第十五話 再会 7/7 不快
「何しに来た」
「笑えるかとも思ったが、不快感しか湧かなかった」
「なら、帰れ。死ぬ前に見るのがお前の顔だと、死んでも死にきれない」
「ただでは殺さん。四肢を捥ぎ、眼を抉り、体を切り刻んで、貴様が許しを乞うまで延命をさせる」
「お前の命が先に尽きるな」
「減らず口を」
「マナたちに手を出すな。俺だけを殺せばいい」
「またそれか。貴様の本性は自分可愛さのナルシストだ。周囲に気を配る振りをして、御機嫌取りに奔走し、いつも評価に怯えている」
「目の前にいたな。鏡でも見たらどうだ」
「純白に憧れた頃はそうだろう」
「認めたな」
「人の上に立つ。その程度の煽りには動じない。今更皇族であった頃の教育が役に立っている」
「ゼーバを支配でもするつもりか。その為にテティスの心を利用するのか」
「そんな破廉恥な男では無い。テティスとは健全な付き合いをしている。彼女が受け入れてくれるのなら、彼女の全てに尽くしてみせる」
「敵国の皇子だった男が次期魔王の側にいるのをゼーバの国民が許容出来るのか」
「エイリアスの教えだ。力ある者が相応の評価を得て、実力で捩じ伏せる。戦って、戦い抜いて。こんな島を飛び出して、いつか大陸のモンスターも駆逐して、人類の全てをゼーバが支配する」
「やれるものかよ」
「貴様こそ、どうなんだ。ただの成り行きで巻き込まれ、アルカド如きにいい様に利用されて、こんなところで拘束された」
「望むところだ。貴様も、エイリアスも。俺が殺してみせる」
「戯言を」
「ただの成り行きだからこそ、僕みたいな目に会う人を増やしたく無いと思える。今の俺の力が役に立つかは分からない。諦めはしない。もがき足掻いて、その喉を食い千切る」
「出来るものか」
「戦いを拡げようとする悪意を根こそぎ打ち砕く。戦う事しか出来ずとも、戦う事が出来るなら。懸命に生きる温かさを、俺は守る」
「無駄だ。俺が殺す」
「足掻くと言った。僕だけだと思うな。ただ支配されるだけの人類じゃない。ニーブックを奪還できた時点でお前たちの負けだ」
「ならば、勝つまで戦う。ゼーバに負けは無い」
「敗北から学んでくれ。そもそもが間違いだったんだ。エイリアス如きの気紛れで、アルカドもゼーバも振り回されて」
「貴様と同じだ。きっかけは何であれ、一度点いた野望の火は」
「消しちまえ、そんなもの!」
「崇高なるゼーバの意思は!」
「勝手にやっていろ! 世界を巻き込むな!」
「ゼーバが世界を統一しなければ、人類はモンスターの駆逐を成せない!」
「無理矢理一つにされてたまるか! 何の為の願いの力だ!」
「貴様はヒトに期待し過ぎている! 自分が特別だと理解しろ! 皆がお前のようには戦えない! だから導く!」
「戦っている! みんな人生を戦ってんだよ! なんでそれが分からない! これ以上壊されるのは、僕とお前だけで十分だ!」
◆
テティスの心は不快感で一杯だった。愛した男と、父を殺した憎き男が、自分の前で二人だけの世界を見せびらかしている。立ち入ることが出来なかった。
「なあ。お前ら、実は仲良しじゃん」
カイナはボサボサ頭を掻きながら、二人に聞こえる様にハッキリと零した。
◆
「素晴らしいです! まさか、あのアッシュ・クロウカシスを捕えるだなんて!」
「そうだろう、そうだろう。余の手柄だぞ、褒め称えるがよい」
ゼーバへと帰港したペリカーゴは、沼田春歌の出迎えを受けた。最早自分で歩く事もままならない膨れた巨躯。願具の車椅子でえっちらおっちら駆け付けた。
「ケント……」
「落ち着いて、マナ。ほら、猫さんだよ」
手は拘束されていたので、アッシュは顔の動きを使ってマナの視線をカイナへ誘導した。
「わぁ。ねこさんだぁ」
「にゃーん。……やかましいわ!」
カイナの獅子耳がぴこぴこ動いた。マナは一瞬で虜になって、ボサボサ頭のあんちゃんを、しばらくの間キラキラした目で追った。
「ありがとう、カイナ」
「なにやらすんじゃい」
「ノリノリじゃないか」
「……可愛いな、あの娘」
「そうだろう? マナっていうんだ。仲良くしてくれ」
――自分が死んだ後も。流石にアッシュも、そこまでは言わなかった。
「く、クソッ! 離せ、離せ! 嫌だ、死にたくない、死にたくないーー!」
「五月蝿いなぁ。なんだよ、このオッサン」
「ハインリヒ・ウィナード、とか言うそうです」
「ダスク・ウィナードの眷属か?」
ハインリヒの正体を知られてしまえば、彼が沼田春歌に何をされるか分からない。
「アンティークも回収してくれたようで。更には、マナと言いましたね。実に興味深いですね」
ゼーバ本国なら、カノープス以上の検査が出来るのは明白だ。ホワイトノエル共々彼女が検査を受ければ、ハインリヒや、もしかしたら魔王との類似性にも気付かれて、ウィナードの正体も白日の元に晒されるだろう。
「僕は、いつ処刑されるんだ?」
「準備が出来次第、かな」
「そんな! 折角、融合分裂一号体アッシュ・クロウカシスを捕獲出来たというのに⁉︎」
「春歌ちゃんの気持ちも分かるけどね。何の為に殺さず連れてきたのかってことなんだよね」
「しかし、タイタン様!」
「……俺も。アッシュと再戦したい」
カイナが口を開いた。
「……何を言っている、お前」
「こいつにやられっぱなしじゃ、俺は先に進めねぇ!」
プライドの問題だ。メンタル案件は、願導人形のパイロットには死活問題だ。
「先に進めないなら、君だけ後退でもするのかい? 時の流れは無常だよ。過ぎ去ることしかしない」
「そうでしょうか。人の強欲は、いつか時間さえ支配するかもしれませんよ。そもそも時間は絶対的なものではなくて人類がエントロピーの増大を……」
「口を挟むな!」
めんどくさい茶々を入れたアッシュの手錠の鎖を、マーク・フィリアは思いっきり引っ張った。アッシュが散歩中の犬のように抵抗したせいで、フィリアはよろけて彼の胸板で抱き止められた。
「もっと鍛えないと」
「……うるさい!」
彼から飛び退く。恥ずかしくて情け無くて、フィリアは顔を赤くした。並んでみると、自分はアッシュよりも大分背がちっちゃかった。
「時間さえ支配? ユニーク!」
タイタンはケラケラと笑顔を見せた。目は笑っていなかった。
「しかし、ハイブリッド・クローンの戦力は今のゼーバには不可欠です。それを確かなものにする為には、アッシュ・クロウカシスの性能を調査したいという欲望は否定してはいけません」
鼻息が荒い。春歌は尚も懇願を続けた。テティスには、思うところがあった。
「博士。ランスルートの中の異物を排除出来る?」
「テティス?」
「そうです、可能性はあります! 灰庭くんを調査させていただけるのなら!」
これ幸いと、春歌はテティスに乗っかった。
「なら、私は博士に任せる」
「勝手に決めるなよ、姉上」
「お前こそ。私の権限で、ハイバケントを預かる」
物扱いをされているアッシュは良い気はしないが。期せずしてチャンスが転がり込んできた。
「駄目だ、テティス。こいつは生かしておいたらゼーバの為にならない。一刻も早く処刑すべきだ」
「ありがとう、ランスルート。自分の体の事よりゼーバの事を思ってくれる貴方こそ、魔王様に相応しいよ」
テティスは誇らしそうに手を握り、彼を見つめた。自分をダシにいちゃつかれては、アッシュもゲンナリした。
「おいおい。まるで余が魔王の器じゃないみたいな」
「私もお前も、自分の即位の事ばかり。ゼーバを思っていたのはランスルートだけだ」
「何言ってんだよ。ゼーバを思うから魔王になりたいんでしょうに」
しかし、タイタンもこれ以上の強行は出来なかった。
「……そりゃね。余も、勇者叔父さんに興味が無いわけじゃないからね。だったら、こっちはオッサンをもらうよ。いいよね」
「ヒッ⁉︎」
大男ハインリヒの手錠の鎖を、それ以上の大男ナヴィアが無理矢理引っ張る。音を立てて地面を滑り、擦り傷を作りながら連れて行かれた。
「やめさせろ! 命をなんだと」
「偏見だなぁ。まるで余が悪者扱いじゃん」
手を振りながら、タイタンも彼らを追った。部下のフィリアにアッシュの監視を任せたのは、せめてもの抵抗だ。
「……やれやれ。ありがとうございます、テティス様」
「言ったからには約束を果たせ。私も気は長く無い」
「善処いたします。さあ、マナさん。貴女も着いてくるんですよ」
慌ただしく行き交う、和風の装束に身を包んだ獣人たち。兎耳、犬尻尾、鱗の肌。ファンタジーの世界の光景は、幼い少女の好奇心を掻き立てる。
親元カノープスと離れ離れになったマナの、新しい冒険の日々。戦争なんてなければ、きっと微笑ましかった。
ひんやりとした鋼鉄の庭。オイルの匂いと轟音の支配する馴染みの空間。
カイナとフィリアに監視されながら、アッシュとマナは春歌の先導でゼーバの格納庫へ通された。
「灰庭くん。これに乗って、私に協力してもらいます」
薄暗い中、照明に煌めく、見覚えのある面影。
「……黄金のブレイン」
鈍痛が、仮面の中を揺らした。
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◆
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世界が始まる。
黄金の鳥が翼を広げ、周囲を粒子で満たしていく。
「彼女」を守りきれなかった。後悔だけが、アッシュの側に寄り添った。
「世界よ。生まれ変われ」
時計の針を巻き戻せたなら。次は、もっと上手く生きられるのに。