7月26日:決心
いつもの窓に腰をかけ、いつもクロが座っている場所を見つめた。
今日は、特別な話をするんだ。僕はそう決めていた。
いつの間にか、クロと話す朝の時間が、僕の一番大切な時間となっていた。
窓の前を横切るスズメたちなんて、もうどうでもよかった。スズメをながめるより、すぐにでもクロと話したい。この数日の間に、僕とクロは友だちになった。クロが僕を友と認めてくれた。もっとクロを知りたいし、もっと心も時間も分かち合いたい。
だからこその決意なのに、傷つけてしまったらどうしよう、裏切ることになってしまったらどうしようと、ぐらぐらと揺れている。
でも……、いや、でも……、と、自分と自分で答えの出ない問答を繰り返している。
ガサガサと葉っぱのすり合う音がして、クロが茂みから顔を出した。
「クロ、……おはよう。」
「おっ。」
クロは少し驚いたように短い返事をしただけだった。そして、茂みから顔だけ出した状態で立ち止まり、金色の瞳で僕をまっすぐ見つめた。
無言でしばらくそうしたあと、いつも通り窓の下までやって来て腰をおろした。
「何か言いたいことでもあるのか。」
思った通り、僕の心は見抜かれていた。
「うん、そうなんだけど……。」
「どうした。何かあったのか。」
僕を心配するクロの声は、とても優しかった。
ほんの三日前は、煮え切らないヤツって言われたのにな……。
僕は、ふっと小さく笑って、ためらいを捨てた。
「あのね、クロ。」
僕は、クロの目をじっと見て話し始めた。
「僕、やっぱり気になるし、諦められない。僕にとってクロはとても大切な存在だし、クロが傷ついているなら、なんとか癒したい、せめて分かち合いたいって思うんだ。だから、改めて君にたずねるよ。」
クロの金色の目が、動揺の色を見せた。
「どうして、そんなに人間が憎いの? 僕はどうしても、その理由が知りたい。」
僕はまっすぐな気持ちで、クロにはっきりと言った。
クロの目は、動揺から悲しみへと変わった。
「……どうしても、知りたいのか?」
僕は、クロの問いかけには答えず、ただクロをまっすぐに見つめていた。
「そうか、わかった。」
短い返事のあと、クロはゆっくり立ち上がり、肩を落として帰って行った。
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「覚悟の上だった。」
私は、あのときの気持ちを思い出し、二人に語った。
「クロの話を聞けば、おそらく私は、胸を痛めるだろう。クロの話を嘘だと疑いたくなるだろう。それでも、クロの話を聞きたかったんだ。理解し、分かち合いたかった。」
ふたりは、私をじっと見つめていた。
「健太さんは、人間を信じ、愛しているんですね。」
「オレには分からん。人間はオレたちのことを、『邪魔だ、気持ち悪い、縁起が悪い、汚らわしい』とか言って追い払う。オレたちだって必死で生きてるんだ。それなのに、畑を荒らすとか言って、オレたちに石を投げるヤツまでいる。オレたちが人間の世界を荒らしたんじゃない。人間が、オレたちの世界に勝手に入って荒らしているんじゃないか。」
鴉が吐き捨てるように言った。
鳶は、何も言わずに鴉をまっすぐ見ている。その表情からは、彼の思いをくみ取ることはできなかった。だが、鳶の鴉を見つめる瞳は揺れていた。
「まさに、」
私は、うつむいて足元を見た。
「鴉くん。クロの心も、今の君のように傷ついていたんだよ。私は、それまでまったく知らなかった人間の世界を、たくさん知ることになったんだ。」
私は、遠くに見える海を眺めながら、ふたりに続きを語った。