第二十話 レフトアームズ 1/7 シスター
サマンサ・サンドロスの消失は、すぐにダスク・ウィナードにも伝わった。アツィルトに繋がる弦によって、老体に痛みが走った。
「……おのれ、灰庭‼︎」
(ほう。お前でも苦痛は感じるらしい)
「まだ意識があるのか」
エイリアス・イェツィラーことヂィヤ・ヂーヤは、その弦によってダスクを通じてサマンサの最後を見届けた。
(うむ。流石はハイパー。我が強敵である)
「黙っていろ……!」
(自分から縛っておいて、何を言うか)
全くもって自分勝手な奴だ。おじいちゃんはため息しか出ない。
(人間、ああはなりたく無いものだなぁ)
「ヒトを模っただけの人形が」
(フッ……。それをブリアーの残りにも教えてやると良い)
ヂィヤ・ヂーヤは、ダスクを恐るるに足りなく感じていた。彼が老体に鞭を打ってしてもやりたい事は、過去にしがみつくだけ。未来などあろうものか。
(我の出番は無さそうだ。……それが良いのかもしれんな)
ただ、彼らに謝れないのが無念でならなかった。
◆
空を行くセカンドIIのコックピットの中。眼下に広がる景色に、アッシュは自らの思慮の浅さを思い知る。栄華を極めた筈の人間の世界は、彼らが神と崇める皇の傲慢に圧し潰され、五百年もの歴史に幕を閉じた。
潰された家々、目も覆いたくなる惨状に、一人の生存者でも見つけられたのなら、彼の心も少しは平穏でいられたのだろうか。
(母ちゃん、父ちゃん)
神都近くのフーシヤの街にいたという灰庭健人の両親たち。神の盾の目を盗み、遊撃騎士団も捜索に参加したそうだが、矢張り、生存者は一人もいなかった。
「ケント」
「ごめん。ユイは大丈夫? ジョージ艦長とオリヴィア先生だって、行方不明のままだもんな」
「うん。ありがとう」
彼が気を使うのが悲しい。ユイは半ば諦めていた。いや、現実を受け止めようと必死だった。彼女の父と母は、おそらく生きてはいないだろう。
ここまでの事をした神皇が、彼らだけを生かしておく理由なんて見つからない。ルミナがこれをやったとは、どうしても思えない。偶然生きているかもと期待はあったが、大破したシリウスを見てしまっては、それも儚い幻だった。
抉れた大地が点在する。それは、コロニーに囚われて、浮遊する島へと変わった。
そのいずれかに当時シリウスがいて、人々を守ろうとバリアを展開。最後まで、人命を救おうと足掻いた。ユイはそれを、誇りに思おうとした。
「体に異常は無い? さっきの速度だと負荷も相当だろう」
アッシュが心配して後部座席を振り返る。体の頑丈な彼とは違って、ユイはただの人間なのだ。
「耐G性能はバッチリだよ。私の事は心配しないで。あなたのお荷物にはなりたくない」
「お前のお陰で戦えている。耐え切れなくなったら遠慮なく言ってくれ。傷付けるなんてごめんだ」
「うん」
彼に傷つけられたい。それは、まあ、別の話だけど。
中央に女神像が鎮座する浮遊都市、神都。
肉眼でも視認出来る距離まで来たアッシュとユイは、その巨大さに圧倒された。
街一つを飛行させるだけのエネルギーやシステムは、どうやって見繕っているのか。そもそも、飛ばす事に何の意味があるのか。ただ純白以外を見下したいだけだとしたら、まさに神を騙るに相応しい傲慢の所業だ。
「遅えぞ、健人!」
カノープスの甲板上から親友が手を伸ばす。セカンドを引き寄せた友矢のセプテム・アルコルは、迫る純白の烏へと照準を合わせた。
「艦長、いつでも撃てます」
「良し、撃て!」
友矢とフィリア、そしてカノープスの砲撃手となったフローゼが、一斉に砲撃を開始した。群がるコード・クラウンの一割ほどを撃墜、上出来だ。敵が体制を立て直そうとする時間が稼げた。その隙に彼らを追い越し押し通る。
「ここまで上空に来ると、傲慢攻略戦を思い出すな」
「うわ、トラウマ回だ」
ウネウネと動く無数の脚。ユイも一応女の子なので、当時は鳥肌が酷かったらしい。
「誰か一応って言った?」
「言ってたら来たぞ!」
「うわー⁉︎」
龍のような長い体躯を畝らせながら、ムカデクワガタの群れが現れた。カノープスは最大戦速で直進。背部ハッチから、純白と漆黒が落とされる。
「任せて下さい!」
「仕方ない。美味いご飯の為である」
サニアの重装型クラウンは、ドライグのイノシュ・バインの背に掴まって、ムカデクワガタとの空中戦に突入した。
「流石は牡牛のバインの後継機にしてシオンくん。こういう事だぞ、春歌」
猪突猛進システムなんて安直ネームのゲテモノを使わなくとも、きちんと運用すれば、バインもその後継機も傑作機なのだ。
アッシュの謎のバイン押しは兎も角、あの傲慢の蟲たちも、この年代のガンドールと超願導人形ならば、互角以上に立ち回る事が可能なようだ。
「ドライグ! 娘を頼んだぞ!」
「やや⁉︎ 親父殿? 我が輩、娘の幸せを頼まれてしまった!」
「そこまでは言ってねぇ」
「お気をつけて、勇者様たち! と、パパ」
「オマケ扱い!」
友矢がしょぼくれて、フローゼが笑い出す。普段からやっているであろう家族の身内ノリ。ジョージとオリヴィアと自分の関係を重ねてしまって、ユイはなんだか涙ぐんだ。
ムカデクワガタが牙を晒す。サニアは小脇に担いだママの大砲、オーバー・プリズムキャノンにエネルギーをチャージ。外部からチューブを伝って流れた電気エネルギーと願力のバリアが反応を起こす。激しい音を鳴らして、豪快にぶっ放した。
ドライグは姿勢制御に気を取られたが、イノシュ・バインの方でやってのけた。
「大丈夫だよ、友矢くん。二人にはイノちゃんがついてるからね」
「今回は割と分かりやすいネーミングですね」
こういうノリを、かつてのフローゼは疎ましく思っていただろう。嫌いじゃない。友矢に告白されてから、世界が輝いて見えている。幸せだった。
「来るぞ、メアリ」
「承りました!」
オーグ・カスタムメイドがスカートを脱ぎ捨てた。それぞれが人型へと変形し、三体のドレスドールドローンが、白銀の空へと舞い上がる。
「防壁陣形!」
三体の人形たちをそれぞれカノープスの周囲に展開し、重結晶を放出。メアリを頂点とした三角錐のバリアフォーメーションを敷いた。外部からの軽度の射撃をカットし、内部からの砲撃は通す、巨大な黒い盾とする。
「流石メアリ様。えげつねぇぜ」
「ユイのせいです」
「えっ? ごめん……」
前方に衝撃。盾の一部が破損、そこから純白の槍が投げ込まれた。セカンドIIがそれを叩き斬り臥せる。槍使いが相手なら、カノープスの砲座にいるフローゼは動揺した。
「マロン姉様なんですか」
「フローゼ! 裏切り者め!」
コード・クラウンたちが、シオンとなったマロン・ウルクェダへ新たな槍を手渡した。更に巨大に、禍々しく、神の武器とも呼べぬ悍ましさ。
「分かるか。これが、神の怒りだ!」
物にあたるように、力任せに投擲した。
「槍を、やり返す!」
友矢が狙撃、それは軽く弾かれて、彼女の心に届かない。勢いさえ挫けば、アッシュとセカンドIIなら受け止め、受け流せる。
「馬鹿奴!」
セカンドに触れる直前で、槍を引き戻す。タイミングを外されたアッシュへ向かってクラウンの射撃が迫ったが、カノープスを守る為、甘んじてシールドで受けた。
アッシュ・ドライブを停止状態では、願力のバリアで覆って対処する。矢張り、小細工が出来ない状況では、アッシュ如きの願力では分が悪い。セカンドIIの性能に助けられる。
マロンは、極太のワイヤーで銛のように繋がれた槍を左腕の手元に戻し、そのまま接近戦を企て加速した。シオン・シリーズではあるが、自我を持ち、人語さえ介するアルカドの転生者は、手持ちのライト兵器さえ人だった頃のように器用に扱った。
「遅い」
相対する速度の中、カノープスのカタパルトから打ち出された質量が、マロンの踏み込みを押し返した。
「識別、ブレインセカンド? ランスルートか!」
「レイザーは下界にいるぞ。俺たちに構っていて良いのか」
「再会して理解した。あんな奴、もうどうでも良い。私は神皇様の障害となる者を排除する。神の盾の聖戦士だ!」
大槍と大剣が激突した。パラパラとした雪が、次第に激しさを増し、風と共に吹雪いていく。
「邪魔だ、ハイバ! 退け!」
「分かった。ここは任せる」
カノープスの周囲に敵影が迫る。それを撃ち砕きながら、ガンドール部隊だけで神都を目指した。
「カノープスは行かなくて宜しいんですか、艦長」
「フローゼ殿、貴女あっての今のカノープスだ」
自らの手で姉と、家族と決別をしろ。クラウザも酷な事を強いた。それは彼女だけの為ではなく、この作戦の為に、身重の彼女の願力を使わざるを得ない為である。
願力、願いの力。
精神、メンタル……欲望の力だ。
それを挫かないように、メンタルケアをせねばならぬのが、ガンドールを使う部隊の指揮官の役目だ。
「……ありがとうございます。クラウザ・クランベル」
フローゼがブリッジを降りて、格納庫のセプテム・ミザールの元へと急ぐ。ジグからレクチャーを受けた、カノープスの新兵器。
「姉上。私が止める」
カノープスの主砲に純白が流れる。人型でも無く、複数が乗る艦にライト兵器を装備したところで、その力が増幅する事は無い。
「カノープスに純白……なんだ、これは? どうなっている!」
フローゼが乗り込んだのは、あくまでもセプテム・ミザール、人型兵器ガンドールのコックピットである。
セプテム・ミザールのマニピュレーターに接続された、狙撃銃型マテリアル。それは、願導合金のケーブルを通し、改修されたカノープスの砲撃システムと直結をして、フローゼの思うがままに撃ち出せる。
「『ボク』のセプテム・ミザールの新ウェポン。その名も、カノープスです!」
「戦艦を銃に見立てたというのか⁉︎ そんな頓知!」
ミザールの周囲は「棺桶」で覆い、外部願力の影響を抑えた。ケーブルはウィナードとの交流で強化された。ゼーバのレクチャーを受けて、非人型兵器への順応訓練を行った。後は、彼女の心がカノープスをどう捉えるか。
「ボクの狙撃は、トモヤより上手い」
小型艦艇型砲撃システム・カノープス。無数の烏天狗たちに、純白の星が撃ち放たれた。