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第十八話 あかいいと 5/7 高次元

「捕虜たちには薬で眠ってもらっている。現在、メアリのオーグが使用していた粒子貯蔵タンクの中に隔離する為、移送作業中だ。棺桶型だから、絵面が大分酷いがな」


 パイロットの願力を宿らせた粒子を、効力を維持したまま一定期間保管、貯蔵出来る外付けのタンク。

 コード・セイヴァーのマント風の外装も同様のものである。(全身を覆うが、関節部などは露出している)


 自機の願力伝達力にも影響し、小型化も出来ず強度も確保出来ないので、前線に出る場合はデッドウエイトになりやすい。

 貯蔵出来る以上、それが外に出られないようになっているが、世界粒子をはじめとした外部からの粒子の侵入を防ぐ事も出来る。

 捕虜を外部からの粒子で操っているとは思えないので、彼らをここに隔離する意味は薄いだろう。メアリの粒子が舞い踊る棺桶内なら、時間を掛ければ神皇のリンクを和らげるくらいはしてくれるのだろうか。


 いずれにせよ、出来る手は打っておくのがセオリーだ。


「トーマトモヤ。君たちに何があった?」

 ルクス・ウルクェダは、何を企んでいるのか。レイザーの最終的な興味はそこにある。


「俺たちは、外の世界は全て滅んだと聞かされていました。いや、信じ込まされていた。滅ぼしたのが、まさか神皇だなんて思わなかった」


 後悔しても、いまさら遅い。自分たちが破壊した命は、日常は、決して戻ることは無い。


「ルクス様……ルクス・ウルクェダは、純白だけを救おうとしている。すみません、それ以外には、今の俺には理解出来ない。イツキは転生して巨人になって、でも、だったらモノクロスに乗ってるイツキは何なんだ? なんで、俺はダニー先輩を……」


 レイザーの問いにも、納得させられる答えは持ち合わせていなかった。全ては洗脳、虚飾の罪。そう割り切ることができないほど、友矢も背負い物が増えてしまった。


「お役に立てず、申し訳ありません」

「いや、ありがとう。これが新たな始まりとなる。いずれ事態は動くさ」


 彼らには、友矢の胸中を慮る事しか出来ない。友矢自身も居た堪れず、逃げ出したくもあった。周りからの視線が痛かった。


「パパ……」

 袖を引っ張る。弱々しい、か細い声。なんていじらしい瞳をするのか。友矢は愛娘の頭に手を乗せて、笑って目線を合わせた。


「ごめんな、サニア。友達も救ってやろうな」

「うん。神皇様も許してくれるよね?」


 サニアにとっては、はじめての外の世界。アッシュに惚れたって良いだろう。振られたって構わない。かつてのイツキのように、見るもの触れるもの全てが眩しい。そんな感想を、親としては抱いて欲しかった。


「そういやお前。ママの転生の事、喜んでたよな?」


「だって転生だよ? 喜ぶよ?」


 ここが何よりおかしい。洗脳では無い。サニアの世代への教育方針という事になる。


「パパとママだって、転生は素晴らしい事だって言ってたもん」

「……覚えてねぇ」


 健人とボルクという身近な人が被害にあったから、友矢とフローゼは転生への恐怖と苦悩を知っている筈である。

 少なくとも、レイザーが神都にいた「ルミナの凱旋パレード」の頃までは、こんな教育や洗脳は無かったとみえる。あのイツキの転生。そこからか。


「まさか、行き過ぎた純白至上主義が、転生をも推し進めているということなのか? 確かにあれも純白には違いないが」


 レイザーの視線にアッシュが映った。自分の態度が「灰庭健人」への配慮を怠ったと気を使って、レイザーは自ら頭を下げ、アッシュもまた、手を上げ会釈を返した。


「しかし、それが突破口になるか……?」


 それでも、ママが無事戻ってきてくれて、サニアは本心から涙を流した。転生により何が起こるのか。それは、洗脳のせいか書きかけのまま長年放置されていた友矢の自伝小説に書いてあった。それを盗み見ていたから、彼女も教育に惑わされなかったのか。


「すみません。娘の情報が役に立ったのなら何よりです」

 咎は受けるが、それは今では無い。親友が救ってくれた全てを、彼らの為に使い潰す。それまでは、燈間友矢は汚名と共に邁進する。


「サニア。覚えている限りの事をレイザー様に伝えるんだ。パパも頑張って思い出すよ」


「うん。えっと……セイン様とマロン叔母さんがね」


 愛娘の言葉に、彼も過去を振り返る。


 二十年……。仕事に割かれ、自由は少なく、家庭を築き、自分が消えていく。一日一日の長さを思えば果てしなく感じるけど、過ぎ去ってみれば一瞬の事に思える。


 その殆どが、偽りの演劇だった。


「嘗めやがって」


 年老いた友矢は唇を噛み締め、口髭に滴る赤い紅を拭い捨てた。





「フローゼが裏切っただと⁉︎」

「ええ。トモヤ……トーマ・ウルクェダとサニアと一緒に」


 神都にある神の盾本部。レイザー曰く、愚者の宮殿。フローゼの姉であり、レイザーに振られ従者となれなかったマロン・ウルクェダは、妹一家の離反に腑が煮えくり返っていた。


 四十を超えて未だ独身を貫いているのは、女としての人生を捨て、神に全てを捧げたからだという。願力はかつてのサツキに及ばなくとも、機体とのリンクは安定し、鍛錬を怠らなかった結果、並の男は太刀打ち出来ない程の体躯を得た。


 父ルクスが神皇の御付きで、アークブライトの長兄セインは更なる巨躯に昇華したとなれば、彼女が実質的なセプテントリオンの実働部隊長となる。


 イツキの報告にも憤慨して、物にあたる。巨腕に飛ばされ、それは床を窪ませた。こんな精神力では、捧げられる神も迷惑だろう。


「お前は裏切らないよな、勇者イツキ殿!」

「あり得ません。俺の全ては、ルミナの為にある」

「惚気か! 聞くんじゃなかった‼︎」


 また物にあたる。散らかった全てを片付けるのは、今少し時間が必要だった。





「グレイス」

 会議室から立ち去るランスルートを呼び止める。この呼び方をするのは、一人しかいない。


「なんだ、ハイバ。貴様と馴れ合うつもりは無い」


「なにか気付いてるんだろ。話してくれ」


「何故、そう思う?」


「勘だけど」


 ――こいつは、いつもそうだ。周囲を観察し、迷う事なく答えに辿り着く。


 ランスルートの思い込み。いや、無意識の内に、アッシュを高く評価している。彼が迷わないと信じている。


「……イェツィラーと言ったか。そこから伸びる『意図』が見える」

「混沌の海を介して操っている? なるほど」


 ゼーバの王とバンデージの王。二人とブレイン・グレイスを繋ぐ王冠。それは、粒子の糸で結ばれている。別次元を介しての繋がりである。だからこそ、彼らには似た現象だと予測がついた。


「ここからでは断ち切れないのか」

「ライト兵器でも破壊出来ないものをか?」

「粒子貯蔵タンクや粒力発電の羽根を流用すれば」

「やってみろ。結果は見えている」


 ランスルートには「見えている」。それを破壊する術が無い。世界粒子と同じである。糸状のものが破壊出来ないのなら、それが現在人類が到達した物質の最小単位である素粒子を模した存在として振る舞っていると仮定する。「この世界」が超弦理論をベースに歪まされたと解釈すれば、素粒子は弦(糸)状をしている。メアリの抱く、願いを定着させた粒子へのイメージも、彼の見ている繰り糸の形状と合致する。


 ならば、アッシュ・ドライブで吸い込んでしまうのはどうか。しかし、高重力のそれを生身の人間たちに当てて無事で済ませられるとは思えない。

 そもそも、あれは制御が出来ない、試作型である。以前の使用で大事に至らなかったのは、エンジンが自壊した事で、ブラックホールが消失したことが大きい。ダスク相手に使うのだって、完成が間に合うかどうか分からない。


 同様に、モンスターに「糸」を食べてもらう、羨望の灯火エンヴィ・ハートで破壊する、という選択肢も、危険であるから却下されるだろう。尤も、使用出来るものは部隊には存在しないが。

 プリズム・フラワーに活動エネルギーとして消化してもらうのが最も安全だろうが、時間がかかり過ぎる。急ぎの案件にはそぐわない。


 友矢を助ける事が出来たのは、彼がアッシュと再会した事で、自ら繰り糸に綻びを産んだからである。そこを、殴って無理矢理引き剥がしたに過ぎない。サニアとフローゼも、その友矢との接触のせいで外の世界の情報を得た結果、綻びを獲得した。

 メアリたちの粒子で神皇とのリンクの邪魔をし、セプテントリオンと縁の深いレイザーやグリエッタたちを拝ませて綻びを作り、物理で殴る。友矢と同じ手を使うとしても、成功するかは未知数だ。


 いずれの方法を試すにしても、並行してランスルートに行動をさせた方が良い。


 アッシュは傍にいてくれたクラウザとメアリに目配せをして、それぞれ対処に動いてもらう。メアリは、フローゼのセプテム・ミザールを解析しているユイとジグの下へ行き、棺桶や羽根での破壊を試す。クラウザはレイザーへと報告、事後承諾になるが、ランスルートの事も話すだろう。


「俺は行くぞ。時間が惜しい」

「僕も乗せてくれ」


(ククク! アハハハハッ! おいどうする、馬鹿だぞ、コイツ!)


 ランスルートは不快だった。迷いの無い、奴の視線が気に入らない。


「馬鹿か、貴様。誰が好き好んで貴様とタンデムなんてやりたがる」


「僕だって嫌だ。お前が一番正解に近い。それを見なければならない」


「ふざけるな。貴様は、ここにいろ。神皇が何かするなら、それを防げ」


「捕虜を見張れば良いのか?」


「道化を気取るな。白々しい」


 気に入らない。しかし、互いが殺さない限りは無事だという信頼がおける。


「お前が捕虜の命を気に掛けてくれるとは思わなかった」


「……阿保か、貴様は。神を騙る愚物なら、その対抗策を考えておかないと、対面した時に操られてからでは遅い」


「お前なら、振り払えると思っていた」


「……忌々しいが、俺は神皇の息子らしい。何か、今回以上の得体の知れない呪縛があるかもしれない」


 グリエッタに宿る別の意思の事もある。あれが、ランスルートやレイザーにもある可能性は高い。それをアッシュたちには教えていない。教えるつもりはない。


「ランスルート・グレイスなら振り払える」

「簡単に言ってくれる」

 忌々しくも、アッシュはランスルートを高く評価していた。


(似たもの同士め……ククク)


「私とハイドに任せて、アッシュ」

 クラウザに聞いたのか、ウィナードの二人がやってくる。ハイネとハイドのアンティークならば、確かにゲートは開けるだろう。だが。


「駄目だ。壊されるのは、僕とグレイスだけで良い」


「ゲートなら、既に私は通りました」

 ハイネも感じている。あれは、体を破壊して別の次元へ再構成させる、量子テレポーテーションの類いと考えられる。


 量子もつれ状態となったペアは、似ているが別物である。テレポーテーションと呼ばれるが、コピーの方が近い。当然、元のデータは破棄されるのでコピーとは違う。

 別次元へ適応させる為の再構成の過程で、異物が混入、若しくは別物へと変化している可能性が高い。帰還時に、元の姿に戻れているのか保証は出来ない。


「大丈夫。やらせて、アッシュ」


「どっちにしろお前にゃ無理だ、ハイパーケント。ハイネの機体に乗せてもらおうなんて思うなよ。俺らの機体には、選ばれし者じゃないと乗れないんだからな」


「着いていくぐらいなら、僕のセカンドでも」

「今回は大人しくしてろ、ヒーロー」

 アッシュの肩を叩きながら、ハイドは得意げに笑顔を見せた。最中、ランスルートは踵を返し、歩き出していた。


「グレイス!」

「グズグズするな、ウィナード」

「テメェ! ちょっとぐらい待ちやがれ!」


 ハイドは掴みかかりかねない勢いだ。直感で、ランスルートを危険視している。まさかとは思うが、ハイネに手を出すとでも思っているのだろうか。


 立ち去る二人を眺めながら、アッシュは彼女を信頼した。


「ごめん、ハイネ。頼んだ。でも無茶はするな」

「貴方の眼。何処かで見たことがあるの」


 彼女の吸い込まれそうな瞳が、彼を見つめる。その指が、仮面を失ったアッシュの輪郭をなぞった。


「ダスクに似てる。ううん、そうじゃない。私が見ている貴方が、私が見ていたダスクに似ている」


「なに」


「……帰ってくるよ。いってくるね、アッシュ」


 名残惜しそうに、指が遠くなった。





 澄み切った夜空を星が流れる。ニーブックが晴れ渡るのは珍しい。白い大地と黒い空の間に、黄金と紫が聳え立つ。


 ブレイン・グレイスを中心にマニピュレーターをかざす。三体の願導人形が、宙に巨大な門を開いた。


「往くぞ」


「ランスルート・グレイス」


 駆け付けたレイザーの声に振り返る。三年が経ったゼーバのランスルートは、このウィシュア皇子の兄と同い年となっていた。


「吉報を待つ」


「……ああ」


 ぶっきらぼうな背中が消える。すぐにゲートは閉ざされて、雪が降るモノクロに変わった。





 夜の海は不気味だ。


 凪いだイェツィラーに滞留した粒子が、アンティークの機体の装甲を打ちつける。それを感覚で察知しながら、波を裂いて三体は進んでいく。


「どこに行けばいいんだ?」

「彼には見えているそうだけど」


 先頭を往く王冠が天使の輪光を放つ。それが残光となって、二人のウィナードを導いた。


「聞こえてんのかよ」

「ふふ。素直じゃないんだ、あの人」


 ブラックホールを失った無重力空間。上も下も左も右も。方向感覚も、距離感や物の大きさだって曖昧で、はぐれてしまえば、再会できるか分からない。


 埃を被ったような斑模様の中、ふと先導者の動きが止まった。


「上か」

 ランスルートが小さく零した。


「うえ? ど、どっちが上?」

 無重力の中を一人じたばた。ハイドが経験してきた無重力空間は、コロニーの深部にあった遺跡の中だけだから、その時はどちらが上か視覚で把握出来ていた。


「落ち着いて、ハイド。次元が違うって言ってるでしょ」

「……ここより高次元だと言ったんだ。馬鹿たれ」

「なにぃ⁉︎」


(アッシャー、イェツィラーとくれば、この先はさしずめ、ブリアーとアツィルトとでも呼ぶか)


「古代のセンスか。俺のルシフェル共々、お前たちは神や世界すら自由に描く。良くも想像力豊かだな」

(そうはいうがな。俺のセンスでも無い)


 アッシュの予想では、古代人は世界中の人間が一度に融合分裂したものだという。エイリアスと似たネーミングセンスは、その為か。


 アッシャーから始まる名は、セフィロトと呼ばれる生命の樹からとられたものだろう。そういうセンスだから、宗教や創作物にのめり込むだけの余裕の無かったランスルートは、一端に触れただけでも理解に苦しむ。


 服にべっとりと汗が滲む。怨嗟の幻聴が脳に囁く。ハイドとハイネが顔を見合わせる。まさか、更に高みを目指す事になるとは、流石に想定外であった。


「俺が見えている『意図』を赤くマーキングしておいた。共有しろ」


 ブレインがアンティークたちの手を取った。少年少女は縋るように王の手を握り返す。接触通信で、その情報が受け渡された。


「おお、こりゃ便利」

 真っ直ぐ伸びる赤い糸。途切れた先が、高次元なのか。


「一人ここに残す」

「え?」

「座標にする為ですね?」


 ランスルートは先を行く。彼にしか、その意図は見えてこない。


「お……俺が行く」

「まって、ハイド。多分、私はそこに行ったことがある」


 絶望のサイプレスがいたイミテーション・ブラックホールの中心。ダスク曰く「パロケト」の幕。

 ダスク・ウィナードが一人では辿り着けなかったイェツィラーの最奥部。そこが高次元の入り口だとすると、辻褄が合う。


「どちらにせよ、ブリアーの更にその先があるのなら、そこでもう一人も置いていく事になる。ここからは、一人だと思え」


「いや、やっぱり俺が行く!」


「ハイド!」


「いつまでも保護者面すんなよ、ハイネ。お前が寝てる間、俺だって死線を潜り抜けてきたんだ。たまには、信じてくれよ」


 少年の決意は固い。彼女を守りたいと願う鋼の意志だ。願いを力とする願導人形なら。


「それに、ブラックベルベットも一緒だ。俺たちは、一人じゃねぇ」


「分かった。帰ってくるの、おねえさん待ってるね」


「誰がおねえさんだ」


(ククク……。泣けるねぇ)


 バンデージの王の意識はハイネへ向いた。彼が人間……いや、バンデージだった頃の娘カシス。それと瓜二つの少女、ハイネ・ウィナード。


 ニーブックでの決戦で、エヴァリー・アダムスの中にカシスを見た。湧き上がる憤怒と絶望感。しかし、それも最早過去の残滓。


 彼がどこまで彼であったのか、誰も、自分ですらも知らない。


 今はただ、新たな王の行く末を見届ける。かの王の成し得なかった世界の統一も、こいつとなら。


「時間が惜しい」

「ああ。行こう、王様」


(導いてやれ、ランスルート)


 ハイネのキールカーディナルから、赤い糸が遠くなる。

 糸が途絶えたその場所で、二体の巨人が再びゲートをこじ開けた。

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