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第十六話 カノープス 1/7 劣等感

「悪趣味だな」

 魔国ゼーバの格納庫、佇む黄金のブレイン。アッシュに、嫌な思い出が蘇る。


「ブレインではありません。超願導人形、サーガ・ヒーロです」

 セラも使用していたヒーロはオーソドックスな人型の指揮官機で、馬面ではあったがブレインの量産型だった。


「あれの後継機なら、やっぱりブレインじゃないか」

「拘りますね。タイタン様の指示で見た目はブレインに寄せましたけど、正直どうでもいいですよ」


 顔はブレイン、全身のデザインは翼をもった騎士。馬面であったなら、天馬といったところか。


「待ってくれ、沼田さん。こいつを一人で願導人形に乗せるのは駄目だよ!」

 何をしでかすか分かったものじゃない。菫の姿をしたマーク・フィリアの手に弱々しい力が篭り、繋がれた手錠の鎖からアッシュに伝わっていく。


「言ったでしょう? 乗るのは灰庭くん、と」

「複座か」

「御明察! 流石はアッシュ」

「どういう事⁉︎」

「アッシュとフィリアちゃんが一緒に乗れって事なんじゃない?」


 カイナにさえも理解出来た事を、フィリアは推察すら出来ない。ヒトとしての経験が足りない。マナは理解する気がはじめから無い。カイナの猫さん耳をなんとか触ろうと画策している。


「いいんじゃない、複座。監視するんでしょ、フィリアちゃん?」

「当然です!」

「でもよ。そもそも動くのかよ、コレ」

 いくら灰庭健人だった二人でも、今は完全に別人だ。願いを合わせることなんて、出来るわけがない。


「ラスティネイルみたいに機体に宿らせた願力にパイロット二人の意識を無理矢理合わせるのか? 性懲りも無く人の命を」


「ふふふ、御安心を。単座にアレンジして、それはそれで既に完成しています。時代遅れの融合分裂と魔王様の情報を利用すれば、その程度の事は」


 アッシュは老婆に殺意を向けた。マナやハインリヒがいなければ、すぐさま殴りかかりたかった。怖気付いた春歌は少しよろけて、車椅子にしがみついた。

 フィリアは慌てて鋼の手綱を手繰り寄せるが、このじゃじゃ馬、微動だにしない。自分からアッシュの広い背中に追突してしまった。


「おお……おお、怖い……ふ、ふふ。いや、失礼。このサーガ・ヒーロはラスティネイル本来の仕様を再現したものですよ」


「本来? ハカセ、頼むから俺らにも分かりやすくプリーズ?」

「ぷりー!」

 マナは背後からカイナに襲いかかった! ようやく掴んだねこさんの耳は身長差で伸ばされて、跡は赤く腫れ上がった。


「……めっ!」

「ちょっとかたかった!」

 マナは無邪気にジャンプしながら、ねこさん耳の感触をアッシュに報告しに参上した。アッシュの顔はちょっと怖かったけど、すぐに微笑んでくれて、一緒にカイナに謝ってくれた。


「……真面目にやれよ」

 フィリアはアッシュが分からない。同じ灰庭健人だったとは、到底思えない。


「ラスティネイル、あれは二人のパイロットから共通の願いだけを抽出して増幅し制御に利用する事で複座でありながらノイズを抑える事に成功したアンティークだ。スペースニウムエンジンの重力質量軽減効果で極僅かながらに発生した『機体が本来辿るべき時間とのズレ』を利用した上で超高速処理能力があれば殆どのタイムラグを無視したセミリアルタイムで同調した戦闘は可能になる」


「な、なんて⁉︎」

 急なアッシュの早口に、カイナとフィリアとマナが揃って同じ顔をした。


「重力軽減で早まった時間のズレをエンジン部分や制御系の中だけで処理をしてコックピット内の情報を敢えて本来辿るべき時間に合わせるんだ。実はそれ自体は通常のガンドールでもやっている。二人の願力が作用する結果、ラスティネイルは出力が高くなる傾向にあり、それが顕著に表れる。レーダーや願力と電子制御の情報の行き来にはそもそも時間は殆どかからないけど慣性質量制御の副次効果込みでも機体自体に物理的な重さがあるからどうしても一体感に微妙な齟齬が出る。だから先んじて処理を行う事で機体とのズレを極力感じる事無く複雑な人型兵器との一体感を覚えさせたまま戦闘ができるようにしたんだ」


「?」「⁇」「へっくしゅん!」


「複座で発生した異なる願いは破棄、若しくは冷却や推進、願力原動機の稼働に転用しているな」


「あはは! やっぱり凄い、ハイバくん! 私とマーク博士以外にも、ラスティネイルの複座システムのカラクリに気づく人がいたなんて!」


「僕はラスティネイルに乗っていたから。でも、ユイは僕から話を聞いただけで、ここまで気づくことができた」


「ゆい? ……何のことやら。しかし、嫉妬しますね。実際にラスティネイルを触りもしない人が」


「他人を舐め過ぎだ。世界は広い。面白いぞ、あいつ」


「く、ククク……。精進しましょう」


 付け加えれば、時間のズレで得た攻撃予測の情報をコックピットに表示する事くらいは出来る。勘が鋭い、程度の捕捉だが、多過ぎる情報は却って邪魔だから、十分だ。

 古代の世界ではどうだったのかは分からないが、時間と重力の関係が拡大解釈された現在に於いては、馬鹿にならない差となった。

 スペースニウムエンジンを使用していなかったゼーバの旧願導人形は、この限りでは無い。その程度のアドバンテージがニーブックを奪還できた全てとは言えないけど。


「ホラ、チーン!」

「ぶべべべ」


 マナから垂れた鼻水はカイナあんちゃんがチーンして事なきを得た。鼻水といえばユイは元気か、アッシュに去来する彼女の幻想は決まって笑顔だった。


「願導人形なんて、私一人でも戦えるのに」

 フィリアは不貞腐れた。


「何言ってるんですか。話を理解出来ていますか?」

「完全なラスティネイルの再現には至っていない。だから俺たちに矛先が向いたんだろ」

「ランスルートの為に今のアッシュの願力のデータ取りも兼ねてな。頼むぜフィリアちゃん」


 急にしゃがみ込んでしまったフィリアに、心配したマナが駆け寄った。


「どうしたの、大丈夫? お腹いたいの?」

「……うん」

 精神が肉体に引っ張られる、というのはよく聞く話だ。怪我や病気の時は気分が落ち込み、その逆も然り。


 アッシュの急な気持ちの悪い早口に、確かに灰庭健人の姿を見た。だけどそれを分かっていながら、フィリアは、自分には同じように振る舞える気がしなかった。


 ――自分は、本当に灰庭健人なのだろうか。


「私は」


 アッシュと自分を比べる度、フィリアの心は不安で、とても悲しくなった。





「ごめんなさい、ランスルート。私の一存で、ハイバケントを殺せなかった」

「良いんだ。ありがとう、テティス」


 二人の私室、二人の世界。こういう雰囲気の時、ランスルートの王冠に鎮座するバンデージの王も少しは気を使う。


「……奴は『俺とエイリアスを殺す』と言った」

「え?」

 独房での、アッシュとランスルートが対面した時の話だ。


「でも、エイリアスはニーブックで」


「生きていることを教えて、回りくどく俺に施しを与えたつもりなんだ」


「あいつ……! ランスルートを馬鹿にして!」


「奴だけが知る情報がある。テティスが俺の為に奴を生きながらえさせるというのなら、俺も奴から全てを引き摺り出してやる。お前と、ゼーバの為に」


「……嬉しい!」


 彼女の肢体が大きく弾んだ。互いの全てを包み込む温かさは、紛れもなく自身が生きているという実感をふたりに刻み込んでくれる。


 鍛え上げられた筋肉質な腕。そこに浮き出た太い血管に細い指を這わせる。彼の傷だらけの身体に、潤いが戻ってくる。

 テティスの恍惚とした表情が、ランスルートの今までを肯定してくれる。これからを共に歩んでくれる、最愛の伴侶。


「痛い?」

「大丈夫。お前の献身で体の方は完治している」


 粉々に砕け散った身体、恥辱に塗れたプライド。ハイバケントを殺しても、ランスルート・グレイスの中から奴が消えることはない。


(ククク……生殺しだな!)

 雰囲気を読め、背後霊。





 アッシュとフィリアの訓練から数日。理論の上では可能でも、実際動かすとなると不具合は見つかった。その度にフィリアは不貞腐れ、カイナは暇そうに頭を掻いた。


 マナの検査はどの程度進んでいるのか。彼女に何かあれば、アッシュは春歌を殺すと脅した。あの老人は自らの命が一番大事だから、下手を打つことはしないだろう。しかし、記憶のクローニングが行える以上、あれも自らのバックアップをとるのは必然だ。


「リアルタイムでの更新は難しいのです」


 自分が死んだ時の記憶さえ保存する為に、願具の車椅子を一瞬たりとも手放さず、そこに逐一記憶させている。春歌が教えた訳では無いが、それを感じ取れないアッシュでは無い。破壊されたら完全な復活は困難だ。


 老いた春歌はどうでも良い事にはとことん無頓着だったが、その逆では、意固地になって一つのことに執着する傾向があった。自分の歳さえ忘れて研究もどきに没頭した。


 自らの才能と研究の成果に自惚れつつも、それを何処かで否定してしまう自分がいた。フィリアや、エイリアスのクローンであるマーク・ヴァイスの不完全さが、それをより助長していた。


 記憶の継承は、最後の手段。自らの生きた証を手放すのを躊躇って、結局アッシュを怒らせるような選択肢は取れなかった。


「ふふふ。マナさんは、とんだ食わせ者ですね」

「食わせ? わたし食べ物じゃないよー」

「失礼。嗚呼、これでマーク・ジーべの開発も佳境を迎えられます! 神に感謝しなくては」


 神聖アルカドを裏切ってゼーバについた女の言葉ではなかった。

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