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寄稿作品

惚気話待ってます。

作者: 采火

 とあるメーカーの営業部門に、新卒で入社して一週間。

 就業時間を過ぎた私はがっくしとデスクに伏せった。先輩にも上司にも迷惑かけっぱなしで申し訳なさすぎる〜!

 デスクでしょんもりしていると、水原主任が肩を叩いてくれた。


「一週間お疲れ様。よく頑張った」

「主任〜!」


 ワンレンショートカットの黒髪に、紺色のパンツスーツ。このデキるスタイルなお姉さんこそ、私の教育係の水原主任。

 私は回転椅子をくるっとまわして、ぐずぐずと水原主任に泣きついた。主任はよしよしと私の頭を撫でてくれる。すごい女神。


「働くって大変なんですね……っ」

「そうだぞぅ。そんな人生の厳しさを知ったご褒美に、私とご飯に行かないかい? 奢ってあげるよ」

「えっ、水原主任ってば神ですか!? 奢ってくれるんですか!?」

「この一週間、よく頑張ったからね。ミスする前に確認できるのはキミの良いところだよ。そんな後輩に来週からも頑張ってもらえるように激励をこめてさ」

「主任大好き!」


 ウインクする主任はほんとかっこいい。お茶目でかっこよくて、入社三年目で主任になったというデキるキャリアウーマン。すごい。かっこいい。餌付けされちゃう。こんな良い先輩に恵まれたんだもの。来週も頑張りたい。


 落ち込み気味だった気分は急上昇。私はちゃっちゃかとデスク周りを片付け始めた。

 水原主任もデスクの上に置いていたマグカップを持って事務所を出ていった。給湯室へ片付けに行ったのかな。コーヒーを飲みながらパソコンをバチバチ叩く水原主任、すごくかっこいいんだよね。


 ご飯ご飯〜。うきうきしながら私物を鞄にまとめていると、再び肩を叩かれる。水原主任かなって思って振り返ったら、まさかの檜山課長だった。


「ふぇぁっ!? 課長!? えっ、私なにかミスしてましたか!」

「あぁ、いや。驚かせてごめんね。仕事のミスはないけど、ちょっと頼み事があって」


 顔良し、仕事良し、人柄良しな、営業部の超エリートイケメンな檜山課長が私に頼み事!?

 ひえっとしてれば、檜山課長は片目を瞑って、ごめんというように手のひらを真っ直ぐに立てた。


「今日、記念日なんだ。僕が水原を誘いたいから、さ」


 えっ、うそぉ……!

 私はぴんときた。私のレーダーがびびっと良い感じに受信した。

 水原主任と檜山課長はそう言う関係……!?

 来週のお昼を奢ってくれると言うので、ここは檜山課長に機会を譲ることにした。入社一週間目の私は、二人の関係の障害にはなりませんとも!

 話がまとまった時、ちょうど水原主任が戻ってきて。


「お待たせ……って、あれ? 檜山くん、まだ帰ってなかったの」

「水原を待ってたんだよ」

「えぇ? でも私、今日は新人ちゃんと」

「すみません水原主任! 私今日の金曜ロードリアタイで見たくて! 折角のお誘いですけどまたの機会にー!」

「うぇっ!? あっ、ちょっ」


 お先に失礼しまーすっと元気よく退勤する。

 でも、ちょっとだけ、ちょっとだけ水原主任と檜山課長の関係が気になっちゃったので、会社を出たところの路地で待ち伏せしてたら。


「わぁ……!」


 会社から出てきた二人がそろっとどちらからともなく手を繋いで歩き出したよ……っ! しかも恋人繋ぎ! 暗くてよく見えないけど、水原主任がちょっと照れたようにそっぽ向いてる。檜山課長がそんな主任の肩を抱き寄せて、後ろから来た自転車から守って上げて……! わぁ、わぁわぁ……!


 記念日って言ってましたよね、檜山課長。

 土日はお休みですし、ゆっくりいちゃいちゃしてください! 水原主任、月曜日に惚気話を待っています!



  ◇   ◇   ◇



「で? 可愛い後輩との食事デートを強制キャンセルした檜山君はどういうつもりなのかな?」


 新卒入社の子が入ってきて一週間。

 私の下につくことになった彼女はとても人懐こい子で、教えがいのある子だ。

 祝、一週間記念をお祝いしようと食事に誘ったのに、上司のパワハラまがいの言動で食事はキャンセル。

 まばらにいた同僚たちも帰り支度を初めているなか、じっとりと元凶になった男を睨めつければ、彼は呆れたように首をすくめた。


「水原、今日が記念日って忘れてるだろ」

「記念日って?」

「これの」


 檜山君の手が私の顔へと伸びてくる。

 何をするつもりだ、と真っ直ぐに檜山君を見上げていれば、その親指が私の下唇をふにっとなぞる。


「……馬鹿みたい」

「水原のファーストキスをもらったんだ。今日は特別だろ?」

「ここ、職場なんですけど」

「就業時間は過ぎたし、モテる水原を守るための牽制」


 女子にモテまくっている奴がなんか言っている。

 エリート街道まっしぐら、人生勝ち組な男の余裕のないパフォーマンス。


 仕方ない。

 待てのできない子にはちゃんとしつけが必要だ。


 私は檜山君のネクタイを掴むと、ぐんっと彼の顔を自分へ寄せる。


「記念日だって言うのなら、ちゃんと美味しいものを食べさせてくれる?」

「ああ! もちろんだとも」


 破顔した檜山君はそう言って、私の鞄を手に取った。


「ちょっと、私の鞄」

「水原は俺の手を持って」


 そう言って差し出される右手。

 まだ職場だからって言って断る、けど。


 営業所の建物を出る。

 いつも持っている鞄がなくて、なんだか身体の収まりが悪い。


 仕方ないから、さ。


 そっと手を伸ばす。

 ほんの少しだけ近づいた手に、檜山君は気がついて。


 絡め取られた指は、とても熱かった。






【惚気話待ってます。 完】

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