第十五話 再会 6/7 冒涜
「また、そうやって! 菫を冒涜するのか!」
マナの中の意思といい、このアートのパイロットといい。死んだ人間は、もう、戻りはしないのに。
「僕は、お前だ。アッシュ!」
「……なんだと」
「いや、僕が。僕こそが、灰庭健人! 消えろ、アッシュ! 偽物め‼︎」
健人と名乗った菫の姿の少女は、アッシュのセカンドへと駆け出した。刀が光る、剣に影が掛かる。無重力なら、四肢をもがれたセカンドでも――。
「ストップ。ダメダメ、殺しちゃ」
ゼーバの空中戦艦ペリカーゴから届く通信に映し出された黒髪の少年。アッシュには、またしても見覚えがあった。
「灰庭健人……⁉︎」
「はじめまして、アッシュ。余は、タイタン。蠍のシオンと魔王の血から生まれた、正統なるゼーバの後継者だよ」
魔王の血により変質し、蠍のシオンとなった健人。そこから排出された漆黒の願力を宿した幼子。成長した姿が、この「灰庭健人」の姿と声をした、タイタンであった。
「……タイタン様」
「うんうん。女の子は、素直が一番」
「僕は!」
「聞こえなかったのかな? 身の程を弁えろ。マーク・フィリア」
タイタンに〈マーク・フィリアと呼ばれた菫〉は、黙りこくって刀を納めた。
「結構。ほら、姉上。さっさとあのノエル? らしき機体を拘束して」
マナとランスルートの戦いは激しさを増していた。魔法陣が飛び交う、得体の知れないイレギュラーバトル。ゼーバもウィナードも、間に入ることは出来ないだろう。
「私に命令だと? 貴様こそ身の程を弁えろ、タイタン。今は私が第一王位継承者だ」
テティスは自分の不注意で生んでしまった、このポッと出の弟が気に入らない。
王位継承者といっても、ゼーバの唯一絶対王は、建国以来魔王ただ一人だけだった。普通に考えれば国王らしき事は何も出来るとは思えないが、その威光の前には人間の抱く普通という感性は無意味だ。国民全てが、魔王亡き今のゼーバに困惑する程に、その憤怒を刷り込まれていた。
しかしタイタンもまた、テティスに対抗する為に、彼女と同じくらいの歳になるまでコロニーの深部で数年間を過ごしたのだ。その覚悟は馬鹿に出来ない。
「どう思う、ナヴィア?」
「ハッ! 実力はタイタン様が遙かに上かと!」
「良くできました」
テティスたちの兄に、ケラドゥスという小物がいた。エイリアス(のクローン)に唆されて、魔王の楔を解き放った男だ。
そのケラドゥスの父にして母の大男、ナヴィア・ビアは、タイタンに傅いて首を垂れた。
「魔王様の御力を最も濃く継承したのは、この余だからね。ほら、急げよ。あ、ね、う、え」
タイタンは大男ナヴィアの顎を猫をあやす様に撫で回し、ナヴィアは満更でもなさそうに野太い撫で声を上げた。
タイタンの願力は、テティスに勝るレベル28。それでも、イツキと今のランスルートにも及ぶべくも無い。
「……不快な!」
テティスはランスルートに通信を入れると、二人の連携で、漆黒を纏ったマナのホワイトノエルの背後をとった。
「ゼーバの! テティスか!」
「なんだ小娘……! 高貴なる私の名を、貴様如きが軽々しく呼ぶな!」
「やめろ、テティス!」
アッシュの叫びも虚しく、テティスが放ったスタンワイヤーガンが、マナの意識を奪っていった。
どんなに力を持ったガンドールでも、パイロットが攻撃を受ければ無力化できた。ニーブックでの決戦で、アッシュがテティスに企てた、あの攻撃の意趣返しだ。
おそらくアッシュのような化け物には効かないのだろうが、マナの体はカノープスの検査では人と大して変わらない、ただのウィナードの少女であった。
「また、わたしは……! ごめんね、せんぱい……」
「マナ!」
少女から発せられた漆黒と純白は、しばし名残惜しそうにその場に滞留していたが、二色に遅れてマナから現れた灰色の願力と共に何処かへ消えていった。
「はい。良くできました」
「お前……!」
「動くなよ、アッシュ。いや、降りてもらおうか。君の相棒、ブレインからね」
マナが人質も同然なら、アッシュにはどうする事も出来ない。間も無く、魔王を殺した勇者の姿が、ゼーバの前に曝け出された。
「……まだ勝つ気でいたのか。呆れたな」
ランスルート・グレイスには、アッシュの考えが手に取るように分かっている。爛々と燃える瞳。消えることのない魂の輝きが見えた。
「さあさあ、諸君。では、我々のゼーバへと凱旋しようじゃないか。勇者御一行を手土産にね」
◆
空中戦艦ペリカーゴ。殺風景な灰色、コンクリの狭い部屋。
投獄されたアッシュは、健人を名乗った菫似の少女、マーク・フィリアに監視されていた。こんな事は、かつてもあった。シリウスに拾われて、友矢に再会して。
「マナは?」
「……勝手に喋るな」
「ハインリヒは?」
「黙れ」
「セカンドも収容してくれて助かる。あいつは『俺』の大切な相棒なんだ」
「煩いんだよ!」
「暇だろ。マーク・フィリア」
「僕は、灰庭健人だ!」
「彼」と自分を明確に区別したかったので、彼との会話では、アッシュは努めて「俺」を使用することにした。
マーク、というからには、マーク・キュリーと沼田春歌の実験により生まれたハイブリッド・クローンの可能性が高い。
「……お前の記憶の基になったのは、健人の巨人。若しくは、ラスティネイル起動実験で得た健人のデータか」
菫からは、ゼーバが蠍のシオンのデータを取る機会は無かっただろうと教えられていた。
小型イルミネーターの跋扈により、蠍のシオンの残骸を回収する暇も無かった筈。
だから、転生直後の泥の巨人に宿った灰庭健人の残滓か、灰庭健人の記憶データ。そのどちらか、若しくは両方から、このマーク・フィリアの記憶は造られたと仮定した。
「……両方だよ! だから、不純物の多いお前なんかより、僕こそが健人なんだ‼︎」
「言い分は分かった。だけど、なんで菫の姿に」
「あの、沼田メガネ!」
「春歌。悪趣味な奴」
「だけど、あいつは菫ちゃんを蘇らせると約束したんだ!」
「ニーブックの住民の記憶も保存済みだろうしな。お前がデータ取りに協力して、戦果を上げれば、って事か?」
疑問を口にしながらも、先んじて自ら正解に辿り着くアッシュに見透かされている様で、フィリアは凄く気分が悪い。奴よりも経験が足りない。見下されている……劣等感に、苛立たされる。
「……ジロジロみるな」
「ごめん」
見れば見るほど、彼女にそっくりだ。アッシュの勘違いで無いのなら、健人は菫を好いていたのだと思う。
「男って、すぐこれなんだから」
「え……?」
フィリアは自分の髪をくるくると指で弄りながら。照れているのだろうか。
「やあやあ。元気にしてる?」
「タイタン……だったか?」
健人そっくりな、魔王と蠍のシオンの息子。イツキの弟に当たるのか。そう考えると、アッシュは変に愛着も湧いた。
「君が魔王を殺すなんて。因縁って面白いね、叔父さん」
「おじさん……」
ユイの気持ちが少し分かった気がした。
「タイタン王子。お前は、ゼーバをなんとする」
「口の聞き方に気を付けろ。貴様如きを生かしているのは、民の前で処刑する為だ」
大男ナヴィアが立ち塞がった。ジュード以上の威圧感は、身体的なものよりも、彼の願力によるものだろうか。ケラドゥスが引き継ぐ筈の魔王の血の力の殆どを手にしたという。しかしそれでも、ランスルート以下の力にしか目覚めなかった。
「遅れて参戦した故の人気取りか。ニーブックの決戦にもいなかったのだから、お前たちには戦果も無い。テティスの方が見てくれも圧倒的に良いからな」
「この見た目、案外気に入ってるんだけどなぁ。ね、フィリアちゃん」
アッシュとタイタン。腹の中が読めない二人に、生まれたばかりのフィリアの心は漆黒を溜め込んだ。
「フィリアちゃんは、どっちの男がタイプ?」
「しらないよ!」
「あっそ。でもね、処刑の前に、こうやって話しておきたかったんだ。勇者叔父さんだからね」
「……今までで一番嫌だよ、その名前」
アッシュは妙な感覚だった。かつての自分と似た見た目と声。しかし性格はまるで違う。勿論、康平というわけでもない。それなのに、健人の記憶を持っていると自称するフィリアよりも、タイタンの方が幾分身近に感じられた。
「……グレイスから感じるものを、お前からは何も感じない。お前は、本当に俺なのか。マーク・フィリア」
「グレイス? ランスルートさんが、僕に何の関係があるっていうんだ⁉︎ 僕は健人だよ!」
言い方が不味かった。それは、全面的にアッシュに非がある。素直に謝った。
ランスルートの中にあるアッシュの願力。二人は、それで繋がれている。だから、アッシュは奴の接近に気付けたし、奴もアッシュの居場所を突き止めた。
願いの次元、イェツィラー。世界粒子が、因縁の弦を結んでいる。
「可愛いよね、フィリアちゃん。女性的でさ」
「菫ちゃんですからね!」
タイタンに彼女の見た目を褒められて、フィリアは一転得意気に胸を張った。
「いや、性格の事なんだけど」
「…………」
健人が転生したアッシュ。
健人の記憶をロードされたと主張するフィリア。
健人と瓜二つの息子タイタン。
可笑しな出会いは、所詮束の間の交流。
セラと菫と健人。見た目と声だけなら、彼らの再会とも言えた。それは、アッシュの内にしか遺らない、ただの淡い幻想でしかない。
周囲に咲くプリズム・フラワーから、瘴気のように漂う漆黒の願力。眼前に見える年代物の「和風」の古城。
紆余曲折を経て、アッシュとセカンドの旅は、魔国ゼーバへと流れ着いた。
「こうして顔を合わせるのは初めてだな、ハイバ」
鉄格子の檻の向こう。ランスルート・グレイスとアッシュ・クロウカシスは、生身での出会いを果たした。