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第三話 面影 4/7 炎再び

 黒煙が立ち上り、炎が燃え盛る。降り注ぐ漆黒の結晶が、家を、ビルを潰していき、光が花を焼き払った。

 アルカド最多の人口を誇るザッタの街の光景は、アッシュの心を掻きむしる。あの日と同じ、地獄の光景。


「なんで、こんなことができる……。俺は、何をやっている」


 アッシュが直接手を下したわけでは無い。しかし、その作戦に参加しているのなら、部外者という訳でも無い。あの日の侵略者と同じ立場になるなんて、悪い冗談としか思えなかった。


 吐き気が治らない。頭の痛みは、いい加減慣れたつもりだった。ゼーバにいるのなら、遅かれ、こういう事をする日が来ることぐらい、わかっていた筈だ。なぜ、疑問をもたなかったのか。


「エイリアス……何処だ……誰なんだ、お前は」

 すがっていたはずの家族の姿さえ、幻のように霞んで消えた。


「やはり無理か。退がっていろ、アッシュ」

 セラの声は、アッシュを心配している風には聞こえなかった。


 ……失望。


 家族からそんな声を聞かされれば、奮起するか、腐るしかない。アッシュはそのどちらでもなく、ただ何もできず立ち尽くすだけで、セラのホワイトホーンが惨雪を淡々と処理していくのを見つめていた。


「お気持ちはお察します。アッシュは、お優しいんですね」


 メアリは山羊角のオーグの粒子結界でザッタの惨雪の動きを抑えると、カイナの獅子獣人ノエルが突撃で破壊していく。


「よっしゃあ! みたか、人間!」

「競うか、カイナ? 人間狩りだ」

「いいねぇ! 勝負だ、セラ!」

「ちょっと、二人とも」


 満面の笑みのカイナと、不敵に笑うセラ。そんな二人を言葉では止めても、真面目に戦闘をこなすメアリ。彼らは、紛れもなくゼーバだった。アッシュはセラに斬りかかった。


「なんのつもりだ? アッシュ」

「どういうつもりだ、セラ!」


 アッシュは自分でも理解出来なかった。阿保だとも思った。しかし……しかしだ。彼らは、止めなければならない。

 それを予見していたかのように……いや、アッシュをそう誘導したように、セラは難なく受け止め、軽くあしらい払い除けた。


「おい、なにやってんだ、お前ら?」

「気にするな、カイナ。俺は気にしない」

「さすがに無理ですよ」


 カイナとメアリの心配をよそに、コックピットに警報音が鳴り響く。セラは飛来する熱源へ即座に銃口を向け、バーストのライトを三発撃ち込む。熱源は勢いを落とさず、真っ直ぐホワイトホーンとぶつかった。


「見つけた、セラ!」

「なんだ? 化け物」

「俺を、そう呼ぶな!」


 イツキの駆る純白の武者は、右腕を覆う鉄甲のシールドハンマーで、ホワイトホーンの左腕のシールドと競り合うが、やがて仕切り直しとばかりに距離をとる。イツキは、願導合金の鎖に繋がれた左腕を射出し、鉄球ブーストハンマーとして、近づく魔族を粉砕した。


「ユニークな奴!」

 セラは大剣と刀の二刀流でイツキに迫ると、イツキは白武者が背負った黒き十字架のクロスハンマーをその手に迎え打つ。


「面影がある。コード・ファイター……じゃなくて、コード・ウォリアーの改造機だな? 母親はクロスサツキ、だったか」


「ブラッククロス……! 我が血の罪、背負ってみせる!」


 ユイが「お師匠」と共に改造した〈ブラッククロス〉は、市街地戦を想定したものだ。ニーブックを傷つけたくないというイツキの想いを汲み、ライト兵器の使用を極力抑えた格闘特化仕様になっている。


 重騎士や重戦士といった趣のコード・ウォリアーは、本来であればコード・ファイターとよばれるべきだったが、アルカド軍でファイターというのは、かつては戦闘機を意味していたため、戦場での誤用を避ける為ウォリアー名義にされた。

 戦斧や大盾など、豊富な武装を如何なく使いこなす為の強靭なフレームがあれば、闘士といってもおかしくはないだろう。


「ライト兵器が見当たらないな。お前程の願力の持ち主が、勿体ない」


「無闇矢鱈と力を振るって! 侵略者には理解できんか!」


 格闘機ならば、無理に競り合わず距離を取ればいい。セラの対応は、合理的で冷静だった。


 ブラッククロスは接近する過程で被弾を抑えることができないが、堅牢な願力のバリアを頼りに無理矢理直進していく。魔王の血を受け継いだイツキの願力は凄まじく、生身での「レベル32」という数値に、ガンドールの三倍ブーストが発動するのである。


「あのバリアは破れそうも無いか。機体との相性が余程良いらしい。アルカドの開発者も優秀とみえる」


 引き撃ちで相手をしながら、セラのホワイトホーンが別の動きを捉えた。戦場から少し離れた地点、発進準備を急ぐアルカドの小型艦から、新たな機影が躍り出る。


「下がりなさい、ブラッククロス!」


「姫様か⁉︎ 下がるのはアンタだ! 怪我も完治せずに」


「魔王の血とか、サツキ様が魔族みたいになったとか、よく考えたらおかしいです! 私は、貴方がサツキ様の御子息だとは、やっぱり認めません!」


 ルミナの放ったライトは、セラやカイナたちには当たらない。痛む傷跡を健気に抑え、悶えながらも戦おうとするルミナの志は気高いものだったが、しかし、ただの的であった。


「目立つんだよ、純白。何しに来たんだ」


 イツキ相手の間隙で、セラはルミナにちょっかいをかける。すると、イツキはルミナの護衛に回る。セラはメアリに鎌、カイナに爪で接近戦を仕掛けさせれば、イツキはブラッククロスの二本の腕を塞がれる。

 後は、ガラ空きになったブラッククロスのコックピット目掛けて、遠距離からセラの超絶技巧で狂いのない連射をするだけでいい。同じ箇所に攻撃を受け続ければ、物理的な現象に負荷が掛かるのは道理。


「ハハハ! なんだ、姫様? そいつの足手纏いがしたいのか?」


「馬鹿にして! 私は、この男に護られるほど弱くありません!」


「無茶するな、姫!」


 新たな熱源、ボルクのコード・ウォリアーが駆けつけるのを察知したセラはカイナを向かわせた。再びセラが前衛に回り、メアリは二人の援護に入った。


「ジュードがいないとスムーズだな。いい連携だ」

「ヘッ! 人間にしては、いい指示だぜ! 乗ってやるよ、セラ!」

「手早く終わらせましょう。アッシュも気掛かりです」


 アッシュは先程セラに払い除けられたまま、乗機のアートを立ち上がらせることさえ出来なかった。願力が……願いが自分の身体を離れ、世界を彷徨っている感覚。そこにいる筈の自分が、何処にもいない。


 願いの帰還は一瞬だった。自分の命が危険に晒されれば、アッシュはアートの左前腕に備えたサヴァイブシールドで、思考の前に防御姿勢をとった。機械のようであった。


「狙撃、何処から」

 レーダーに反応は無い。感度が悪いといっても、レーダーの範囲外からの狙撃なんて、それこそセラ並みの腕がなければできない。


「外れた? 当たったのか? 分っかんねぇ!」

「落ち着け、トーマ。教えた通りに出来ている」


 主戦場から離れた地点から、友矢とフローゼは味方の援護に入った。


「ウルクェダの? 此方への合流は聞いて無いが」


「では、情報の行き違いでしょう。フローゼ・ウルクェダ、並びにトモヤ・トーマ、他四名。我々神の盾セプテントリオンも援護に入ります」


 ジョージとのやりとりを済ませ、フローゼと友矢が駆る二機のコード・アーチャーは狙撃に戻る。


 純白専用機である〈コード・シリーズ〉の中でも、コード・アーチャーは高機動戦を主眼に置かれた性能を持つ。その名の通りの狙撃役の他、帽子のような頭部バイザーを上げる事で、軽戦士として接近戦も熟す。


「狙撃で重要なのはタイミング。ほら、トーマ。味方と敵の動きを見て……ボクに呼吸を合わせて……」


 フローゼの呼吸をインカム越しに耳元で感じる。友矢の手元が狂った。


「……あっ、まだ早い!」

(ちょっとエロくね?)

 燈間友矢は煩悩と戦っていた。人類最大の敵であった。


 他の神の盾たちも、それぞれ得意な距離での戦闘に加わり、ルミナやボルクに群がるゼーバたちは距離を取らざるを得ない。


「戻ったのか、フローゼ。ウィシュア様護衛の任から解放されたのに」


「お久しぶりです、ボルク兄様。父様からの伝言です」


 ボルクが妹のフローゼから秘匿回線で伝えられたのは、承服しかねる内容だったが、従うしかなかった。


「了解した。神の御心のままに」

「神の御心のままに」


 願力ビームは、所謂重金属ビーム砲とは違い、その粒子の軽さが大気圏内で使用する上での最大のネックとなる。

 重結晶は小型に生成するのが難しく、質量とエネルギーの関係から願力ビームよりも燃費が悪い。重い為、高速で撃ち出すには更なるエネルギーを必要とした。

 コード・アーチャーが使用する狙撃銃ライトスナイパーライフルは、願力バリアの粒子を高密度に圧縮収束し、銃口に纏わせたバリア諸共撃ち出す。バリアでビームの弾丸を覆う事で、弾道の安定性を確保したのである。しかしそれでも距離のせいか、流れ弾が街に当たることも少なくない。


 輝く純白、吹き荒れるライトの熱が、日常の象徴を無惨に破壊していく。


 アッシュは動けず、ただ立ち尽くした。空調を全開、襟を緩める。吐き気が治らない。


「ゼーバ……来るな!」


 機体から這い出たアルカドのパイロットが、アッシュのアートに電動銃の銃口を向けた。セラが撃墜した惨雪のパイロットだった。


「来るな……うわぁぁ!」


 生身の人間が、巨人においそれと勝てるものではない。彼の銃弾は悉くがアートの装甲に弾かれ、すぐに尽きた。自分の眼下で怯える無力な命が、アッシュにはなにより恐ろしく見えた。


 灼熱の世界、ゆらめく陽炎の中。純白の流れ弾が、無慈悲に命を襲った。


「……なんで逃げないんだ! 馬鹿野郎!」


 再びアッシュの体は動いてくれた。サヴァイブシールドが流れ弾を防ぎ切る。自分に銃口を向けた人命を守りながら、行き場のない怒りを汚い言葉で吐き出した。自分がやっていることが、滑稽でならなかった。


 次第に混沌とする戦場に風穴を開けるべく、出航準備を進めるアルカドの小型艦から砲撃が走った。当てるつもりはなかったのか、ゼーバに被害は無かった。


「進路、クリア」

「ピーキーですよ、気をつけて!」

「了解」

 猫を被ったアリスのオペレートを受けて、ユイの整備した新型機がカタパルトに飾られていく。


「発進、どうぞ!」

「ランスルート・グレイス。行きます」

 加速する戦火、行き交う砲火の中を、白き雛鳥が飛び立った。


「あれは……ブレイン⁉︎」


「ブレインセカンド、信念を貫く!」

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