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第十八話 あかいいと 6/7 切られたカード

 現実は容赦が無い。彼らの不在の隙を突かない筈が無い。夜のニーブックを流れる警報音。標的とされたのは、アダトの街。


「カノープスは残れ! ホワイトノエルとブレインセカンドに何かあれば、ランスルートたちが帰還出来ない恐れがある!」


「私は行くぞ! ここにいても出来る事が無い!」

「わ、私も!」


 ディオネとグリエッタ、メアリにリラ、友矢とカイナ、フィリアも遊撃騎士団の指揮下に入った。


「待って、レイザー様! アダトはクラウザ艦長の」


「大丈夫だ。ありがとう、ユイ・フィール。私が家族がいる戦場に赴けば、余計な感情まで背負ってしまう。それはお前たちにも影響を与えかねん」


 クラウザは口では真面目を取り繕うが、本心では自分の手で故郷を、家族を守りたいと願っている。ユイには、それを無視できない。


「ユイも行っちゃうの?」

「メアリと行くよ。マナはケントとお留守番お願いね」


 ユイの言葉に少女が力無く頷く。マナに覇気が無い。人同士の戦いが、少女に残した爪痕は大きい。


「ふふふ。今度は仮面があるから恥ずかしくありません!」

 なんてセンスだろうか。エイリアス仮面の事を悪く言えるのか。ユイが励まそうと戯けたのに、マナは俯いたままだ。


「ユイ、君は残れ。どのみち、この暗さじゃ敵を目視するのも限界がある」

「何言ってんの、レイザー様。そんなの明かりつければいいでしょ?」

「対人の夜戦で明かりとか。正気かい、この嬢ちゃん」


 リラの筋肉が、アホづらのケツを引っ叩きかねない。ユイは整備兵だから、戦闘の事は矢張り素人だ。ジグは頭を掻きながら、バカ弟子に小さく囁いた。


「俺が行く。マナを見ててやれ。こないだみたいなことがあったらどうする」

「……うん。でもいいの?」

「蟲だと割り切った方が戦いやすい。酷だが、助けられる数には限度がある」

 レイザーも覚悟を決めたらしい。クラウザと互いに敬礼をし合った。


「ここを頼むぞ、アッシュ」

「気を付けてくれ、団長」

 残された彼らにも、試練の時は近付いていた。





「なんだ、こりゃ⁉︎」


 高次元ブリアー。


 辛うじて三次元風の体制を保っていたイェツィラーとは違い、全てが出鱈目な異次元空間。


「俺の体、どうなってんの?」

 ハイドは自らの体が薄っぺらな紙のように見える。しかし、それを知覚出来るのなら、厚みがある。

 

 人類には早すぎた世界。古代アッシュと世良に歪まされた高次元。自らの次元を落とし、二次元世界の住人のように解釈する事で、この空間を三次元的に錯覚する。そうでもしなければ脳が追いつかない。何処か見慣れたような脈絡の無い道を辿る、ドアはワープ装置で、気付かぬ内に空に浮き、全ての歯がボロボロと抜け、自分の体の一部だけが巨大なパーツに組み替えられて、何かから逃げようと思っても上手く動けず、モノクロだったりサイケデリックだったり、隣人は他人だったのにいつの間にか知人に変わっている。まるで風邪を引いた時に脳が見せる悪夢。吐き気を催す狂気の世界。溢れ過ぎた願いが混然となった高次元世界、それがブリアーと呼ばれた。


「影絵……?」


 光と影に挟まれた断層。影を背に進む。


 光へ向かって重力が流れる。重力から背後のスクリーンに光が流れ映されて、ハイネがいたイェツィラーや、アッシュのいるアッシャーを創造しているように見える。


(ブリアーは創造の世界と言うな。世界を作っていると。イェツィラーに跨るパロケトは、上位の世界を影絵として映す幕だったか)


「あれか⁉︎」


 ランスルートが辿る赤い糸。光の投射機、スクリーンを照らす光。この世界の太陽。重力、漆黒。波となって襲う。光、光の波、量子が、光る粒子が、。



 近づく……近づいている、はず。



「くそっ⁉︎ 動きが?」


 二次、元世界なら奥、へは進めない。勿論、二、次元では無い。光に向か、ったはずなのに、目の前へ伸び、たブラックベルベットの影が大きくなって背、後から伸びて自分たちを追い越した。


 多

 面

 体が、行く手を塞いだ。出口が無い。入り口も無い。いつからかそこに入り込んで、伸びた体が無数に走る線となって、明後日の方向を飛び越えた。



「光れよ、我が魂‼︎」

 ブレイン・グレイスの右腕と光輪が輝く。光源を呑み込み、一筋の糸を浮かび上がらせる。



 ホログラフィックな世界で、光に照らされた巨大な影が蠢いた。


「これはこれは、ウィシュア皇子」


「貴様……!」


「生きてらしたとは。ご無沙汰しております」


「ルクス・ウルクェダ……! 神の犬め」


 神の盾の指導者、ウルクェダ家の現当主にして、フローゼたちの父。かつてレイザーが憧れた、最強の騎士がそこにいた。


「なんでこんなとこにガンドールがいんだよ⁉︎」

「そうか。アルカドは、既にアンティークを持っていたのか」


 だからこそ、神の盾は、ゲートから現れた当時のライトアームとイツキを国外追放にした。光の右腕なんて、彼らには必要無かった。


 それを解析して造られたガンドールだから、ライトアームから生まれたゼーバの願導人形と似た姿になったのは道理だった。


「ここは純白しか立ち入れない神聖な場です」


 ルクスの機体、セプテム・フェクダ。ブリアーの仕様を理解したような動きで、大剣を有した一撃必殺の大振りが、離れた距離にいた二体の灰色を一瞬で薙ぎ払った。


「立ち去れ。下郎」





 ニーブックにいるアルカドの捕虜たちが動き出した。薬品での眠りを塗り潰し、マーク・ヴァイスたちの粒子を振り切って、高次元から伸びる糸が、彼らを傀儡へと変えていく。


 拘束具に肉が食い込み、血が滴る。脳のリミッターを破壊され、人の身では破ることの出来ない拘束具さえ引き千切りかねない。

 

 捕虜の命を救う為、やむを得ず彼らは拘束を解いた。解いた途端彼らは走り出し、粒子貯蔵タンクの内壁に頭を打ちつける。催眠ガスも、スタンガンも効果は無い。彼らの命の為に棺桶の蓋を開く、潔癖の愚策をとった。


「逃げて、サニア!」

「ママ!」

 母が盾となり、娘を逃す。悍ましい気配が捕虜たちに纏わりつく。


「二人とも下がれ、我が輩が!」

 マーク・ドライグの巨体が押し留める。そこをすかさず、アッシュとヂィヤが脚を狙って一撃を加える。


 彼らの歩みは、這いつくばっても止まらない。呻き声が、涙と共に流れていた。痛みまでは操れない。虚飾では誤魔化せない、真実の世界。


「ホワイトノエル!」

 少女の叫びに応え、純白のノエルが格納庫を突き破って降臨した。


「ハイパー。逃げるしかない」

「分かっている。みんなは先に行け」

「馬鹿を言うな!」

「グレイスを待つ。奴は来る。……ユイ!」


 アッシュの作戦を実行に移す為、ユイはさっさとホワイトノエルに飛び乗った。

 ヂィヤは最後まで残っていたが、結局アッシュに根負けした。彼は、やはりカノープスの仲間を何よりも大切にした。


「頼むよ、ヂィヤ」

「心得た、我が強敵」


 マナとホワイトノエルが彼らを抱えてカノープスへと向かう。残されたアッシュは、願具の刀を手にした。ニーブックには、まだ人がいる。民間人を守る為ならば、捕虜を殺すしかない。





 白い大地を包む赤い光。

 眼下に覗く炎、遅すぎた到着。


 あの日「健人」と友矢が見た地獄の光景。レイザーたちが到着したアダトの街は、既に一方的な蹂躙に支配されていた。


「これが、人間……? 人間のやる事なの?」


 度重なる地獄から生き残った命さえ、嘲笑うように切り捨てる。彼らが一体、何をしたというのか。


 フィリアの心を占める恐怖と絶望。逃げるしか無かったレイザーの後悔。友矢やカイナたちの胸を掻きむしる、自らの罪。


「……来ます!」


 エヴァの察知が早い。敵の先制攻撃を指揮艦のイルミネーターバリアで防ぐ。大槍を携し純白の巨体が立ちはだかった。


「来たか、レイザー!」


「この声。まさか、マロン・ウルクェダか……?」


 レイザーの従者になれなかった女。彼女には洗脳は効いていないのか、その必要が無いのか。

 対するレイザーも、声だけで判断するしかない。彼女は二十年歳をとった。顔だけでなく体つきも、随分と厳つくなった。努力家であるのだけが伺えた。


「こちらの事を認識しているのか。洗脳をしないのは、どういうつもりだ!」


「お前のツラが拝めなくなるじゃないか」


「なに」


「街を襲えばお前たちは誘き出される。そう、巣を襲われた蟲のようにな!」


「貴様!」


 緊急発進したレイザーのコード・セイヴァーの動きを読んでいたマロンは、大槍で装甲を貫き、一瞬で眼下の炎へと叩き墜とした。


「呆気ない……!」

 彼女が焦がれた筈の決着は、随分とつまらなかった。


「エヴァリー・アダムス。お手並み拝見、だな」

 男装の麗人サマンサ・サンドロス。軽装の〈セプテム・メラク〉が、全長の倍もある巨大な刀を剥き出しにした。


「サマンサ! 貴女は、何者です!」

 全方位から吐き出されたエヴァの願ドローンは、その悉くが刀によって瞬時に鉄屑へと変わった。


「俺とお前とでは古代人としての格が違う」

「あなた……?」

 違う。エヴァリー・アダムスが古代人の存在を感知出来ない筈は無い。「彼」は、違う。ジグのような老体というのでも無い。


「自分だけが正しいと思わない事だ」

 サマンサのセプテムが、コード・サマナーを街へ向かって蹴り付ける。コード・セイヴァーと重なり合うようにして、残骸と化した。


 グリエッタとディオネの前には、大盾を構えた〈セプテム・ドゥーべ〉が立ちはだかった。


「エリーリュですって⁉︎」

「その名前、お前の従者だったお坊ちゃんか? オッサンだぞ?」


「どうも、グリエッタ皇女殿下。やだなぁ、コロニーですよ、コロニー。知ってるでしょ、時間の流れって奴です」

 大食漢の老人、エリーリュ・ウルクェダ。何処となく面影はあったが、グリエッタは現実を受け止めきれない。


(遊んでいるのか、サマンサ?)

(久しぶりの活きの良い獲物だぞ。楽しまないでどうする)

 サマンサとエリーリュが使用するのは、高次元を利用した通信技術である。


 互いの脳を「弦」で繋いだこれは、どんなに離れていても通じ合える、電波障害が発生する粒子に満ちたこの世界における画期的な糸電話だが、その制約は当然存在した。


(まあいい。時間を稼ぐのが目的だからな)

(わざわざウルクェダのマロンの遊びに付き合ってやってるんだ。息抜きはしたいよな)


「なんだ? 急に黙っちゃったぞ?」

 テレパシー中におしゃべりは出来ない。


「エリーリュ! 聞こえていないのですか! 御返事なさい!」


「……五月蝿いな。だから子供は!」


 大盾から光が奔る。純白の巨大願力ビームが、トロイアホースとブライアローズを紙屑のように畳んだ。


「もういい。蹂躙せよ、セプテントリオン」

 マロンの号令により動き出したコード・クラウンたち。量産型の白きブレインは、各部ハードポイントにより、思い思いのカスタムがされている。


 人型、小型、四脚、タンク脚、等。


 かつての惨雪を思わせる整備性、拡張性、汎用性の高さは、神都に残ったNUMATAの技術提供によるものだ。二十年という時間はガンドールの性能を飛躍的に高め、少ない人員でも外敵の脅威から神都を守り抜く力を与えた。


「クソッタレ! 俺のティガ・ノエルが⁉︎」

 ゼーバも所詮、三年のアドバンテージしかない。カイナの直線的な動きは、精鋭のセプテントリオンに呆気なく見抜かれて、自慢のスピードも封殺された。


「消えろ、蟲め!」

「俺たちのアルカドから出ていけ!」

 セプテントリオンの一般兵である彼らには、レイザーたちがモンスターに見えている。広域に影響のある粒子でなく「糸(弦)」で操るが故の個別支配。


「……撃ち砕く!」

 友矢のセプテム・アルコルが火を噴いた。巨大な大砲で、かつての同僚たちを容赦なく地に沈めていく。


「テメェ、ヒゲ!」

「うるせぇ、猫耳!」

 結果的にカイナを救うことになった。かつての敵を仲間に、かつての仲間と敵対する。


「裏切り者への罰ってか。神様って奴は」


 セプテントリオンの中でも生え抜き達が駆るセプテム・シリーズは、コード・シリーズの発展型である。


 ゼーバの超願導人形と同様に、各部のブロック構造は取り止め、換装を廃止して、一から専用フレームを開発。従来のガンドールより大型にされ、高出力、高性能を追求した。

 

 それぞれが大型の武器を持ち「通常攻撃が、連続使用に耐えられるオーバーライト」をコンセプトとした、破格の攻撃力を与えられている。


 しかしその攻撃性能を実現させる為、出力の向上を命題とし、パイロットとの一体感が優先された。その結果、過去、フローゼのような事態が起きたことも少なくない。


「バカスカ撃ちやがって。お前は融合分裂、怖くねぇのかよ?」

「怖いし、死ぬのも怖いね! 俺が俺で無くなったりしたら、誰が家族を守るんだ!」


 オーバー・プリズムキャノンから結晶のバレルが生え揃う。螺旋状に彫られた溝に沿って、加速したビームが放たれた。





 ランスルートとハイドでさえ、ルクス・ウルクェダ相手になす術が無い。高次元の特性を活かした殺陣で、数的不利さえ圧倒する。


「空間が⁉︎」


 ハイドの頭がおかしくなったのか。ブリアーだったものは突如として形を変え、どこか懐かしい光景を呼び起こした。


「ハイド⁉︎」

「ハイネか? あれ? じゃあ、ここって」


 願いの海、イェツィラー。しかし、その異常は明らかだった。


「もしかして、あれがブリアーなの……?」

 目の前に広がる景色、ハイネが知らない世界。絶望のサイプレスがいたパロケトとも違う悪夢空間。


 反転したネオンが点いたり消えたり、砕けた空から光が指した。捻れた宙を粒子が舞う。幾つもの巨人の影が踊り、物質世界を羨んでいるようにも見えた。


「イェツィラーとブリアーが融合したってのか……!」

「貴様らの仕業か、ルクス」


「これこそが、神の御力です」


 人の手をして影が伸びた。少女を守る為、咄嗟に少年が撃ち抜いた。願いが高次元生物を気取った悪霊となって、物質世界へと手を伸ばしているのだと感じた。


「やべぇな。こいつら、マジで世界を滅ぼす気だ……!」


 彼らがアッシャーへの融合も目論んでいるとしたら。ウィナードとグレイスは、世界の終わりを幻視した。





 アッシュたちの作戦は功を奏し、雪を掘って作った高さ数十メートルの落とし穴で、捕虜を嵌めて動きを封じた。

 雪なら頭を打ちつけたとて、多少は捕虜の体への負担も和らぐだろう。底辺を長くとった斜めの壁と深さがあれば、組体操か雪の階段でも作らなければ易々と出てはこられまい。


「……どうした、仕掛けてこないのか? 僕はまだ生きているぞ」


 アッシュは背後に迫る影を刀でいなし、副腕と右腕のモーターを掻き鳴らす。


「この作戦は聞いてないな。俺は誘き出されたのか」

 月に照らされた、低い男の声が響いた。


「……消去法だ。フィンセントはここにはいないし、マーク・ヴァイスたちはサニアとドライグが催眠ガスで眠らせた。『マーク・シオンと対峙したメンバー』の中で、今も素性が分からないのは、お前だけだった」


「フフフ……なるほどな」


「僕を見ていたのはお前か、ヂィヤ」

 アッシュの眼が鋭く尖る。強敵へと切先を突きつけた。


「フッ……我が名はイェツィラー。エイリアス・イェツィラー」


「……貴様‼︎」


「さあ、我と共に目覚めろ! 地獄門、ダテンゲート‼︎」

 高笑いと共に、トカゲの騎士は空間を破断した。

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