第十九話 私の痛みを和らげて 5/7 ふたり
「外装はこんなもんかな」
「おお、良いね。やっぱりカッコいいな、セカンド!」
アッシュが喜べば、ユイも嬉しい。頑張った甲斐があった。
「言われた通り、イルミネーターのマフラーは二本にしたよ。ケントの副腕とは数が違うから注意」
「了解。ありがとう」
腰部と両脚にも二本ずつのサブアーム。どちらも一見では外装にしか見えないから、接近戦での奇策として用いる事も出来る。しかし、本領はそこじゃない。
「本当に出来るのかな?」
「二人でシミュレーションしたでしょ。次の戦いではユイにも同乗してもらって、ドライブの制御を完璧にしてもらう。その後は」
「やっぱり、一人で乗るんだ」
「ごめん。お前を気にかけながら、奴と戦うのは難しい」
「そんなのいいのに」
「良くない。お前だけは守る。これだけは譲らない」
「……嬉しいけど」
凄く嬉しかった。
しかし、やはり自分は戦闘では足手纏いなのだと、ユイは改めて思い直す。機体との一体感が重要なガンドールでは当たり前のことだし、アッシュの全力戦闘のプランを聞いたら、ユイは確かに邪魔になりかねない。
本当は、次の神都攻略戦も彼一人で戦うつもりだった。それをユイが無理言って、戦いながら調整する方向で話を進めた。それはなにより「奴との最後の戦いに勝つ」為に、彼のセカンドを完璧にしたかったからだ。
「同調の確認をする」
アッシュとユイはセカンドの中へと向かう。狭い部屋に押し込めるように、背中合わせで作業を進める。前回はアッシュ・ドライブを使わずに済んだ。機会が訪れなかっただけだ。
「融合分裂と、高次元ゲートへの変換方式の事なんだけど」
アッシュは話を振りながら、右腕を操縦桿へ沿わせる。義手に馴染むように特注にした。
「うん。ゲートを潜る為の技術が、融合分裂に転用されてるって事でしょ? 激痛がある事を考えると、開発された順番は逆かな? 融合分裂の技術を改善して、痛みを伴わない形にしたのが、あのゲート」
「気付いてたか。流石」
「こう見えても整備兵なので。技術はポッと出てくるものじゃなくて、何かの発展な事が殆どだから」
量子テレポーテーションかどうかは問題では無い。その技術を転用してゲートが作られ、融合分裂へと発展した、若しくはその逆、という事が、ここでの要点である。
あの日。
蠍のシオンがアルファングに導かれた事で、アッシュとユイはゲートの中へと押し込まれた。
「私も、その時融合分裂したってことね?」
「そうは言わない。似た現象に巻き込まれたって」
「そっか。ケントとお揃いだね」
「ユイ……」
彼は彼女の顔が見たかった。だけど、怖くて振り返れなかった。ユイはアッシュの背中に寄りかかって、その中に声を響かせた。
「良いんだよ。そんなことまで責任背負わないで。あなたが感じたことを、私だって感じたい。全部は無理でも、少しでも同じ経験を一緒にしよう?」
言葉が出なかった。こんなにも優しくされてしまうと、流石の朴念仁も理解していた。
「泣け泣け。折角涙が流せるようになったんだ。溜め込むのは損ですぜ?」
「うん。一緒に、行けるとこまで付き合ってくれ」
「ケントが私に付き合うんだよ。私の方が二ヶ月お姉さんなんですからね」
彼女を失ったとしたら、今のアッシュはどうなるだろう。エイリアス……古代人アッシュのように、彼女の望む世界を創ろうとでも思うのだろうか。
「僕が死んでも長生きして」
「嫌だよ。……死なせない」
死ぬ時ぐらいは一緒が良い。生まれも育ちも違うんだから、それくらいの自由は欲しい。
アッシュが一人では生きられないように、ユイだって彼を失えばどうなるか、考えたくは無かった。
「不思議。あなたとこんな風に出逢えるのって、どんな確率なんだろ」
アッシュは運命なんて信じちゃいない。それを言ったら、彼女からは、またロマンが分からねぇ男呼ばわりされそうだ。
だけど、セラと健人の為にも、運命なんて認める訳にはいかなかった。彼らの存在が、その辿った道筋が、自分という生命を産む為のものだったなんて、考えるだけで虫唾が走る。
彼女とも出会うべくして出逢ったので無く、ただただ偶然出逢った。そっちの方が、なんだかロマンチックな気もした。
「艦長が心配してた。ユイがスパイなんじゃないかって」
「私? すぱ……私⁉︎」
この娘には無理だな。
「あの人は、僕より考え過ぎだと思う」
「いえーい。似たもの同士ー!」
「なんだ、そのテンション」
とはいえ。二人はクラウザの気持ちも理解できた。
「……ユイは、今も自分の正体、知りたい?」
あくまでも、アッシュの予想だけど。
「どうしようかなって。……うん、やっぱり聞いとこうかな」
少しだけ考えたような間があったが、ユイはちゃんと聞こうと決めていた。彼の声を聞きたかっただけかもしれない。
「君に言うべきか、これが合っているのかは、凄く考えた。考えれば考えるだけ、これしか無いと思えた」
「お? 良い感じに盛り上げてくれますな!」
彼が悩んだように、彼女もまた、自分の姿と向き合う時が来た。
「リューシ王国には、幾つかの種族がいたみたいだ。その中でも、願力の無い人たちっていうのは、やっぱり限られていたと思う」
願力で操作する願具がそこかしこにあった。願力を持つ者たちが多い事は一目瞭然だ。
「古代人たちは、人間とバンデージで別れて戦争を行った。そもそも、バンデージって何だ、って話になる」
旧人類曰く、繋がる世代、BAND-AGE。
バンデージの王曰く、世界の修復者、BANDAGE(包帯)。
「うーんと。セラくんとかエヴァさんが目覚めた時は、全身包帯だらけって言ってたけど、あの人たちがバンデージなの?」
「うん。先日エヴァにも確認をとった。そしてメアリ曰く、願いが定着した願導合金の粒子は、点じゃなくて、糸のような姿をしているそうだ」
世界粒子も同様だ。自分たちが破壊、浄化されないように、超弦理論の素粒子を演じて、悪霊(人々の願い)が虚飾で成りすましている。
「糸……包帯? 願導合金だけじゃなくて、願導合金の粒子とも繋がれるのが、バンデージ?」
「程度の違いはある。概ねそうだと思って良い」
繋がるというのは、粒子に願力を乗せる行為そのものを指す。また、無意識下も含む。ザンドローン桜花を世界粒子を利用して導いているダスクは、まさにバンデージの性質を発揮しているのだと考えられる。
「融合分裂の繭も、糸……包帯と捉える事も出来るね。うまいこと名付けたもんですな」
「そう。願力の高い者ほど願導合金とより深くまで繋がり、粒子を操る術を身につけやすい」
ユイにも、アッシュの言いたい事がなんとなく分かってきた。
「願力は光を放つエネルギーだと言われている。バイオフォトンとか、バイオルミネセンスとかの類いかもしれない。体の中に、それを作り出す器官がある。オリヴィア先生の見立てでは、ユイにはそれが無い」
バンデージは、進化した人類だという。アッシュが見た、古代の記憶がそう言っていた。そしてエヴァ曰く、粒子をその身に浴びた突然変異だ。
ならば、旧人類はその逆だ。
「願力を持った者がバンデージだ。ユイ・フィールは、この世界で残された、唯一人の人間なんだ」
「……ひとり」
現代でも、時にメアリのような粒子の扱いに長けた者が現れた。それはバンデージそのものと言えた。しかし、では、それ以外の願力を持っただけの者は旧人類なのか。
世界規模の融合分裂で、人類は一度一つに溶けて、そこからまた個人へと分裂させられた。程度の差はあれど、アルカディアのような力の平均化、均一化が図られた。
古代人が、同じ古代人やモンスター、ゲートの存在に反応出来るのは、彼らが世界と繋がった経験があるからだ。アッシュの第三の目のように、世界粒子の揺らぎに強く反応しているのか、赤い意図のようなものを感じているのだと推測出来る。
古代人=バンデージであるが、バンデージ=古代人では無い。
純白もシロも魔族も。この世界の人々は、均一化の影響で、その力を弱体化させたバンデージの末裔だ。
願力を持たないユイこそが、人間なのだ。
こんな事態になった以上、古代の戦争の結末は、バンデージの勝利と言えた。バンデージの王が望んだ姿では無かっただろうが。
「あ、いや。人間が君一人って言うのは大袈裟かもしれない。大陸の方は何も分かってないし。ただ、ダスクの口ぶりからすると、他の人間が生き残っている可能性には、あまり期待は出来ないけど」
「君のような人間が生き残っていた事に感謝する」。ユイを見たダスクはそんな事を言っていた。ユイと出会い、改めて世界を元に戻す決心でもしたのか。いい迷惑だ。
大陸の現状を知っていたダスクでも、人間と出会ったのはユイが初めてだったのかもしれない。
世界の融合分裂から弾き出された人々。かつて人間と呼ばれていた者たちは生き延び、リューシ王国という狭い世界で細々と暮らしていたのだろう。
「だけど、君も量子テレポーテーションが出来た以上、完全に普通な人間ってわけでも無いのかも」
「そうだよね。願力が無いのに、願導合金に記憶とかの定着が出来るのかな? 体はともかく、心とか魂まで再構成出来てるから、凄いと思った」
今の何気ない言葉は、ゲートを潜った自分の事だけじゃなくて、幾度となくゲートを使用したアッシュの事を、今までと同一人物だとユイが無意識の内に認識してくれているという証明でもあったから、考えすぎのアッシュは嬉しかった。
全てを粒子や願力のせいだとするのは、些か強引だが。あれも、ハイブリッド・クローンの記憶の継承のように、願力と願導合金を利用しているのか。アッシュの考えと矛盾するから、ここの予想では無関係だと仮定して進めてもいい。
そもそもが、願導「合金」である。量子とは程遠い合金であれば、それを量子テレポーテーションで使用しているとは考え難い。量子テレポーテーションの過程で、粉々になって情報が伝わる筈だからだ。
「ゲートが世界粒子や願導合金と関係があるとするなら、君たちも世界と融合したけど、願力だけを受け継がなかった。もしくは、君の本当の両親か、その先祖たちがバンデージたちと結ばれたから、君もゲートを潜れる因子のようなものだけを受け継いだのか」
「……後者が良いな」
「どうして?」
「バンデージと人間で、子供ができるってことだもん」
「あっ」
二人揃って黙りこくった。
顔を赤らめ、かちゃかちゃと手を動かして、咳払いなんかもして、作業をしているフリを演じた。
アッシュはユイに話すのを恐れていた。リューシ王国では、ただの予想を述べた。あの頃は、彼女に対して、こんなにも情念を宿すとは思っていなかった。
自分たちは明確に別種族なのだという事実を改めて突きつけられて、彼女がその事実を、そして自分たちバンデージを受け入れてくれるのか不安で、随分とまわりくどくなってしまった。
ユイに対してだけは、保護者気取りで過保護になり、慎重になる。なのに、思春期の少年のように、嫌われたくなくて臆病にもなる。彼女の事を信頼しているつもりだったのに、なんてダサい男なのか。
「えへへ」
彼女は変わらず、照れたような笑顔を見せてくれた。凄く杞憂だった。
「ただ。君の故郷が本当にリューシ王国なのかどうかは、断言出来ない」
現地へ赴いても、彼女は何も思い出さなかった。
「……モンスターの死骸の散乱、要は粒子の散布は、ゲートを開く儀式だもんね」
「ギゼラの言う姫様と、ユイが入れ替わった。偶然か必然か、別ブレーンと繋がったゲートが発動して、君は並行世界に……この世界にやってきた」
「ケントの話って、面白い」
「荒唐無稽?」
「子供への読み聞かせとか上手そう。良いお父さんになれるよ」
「……考えた事なかったな」
「……考えといてね」
「うん」
うっかり承諾した。二人の顔は、やっぱり真っ赤に染まった。
「……ともかく。君は人間だと思うよ。僕らの方が、人間から外れた化け物なんだ」
クラウザには、オーランドの墓の前で話した。矢張り信じてはいなかっただろうが、ユイがスパイの可能性は無い、という事だけは、アッシュが熱弁して納得して貰った。
もしもの時は、彼女を殺して自分も死ぬと。そこまで言われれば、クラウザも観念した。彼はアッシュを、アッシュが信じるユイを信頼した。
「ダスクは、人間の世界を取り戻そうとしてるの?」
「どうかな。あいつ自身はバンデージだったみたいだし。それに、過去の記憶を内包した世界粒子は常に失われている」
「そっか。モンスターとかプリズム・フラワーが分解してるもんね」
「うん。だから結局、奴はアッシュと砂月世良を再会させたいだけなんじゃないか」
世良の粒子を絶望のサイプレスと融合した際に確保しているのだとすれば、黒須砂月の粒子も確保済みなのだろうか。
失望のカレンデュラとの戦いでの言い回しを思えば、完全に世界を取り戻す事は出来ないと考え、残りを自分の願いによって補完すれば良いと開き直っているとも捉えられる。いまいち納得は出来ないのだが。
「……ダスクって、ロマンチストなんだ」
「自己中だろ」
相変わらず、ロマンの分からねぇ男だぜ! ユイは笑って、アッシュの背中に倒れ込んだ。
「……君と会えて良かった」
「うん。あなたがいてくれて良かった」
ブレインセカンドは何も言わず、ただ、幼い二人を受け入れる。仮面に隠れたオッドアイが、格納庫の照明の中で、静かに優しく潤んでいた。




