第十八話 あかいいと 7/7 めんどくさい男たち
アッシュが感じていた視線。七首竜マーク・シオンとの戦いの後、現れたダスク・ウィナード。何故、彼はあそこにいたのか。
かつて使用していた遺跡を取り戻しに来たのなら、話は単純だった。しかし、相手はあのエイリアス・クロウカシスだ。
では、初めから嫉妬のレヴィを攻略する為にカノープスとの接触を選んだのなら、アッシュ・クロウカシスを利用してパロケトの中へ侵入するのが目的だったのだとしたら。奴はどうやってカノープスの位置を割り出したのか。
偶然や、ウィナードであるマナの存在を感知しただけとは思えない。アッシュはそれだけとは考えない。
相手はあのダスクだ。クソヤロウだ。だから、もっと悪い可能性へと目を向けた。
アッシュはカノープスの中にスパイがいて、クソヤロウと通じていた可能性を考えた。流石は、アッシュ・クロウカシスというクズの考える事であった。クソヤロウと似たもの同士であった。
疑惑があるなら晴らせば良い。ただ盲目的に信用するのと、育んだ信頼関係は全然違う。素性に疑いがあったヂィヤとマナに今回の計画を話さなかった事で、ようやく炙り出せた。
ウィナードであるマナはスパイでは無かった。思えば、モンスターを感知できるダスクの癖に、彼は不自然にもマナを避けていた気さえする。それが、彼女に取り憑くイツキを避けていたのだとすれば、奴はとても臆病だ。
アッシュは仲間を信じている。仲間と自分を信じている。数々の戦いで、信じるに値すると思えた。だけど、ダスクの事は微塵も信じない。だから、信じられないという事実だけは、信じられる。
「矢張り、貴様は邪魔だ。灰庭健人」
ゲートから伸びる機械仕掛けの長い指。尖ったそれがヂィヤを掴み、意志でもあるように自らの腑へと誘っていく。
ダテンゲートに生身で対峙するアッシュは、副腕でしがみつき、よじ登り、義手を使ってコックピットをこじ開けた。
「聞こえるか! 我が強敵、ヂィヤ!」
「貴様という奴は!」
「エイリアス・イェツィラーなんて名前! 酷いセンスだ! ヂィヤ・ヂーヤのものでは無い!」
「なにが、ヂィヤ・ヂーヤだ! 傀儡とする為にイェツィラーの記憶を消したら、言語野に異常が出て、挙句勝手に行方不明になる始末! とんだ失敗作だ!」
イェツィラー……ツィラ……ヂィヤ……。
「……そんな理由⁉︎ 無理がある、うわっ」
動き出したダテンゲートから振り落とされかけた。アッシュは副腕と義手をハイパワーに仕立て上げたジグ爺さんに感謝をした。
「なら、灰庭をハイパーと呼ぶ事も……!」
「それは知らん!」
しかし、現在はまともに発音できている。
「やっぱり、こいつはヂィヤじゃない」
神皇と同じで、洗脳、乗っ取り、その類い。自分たちと共に戦った、あの勇敢なヂィヤ・ヂーヤでは無い。
「俺たちの仲間を返して貰う!」
アッシュは、ダテンゲートから飛び降りた。
「ケント!」
ユイが搭乗するブレインセカンドが、落下するアッシュを受け止めた。願力がなかろうと、プログラミングした簡単な動作くらいは朝飯前だ。
「計算通り!」
「ありがとう、整備兵」
狭い部屋に二人が重なる。ドライブの制御は、ユイに任された。
「消えろ、イレギュラー!」
ダテンゲートの刀「ケイオス・リッパー(モ・ケーヨ・リッパー)」に漆黒がまとわりつく。アッシュの右腕の義手が操縦桿を握り締め、セカンドが懸下したファングブレードを振り下ろす。
「目的は世界粒子か。エイリアス」
「……貴様」
両者を接触の衝撃が襲う。刀と牙を打ちつけ合う。
「ウィナードと名乗ったお前と初めて遭遇した時。シリウスと交戦した時の事だ」
あの時ダスク・ウィナードは、最古アートのテストをしたのではなく、世界粒子を利用するテストを行っていた。そして魔王を引き摺り出し倒させる為、シリウスがニーブックに辿り着くタイミングを遅らせる必要があった。だからこそ、斬ドローン桜花と粒子デバフをメインとした戦闘を選び、イツキにトドメを刺さず、ニーブックに辿り着かせようとした。
「失望のカレンデュラとの戦いも同じだ。お前は、戦力の低下を憂いたんじゃない。反物質を精製する羨望の灯火エンヴィ・ハートの自爆による粒子の破壊を恐れたんだ」
ウィナードは人型モンスターだ。それは、世界粒子から産まれている。粒子は人類の歴史の一部である。それを破壊される事は、ダスクにとっては過去を失うに等しい。
「悪霊を浄化するアッシュ・ドライブを恐れたか。だから強行に及んだ!」
「……貴様は始末しなくてはならない!」
尻尾のバレルが唸りを上げる。弾き出された光が人工結晶によって幾つにも分かれ、加速しやがて一つに収束していく。イミテーション・コンバージェンス・ディス・プリズム。ヂィヤ曰く、エア・フラッシュ。
いくらユイの強化がなされたからといっても、ダテンゲートの本体は、前世代のコード・ソルジャーだ。ゲートを開くだけの出力や性能があるとは思えない。
「この出力って」
ユイの計算が導く答え。
「ケント!」
「高次元からエネルギーを拝借している?」
ヂィヤを操る正体、それは、神皇と同類だと考える。彼の願力が成長しているように見えたのは、そこから伸びる糸から、ダスクの力を一時的に流入されていたからであった。
「ダニバッタ、強欲のバンディット・レイヴンの反転か」
「その程度、造作もない」
ハイブリッド・クローンの〈エイリアス・ブリアー〉がいた。最後は八咫ブレインによって、あっさりと撃墜されていった男だ。奴は生前、ケラドゥスへと願力を貸し与えた事がある。今回は、オリジナル・エイリアスのダスクが、それと同じ事をした。
「イェツィラーからの繰り糸。しかし、それならばグレイスが気付く」
「より高次元の存在。ブリアーを超えたアツィルトからの支配だ」
ダテンゲートの放つエア・フラッシュが雪を溶かして周囲を霧が包んだ。アッシュのセカンドは重結晶を上空へ向けて時間差で撃ち込む。チャージされた願力の量を調整する事で、降下と破裂するタイミングをずらす。追い立てられるダスクの動きを操る。アッシュのレベル4では威力は無い。ダテンゲートを僅かに震わせるだけ。接近される。イルミネーターのマフラーが閃光を放った。リッパーの結晶で跳ね返される。再チャージには時間が掛かる。ダスクは勝利を確信した。地面に埋められた爆薬が反応した。
「合図だ! 全機、撃て撃てー!」
ニーブックの魔族の部隊が一斉射を放った。ダテンゲートが燃え盛る。
「おのれ⁉︎」
「お前が世界を破壊するのなら、世界がそれを許さない」
「偽りの世界は、破壊しなければならない!」
二人のベトレイヤー、二人のアッシュ。形を変えても、やはり相入れることは無い。
「おじいちゃん、なんで」
マナは動く事が出来なかった。大好きな人と戦う事が、こんなに辛いことなんて。悪霊に踊らされていた時の感覚が、幼い心を怯えさせていた。
「ランスルート・グレイスからの連絡は?」
「反応は認められず」
カノープスのブリッジは焦りに包まれていた。アダトへ向かったレイザーたちの状況も掴めていない。
ニーブックへと避難してきた民間人たちは、サニアやドライグ、康平たちの助けもあり、カノープスとカンカーゴやペリカーゴへと収容された。念の為だ。
「出ます!」
「気をつけて、サニア」
フローゼが抱き締める。母親の温もりを感じて、娘は思い切り深呼吸。香りと勇気を、お腹いっぱい溜め込んだ。
「我が輩がいるぞ。安心せよ、女」
「角の人」
「おおう⁉︎ マーク・ドライグである!」
「ボクも、サニア・ウルクェダです!」
幼き決意を嘲笑うが如く、接近警報、東の空、その向こう。アダトとは別の敵が、矢張り見逃してはくれなかった。
「黒きシリウスを確認。セプテム・ベネトナシュ、参る!」
純白を放つセプテム・シリーズ。大斧を軽々と振るう姿は、コード・ウォリアーの系譜を如実に語る。
「クラウザ艦長、敵機から通信!」
「不意打ちしないだと? 律儀な! はい、こちらカノープス!」
「丁寧にどうも! 神皇様に逆らう愚か者。この、ボルク・ウルクェダが相手になろう!」
カノープスのブリッジへと繋がれたオープンチャンネル。砲撃手となったフローゼは、亡き兄と再会した。
「どういうこと、ママ! あれがボルク叔父様だって言うの? 死んだ筈でしょ?」
正体を語るべくも無い。模造のボルクは混乱するサニアのコード・クラウンへと突撃し、二人の大斧が雪景色を吹雪かせた。
「強い、でも!」
「幼い身ながら良い腕だ。しかし。サツキ様の足元にも及ばない!」
「知らないよ、そんな人!」
ボルクが砂月を敬うのが、ちゃんちゃらおかしい。妹のユイには、それは「のっぺらぼう」に見えている。ちょっと怖かったので、思わずアッシュの制服を掴んだ。
「それが真実の姿なのか」
ユイだけに見えて、アッシュたちにはボルクに見えるのなら、この宙域には今も神皇による粒子が撒かれているのか。
電波障害は相変わらず酷いが、クラウザに通信をとれば、カノープスの粒力発電はそれほどの電気を生んでいない(つまりは、粒子が薄い。若しくは流れが遅い)と答えてくれた。
「粒子じゃない? グレイスは何やってんだ」
空間が歪むのを感じている。イェツィラーで何が起こっているのか、アッシャーの住人たちには知る由もない。「健人」の欠片が、アッシュを急かしている気がした。
「あの人はカオナシでも、イツキくんのそっくりさんはイツキくんに見えたんだよ。どういうこと?」
「ウィナードとも違うのか。……ダスク!」
迫り合いながら、アッシュはトカゲのダスクへと向き直る。このボルクたちを、モンスターのマザーだった絶望のサイプレスを使って奴が作ったとは思えないが。
「俺では無い。奴らもアンティークを保持している」
「まだマザーがあるのか」
「フフフ……。言い得て妙だな!」
トカゲの尾が畝り、至近距離から「灰色」が放出。セカンドの牙が切り裂いた。
他方、競り合う二体の重騎士に向かって漆黒が放たれる。マーク・ドライグとイノシュ・バインは、フローゼが使用していた超大型砲オーバー・プリズムキャノンを担いで撃ち放った。
「クソ。腹が減る!」
燃費の悪さにドライグの腹の虫が治らない。内向的なシオン・シリーズであるイノシュ・バインの願力では、外部に接続した大砲へはエネルギーを伝える事が困難な為だ。
「ううむ。サニア、パス!」
「重たっ⁉︎」
渡されたところで、彼女の機体とは規格が合わない。ずっしりとした重さに、コード・クラウンが仰け反った。
「だったら! 外部接続で!」
機体の損傷箇所からエネルギーチューブを引き出して、直接大砲へと接続。願力の定着に時間がかかる。出力が足りない。転生者でもないのにそれを短時間で可能としたジュードを素体にしたドライグが規格外なだけだ。
「お前、ポンコツだったのか」
「うっ。違うもん! 君が凄いだけだと思う!」
「……ほぅ。我が輩、実は凄かった」
量産型の仲間たちに自慢してやろう。ハイブリッド・クローンであるドライグの心は、初めて人に褒められてウキウキした。
◆
それが腕を伸ばせば、どんなに距離があっても即座に頭部を掴まれた。正面から大剣が振るわれれば、背後から衝撃が届いた。
ルクス・ウルクェダのセプテム・フェクダは、高次元空間ブリアーを味方につける圧倒的な実力差で翻弄した。
「おい、王様! 知り合いなら、あいつの弱点とか知らねぇのかよ⁉︎」
「頑固者という情報をくれてやる!」
「つまり、改心は無し、と」
「え、俺ら終わった?」
――弱点。
ルクスは、パイロットとしては半引退のような状態だった。無敵を誇った全盛期が終わったのは、リューシ王国へ向かった帰り、モンスターに大敗したからだと、ウィシュア皇子は噂に聞いた事がある。
「傷か、心でもやられたか」
制限時間がある。そう結論付けるのは、早計だろうか。更に言えば、アルカドでは二十年もの月日が経ったという。年老いた聖騎士では、この全力戦闘を続けられるだけの体力も精神力も無い筈だ。
(だが、この空間では勝ち目は無いな)
「分かっている!」
時間稼ぎをする間もなく、ルクスの大剣がキールカーディナルの動きを捉えた。
「――ハイネ!」
少年の叫びさえ間に合わない。音を超えた神速の大振りが、しかし。
「なにっ……?」
「王様⁉︎」
ランスルートが、ハイネを庇っていた。想定外の衝撃が、彼の全身を一瞬の内に蝕んだ。
「これはこれは……面妖な」
彼女を守る為、ルクスへ突撃するハイドのブラックベルベット。ハイネはすぐさま王の下へ駆けつけた。
「王様⁉︎ なんで……⁉︎」
「ち、違う。俺じゃ」
(……ククク。すまんな、ランスルート)
バンデージの王の願いは王冠を伝い、ランスルートの体を操って、ブレイン・グレイスを間接的に支配し、ハイネを守り盾となった。
「貴様! この俺の体に何をした⁉︎」
(まさか、この俺に、父としての感情が残っているとは)
ハイネの姿は、カシスと似ている。そう、似ているだけだ。
(フ……ハハハ! 最後の最後に、なんてザマだ! 全てを捨てて、体さえ失ったというのに! 俺は、ただの父親になりたかったというのか‼︎)
「……ふざけるな! 貴様が消えたら、この俺のブレイン・グレイスの性能が低下する!」
咄嗟に出た言葉がコレとは。
(ク、フフフ……。酷いな、最後の最後まで)
「馬鹿野郎! いくな、やめろ……!」
彼らの王冠は砕け、バンデージの王は、その願いを呆気なく散らした。
ランスルートは、彼の名前すら知らなかった。なんと呼べば良いのか、最後の最後に、その口を吐く言葉がなかった。
喪失感が支配した。自分にも、人らしい感傷に浸る女々しさが残されていた。その事実に、ランスルートの体は拒絶反応を示した。ブレイン・グレイスの動きが散漫になる。願いの力が、体を離れる。
「ハイド‼︎」
少女の慟哭が聞こえ我を取り戻したランスルートは、骸と化した黒き巨体に愕然とした。
ブラックベルベットは胴を穿たれ、ハイドだったものは、その体を高次元に晒され、四散して消滅した。
「安心しろ。皆、同じところへ送って差し上げる」
剣圧の一振りで、ハイネのキールカーディナルの装甲が剥がれ落ち、そのままフレームまで剥き出しになった。
少女も、すぐに、言葉を伝える間もなく、跡形もなく、消し炭にされた。
「あ、ああ……?」
「神に楯突く事の愚かしさ。身の程が分かりましたか、皇子」
最強の剣が、王になり損ねた男に振り下ろされた。
(……イェツィラーってさ。願いの次元っていうよな?)
「……ムッ⁉︎」
ブレイン・グレイスを光が包んだ。灰色の煌めきは、その全身を覆い、糸のように絡みつく。
「融合分裂? なんと」
糸が包帯となり、包帯は巨大な繭となって、ルクスの大剣さえ弾き返した。
(王様。導いて、私たちを)
「やめろ。俺は、お前らの事なんか、これっぽっちも知らないのに……!」
(あんた、世界を統一するんだろ?)
(国が広くなれば、国民一人一人の事なんて、そりゃ把握し切れないよな、ランスルート?)
バンデージの王と、ハイドとハイネの願いの残滓たち。彼らは死に、悪霊たちが生者を羨み憐れむように、唯一生き残った生命へ取り憑いていく。
「やめろ……やめろ‼︎ なんで俺なんだ! 俺にこれ以上、なにを背負えというんだ!」
(孤独を背負え。ゼーバの王)
(オーランドの墓参りとさ。ダスクをぶん殴ってくれよ。死んでも死にきれねぇ)
(アッシュを助けてあげて。あなたなら、それが出来る)
「ふざけるなぁ‼︎」
繭の中から、眩い煌めきが迸る。キールカーディナルの装甲が赤い糸となって、ブラックベルベットの黒い全てを編み込んでいく。
「空間が」
アッシュとヂィヤの狭間が裂かれ、光の翼が天に開いた。
ブリアーもイェツィラーも破壊して、モノクロの舞台に、新たなる王が降臨する。
「ブレイン・ヘモレージ・キールロワイヤル……!」
高貴なる王の血。名付けたのは他でも無い、彼自身。
マントのように翻る赤と黒の翼。弾けるスパークルが、夜空に星図を描いた。