第三話 面影 5/7 殺人者
ランスルートの乗る白きブレインセカンドは、新型のライトライフルでアッシュのアートに狙いを定めた。
ロックオンの警報、足元にはアルカドの兵士。アッシュは彼を巻き込まないように上空に退避し、自ら身を晒す。堅牢なNUMATA製のサヴァイブシールドが、一撃で欠けた。
「おい、ブレインだって⁉︎」
「いや、アンティークの右腕じゃない。カクカクしているし、NUMATA機の姿だけ似せたイミテーションか?」
カイナとセラも新型を確認した。
ランスルートが乗るNUMATAの新型は、次期主力量産機候補〈惨雪弍式〉としてリリースされる予定であった。
しかし、ブレインの性能にあやかったのと、ゼーバへの牽制や当てつけの意味を込めて、レイザーの一存で頭部を中心にデザインをブレイン風に変更し、セカンドの名を与えられた。
「全体的にカクカクした、翼の無いブレイン」若しくは「頭部をブレイン風のツインアイにした惨雪」といった、何処となくヒーロー然とした風貌である。
ランスルートの乗るセカンド一号機は、本来なら量産試作機であるが、レイザーの指示で集められた高性能パーツによって、量産を度外視したカスタマイズが施されていた。弟への愛だ。
「機動力が……! クッ、制御してみせる!」
高速で接近するブレインセカンド。アッシュのアートは避けられない。セカンドの新型ライフルはセイバーモードを取り、アッシュはブレードに牙を生やして受け止めた。
「うおおおっ‼︎」
「やめろ! 人が」
アッシュの言葉は、戦火に消えた。ランスルートは尚もスラスターを噴かし、出力の差でアッシュを地面へ叩きつけた。
――グチャッ。
機体の背中に広がる嫌な感触の正体を一瞬で理解したアッシュは、たまらず胃の中のものを吐き出した。
かつての上官が操ったブレイン、あろうことかその姿を模倣したアルカドの新型は、魔族たちの反感を買った。
群がるゼーバの獣人機の動きを、ランスルートはひとつひとつ目視とレーダーで確認して躱していく。
「いける……! 俺とセカンドなら!」
自信は大きな力となる。願いを叶えられる願導人形なら、相乗効果でスペック以上の性能を引き出せる。
「偽物の分際でー!」
「ブレイン! 俺の力となれ!」
冷静さを欠いたゼーバの精鋭たちは、遂にはブレインセカンドに一撃も有効打を与えられず、斬り伏せられた。
暗闇の中で彷徨い続けたウィシュアが、遂に掴んだ輝きに、ルミナは瞳を宝石のように眩く潤せた。
「ブレイン、健在。やるじゃねえか、あのイケメン!」
「純白様には及びませんが。まあ、元皇子様だし。イケメン正義っと。……艦長!」
艦橋で雑談混じりに作業を進めたアリスとダニーは、その時を艦長のジョージに委ねた。
「お疲れ様。では、行こうか。……シリウス、発進!」
闇夜を照らす、白き星。抜錨された新造小型艦シリウスが、地面を離れ天に昇った。
「甘いな〜。人間ってさ!」
上空に反応。
「直上!」
「問題ない!」
新造艦シリウスの光波シールドが花開き、真上からの漆黒を防ぎきった。疑似願力生成兼、疑似ライト及び疑似ヘビィ変換放出装置〈イルミネーター〉のバリアだ。
推進剤にも使用されるエア・プリズムと電力を反応させてプラズマ化。疑似願力を発生させる。小型化が出来ず、ガンドールへの搭載が難しくとも、戦艦や神都防衛には欠かせない装置である。
「バリアか。甘いのは、テティスだったな」
「でも、そう来なくっちゃ!」
双子の女魔族〈テティスとディオネ〉は、それぞれ専用のカスタムが施された機体に乗り、上空からシリウスを見下していた。
ピンク色の髪が眩しい頭には山羊のような角が伸び、背中からちょこんと蝙蝠の羽が生えている。
小柄なせいか少しだけ前傾姿勢に調整されたコックピットシート。ぷっくりとしたお尻から伸びた細くて長い尻尾は、ゆらゆらと落ち着き無く動いていた。
テティスとディオネという双子のお子様たちは、まるで小悪魔のような笑みを浮かべて、小さな八重歯を忍ばせ獲物に舌舐めずりをしている。
「テティス様とディオネ様⁉︎ なんで、お二人が⁉︎」
真面目なメアリの慌てようは尋常では無かった。セラも知らない魔族の登場は、イツキにも嫌な予感を走らせた。
「見つけた、敵の漆黒! 気味悪いよ、人間から生まれた弟なんてさぁ!」
「弟⁉︎」
イツキの予感は的中した。テティスとディオネは、魔王の血から生まれた双子の姉妹である。ゼーバ本国から前線にまで赴いた彼女たちは、マーク博士を問いただし、弟であるイツキの存在を知ったのだ。
「消えちゃえー! 結晶閃!」
テティスの専用オーグは鎌を勢いよく振るって、纏わせた漆黒の重結晶を広範囲に飛ばしてきた。イツキ諸共ルミナが襲われ、ボルクはしつこいカイナを振り切って、主の代わりに傷を増やしていく。
テティスに負けじと、ディオネも専用ノエルの爪でブラッククロスに接近戦を仕掛けた。
「見せてみろ、人間の成り損ない」
「貴様!」
彼女たちの態度は、自分だけでなく母さえ愚弄するものだ。イツキはブラッククロスの右腕に願力を集中させ、ディオネを殴って弾き飛ばした。
「……やる!」
「甘いのは、ディオネもだったね〜」
人間で例えるなら中学生くらいの子供と呼べる双子の少女たち。イツキが彼女たちの弟といっても、過ごした時間の流れが違うため、年齢的には彼の方が上になっている。
魔王の子供までやってきたのは予想外だが、捕えられれば、人質として利用できるやもしれない。ジョージは冷酷にガンドール部隊に告げながら、艦の進路を確保すべくゼーバ艦との撃ち合いに入った。
「クソッ、前線はどうなってんの? フローゼちゃんもどっか行っちゃうし?」
狙撃で援護を続ける友矢は放置プレイをくらっている。フローゼと神の盾は使命を果たそうと動き出していた。
「良かったな、イツキくん。家族との感動の対面だ、俺ももらい泣きしそうだ」
イツキのことがどうしても気に入らないのか、セラの態度が露骨に悪い。
「ディオネ、あの純白は味方なの?」
「メアリから貰ったデータを照合。セラ・クロウカシス。エイリアスの家族、らしい」
「えーー? 人間の国に来てまで何やってんの、アイツ? 純白と家族ごっこ?」
ホワイトホーンの願力原動機が唸りを上げる。歯車が擦れる異音と共に、出力が上昇していく。
「見せてやる、クロスイツキ。これがお前が捨てた、ゼーバの願導人形の性能だ!」
原動機が逆回転をはじめた。伸び切ったゼンマイが巻き取られていくように、願力を使用せずとも稼働するオーバードライブ。ゼーバの願導人形と願力原動機に隠された本性。
しかし、エンジンが逆回転なんてしたら、その顛末は悲惨なものだ。願導人形は、専用の設備で容易に修理、換装ができるように、各部位が独立したブロック構造になっている。
それを戦場で瞬時に組み換え、並べ替え。逆回転したエンジンに相応しい構造へと「変形」させていく。
「うおおおっ!」
背部ユニットが可変し馬脚となり、四脚のホワイトホーンが突撃した。イツキのブラッククロスはスピードに追いつけず、防戦一方に成り果てた。
「クソ!」
「大人しく沈め!」
イツキの正面からセラ、背後からディオネが斬りかかり、テティスが上空から結晶の範囲斬撃を繰り出す。ルミナを守るボルクは、カイナとメアリの呪力突撃を寸でのところで捌いている。
セラ、カイナ、メアリにテティスとディオネ。一人ひとりが厄介な性能を誇り、また、急拵えの割に連携も悪くない。
「へえ、やるじゃん!」
「純白でも、流石はエイリアスの部下か」
「感謝します。家族の指導のお陰です!」
オーバードライブには制限時間があった。ゼンマイが切れたように、ホワイトホーンは人型を取り戻す。
願導人形が人型をしているのは、パイロットが人型だからという理由にほかならない。自分に似た体型とリンクをするからこそ、複雑な人型兵器を扱える。
可変し体型が変わった機体では、徐々にリンクは減少していき、やがてそれを維持できなくなる。人型以外の扱いにも長けた者ほど長時間のオーバードライブを発動できた。
「仕留め切れんか。乗馬の訓練でもしておくんだったか」
一度下がったリンクが元に戻るまでには多少の時間が必要だった。その間、いわゆる弱体化を迎える。
「……もらった!」
間隙をつき、ウィシュア皇子ことランスルートが背後から斬りかかる。セラは咄嗟に大剣から「刀」を射出して、左腕に擡げて牽制、ブレインセカンドの勢いを殺した。
「危ない、危ない」
「ゼーバの純白⁉︎ 『アッシュ』なのか?」
「久しぶり、皇子。なんだ、髪染めたのか?」
アッシュと呼ばれた仮面のセラはそれを否定する事なく、黒髪になったウィシュア皇子との再会に喜んだ。
「なんです、その仮面……?」
「格好良いだろ? それと、『アッシュ・アッシャー』はスパイ時代の偽名だから、あんまり好きじゃないんだよな」
「退がれ、皇子!」
イツキのブラッククロスが二人の再会に割って入る。セラはイツキに銃弾を浴びせながら後退した。
「セラ・クロウカシスは敵だぞ!」
「分かっている……!」
合流したイツキとランスルートは、背中合わせで三体と対峙した。新旧ブレインのパイロットは、ひとまず双子の連携を崩すべく、テティスの結晶閃の間合いに接近しがちなディオネを誘導して、テティスの攻撃を防ぐことに成功する。
「ディオネ、邪魔!」
「邪魔なのは、あいつら!」
「打ち砕く!」
ブラッククロスのハンマーは、同じ魔王の子供さえ圧倒してみせる。イツキの戦いを間近で見たランスルートは、その願力に心震えた。
力を求め、ついぞ叶わなかった純白への覚醒。人間さえ漆黒に変える魔王の血の力。そして、純白でありながらゼーバのスパイであったアッシュ・アッシャー(セラ)の存在。
ウィシュア皇子がアルカドと純白に拘る理由は、果たしてあったのだろうか。
「くっ……集中しろ!」
邪な考えを振り払うように、ランスルートは剣を振るった。
蚊帳の外の〈アッシュ・クロウカシス〉は、異変にいち早く気づいた。一条の純白の閃光が迸り、瞬間、ランスルートを強烈な衝撃が襲った。
「フレンドリーファイア? フローゼ⁉︎」
フローゼが、かつての主であるウィシュアを撃った。ルミナの脳は、理解が追いつかなかった。
「ランスルート・グレイス。神の汚点は、消し去らねばならない」
フローゼのコード・アーチャーは、再び閃光を放った。




