第十六話 カノープス 2/7 ハイブリッド・クローン
「古代人アッシュと、絶望のサイプレスか」
「教えられる情報はこれくらいだ」
正面に座るランスルート。アッシュが尋問されるのも慣れたものである。
願いの次元イェツィラーと人型モンスターカレンデュラの情報は吐いたが、ウィナードの正体については伏せた。ハインリヒやマナがゼーバにどう扱われるのかは、アッシュには読めない。
彼らに何かあれば、ランスルートを救う事には協力しないと脅しはしたが。いよいよとなれば、ランスルートはテティスさえも振り切ってアッシュを殺すだろう。
「ふ〜ん……。やっぱり、我が父以外にも人型モンスターはいるのね」
「おい、タイタン。魔王様はモンスターなんかじゃない」
「一目瞭然でしょ、姉上。まぁ、余は直接父上にお会いした事はないのだけどね。映像だけ見ても、化け物だよ、アレは」
タイタンはハインリヒを連れ去り、おそらく既に彼の正体を知った。自分も魔王(人型モンスター?)の血から生まれたのだから、自身のデータと照らし合わせでもして、共通項を見つけたのかもしれない。
アンティークに乗っていたハインリヒを只者では無いと感じ、手元に置いた。アッシュとマナを諦めた訳では無く、確実に取れる駒を先に取ったのだ。
どのみちゼーバの王になれば、いずれは全てを手に入れられる。遅いか早いか、それだけだ。
「エイリアスとダスク・ウィナードが同一人物とはな」
「ニーブックの決戦にいたのがクローンって事は、副官のフィンセントも知らなかったって事だよね。可哀想」
信頼していた人に裏切られた事になる。テティスは少し同情してしまう。
「……お前はあまり驚かないんだな、グレイス」
「そう見えるのか? 貴様は願力と一緒に視力も失ったのか、ハイバ?」
「奪った男が」
「欲しかったわけでは無い」
「もう。いいから行こ、ランスルート」
顔を合わせればすぐ言い合いになる。淑女となったテティスには、二人がどうしようもなく子供に見えた。
◆
灰色の大地を駆ける黄金の鎧。超願導人形サーガ・ヒーロは、アッシュとフィリアの願いを乗せて、なんとか起動にこぎつけた。
「動きが遅い、アッシュ!」
「やってるよ」
「魔王を倒したって噂はなんだったんだ!」
「じゃあ、人違いだよ」
フィリアの漆黒は魔族に引けを取らない。アッシュの一般兵程度の灰色では「彼」に合わせた挙動を取るのに神経をすり減らした。
「沼田春歌! そもそも、僕らの間に共通する願いがなければラスティネイルのシステムを積んだところでどうにもならない!」
「そーだそーだー。言ってやれ、健人ー」
「その為に、ハイバケント同士を乗せたのですけれど」
沼田春歌は、二人のやかましさに耳を塞いだ。ラスティネイルのように、共通の願いだけを抽出し制御に利用する。サーガ・ヒーロの性能自体はセカンド以上なのは見て取れる。
「エイリアスのハイブリッド・クローンのマーク・ヴァイスでも乗せてみろ。きっと俺たちよりも戦える」
「既に試しました。勿論、あなた方より同調はスムーズでしたよ。しかし、思ったよりも願力が伸びない。機体は完璧な筈」
「完璧なんてあるものか。自分の非を認めないと」
「根本的な見直しが必要だな。なにか見落としがある」
こいつらは、春歌に対する態度だけは馬が合う。
「……貴方たち、示し合わせてわざとやっているなんてことは」
「機体のせいじゃないのか。アンティークの再現なんて、クラスメイトの沼田さんには土台無理な話だったんだ」
「ゼーバに協力なんて嫌だから手を抜こうと思ったけど、お前のポンコツにはする必要も無かった」
「二人揃って一々煽る……その態度、後悔させてあげましょう」
◆
ラスティネイルのように意思を宿らせた機体。超願導人形〈イノシュ・バイン〉。ハイブリッド・クローンの融合分裂体を「パーツ」にした外道人形。機体にも願力が宿っている本機は、シオン・シリーズの後継機とも言える。
この機体が搭載している「猪突猛進」システム(沼田春歌のテキトーネーミング)は、機体が持つ願力に命令を与え、無理矢理に「機体とパイロットの願力」を支配して引き出させるものだ。強制融合分裂装置がある以上、願力を搾り出させる機構が作れる土壌は既に完成していたといえる。
外部からの命令は電波障害の影響のため有線に依存し、あまり現実的では無かったから、戦闘前に予め設定された命令を機械的に実行する。臨機応変さには乏しかった。
これはエイリアスやマーク・キュリーが残していた魔王のデータ、憤怒の強制バフを参考にして開発されている。パイロットどころか機体の持つ願いさえ無視して操る訳だから、両者への負担も大きい。
前の戦争で消耗した現在のゼーバでは、ハイブリッド・クローンが主戦力になっている。このイノシュ・バインは、それを消耗品として使い潰す欠陥機としか言いようがない。願導人形の集大成機体バインの後継機であったはずが、そのコンセプトは醜く歪まされてしまっていた。
「気に入らないな。サーガ・ヒーロは一人乗りなら充分過ぎるほど高性能だ。ラスティネイルモドキを装う必要性を感じない。機体が可哀想だ。バインのブースターにだって何度も助けられたんだ。傑作機の後継機なんて期待をさせておいてこんなセンスだから信用なんてできるものか」
「またなんかいってる……」
複座の中、ぶつくさ独り言を呟く赤髪に、フィリアは気持ち悪さで逃げ出したかった。
「春歌〜。そろそろ帰ろうぜ。腹減った〜」
「我が輩も」
「拙者も」
「某も」
アッシュたちのテストに付き合わされていた量産型ハイブリッド・クローン、数十人の〈マーク・ドライグ〉たちは、口々に大声を上げた。
「イノシュ・バインも腹減ったよな〜?」
「減ッテルヘッテル〜!」
「私の開発した超願導人形が喋れる訳ないでしょう」
マーク・ドライグはイノシュ・バインっぽく言ってみた。イノシュ・バインっぽくとは、なんか、そんな感じだ。
(マーク・ドライグ。ジュード・ピーターを素体にしたクローンか。ならば、油断は出来ない)
エイリアスがサツキと消えてからニーブックの指揮を任されたジュード・ピーター。頭に角を生やした、好戦的な大男だった。
彼は少し思慮に欠けていた。あの時アッシュが倒せたのは、その一点に尽きる。
しかしジュードの本質は、願導人形のパイロットとしては理想的な「あらゆる機体との高次元でのリンクが可能な天才」である。ハイブリッド・クローンの素体としては、まさに打ってつけだった。
(僕もジュードの事は覚えてる)
フィリアは自分の中の「健人」と「シオン」の記憶を辿る。粗暴を絵に描いたようなジュード・ピーター。対して、ジュードと同じ見た目でありながら、人当たりの良さそうなマーク・ドライグたち。
彼らから感じる違和を、自分自身にも覚えていた。体と心が剥離したような奇妙なずれ。フィリアがジュードや菫を知っているからこその、本来その体に入ってはいけないという異物感。収まりの悪さ。
「……フィリア?」
心ここに在らず。なんでも無いような事も、フィリアの感情を掻き乱す。彼も記憶を転写されたハイブリッド・クローンならば、融合分裂で生まれたアッシュの同類のようなものだ。
彼の成長を見守りたい感情はアッシュの中にも生まれていたが、ゼーバにこれ以上の肩入れをするつもりは無い。
「春歌〜」
「ええい、分かりました! この暴食め、燃費が悪過ぎる!」
体がおっきいからね。仕方ないね。
彼らマーク・ドライグには、ジュードの記憶は与えられていない。オリジナルの敗因を考えれば、確かにそれが正しかった。
「ご飯が一番の楽しみだな!」
「うむ。それしか無いとも言う」
「パンとか麺だって好きだぞ」
「人、それを含めてご飯と言う」
「! ……深いな」
教育が足りていなかった。ゼーバの状況は、それ程までに切迫しているのか。しかし、アルカドとて他人事ではない。
神都を守る神の盾はほぼ無傷とは言え、彼らを当てにして良いものか信用ならない。背後を守るはずの味方の軍勢、信用できないなら相対する敵よりも厄介だ。
(カノープスだけじゃなくて、シリウスも心配だよな)
拘束されているとしても、なにか爪痕を残さなくてはならない。アッシュはここでやる事がある。出来るだけゼーバの持つ情報、特に、先をいく願導人形関連の知識を獲得し、なんとかマナやハインリヒの居場所を突き止めて、周囲の状況から地形を分析し、カノープスへの連絡手段を見つけ出して、出来るならセカンドと共に脱出……。
「くそ。やる事が多い」
焦るな、いつもの平静を取り戻せ。アッシュの背後から見つめる、世界粒子に溶け込んだ自らの残滓たち。彼らの声は聞こえない。
自分は自分でしか無いから、脳内でイマジナリーな相談なんかしても、出てくる答えは自分の中にあるものを越えられない。それもアッシュに限って言えば、悪い方に考えがちだ。
ニーブックで奴隷になっていた頃とは状況は似ているが、積み重ねてきた罪の重さがまるで違う。
ゼーバの兵士を何人も殺してきた。アッシュがゼーバにいる事を一般兵や民に知られれば、こんなに悠長に考え事さえ出来ないだろう。普段は重く拘束され、ある程度自由に動けるのは、このサーガ・ヒーロの中しかない。
今だって、カイナは兎も角、テティスやランスルートはアッシュを殺したくて我慢している筈だ。
時間は、無い。
(ほんとに、セラとそっくりなんだ)
先程とは逆に、考え込むアッシュの横顔をまじまじと見つめる。フィリアの脳内に、健人と並ぶ赤髪の相棒の姿が浮かんだ。
おかしい。
自分は健人の筈なのに、健人と立ち並ぶセラ、その二人を背後から見つめるイメージをした。
「どうしたの、フィリア」
「え? あっ、うん。大丈夫だよ、セラちゃん」
「そう? 菫は思い詰める癖があるから心配……」
自分たちの発した言葉の屑さに気付いた二人は、嫌悪感に包まれた。
マーク・フィリアは浦野菫の姿をしているだけで、決して浦野菫本人じゃない。この身体も、ゼーバに残されたデータから復元したもので、菫本人では断じて無い。
アッシュはケントだ。セラと呼ばれて応えてしまうのは、あってはならない。そんな事は、当の本人たちが一番理解していた筈なのに。
「ご、ごめん。フィリ……健人」
菫の姿、アッシュが継承したセラの記憶。タイタンの見た目や複座と合わさって、あの頃が帰ってきたような錯覚がある。だからこそ、唐突にやってくる違和感に不快さが募る。
「なんで……僕は……」
沼田春歌のハイブリッド・クローン技術は不完全だ。恐らくは肉体を新造する過程で、記憶の一部まで引き継いでいる。
身体に残った菫ちゃんのデータ。記憶として喚起されたものを吐き出したくて、でも、それをしてしまったら、菫ちゃんを体から追い出すようで。
「そうか。僕がこの体から出ていけば」
「おい、健人!」
確実に、壊れていく。人が自分を捨てるのは案外簡単だと、漆黒の仲間は教えてくれた。
◆
マナの側にも監視役が付いた。男性型ハイブリッド・クローン〈マーク・フェンハ〉。
「ねえねえ。アンタ、人型のモンスターなんだって?」
「モンスター? 私はマナだよ?」
「またまたぁ。惚けちゃって! それも演技なんですかぁ?」
成人を過ぎた見た目の男から発せられる態度だから、控えめに言って少し気色が悪い。マーク・フェンハはフィリアとは逆に、男性の体に女性の記憶が転写されたものである。
こういったテストを幾度となく繰り返し、完成形〈マーク・ジーべ〉を作り出すのが沼田春歌の野望の一つだ。
「ケントに似てるけど、あなたは嫌い。かっこいいけど、かっこわるい」
「この体は、セラ・クロウカシスのクローンだよ。おチビさん」
「セラ……?」
鈍痛の後、マナの中にも聞き覚えがあった。
「自分」を背後から撃ち抜いた、純白アート。
「自分」を嘲笑う、ホワイト・ホーン。
アッシュ・アッシャーの偽名でアルカドに潜伏していた、ゼーバ所属の古代人。コロニーの深部で逞しく成長したセラ・クロウカシス。
「思い出せ、ルミナ・アークブライト。それが、お前の名前だ」
「ルミナ……?」
「そう。ファーファを痛めつけた憎き恋敵だよ」
「ファーファ……。私は、ルミナ」
「そうそう! アンタ戦いで、ランスルートに重力波を放ったでしょう? それを見てぴーんときたんだよねー。ファーファかしこい!」
ファーファの記憶をロードされたセラの移し身、マーク・フェンハは、アッシュたちの拘束作戦に参加していた。ホワイトノエルの戦いを目撃し、パッシブスキル「女の勘」が発動したのだ。
「ファーファさぁ。エイリアスに殺されちゃったんだよねぇ。こう、刀でグサっと! ふぁ、ふぁーふぁ! まおー!」
断末魔を自ら真似て見る。痛々しくて馬鹿馬鹿しい。反吐が出る。
ラスティネイルが取り込んだ、数多の魔族と人間たち。バンデージの王が受肉する際に吐き出された肉団子。それが、このフェンハの記憶の主である。
沼田春歌は、あの時未だニーブックにいたようだが、戦闘のゴタゴタでいつの間にやら「あの遺跡」へと流れ着いていた。
「この体にいるのはファーファだけじゃないんだよ。あぁ、忌々しい。それもさぁ、ファーファの全部の記憶を引き継いだわけでも無さそうなんだよ。出来損ないじゃねぇか! あの、沼田肉ダルマ!」
「『あなたたち』は、何が目的なの?」
「復讐」
ニタリ、と、青年はキラースマイルで答えた。




