第十八話 あかいいと 3/7 濾過作戦
冬は概ね曇天で、コロニーでは無いのに気が滅入る。
上空を往くムカデクワガタの群れ、彼らの姿は今日も遠い。
始まりの地、ニーブック。
いつか聞いた音が、彼らの日々を血に染めた。
「警報⁉︎」
「団長、来ました!」
絶望のサイプレスの喪失で、周期は乱れた。
純白の蟲、セプテントリオン。その姿はまさにモンスターそのものだが、ユイの眼だけは、常に真の姿を捉えている。
「映像を全機へフィードバック。宜しいですか?」
「おおっ! あれが二十年後のセプテントリオン!」
「問題無い。ちゃんと見えている」
「なかなか格好いいじゃないか。ブレインっぽいのもいるね。あの数は量産型かい?」
ユイはメアリのオーグの後部座席に搭乗。そこから伸びるコードを伝って、情報を味方機へと送信する。各ガンドールのディスプレイモニターには彼らが見ている蟲が映り、送信されたユイの見ている映像と照らし合わせる事で実態を掴む。
「純白の蟲」と「セプテントリオンのガンドール」の体格は、大まかにはそれほど大差は無いと見える。しかし、細かなリーチは虚飾され、相手方に有利に示された。有視界戦闘がメインのガンドールの戦いで、更に接近戦となれば命取りになりかねない。神皇の愛情の成せる業か。
「位置はレーダーで確認を。ユイの見ている映像と敵機の体格差を全機で共有、画面に補正表示します。慣れないとは思いますが、敵はこちらの願力を利用している可能性があります。敵が粒子を使用していると想定して、ライト兵器やイルミネーターで受け流し、メアリたちの粒子で効果の相殺を試みます」
一応、カノープスや指揮艦を筆頭に〈棺桶〉に代表されるバイオミメティクス装甲を貼り付けてある。
粒力発電の羽根と同様に、棺桶の内部は粒子を受け止め、出られないように造られており、外部からの粒子(ひいては願力の流れ)を遮断する。
願導合金の粒子に触れられるという事は、人類は自分たちも知らないうちに、高次元への限定的な干渉を果たしていたといえる。
これにより、幾分かの「洗脳」に耐え得る芽が見えた。〈棺桶〉には重量があり、願力の伝達を阻害する為、ガンドールの装甲に着けるには苦慮する。
「粒子は目視が困難であり、願力や疑似願力のバリアでは防げない事に注意せよ。神都が現地点の東にあると考え、カノープスはそちらへの砲撃に集中。グリエッタ様とディオネ様、ウィナードの二人は敵機との交戦を控えて本艦に追従して下さい」
「任せろ」
「御配慮、感謝します」
「願導合金の粒子は波のようにも振る舞います。砲撃の際は撃ち抜くのでは無く、薙ぎ払うようなイメージで」
「分かる、ハイド? おねえさん心配」
「バカにすんな。無理すんなよ、ハイネ」
ディオネのトロイアホースと、ウィナードたちのアンティークには、棺桶で拵えた急造の大盾が握られた。東に向かって構えて粒子を拘束、粒子捨て場の棺桶へと投棄。要所で味方を庇いに走ってもらう。
しかし、粒子を防げる盾とは言っても、願力ビームやイルミネーターへの防御、ましてや質量兵器には無力なハリボテとなる。艦へ貼り付けた装甲も同様だが、そこはバリアで先に対処する。
神皇は、恐らくは粒子からアッシュたちの願力を伝って「虚飾」の洗脳を試みている。色欲のモノクローン・ドレスを受けた状況と酷似しており、願力の無いユイがこの洗脳の効果を受けない事から、仮説して対抗策を練った。
例えば願力が影響しない無人のカメラを通すだけでは、彼らは真実の世界を見る事は出来ない。ユイがフィルターの役割を果たし、濾過しなければならない。
意思を持った観測が物質に与える影響なんてのは眉唾物だろうが、願力を利用した神皇の策には効果があった。
「願力の無い彼女が見ている世界」を観察している自分、という状況を作り出す事で、虚飾の洗脳を受けながら、真の世界を目撃する。
洗脳を受けている彼らからすれば、ユイの見ている映像は、出来の良いフィクション、特撮物やフェイク映像のように映る。
大袈裟に言えば「ユイの世界A」と「それ以外の世界B」が「同時に存在している世界AB」を擬似的に作り出す事で、間接的に洗脳を突破する。力業である。
「ちょっと恥ずかしいかな……」
さながら、映像配信者のように常にユイの姿も撮影して、各機にワイプ表示する。前からも後ろからも、全身くまなく、彼女の姿と、彼女の見ている画面が同じ画角に入るように撮影する。これは上記の理由に説得力を持たせる為の安全策である。効果があるかは不明だった。可愛い女の子を合法的に視姦出来るので、その筋の人には有り難い事だろう。効果があるのかは、全くもって不明である。
(かわいいな)
(かわいいですね)
(うむ。かわいい)
「ユイかわいい!」
「あっ、ありがとぉマナぁぁ」
羞恥プレイだった。
「うん。ユイが顔を隠すと映像が乱れる。考え方としては合ってるのか。理由なんて分からん。そういうものとして考えるしか無い」
「せめて仮面ください……」
ユイの映像にはラグが発生するし、瞬きだってする。彼女が世界を見ていない一瞬で、映像に乱れが現れる恐れがあった。
スペースニウムエンジンの重力軽減効果による時間の流れの違いを利用して、乱れた映像を加工する為に、オーグにエンジンを増設。これも念の為の措置だ。
ユイもただ外を眺めるだけではなく、映像に補正を掛け情報を精査する。より精度の高い「真実のフェイク映像」をリアルタイムで作り届ける。可愛いフォントの字幕は却下。
粒子の影響があるため電波通信なんかは使えない。量子通信なんて実用化されていない。ケーブルを伝ういつもの方法で各機に映像を届ける為に、メアリの位置は部隊の中心からおいそれと動かせないから、各パイロットは自機の位置と照らし合わせるのに骨を折る。遠距離戦がメインとなる。
「おっぱいミサイル……」
「諦めてください!」
改修されたメアリの機体、オーグ・カスタム(仮)。粒子の使用に特化した構成は、セプテントリオンを相手にした時専用装備となる。
巫女のような装束に、詰め込めるだけの粒子を詰め込んだ。当然、真面目にコツコツ粒子に願力を込めたのだ。
「ダスク相手の時は、きちんと願ドローンを装備してくださいね」
「おっぱい」
「それはいりません!」
それを捨てるなんて。しかし、この浅知恵が通用するのは、ニーブックと神皇の住まう神都との距離があるせいだ。
ゼーバで遭遇した巨大な影(おそらくは神都そのものであろう)の姿が見えない。願いが宿った粒子を遠くに運ぶには、相応の技術が必要になる。
物理現象、主に重力と速さによる時間に及ぼす影響が拡大解釈された世界。
ゼーバが重力に支配された動く車であるなら、神都は重力から解き放たれた不動の城と考えていた。ゼーバと神都の時間の流れが違う理由である。
しかし、神都事態が動く飛行船である可能性は勿論あった。コロニーに飲まれたゼーバに現れた時点で、神都も外界の理からは逸脱している。
「いざとなったらアッシュ・ドライブを使って粒子を殺す」
「了解。それまでは私が観測して、メアリが粒子の効力を相殺するよ」
「頼んだ」
「インレンジ!」
先行する機影が、戦域へ到達した。
「出来るだけコックピットは狙うなよ! 撃てー!」
◆
「野郎! おっぱじめやがった!」
友矢の機体、オレンジ色の〈セプテム・アルコル〉は、コード・アーチャーの直接の発展機となる。
機体の倍はあろうかという超々巨大な砲身をマニピュレーターに構え、超遠距離から撃ち抜く。狙撃、砲撃特化型である。
「ターゲット、インサイト。死ね」
純白の願いを込めた一撃必殺の大出力願力ビーム〈オーバー・プリズムキャノン〉。
機体をアンカーで固定したとて、反動で数メートルは後退。着弾位置に爆炎が起こる。命中。通常の射撃がアッシュたちのオーバーライトに匹敵、それ以上か。
「漆黒を一匹撃破。一匹だけか。奴らも必死」
冷徹に呟く。二十年もの間、外界の「蟲」相手に神都を守り抜いてきた。亡くした戦友は数知れず。愛する者を守る為なら、相手に慈悲は必要無い。
「敵」は漆黒の〈触手蟲〉を中心にして、後方から粒子を放出していると思われる。それが前線にいるアルカドの兵士たちを惑わせている。友矢は二度三度砲撃、それは純白とシロの甲蟲たちに防がれてしまった。
灰色の軽量級の〈妖精蟲〉が吶喊して来る。漆黒の〈トカゲ蟲(?)〉の援護を受けて、セプテントリオンの量産機が撃破されたが、トドメは刺されなかった。
「なんだ……? 手ぇ抜いてんのか! 蟲のくせに舐めやがって‼︎」
「落ち着いてトモヤ。二人でいこう」
彼の隣で、いつも冷静に戦場を見る。最愛の青い機体。
「ああ。俺とフローゼなら!」
夫婦お揃いの狙撃型が立ち並んだ。
「パパ、ママ! ボクに任せて!」
サニアの乗る量産機〈コード・クラウン〉は、魔王を倒した勇者の機体〈ブレイン〉の量産型として開発された。二十年後の世界でのNUMATAのスタンダードモデルだ。
かつての惨雪に似たコンセプトで、各部を好みにカスタマイズ可能。しかしサニアは、小柄な彼女に似つかわしくない、鈍重な重騎士スタイルを好んでいた。憧れの勇者、クロスイツキのスタイルだ。
「いくよ、クラウン! パパを護るんだ!」
純白の鳥、平和の象徴が、群れを成して「蟲」へと襲いかかった。
「サニア! ……ええい!」
「待って、トモヤ!」
「娘だけ前線に行かせられないでしょうが!」
「違う。私も行く」
「……そういうとこ、大好きだぜ、フローゼ!」
ウルクェダ親子が向かう先。立ち塞がるのは、鳥のような翼を持った灰色の蟲。
「奴め! 墜ちろ‼︎」
◆
「オレンジ色! 友矢‼︎」
オープンチャンネル。アッシュの言葉が届かないのか、友矢のセプテム・アルコルに目立った反応は無い。
「ならば」
この為にセカンドに装備したワイヤーアンカーを射出、接触通信を試みる。
「しゃらくせぇ!」
友矢は巨大な大砲からビームの刃を形成させて、アッシュの姑息なワイヤーを器用に薙ぎ払った。
「やる! やっぱり、友矢は凄いな」
親友が頑張っているのが分かると嬉しくなる。敵対していなければ、素直に喜べた。
「オラァ! 沈めぇ‼︎」
「だけど、親友に殺意向けられるのって、やっぱり凄く辛いぞ、友矢!」
当時は狙撃に専念していた友矢が接近戦さえ熟す。フローゼの支援を受けて、怯む事なく前線のアッシュと対峙する。
「なにをチンタラやってやがる、アッシュ!」
後方からカイナのティガ・ノエルが猛スピードで吶喊してきた。漆黒に光る爪で、大砲(カイナからは短い棒切れに見える)に殴りかかる。
「駄目だ、カイナ!」
「あぁ⁉︎」
ティガ・ノエルに警報は流れない。リーチの差をゼーバの願導人形が判断できない。魔族の高い願力に頼った弊害、直進すれば直撃は免れない。
「跪け」
全域に重力場が発生。カノープス、アルカド双方が雪の大地に縛り付けられた。
「グレイス!」
「そこで這いつくばるのがお似合いだ、ハイバ」
ブレイン・グレイスの発したゲートから複数のゼーバ艦が出現。その中の一つ、巨大な人型戦艦〈カンカーゴ〉がパンチを放ち、クラウンたちを吹っ飛ばした。続けて、カンガルーのように腹部有袋ハッチから超願導人形が出撃していく。
「ちょっとちょっと! 俺まで巻き添えなんですけど!」
「一人で突っ走るな、カイナ。雪でも食らって頭を冷やせ」
重力の影響で頭から落ちたせいで、脚だけ雪から飛び出ている。脚が喋っている。じたばたしだした。
「蟲が! しゃらくせぇってんだよ!」
セプテントリオンはスペースニウムエンジンの出力を上げて、重力を振り切って全機飛び立った。アッシュとユイに出来た重力制御なら、今のアルカドに出来ない道理は無かった。
(ククク……これは手厳しい。流石は二十年のブランクだな)
「チッ!」
「さっさと解け! ムシヤロウ!」
「貴様だけ縛っても良いんだぞ!」
「なら、ここで墜とす!」
「貴様如きに!」
アッシュとランスルートだ。
「お前らさぁ!」
脚だけのカイナがツッコまなきゃならんとは。
重力波の影響で虚飾の粒子が地に引き摺り落とされたと考えられるが、レイザーたちによるセプテントリオンへの呼び掛けは一向に効果を見せない。
「何がどうなっている!」
「粒子じゃない? そんな訳無いよね?」
前回のメアリを踏まえれば、粒子であるとの予測は立ったが。イェツィラーに粒子がいたとして、絶望のサイプレスはそこにはいない。ならば、この場でより強い重力であるブレイン・グレイスの「傲慢な重力アーク・ドミナント」の影響を受ける筈である。
「……上か!」
粒子が乱れる。世界に溶け込んだ、かつての健人。アッシュは粒子が襲来するその先へ意識を集中。
成層圏の下、宇宙への入り口。
アッシュの眼が、ようやく捉えた。東の遠方上空から見下ろす巨大な影。中央に人型の神像が聳える、神聖アルカド皇国、浮遊都市、神都。
「街が浮いてる! スペースニウムエンジンなの? 出力は?」
「あれが、あの神都なのか……? なんなのだ、あの女神像は」
レイザーも知らないとなれば、後付けで造られたと考えるべきか。いや、それよりも。
「ムカデクワガタより上にいる? 馬鹿な、何故奴は攻撃を受けない⁉︎」
さながら、いや、まさに神と呼ぶべき神聖なる女神像は、攻撃するでも無く、ただただ粒子を放出していると考えられる。
地に落とされても効力があるのなら、単純に、敵は遙か上から常に粒子を落としていたのである。
「僕の眼でもユイの映像と同じに見える。奴自身には虚飾の効果は無い。それとも、見せびらかしているのか」
神を騙る者ならば、威光を放つ必要がある。
「なに、あれ……?」
「畏れるな、マナ。あそこにイツキの嫁がいるのだろう?」
「一人で行っちゃダメだよ!」
「うん。大丈夫……だいじょうぶだよ、おじいちゃん、ユイ」
世界粒子は次元の重なる混沌の海を漂っているが、願力や高出力のイルミネーターで流れを変えることは出来る。かつて、シリウスが最古アートと戦った時でもそうだった。
「砲撃! 目標、神都‼︎」
「私たちも! ハイド!」
「ああ! 手加減ばかりで、うんざりしてたんだ!」
ハイネとハイドのアンティークが魔法陣を形成。灰色のウィナードが、憤怒の雷光を撃ち放つ。
「いくぜ、ブラックベルベット‼︎」
「お願い! キールカーディナル!」
上空の粒子に着弾。機体を回して薙ぎ払っていく。
「おお! 映像が!」
バグったゲーム画面のように、蟲とセプテントリオンの姿が、ぼやけて重なって見え出した。
「良し! このまま粒子の飛来を食い止めろ!」
◆
友矢とフローゼの前に現れたブレイン・グレイス。幾度となく交戦した強大な化け物。粒子が払われても、二人には蟲に見えている。
「またしても灰色! いつもイツキが苦戦する奴か!」
「コンビネーション!」
「了解だ、マイハニー!」
フローゼの駆る青いセプテム・シリーズ。〈セプテム・ミザール〉は、友矢のアルコルと同型機。装甲を若干落としてスピードに振った。
「ホーミングビーム!」
「オーライ!」
縦横無尽に駆け回りながら、意識を乗せて一度に複数のビームを操る。願いの力、願力があるからこその誘導ビーム。
「純粋な戦闘マシーン。二十年経ってもそういう進化か。くだらん」
ランスルートは機体に張り巡らせた願力のバリアを一斉に弾き飛ばした。駆け回る番のセプテムは、全周域へと撃ち出された光に被弾し、刹那の動きを止められた。
「パパ!」
「来るな、サニア!」
「邪魔だ」
「逃げて、トモヤ‼︎」
振り下ろされたドミナント・セイバー。友矢を庇ったフローゼのセプテム・ミザールが、眩い光に包まれた。
願いの力が、新たな悲劇を呼んだ。
幾度となく繰り返された演劇も、役者と演出が変われば別物になる。
では、当事者となった気分はどうだ?
「フローゼ……いやだ、やめろ‼︎」
巨大な繭が、愛する彼女を悲劇へ連れ去った。