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第十七話 虚飾の罪 3/7 初会談

「ようこそ、おいでくださいました」


 セラ・クロウカシスの見た目のマーク・フェンハは、猫を被ってカノープスのクルーを出迎えた。


「うわ? アッシュ、お前と微妙にそっくりだぞ?」

 ハイドはお上りさん。キョロキョロと辺りを見渡しては、ハイネやウィナードの街に残したチビたちの為に写真を撮った。


 オリジナルのセラを知るアッシュもユイもクラウザも良い気はしないが、態度には出さずにカイナやマーク・フェンハの先導に従った。


「ようアッシュ。意気揚々と脱走したと思ったら出戻りかよ。かっこつかねぇな」

「言うなよ、カイナ。こっちだって戻りたくなんてなかった」


 メアリとギゼラとリラ、それとハイネとハナコはカノープスへと残してきた。メアリとハイネは消耗しているし、流石に全員総出とはいかない。念の為だ。


「シリウス……」


 会談の場、シリウス。骨組みと外装の一部しか残らず、あの白き船体の面影が見えてこない。


「カノープスに戻るか、ユイ?」

「……ううん。いく」


 まるで何かに押し潰されたような、ひしゃげた空間。土や小動物が入り込み、苔や草が()()える。


 かつて、ニーブックが侵攻を受けてからゼーバへと送られた使者は、全てが帰ってこなかった。エイリアスと、その副官のフィンセントたちが殺した。


 リューシ王国の事情は分かりようもないが、他国の者と顔を突き合わせた会談なんて、アルカドゼーバ双方にとって、建国以来これが初めてかもしれない。


「おう、来たな」

 ブリッジだったと思しき広間。ディオネとグリエッタは談笑していたのか、随分とくつろいで余裕に見える。


「あっ、ユイ!」

「マナ! 良かった……うぅ、良かったぁ……!」

「どうしたの? 怖いの? お腹痛い?」

 泣き出したお姉ちゃんに、マナは優しく頭を撫でた。


「鼻水ー!」

「ゔええ」

 さっそく汚かった。


「任務御苦労、ヂィヤ・ヂーヤ」

「フッ……艦長直々とは。沁み渡るな」


 再会に喜ぶ中で、アッシュの眼が奴を捉えた。


「遠路よく来た。私が、ゼーバの王。ランスルート・グレイスである」


「恐悦至極にございます。カノープス艦長、クラウザ・クランベルと申します」


 クラウザも、奴が魔王を名乗ることに一瞬の戸惑いがあった。ランスルートの左腕は、アッシュの右腕と同じに喪失したまま、会談を迎えた。


「無礼を働けば即座に斬る」

「控えて。姉上」


 ランスルート、テティス、タイタン。

 それを護衛するカイナ、ナヴィア、マーク・フェンハ(ファーファ)。

 春歌やフィリア、マーク・ドライグ、フィンセントたちの姿は無い。


「何故わざわざここを選んだ」

「言葉に気を付けろ、ハイバ‼︎」

「よせ、テティス」

 ランスルートが庇い立てしたように見えたのが、アッシュは気に入らない。お互い様か。


「流石にゼーバ本国を会談場にするのはお互いの為にならないでしょう」

「罠だと思うでしょうね」

「まずは彼らの解放をする」

 マーク・ヴァイスたちが連れる人影。アッシュとユイは驚嘆した。


「お師匠⁉︎」

「康平、奏さんも」

 なんともバツが悪そうに、ジグ・ジーグナーと灰庭康平、奏夫妻は苦笑いを浮かべながら彼らと再会した。ユイは泣きながらお師匠のツルツルに抱きついた。


 もう一人、見慣れぬ男がいた。

「はじめまして。ロバートと言います。アリス・ワンダの夫です」


「ありすいんわんだーらんど……アリスちゃん結婚してたの⁉︎」

 鼻水ぐちゃぐちゃのまま、驚いたユイが声を荒げた。ツルツルに引っ付いて伸びた。


「鼻水二号!」

「ゔええ」

 マナは、お姉ちゃんの痴態が楽しくてしょうがない。


「彼女……アリスは、元々退役する予定でした。私としては、もっと早くに辞めて欲しかった。……もっと一緒に、いたかった」


 ロバートのその表情だけで、居た堪れない空気になった。タイタンが、沈黙を破った。


「彼らがコロニーを彷徨っていたところへ偶然出くわしてね。余を『灰庭健人』と見間違えたもんだから、折角だし連れ帰ったのさ」


「ごめん、兄ちゃん」

「康平を責めないで。私がタイタン様を灰庭くん……お義兄さんの姿と勘違いしちゃって。もう似てない双子なのに」

「気が動転してたんだ。許してくれ」

「今見ると、タイタン様って気品があるよね」


 奏を庇うようにしている康平も、大分疲れが溜まっているようだった。アッシュは彼に肩を貸して微笑んだ。


「なにがあったんだ」

「アルカドが……」

「私が話します」

 記者だというロバートが目撃した一部始終。重く、静かに、その後悔を語り始めた。





 ルミナとイツキの結婚式は盛大に開かれ、国を挙げての祝祭に、皆心躍っていた。


 神聖アルカド皇国の、新たな神皇ルミナ・アークブライト。そして、それを守護する「純白の巨人」に転生したイツキ・クロス。


 イツキの死は一部の者しか知らないからか、この偽りの結婚式に誰も疑問を持たない。


 レイザー、エヴァ、ジョージやオリヴィアは、アリスと夫で記者のロバートと共に真相解明に動き出したが、友矢やフローゼたちとも会うことはできず、有力な情報は入手できなかった。


 凱旋パレードでイツキを撃った実行犯ダニー・ケロッグ。彼が所属していたという虹教。あのダニーが虹教の信者というのがそもそも怪しいが、なにか掴めないかと藁にもすがった。先手を打たれ、神の盾セプテントリオンに虹教の拠点は潰された。


 脅迫が続いた。襲撃にもあった。逃げるように神都から離れ、彼らはザッタの街や、かつてゼーバに支配された地域を転々とした。


 一方、ニーブックの復興へと勤しんでいた康平たち。ジグはそのアドバイザーとして参加する事になった。ロバートも同行し、その姿を取材した。


 先の見えない闇の中で、彼らに勇気を貰っていた。


「今でも思い出す。なんで、あの日、ぼくたちはニーブックに来たんだろうって。なんで、彼女と一緒にいなかったんだろうって」


 ロバートは限界だった。代わるように、ジグが後悔を引き継いだ。


 その日、神都から光が迸った。

 純白の閃光は、一瞬の内に全てを押し潰していった。


 傲慢な重力アーク・ドミナント。

 ジグが、見間違える筈が無かった。


 シリウスは民間人の盾となり、辛うじて救えた命もあったようだが、多くは何も残らなかった。


 ジョージ、オリヴィア、アリス。

 彼らの死さえ、確認は出来ない。


 ジグとロバート、康平や奏。

 ニーブックや、かつてゼーバに支配された地域は、謎の「見えない壁」が防壁となり、お陰で命が守られた。


 しかし、そこにもアルカドは追手を差し向けた。





「逃げてきたところをゼーバに拉致され、今に至る。レイザー様たちの行方も掴めていない」


「保護と言って欲しいなー。余の功績」

「我らへの人質だろうが。調子の良い弟だこと」

 タイタンとディオネはなんだかんだで上手くやれそうだ。それがまた、テティスには不快だった。


「見えない壁って、まさか」

 おそらくは、コロニーの隔離空間。絶望のサイプレスに乗る砂月世良が「アッシュ」を望み、彼を求めて広げた願いの檻。違わず、高次元からの介入であろう。

 世界を危険に晒したと思ったそれによって救われる命があるとは、なんとも皮肉な話だ。


「……父ちゃんと母ちゃんは」

「ごめん。フーシヤの街にいたと思う。だから……」

「そうか」

 康平と奏の、若い二人だけでも生き残った。それだけでも幸運だったと考えるしかない。アッシュの左掌は爪を立て、怒りで出血した。


「大丈夫か、ユイ」

「……おかーさんたち、行方不明だって。死んだって決まったわけじゃないよね……?」

「うん……」


 しかし、シリウスがこの惨状では、それは楽観的だった。彼女も、既に分かっているだろう。認めたくない、認められない。彼女の涙だけが、先に答え合わせに辿り着く。


 頭では理解しても、受け入れ難いことはある。アッシュが、健人の家族の死を許容してはいけない。ユイの家族を奪った存在を、許すことはできない。

 若い灰庭夫婦は、涙さえ流せない兄の形相を伺うことが恐ろしくて、尻込みした。


「だけど、おかしいな。ディオネ姉様たちは、どうやって余が人質を攫ったって知ったんだい? 見えない壁の調査にこっそりニーブック近くまで行ったのに。何処かで見られてた? ニーブック・ニンジャ?」


「ああ。見ていたさ!」

「エッ⁉︎ リアルニンジャ⁉︎」

「ドヤ顔はやめなさい、ディオネ。私たちではありません。目の良い方がいらっしゃったのです。彼……彼女?」


「サマンサか」

 ランスルートが口を挟んだ。レイザーやエヴァと行動を共にしていたのなら、遊撃騎士団の麗人サマンサ・サンドロスが候補に挙がる。

 ダブルアローライフルを操るコード・アーチャーを乗機としていたのなら、目も良いだろう。


「シリウスの最期と人質の情報だけ渡して、さっさとどっかへ行ってしまったのだ」

「なんです、それ。ダスク・ウィナードみたいな情報屋気取り?」

「おそらく、レイザーお兄様と合流をしたのでしょう」


「カノープスを俺たちと接触させて、ゼーバごと対アルカドに引き入れようとしたのか? レイザーめ、小賢しい」

 ウィシュア皇子だったランスルートは、レイザー・アークブライトの顔を思い浮かべて舌打ちをした。


「……それで。今後の事だが」

 クラウザは両国代表を見渡した。ゼーバの現状を見れば「純白のモンスター」と、このまま戦い続ける事は難しいだろう。彼らの技術力は、三年先を行くゼーバを遙かに超えている。


「垣間見えた友矢の顔は、随分と貫禄に満ちて見えました。十年か、二十年……髭なんか生やしてさ。ジョージ艦長へのリスペクトなのかな……。そういうとこ、変わんない」


「二十年後のアルカドか」

「どおりで俺らが苦戦する訳だぜ」

「ねこさん」

 マナがカイナの猫耳を引っ張ったせいで、ちょっとブレイクした。お子様には大人の世界なんて、凄くつまらなかった。


 神の盾セプテントリオン。アッシュとユイの口から、純白の蟲の正体の予想が話された。場合によっては、神皇と戦う事になる。


「グリエッタ様。貴女は作戦に参加しなくても良い」

「……御冗談を、艦長。自ら神皇の真意を確かめます」

「それでこそだ、グリエッタ」


 決意は固そうだった。ここにはいないリラも、同じ事を言ってくれた。


(ククク……。グリエッタの中にある疑惑の話をしないのか?)

 バンデージの王の声がランスルートを(たぶら)かす。


 以前、戦場でグリエッタと対峙した時、ランスルートは彼女に纏わりつく「違和感」に遭遇した。それが、神の盾を純白の蟲に見せた洗脳の類いである事は予想がつく。


(もしもの時はカノープスも使い捨てるつもりだな? おお、怖っ)

 ゼーバの王は、何事もないような顔でバンデージの王の言葉を受け流す。三年来の背後霊の小言には慣れたものだった。


「余を洗脳するとは。先代魔王と似た手を使うなんて、気に入らないよね、お神さん」


 当然ながらタイタンだけは、ジグたちから事前に彼らの顛末を聞いていた。人質のお陰で勇者叔父さんを戦力に出来ると思った。いずれ来るであろう、神殺しの為の捨て駒として利用するつもりだった。


 ゼーバの周囲では黒い願力、アルカド周辺では白い願力を持った生物がいる。先人たちが剪定(要は駆除)をした結果だというのは承知の話だ。だから、漆黒や純白の蟲もいるのだろうという考え自体はおかしくなかった。それが、洗脳だとは。


「ここにきて、またアルカドと戦う事になるとは」

 クラウザたちアダト兵にとっても、なんとも気に入らない展開になってしまった。


 ユイはマナやアッシュが行方不明になり、シリウスが墜ちたという報告から動揺し、気丈に振る舞いながらも仕事にミスが増えた。そんな彼女の事情を慮った結果、彼女抜きで人質救出作戦に踏み切り、純白の蟲と交戦してしまった。彼女が交戦相手を目撃していれば、もっと早くに事情は飲み込めていただろう。


「隔離空間の壁は、おそらくもうありません」

「何故分かる」

 アッシュとランスルート。いつもの二人がはじまった。


「それを作っていた古代人、砂月世良は、この世を去った。ダスク・ウィナード……エイリアス・クロウカシスが殺害したからだ」


「だから俺たちにもアルカドへ向えと?」

「遺恨はお互い様だ」

「貴様の寝首を搔くかもな」

「卑怯な手しか使えないのか」

「信用ならん手駒はいらない」

「逃げ出した国へは戻りづらいもんな」

「跡形もなく滅ぼしてくれる」

「その前にお前を殺す」


「なんなんだ、お前ら⁉︎」

「ほっとけ、ハイド」

「おっ、やってんなぁ!」

「もう慣れた」


 テティスは一人、溜息を吐いた。





「爺さん、無事で」

「ああ。お前たちもな」


 ジグの頭は無事では無い。鼻水は、既にガビガビだった。

 ユイは奏にも抱きついて、その被害者を着々と増やしていった。バイオハザードか。


「……爺さんは、古代人だ」

「なんだ、今更」

「ここにいるメンバーで、何かを感じる者はいますか?」


 ヂィヤとマナは、何者なのか。

 ランスルートやハイドからは、何も感じないのか。


「……あの、マナと、ハイド……だったか? なんとなく、モンスターのような気配を感じた。だが、俺の力は大分感度が落ちている。もう少し若ければ……」


「ありがとう」


 彼を信じるなら、矢張りヂィヤは古代人では無いことになる。ただの、記憶喪失……? そんな虫のいい話は。


「それと、ランスルートには気を付けろ。……言うまでもないか」

「ああ。奴は殺す」


 ジグはむしろ、今のアッシュに得体のしれなさを感じてしまっていた。

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