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第三話 面影 2/7 違和感

 ニーブックに春の風が舞い込む、三月。


 それに似つかわしくない機械仕掛けの要塞は、既に平和だったあの頃を忘れたように、新たな日常を始めていた。


 どうやらアッシュは、数十日もの間、眠っていたらしい。久し振りに願導人形アートに乗ってみたが、自分の変化に戸惑った。純白であった願力の色が、魔族のような漆黒に変化していたのである。


「お揃いだね、アッシュ!」

 彼と同じ漆黒の願力を放つマジェリカは、獅子獣人機ノエルのコックピットから、通信で笑顔を見せる。


「なあ、あの日何があった? 健人と機体を交換して別れたまでは覚えてるんだけど」


 それ以降が、どうにも曖昧だった。「さあ? アンティークで無茶したせいだって、セラちゃんたちは言ってたよ」と、マジェリカは、やはり明るい声で教えてくれる。


 アンティーク・ラスティネイルは、ブレインと相打ちとなり、又も眠りについた。盛大に破壊してしまったのか、前回以上に復帰は長引きそうだったが、博士は「ようやくまともなデータが取れた」と喜んでいたらしい。


「帰ってから健人と菫ちゃんとも会ってない。あいつらの今の仕事って、そんなに難しいのか?」


「う〜ん……すぐには戻れないかな」


 エイリアスの残した純白アートは、今も健人が使用しているのだろうか。


「ニーブックの人間も、こんなに少なかったかな……」


 どこか寂しげな閑散とした街の風景。春の陽気に誘われて、鶯の特徴的な鳴き声が響き渡る。それが逆に、侘しさを助長した。


「武器は決めたか、アッシュ」

 新型の願導人形に乗るセラが急かした。


 彼の新型は、ニーブックの旧NUMATA社員たちと共同開発された量産試作型ブレイン〈ヒーロ〉という。


 ブレインの量産といっても、姿形はまるで違い、馬面の獣人機といった風体をしている。アンティークの化け物パワーも持っておらず、その汎用的な設計思想を、NUMATAの技術でブラッシュアップしたものだ。


 セラ用にカスタマイズされたヒーロは、黒紫のボディと頭の純白の一本角、そしてゼーバに不釣り合いの騎士鎧のような装甲が特徴だった。


「ホワイトホーン・ヒーロだ。いい名前だろ」

「かっこいー! いいなぁ、専用機!」

 はしゃぐ二人を他所に、アッシュも装備を決めた。

「マントにシールド……それと、ノコギリか」

「何故だろう、しっくりきたんだ」


 かつての惨劇で一度使った、NUMATAのノコギリ、〈ファングブレード〉。ノコギリなら「ソー」だろうが、そこは様々な古代語を嗜んでいたニーブックのNUMATAネーミングである。ぶっちゃけ響きで名付けたのだ。


「よし、では行くぞ。魔族部隊と共同で蟲退治だ」


 三機は格納庫から順繰りに出撃していく。セラの機体は、純白の願力を纏っていた。





「遅えぞ!」

 ニーブック近くのコロニー入り口で、待ちくたびれたジュードが怒鳴る。

「遅れてしまい申し訳ございません」

 予定時間よりは早いが、セラは御立腹の指揮官に謝った。


 アッシュが装備に悩んだせいで、せっかちなジュードに怒られてしまった。アッシュはセラに謝罪したが、セラは気にするなと通信越しに手を振った。

 ――中間管理職の悲哀だな。アッシュは誰とも言えないくたびれた背中を幻視した。


「うるさいなぁジュードは」

「なんだと⁉︎」

 マジェリカはジュードの顔を見るや、汚物を見るような目をして悪態を吐いた。


「よろしく、リカちゃん!」

 マジェリカをナンパするのは、ジュードの部下の軽薄そうな男魔族〈カイナ・カリバード〉。


「アッシュというのですね。身体はもういいのですか?」

 真面目そうな女魔族〈メアリアメリア・トト〉も挨拶してくれた。アッシュには、二人の記憶は無かった。


「チッ、行くぞ。なんで俺が子守なんか……」

「すみません、家族には言っておきます」


 セラが頭を下げる度に、マジェリカのジュードへの好感度は下がっていった。セラが謝るのはおまえのせいだろと、アッシュはマジェリカに言いたかったが、自分にも非があるので胸に留めた。


 戦闘は簡単なものだった。要はアッシュのリハビリである。だが同時に、魔族との連携をとっておこうと、セラがマーク博士にかけあい実現したものだった。


「カイナ・カリバード! ノエル、いっきまーす!」


 終始こんな調子で突っ込むものだから、お節介なアッシュは気が気じゃない。


「もっと周りを……向こう見ずにも程がある!」

「ほっときなよ、もう」

「アッシュは世話焼きさんですね。なんだか意外です」


 呆れるマジェリカに、穏やかなメアリ。意外? そうかな、そうかも。


「初めてお見かけした時は、もっと冷徹な、放任主義かと思いました。私の早とちりでしたね」


 ゼーバ特有の着物をきっちりと着こなし、狐のような獣耳と尻尾を持つメアリの穏やかな微笑みには、真面目で妖艶という言葉が似合っている。

 対してカイナは、半袖短パンな浴衣に、雄ライオンみたいなボサボサ頭と相まって、祭りの屋台にでもいそうな気のいいあんちゃんを彷彿とさせた。


「メアリさん。以前何処かでお会いましたか?」

「いえ。私が一方的にアッシュをお見かけしただけです」

 メアリのような見目麗しい魔族と面通しを済ませていれば、大抵の男は覚えているだろう。


「餓鬼ども、下がれ! 俺が、俺様が!」

「……アレよりはカイナの方が全然いいよ」


 蟲を両腕の結晶爪で屠りながら、しつこいくらいマジェリカはジュードを侮蔑する。


 マジェリカやカイナ、ジュードが乗る獅子獣人ノエルは、両腕と一体となった遠近両用のライト兵器が唯一の武装に見えるが、その一番のウリは機動力の高さにある。

 カイナの突撃は偶然にも、密集隊形を組むモンスターをばらけさせ、各個撃破へと導いてくれた。一方ジュードは高速で接近した後、格闘戦をやり始めたので、射撃で援護はし辛い状況にあった。


 彼と相対しているヤドカリに蛾のような翅を生やしたモンスターは、宿を捨ててジュードへ飛びかかった。


「なんだぁ? ヤドからハエとかバッタが出てきたぞ? どこがヤドカリだよ」


「そっちは、寄生された搾りカス。本体は宿の方です。『怠惰のフェグール』。取り憑かれないように」


「ぐえぇぇぇー」

「ジュード隊長ーー!」


 宿から伸びた繭の糸に取り憑かれたジュードは、敵味方の区別無く暴れ始めたが、すぐにセラに助けられた。放っておけば殺せたのに、とはマジェリカの談だが、そういうわけにもいかないので、厄介極まりない。


 アルカドでは「ヤドカリガ」と呼ばれている〈怠惰のフェグール〉。繁殖すらも怠けているのか、ハエトンボやダニバッタよりも生息数は少ない。メアリやカイナはもとより、戦闘狂のきらいがあるジュードさえも彼らとの交戦経験が無い。


 取り憑いたものを操る。見ようによっては、願導人形とパイロットの関係のようだ。


 モンスターにしては愛らしい見た目と仕草は、こちらの動揺を誘うものだろうか。「蚕蛾」と言えば分かってもらえるだろうか。


「……かわいい」


「メアリ?」

「あっ……ごめんなさい。失言でした」

 照れながら髪型を直す彼女の方こそ可愛いものだ。そこはかとなく色気を含んだ仕草を、アッシュは深く記憶領域に刻みつけた。


 モンスターとアンティークは、その「大罪」の力を振るう時「魔法陣」のような幾何学模様を宙に描く。プログラミングのコードと考えれば科学的にも再現は出来そうなものだが、比喩の域を出ない。現代のガンドールでは、使用不可能な力だ。


 蟲と古代願導人形の関連性についても、推測するに留まっている。健人や菫によるラスティネイルの調査は上手くいっているのか、アッシュに情報は降りてこない。


 普段は宿に隠れている怠惰のフェグールのコアは、寄生の瞬間にひょっこり顔を出す。セラのホワイトホーンは自らの身を晒してコアを炙り出し、大剣型ライフルから純白のライトを放出して、時にそれを的確に撃ち抜き、また、ジュードやカイナへとトドメを譲った。


 これが連携の為のテストでなければ、一人で蟲の群れも突破してみせるだろう。並のパイロットでないのは明らかだった。


「純白……俺以外にもいたのか? なら、なんで俺がスパイなんて」

「エイリアス様のことを捜したがったのはアッシュなのでは?」


 メアリに言われてみれば、確かにそうだった。エイリアスは、世界でただひとりの家族のはずだから、アッシュが自分から捜しに行くと言い出したとしてもおかしくない。しかしそれを考えたせいで、セラという純白がいたことの答えは聞けなかった。


「アッシュ!」

 戦場での考え事は、死を近づける。セラの射撃がアッシュを救った。一撃必殺、正確無比な超絶技巧。


「目の前に敵がいる。なら、やる事は一つ」


「はい。すみません……ありがとう」

 謝るアッシュへ、ホワイトホーンの手が応える。仮面の下の表情は伺えなかった。


「メアリ、援護を」

 セラの指示に頷いて、メアリは搭乗機〈オーグ〉の翼を大きく広げた。山羊のような頭部に黒い翼は、まるで悪魔ではないか。


「捕捉しました。参ります」


 オーグが背負った巨大な「棺桶」から、漆黒の光が拡散していく。


「あれは……?」

「願導合金の粒子だ」


 メアリは自身の願力を記憶させた願導合金の粒子を撒き散らし、結界のようなフィールドを形成。侵入した蟲たちの動きが鈍り出した。


 魔法……いや、和装のゼーバ人形なら呪力の方が適切か。自身の願いが記憶された粒子を放出し、対象に纏わり付かせる事で「無理矢理複座のような状態」にして、願力の伝達を阻害する。一種のデバフ、ジャミング、ECMのようなものと捉えてくれていい。


「おら、いけー!」

 動きの鈍い蟲ならば、直線番長のカイナとジュードも頼もしい戦力となり得た。弱点といえば、結界の維持の為にメアリが動けないことだったが、アッシュが護衛につけば問題は無かった。


「ありがとうございます、アッシュ」

「これくらいは」


 二人は相性がいいようで、マジェリカはなんだか気に入らなかったのか、カイナのデートのお誘いも、ズバッと断っていた。


「こんなものか。どうだ、アッシュ。勘は戻りそうか?」


「……なんとも。願力の色が変わってもやることは変わらないし。ただ、なんだか機体が軽く感じます」


「願力がレベルアップしたんだよ、アッシュ。19だってさ!」


 機体とのリンクがしやすくなったと考えれば、そういうものだろう。結局、分からないことはわかりようもなかったし、アッシュの抱く違和感は拭えなかった。


「……どうした」

「いえ……」


 空気が震え、音を連れてくる。灰色の空を泳ぐ、無数の脚。ムカデのような巨体が、長い躰をくねらせて我がもの顔で流れていく。


「あれ……何処かで」


「ムカデクワガタ、傲慢のルシアフだ。手を出すなよ。放っておけば襲っては来ない。奴より高く飛べば、重力波で叩き落とされるぞ」


「チッ、偉そうに。あんな蟲がいなけりゃ、人間共の支配だってもっと進むのによ」


 セラとジュードの口ぶりからして、モンスターの中でも上位種と言ったところか。アレの存在のおかげか、ゼーバは上空から人間の街を攻める機会をなくしていた。


 ニーブックは海と山に囲まれた街だ。空には〈ムカデクワガタ〉、海は〈憤怒のサモン〉こと〈グソクカブトムシ〉が住処としている。どちらもゼーバにとっては対峙したくない相手という認識で、それはアルカドにとっても変わらないらしい。


 友人たちの祖国は無事。アッシュは安堵した。これがゼーバにとっては褒められる感情でないことは理解していた。


「帰ろう、アッシュ。ほら、お姉ちゃんの後に着いてきなさい!」

「……うん」


 ニーブックへ、帰る。


 姉を自称するマジェリカの先導を受けながら、アッシュは願導人形の群れを見渡す。頼れる長男セラ、危なっかしい長女マジェリカ。記憶の無い少年は家族というものに憧れ、錯覚した。


「エイリアスの顔って、どんなのだったっけ」


 頭が、酷く痛んだ。

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