


「姉上」


「手加減などしていない。いや、出来なかった。それほどの相手だったと、賞賛だけはしておいてやる」


 マロンとフローゼに向ける言葉なんて、その程度で十分だと言わんばかりに、ランスルートは下も見ず、女神像へと進路をとった。


「助けられなかった」

「これで良いのでしょう。それが、彼女が自ら選んだ道なのです」

 クラウザも、ただ現実を突きつけた。


 地上で戦うレイザーたちの元へ、変わり果てたセプテムが亡骸を晒す。拒絶したかつての主は、最後まで、彼女を抱く事はしなかった。

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