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第三話 面影 3/7 追放

 アルカド最多の人口と人種が行き交う〈ザッタ〉の街。NUMATAの工場では、小型艦が船出の準備に取り掛かっていた。


「ああ〜、なんで前線なんかに」

 ブリッジでは、メガネの金髪青年〈ダニー・ケロッグ〉が青ざめた顔で計器のチェックをしていた。


「五月蝿えぞ、ダニ野郎。メガネ割るぞ」

 悪態を吐く小柄な少女? 〈アリス・ワンダ〉さんじゅういっさい! は、同じく口と同時に手も良く動いていた。


「君たち、仲良いねぇ。流石、レイザー様に選ばれた精鋭だ」

 艦長席に深々と座る黒須譲治は、髭を整えながら胡散臭い笑顔で見守っている。


「精鋭ったって、うれしくないですよ」

「ニーブックに単艦で突っ込めってか? 鉄砲玉かよ」


 それはどうかな、と意味深に言ってみるジョージに、益々青ざめるダニーと、文句の止まらないアリスだった。



 ブリッジと同様、格納庫でも機体の搬入作業に追われている。黒髪に短髪の青年〈ランスルート・グレイス〉は、見慣れぬ機体を見上げていた。


「NUMATAの最新鋭機です。どうです、カッコいいでしょ!」


 新任整備兵のユイ・フィールは、ニッコニコでランスルートに近づいてきた。

 ショートパンツに黒タイツ、ベルト一杯に下げられた小型ポーチの中にはたくさんの工具。Tシャツの上に、ポケットだらけの愛用のぶかぶかジャケットを羽織った姿は、お世辞にも軍の整備兵とは呼べない、街のDIY好きのお嬢さんだ。


「惨雪の無骨で堅実な流れを汲みながら試作機らしい先鋭的なフォルムと機能を併せ持ちそれでいてヒロイックな頭部が高次元で融合したまさに」


「機体の見た目なんて、どうでもいい」


 立ち去るランスルートの塩対応に、ちょっと傷ついたユイは、自分の整備する機体に癒されることにした。

 あまりの格好良さに思わず笑みが溢れ、顔が蕩けて、キモチノワルイオタク特有のデュフフを響かせていった。傍に立ったお手伝いロボットのハナコは、そんな主の為に、せっせと写真を撮るのだった。



 医務室では、軍医となったオリヴィア・フィールが、ルミナ皇女の包帯を外していた。黒須、フィール一家は全員、同じ艦に配属となった。夫婦別姓はこの世界珍しくもないが、軍人であった譲治と砂月が黒須姓を名乗り、民間人だったオリヴィアとユイがフィール姓で通してきた。


 ユイまで軍人になると言うのだから、じゃあ、オリヴィアも一緒になってやろう、と決心した。些か過保護だが、サツキの事があれば、普段からぼけーっとしがちなユイを放っておけなかったのも母親の視点から見れば仕方のない事だ。


「ルミナ様。無理は駄目、絶対。オーケー?」


「ありがとうございます、オリヴィア先生。流石はサツキ様の御母上です。これで私もたたか……」


「いけません、姫様。御自愛なさってください」


 ここにも一人、過保護な男。従者ボルク。責任感の強いルミナ皇女は、アッシュの裏切りのついでのように撃墜されたことに、多大なショックを受けておられた。ボルクも主を守れなかった責任と、彼女への心配からか、心労で大分やつれている。むしろ、ボルクの方がやつれている。


「貴女は私が護ります。命に変えても」

「頼もしいです、ボルク。私も貴方のことを御守りしますね」

 だから、そうじゃなくて……ボルクはやきもきしながらも、皇女殿下との他愛無いやりとりに笑顔を見せた。


「あら?」

 ルミナ皇女は通路を歩く青年を見かけて、とてとて、と思わず後を追った。


「ウィシュア!」


 呼び止められたランスルートは、皇女殿下に深々と礼をして、立ち去ろうとする。


「貴方が純白に覚醒できなくとも、私の可愛い弟であることに変わりありません。それだけは、忘れないで」


「ルミナ皇女殿下、人違いではありませんか。私の名は、ランスルート・グレイス。ご覧の通り、覚醒も出来ない、出来損ないのただの一兵士に過ぎません」


 ランスルートは振り返り、張り付いたような笑みを浮かべて言い放った。


「ウィシュア」

「……ウィシュア・アークブライト皇子は、亡くなりましたよ、殿下」


 黒髪に染めたウィシュア皇子は、ランスルート・グレイスとなって、姉から遠ざかっていく。


 ボルクは、傷だらけの主の腰をそっと引き寄せると、彼女の涙を独り占めするように、優しく抱いた。


 四月の雨は、まだ少し冷たかった。





 神都に召還されたレイザーだったが、呆れるしか無かった。神皇を護る〈神の盾セプテントリオン〉は、一貫してブレインとイツキの国外退去を命じたのだ。


 アンティークの右腕を解析できれば、戦力の増強に繋がる。ましてや、魔王の息子の協力を得られるというのに。「純白が穢れる」たったそれだけの理由の追放だった。

 豪華絢爛、装飾華美な、白く輝く神皇謁見の間で、レイザーは尚も食い下がろうとする。


「ゲーデンの街も魔族に占拠された。徹底抗戦を貫いたオーセツ軍は、全滅だ。アダトの街は降伏し、今は魔族の尖兵となって襲ってくる。これでも、まだ神皇様への御目通りは叶わぬのか」


「なりません。神は尊きお方。皇子もご存じの筈」

「ならば、息子として」

「しつこいぞ、愚弟」

 神聖アルカド皇国第一皇子〈セイン・アークブライト〉が、聞き分けのない弟を諫めた。


「……おられたのですか、兄上。恰幅の良さと対象に、存在感がありませんでしたので。神都で貪る贅はさぞかし美味いのでしょうなぁ」


 ふくよかな……いや、肥え太った兄を、階下から見下すレイザーに、セインもまた、天上から見下ろした。


「神さえ御無事なら、他はどうでもいい。その為の神の盾ぞ」

「民無くして、何の国か」

 見下し合う兄弟に、愛は無い。


「神の御前です、お控えください」

 二人を止めた不惑の戦士は、セインを庇うようにレイザーの前に立ち塞がった。


 ボルクやフローゼの父である〈ルクス・ウルクェダ〉は、怠惰を貪るセインの代わりに神の盾を率いる、実質的な支配者といえた。パイロットとしても優秀な指揮官には、名門ウルクェダの名以上のカリスマが宿っている。


「ウィシュア様のことは、残念でした。レイザー様は、お優しい御方。きっと、不出来な弟君のせいで心労が祟っているのでしょう。少しばかりお休みになられよ」


「弟から名ばかりか立場を奪っておいて、良く言う!」


「ですから、残念だと言いました」


 神の盾はレイザーを丁重に追い出すと、謁見の間の扉を固く閉ざした。


「愚物共が!」


 吐き捨てたレイザーは、エヴァを連れて足早に愚者の宮殿を後にした。


「……お帰りですか、皇子」

「マロン・ウルクェダ」


 レイザーのかつての従者、そして本来の従者〈マロン〉は、ボルクとフローゼの姉である。戦士としては申し分無かった。ただ、彼女もウルクェダだった。


「サツキ・クロスを失って、すぐに別の女を選ぶとは。もう少し節操をわきまえなさい、皇子」


「事態は一刻を争う。くだらん事に時間は割けん」


 言葉だけなら、マロンも許した。しかし、サツキもエヴァも、胸が豊かだった。


「……貴方という人は」


「なんだ⁉︎」


 マロンはエヴァを睨みつけると、踵を返して行ってしまった。

 自分にとって魅力を感じるものに心奪われるのは生物の(さが)だ。それを否定したいのなら、生命をつくりたもうた神に反逆するか、命を捨てるしかない。


 願力、欲望である。


「なんだったんだ!」


 時間を無駄にした。作戦開始前にレイザーを神都に呼んだのは、ただの嫌がらせであろう。ザッタの街までは急げば半日、しかし神出鬼没に空を泳ぐムカデクワガタを避けるなら、それ以上に時間がかかる。


 どうする、予定通りに始めてしまうか。レイザーはエヴァを横目に見て、彼女に助言を求めた。


「国外退去ですか。ならば、従うしかありませんね」

「ああ。すぐに連絡を」


 暗号通信で、それはジョージの耳まで届いた。





「……作戦の概要は以上。それと、ランスルート・グレイス。レイザー様からの伝言です。『願力は願いの力だが、願いの強さでは無い。信念を持て。お前ならば新型機も扱えると思い、俺の権限で託す。応援しているぞ、我が親愛なる弟』……以上だ」


 ランスルートは静かに聞いた。読み上げたジョージの方が涙ぐんでしまう始末である。


「ね、ウィシュア。お兄様のご期待に応えられるように頑張りましょう。私も、サポート致します」


「……はい。ありがとう、姉上」


 ルミナとランスルートは、久しぶりに笑い合えた。これが作戦への弾みになればいい。ジョージは涙と鼻水を拭いながら、一方で冷静に考えていた。


「……え、何だって? よく聞こえない!」

「どうした?」

 ただ事ではない。ジョージは、ダニーが対応している通信の内容を察した。


「魔族の侵攻……目標、ザッタの街! ここに来ます!」

「総員、第一種戦闘配備! 発艦、急げー!」


 始まった。警報音がクルーの鼓動を早め、生死の岐路へ誘う。一分一秒、一挙手一投足が明暗を分ける戦場が、嵐となって襲ってくる。


「艦長!」

「ああ、頼んだ。黒須大尉」


 黒須樹は、格納庫へと急ぐ。母の無念を晴らす為。そして、罪なき人を守る盾となる為に。ノブレスオブリージュ。力を受け継いだ者の、使命を果たす為に。

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