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第十七話 虚飾の罪 4/7 祝砲

「ねえユイ。扉が開かないの」

「扉? ゲートの事かな?」


 ホワイトノエルは沈黙している。マナに宿る願力は、初めて出会った時の弱い灰色に戻っていた。彼女一人の力では、オカルトパワー無双は出来そうもない。


 二度もセカンドの位置を特定出来たのは「ルミナかイツキ」のお陰なのか。ミスティネイルや八咫ブレインの時にアンティークを接続した事で、セカンドにもアンティークの座標としての機能が備わったのか。


 しかしそもそもが、座標の特定方法についてはアッシュの予想の域を出ない。ゲートを開くためのファクターに、周辺への粒子の散布か濃い世界粒子、若しくは蟲の死骸が必要というのはレイザーの予想だ。


 矢張り相応のリスクはあったと捉えるべきか。得体の知れない技術なんて、信用は出来ない。量産型のガンドールが量産されるのには理由がある。兵器に限らず、流通する商品に最も重要なのは、信頼なのだ。


 ホワイトノエルは、そこから逸脱し過ぎている。一応量産されているアンティークさえも凌駕する異常さだ。


「……ハイパー。マナは、イツキの娘なのだ」


 リューシ王国の国王ヂィヤ・ヂーヤは、ハイパーケントへと、自身が得た世界の希望、その真実を明かしはじめた。彼の口から語られる驚嘆すべき事実に、さあ、慄くが良い。


「娘にしてはイツキともルミナとも外見がまるで似ていない。ウィナードの誕生経緯を考えると外的要因、例えば浦野菫の情報なんかが混ざるのは仕方の無い事なんだろうが、それでも娘と呼べるくらいの繋がりが彼女にあるのは確かか」


「む、むう。あり得たかもしれない可能性、と言う事だ」


「可能性……。言葉通りに受け取れば、並行世界から持ってきたとか? あのゲートが高次元のもので、ブラックホールのような高重力も備えるなら、別の三次元ブレーンへの干渉も可能になっている恐れもある」


「……フッ。なるほど。だいたいわかった」

 まるで分からん。


「考え過ぎか。マナに取り憑いた願力のイツキから聞いたの?」

「うむ。気付いていたか、見事だ。異空間で再会した」


 試練がどうとか言っていたが、あの全てが本当にイツキだったのかは、正直ヂィヤにも自信は無い。


「イツキだしね」

「イツキだからな」

 加えて幽霊である。


「僕も戦場でイツキに会った。あれは、確かにイツキに見えた」


 含みある言い方になる。死んだ者は生き返らないし、康平たちの証言では「イツキは純白の巨人に転生した」からだ。アッシュと交戦したイツキはブラッククロス(のカスタム機)に乗っていたから、違う個体と考えるべきだし、それだと複数存在する事になってしまう。


「本当に並行世界とでも繋がってんのか? それともハイブリッド・クローン? どこまでが洗脳なんだ」


 ああややこしい。こんな世界の土台を作った古代アッシュと砂月世良は、どれだけ暇だったのか。


「私たちみたいに双子だったんじゃないか! 名推理!」


「……冗談はよせ、ディオネ」


 ディオネに続いてランスルート・グレイスが現れた。あーあ。またいつもの二人がはじまったよ。


「あんな奴が他にいてたまるか」

「クローンを使う奴が」

「奴のクローンなんぞ願い下げだ」

「誰のクローンであろうと使うな」

「それは既に生まれた命へ死ねと言っているのか」

「そうじゃない。生んだのなら責任を取れ。彼らの自由にしてやれ」

「ゼーバに尽くす以上の幸福が無いと知らしめる」

「唯一絶対の国にしてか?」

「そうだ」

「蟲のアルカドに苦戦しておいて」

「貴様をここで屠ってもいいんだぞ!」

「出来るものなら!」


「おーい、スタッフー!」

 羽交締めにされ離される隻腕の二人。タイタンは、言葉のどつき漫才に爆笑した。


「ランスルート。カノープスと協力するつもりなの?」


「互いに、それしかあるまい。レイザーのやり口は気に入らないが、ゼーバの疲弊は如何ともし難い」


「そちらが良いのなら、我々カノープスも歓迎します。新たな魔王」


 一時的な共闘。これが永遠でない事は、誰もが知っていた。


 カノープスはゼーバの協力を漕ぎ着け、一路アルカドへ。

 その前に、ウィナードの残存兵力とも合流し、技術交流を図る事になる。


「お待たせ、諸君!」

 持てる限りの資材をかき集めて、ウィナードたちがゼーバへと到着した。ハイドはダスクなんかより、よっぽど立派なリーダーになれる。


「ウィナードの願導人形ですね。成程、アンティークを模した機体とは!」

 沼田春歌の好奇心が弾んだ。アッシュたちには嫌な予感しかしない。しかし、ゼーバだけを除け者にしては、この同盟自体が破断しかねない。


 ハインリヒたちウィナードの戦士の殆どを殺したのは、蟲でもダスクでも無く、彼らゼーバ。もっと言えば、ランスルート・グレイスだ。

 恨みがあって然るべきだが、それを仮想クラウド上に預けて連携する。それのなんと難しい。


「え、おばあちゃんも開発部門の人? 大丈夫?」

「ヒャー⁉︎ おばあちゃん⁉︎」

 よく言った、ハイド。


「……嘘だろ。あれが沼田春歌かよ」

「面影無いね。私も、別に仲良しじゃ無かったけどさ」

「ああ。あの大人びた眼鏡美人はどこへ」

「……康平?」

「ヒャー……」


 康平と奏は、なんとか前向きになろうと立ち上がった。婚約者を失ったロバートは消沈していた。それでも、自分の出来ることをと、事件の顛末をまとめだした。戦後の世界では重要な生き証人になるだろう。


 人は強い。いや、強くあろうとした。混迷の世界に絶望するのは簡単だった。だから、抗う。無理矢理にでも前を、上を向いて歩いた。





 ランスルートの中からアッシュの力を取り除くのは、双方の協力が得られなかったので中止にされた。


 テティスは、少しランスルートが分からなくなった。ディオネとグリエッタが楽しそうに談笑しているのが、羨ましかった。

 双子だった筈なのに、どうしてこうも変わったのか。ディオネは父である魔王を化け物と言い放ち、カノープスと共に歩むのだと言う。


 政敵と思えば、タイタンはいつの間にかランスルートに従い、配下としていたナヴィアも猫撫で声でついていった。

 ゼーバの民すらも、魔王ランスルートを受け入れた。彼は、ゼーバの最大戦力。それが上手い具合に不安な民の心に寄り添う結果となった。


 なら何故、自分は、今まで何をしていた。何の為に生きているのだ。


 夜の街が一望できる展望台。ゼーバの暦の上では初夏を迎えていた。薄着では、まだ少し風が冷たかった。


「やっほー。テティスちゃん!」

「……なんだ、貴様。セラ・クロウカシスのハイブリッド・クローン如きが」

「やだなぁ。お母様のファーファだよ」


 テティスの苛立ちと悩みに付け込んで、ゼーバとカノープスを対立させる。きっと皆大慌てでカオス間違い無しだよね! マーク・フェンハのイケメンしたり顔が煌めく。


「お母様? ……そうか、沼田春歌。あいつ、私の承諾も無しに」

「そうそう。でもさ、テティスちゃんもテティスちゃんだよ」

「なんです?」

「ランスルートなんか捨てちゃえよ。あれは駄目だ。魔王様の足元にも及ばない」


「魔王様、か」

 ろくすっぽ会ったことは無い。遠目で見た、淡い日の記憶。そして、バンデージの王に利用され、最後には八咫ブレインに飲み込まれて消滅した。


「確かに、化け物だな」

「ん?」


 テティスの心を闇が包んだ。過去を振り返り、思いを巡らす。何も知らず、無邪気でいられた少女時代。いつも自分について来た、可愛い双子の妹ディオネ。


 戦場に出て、人間と出会った。ランスルートを愛おしいと感じ、ディオネとの距離が生まれた。ディオネも、今は楽しそうに笑う友が出来た。それは、成長と言えた。同じように育った家族でも、違う道を行くのは自然と思えた。


 家族というなら、魔王はどうか。お父様は、自分を見てくれた事なんて無かった。それどころか、ゼーバの戦士すら食ったじゃないか。


 皇族の少女、グリエッタと言った。あれは、自分の身すら投げ出して、自国の人質の為に動いていた。愚かだとも思った。しかし、だったら魔王と自分はどうだ?


 ニーブックの決戦で、確かに自分は民の憤怒を背負い戦った。だけど、あれは怒りに任せた、ただの衝動。本当に国の為を思った行動だっただろうか。


「こんなところにいたのか、テティス。アルカドを倒す算段に付き合ってくれ」

 彼が声をかけてくる。テティスは、今はランスルートと話す気分にはなれなかった。


「ハイバを殺す。だが、先ずはアルカドだ。あそこには俺とカイナの他に数名だけで挑む。ゼーバの民はお前が導け」


「え……」


「なんだ。なんて顔だ。お前は魔王様の娘なんだぞ。俺よりゼーバの民を思っているのはお前だ。しっかりしてくれ」


「だって、私」

 分からない。ランスルートが分からない。自分が、分からない。


「ゼーバは唯一絶対の強国だ。アルカドを滅ぼした後の事を考えねばならない。戦力の全てを使う訳にはいかんのだ。お前はここに残り、戦力を蓄えろ。最後に勝つのは俺たちゼーバだ」


「好き勝手言っちゃって! ランスルートくんはさぁ! 娘を自分の好きに操ろうとしてるよね!」


 たまらず、マーク・フェンハが口を挟んだ。ランスルートの前で、テティスのことを「娘」と言ってしまったが、どうでもいいだろう。


「男が惚れた女に家を守って欲しがることの何が可笑しい」


「古臭ぁっ! 今は女の子も戦場に出る時代ですぅ!」


「好きな女には安全な場所にいて欲しいと願う事の何が可笑しい!」


「だっ、だって。だって古い」


「愛する者の幸せを願うから、全力で戦う事が出来る! こいつがゼーバを守ってくれると信じているから、俺は神殺しをしてみせると心に誓った! さっさと来い、テティス! お前との時間が無くなる!」


「……うん!」


 新たな王を祝う打ち上げ花火。大きな音と共に、少女の心を激しく揺さぶった。


 もう、どうでも良い。彼がいるから、こんなにも世界は刺激的で鮮やかだ。


(……お前。女の扱い、本当に酷いな)

 ランスルートは「王」を無視して、露出したテティスの肩へ自身の羽織ものを優しく掛けた。


 彼女は並んで、愛する人と歩いていく。たとえこれが、血塗られた覇道だとしても。


「…………アホくさぁ!」

 醜い肉塊だけが、その場に残された。





「私たちだけで手術しろというのですか?」

「ゼーバなんて信用出来ない」

「それは分かるけど」


 カノープスに持ち込まれたウィナードの設備。ジグとユイと、ハイルシュトロリアを筆頭にウィナードの医者たちにも協力を願う。アッシュの右腕への義手の取り付け作業に取り掛かる。


「頼みます、ハイルシュトロリア」


「全力は尽くす。ウィナードの為に怒ってくれたというお前になら、我々は恩に報いる」


「ありがとう」


 自分たちはダスクとは違う。ハイルシュトロリアたちにだって、ウィナードとしての誇りがある。


 既にハインリヒにより、ウィナードの義手の技術の高さは周知されている。そこは、信用できる。

 しかし、リハビリや細かい仕様に拘る時間が惜しい。アッシュは痛みには耐えてみせるだろう。ほぼ、ぶっつけ本番で使いこなすつもりである。


「相変わらず無茶苦茶言ってるな」

「そういうの好きでしょ、爺さん」

「馬鹿言え。整備兵だぞ」


 仕事としては、許容出来ない。だが男としては、むしろ燃える。


「……お師匠も実はおばかだった」

 ユイもロマンチックなおばかは嫌いじゃなかった。ウィナードたちは呆れているがな。





「うっ……糸が、締め付けて……あうっ」


 カノープスの医務室に備わる白亜のベッド。純白に犯されたメアリは、悪夢にうなされていた。


 幼い皇女が甲斐甲斐しく、濡れた布巾で彼女を労わる。ディオネは、ただそれを眺めた。

 グリエッタは、自身の母が犯したであろう罪で、仲間を傷つけられた。皇女としての責任、もう、見て見ぬふりは出来ない。


「確かに、人だと認識していました。しかし逆に言えば、あのお方が本当に私の母だったのか」


「乳母って事か?」

 ディオネが真面目に聞いている。お菓子も食べず、腹筋だってしていない。


「分かりません。アルカドという国は、代々女性皇族が治めてきました。それが神皇に即位してからは、家族でさえも滅多に会う事は許されない。そして、近年神皇となれたのは、ウルクェダの血が通った者だけという話です」


 ルクス・ウルクェダ。現ウルクェダの当主にして、神の盾の指導者。


「ならもう、そいつらが黒幕じゃんか」


「では、あの力は? ユイ様のお話だと、願導合金の粒子を操り、願力を持つ者へ幻覚を見せているそうですが」


「そんなもん、とっちめれば分かることだぞ。賢いな、私」


「貴女って」

 馬鹿馬鹿しい。だけど、なんだか頼もしい。その姿が、グリエッタの迷いさえも食べてしまう。


「……小太り」

「ひゃん⁉︎ こら! お腹をつんつくするな!」

「気持ち良くて好きですよ、この感触」


 グリエッタから手を繋ぐ。指のひとつひとつを絡めていく。ディオネは妙に照れ出した。


「なんですか、その顔」

「いやぁ……なんだろう?」

「ただ手を繋いだだけでしょうに」

「お、おうさ?」


 夜が更ける。初々しい二人の夜が、静かの夜が更けていく。


「あっ、お気になさらず」

 お布団から顔を覗かせて、赤面したメアリがまじまじと見つめていた。

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