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思い出の日記  作者: 福子
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7月23日:憎しみの理由


 僕は、いつものようにクロを待ちながら、昨日のことを考えていた。


「クロの言うとおり、人間は最低な生き物のかな。」


 昨日、クロが話してくれた保健所のことは、とてもショックだった。同時に怒りも覚えた。だけど……、


「うーん……。」


 クロから感じたのは、激しい憎しみだった。怒りと憎しみは、似ているようで大きく違う。

 人間に対する感情が憎しみへと変わったしまったのには、何か理由があるはずだ。


 僕はどうしても、クロのようには思えなかった。もちろん、中にはヒドイ人もいるだろうけれど、全員がそうだとは思えない。僕の家族がちょっと変なのだとしても、やっぱり、人間全てを否定する気持ちにはなれない。それはもしかすると、僕には信じる家族があるからではないだろうか。


「おい。」


 クロの声が聞こえ、驚いて目を開けると、窓の下にクロがいた。


「あっ、クロ。おはよう。」


 僕が挨拶をすると、クロはちょっと目を大きく見開いて、そしてあきれたように軽く笑った。


「のんきな奴だ。」


 僕とクロの間に小さな友情が芽生え始めていると、僕は勝手に思っている。生まれて初めての友だち、それも猫の友だちだ。大切にしたい。


「ねえ、クロ。」


「どうした?」


 自分から声をかけたのに、思うように言葉が出ない。これを聞いてしまうことで、せっかくの友情の芽を壊してしまうのではないかという不安がよぎる。


「煮え切らない奴だな。言いたいことがあるなら、さっさと言え。」


 クロは、少しいら立っているように見えた。……当然だ。


 クロが僕を友だちと思ってくれているなら、きっとクロは僕を嫌いになったりしない。

 それに僕は、知りたいんだ。


 心の中でクロに聞こえないようにつぶやくと、小さくうなずいた。


「ねえ、クロ。どうして人間を憎んでいるの?」


 クロは、眠たそうに細めた目をバッと大きく見開いた。そして、僕からそっと目をそらし、独り言のようにポツリとつぶやいた。


「……特に理由はない。俺は野良だから人間が嫌いなだけだ。」


「嫌い?」


 そんなの、納得できない。


「僕には、ただの人間嫌いには見えなかったよ。何かこう……、心の底から湧きあがるような、黒い塊のように思えた。」


「人間を信じるお前には、関係のない話だ。」


 クロは、動揺を隠すことができず勢いよく立ち上がると、僕に背を向け、早足で歩き出した。


「クロ、関係ないなんて言わないで! 君は僕の友だちだ! 生まれて初めての、大切な友だちなんだ!」


 僕は、力の限り叫んだ。

 他の動物たちにも聞こえたかもしれないけれど、そんなことはどうでもよかった。


 クロは、僕に背を向けたまま立ち止まった。


「そんなに大声で言わなくても、ちゃんと分かっているさ。」


 どこか寂しげで、悲しげな声だった。


「お前は人間を信じているから。世の中にはな、知らないほうがいいこともあるんだよ。」


 そしてクロは、朝靄の中に消えて行った。



*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*



「ふうん……。」


 近くの電線で翼を休めている私の友は、何やら考えているようだった。


「クロさんも、アンタのことを大切な友だと思ってたんだろうな。」


 私は、彼の言葉を聞いてにっこり笑った。


「私もそう思ったよ。私を傷つけたくないという思いが、クロにはあったのだろう。」


「素直になれない黒猫の、ささやかな愛情表現だったのかもな。」


 彼と私は、顔を見合わせて笑った。


「だが私は、クロの繊細な心を全く理解していなかったんだ。知らず知らずのうちに、彼の気持ちを踏みにじっていたんだよ。さて、次の日のことだが――、」


「ねえ、何だか楽しそうな話をしているね。ボクも仲間に入れてよお。」


 物語を続けようと呼吸を整えたとき、上空から覚えのある優しい声が聞こえた。

 見上げると、少し大きな茶色の鳥がくるくる円を描きながら飛んでいた。


「お前、何しに来たんだよ。」


 黒い翼の友は、上空の『お客さん』に向かって声を投げた。


 すると、上空を舞っていた茶色の翼を持つ鳥が、ふんわりと黒い翼の友の隣に止まった。その仕草が実に優雅で、私は思わず見入ってしまった。


「何だか、楽しそうな話をしてるみたいだから、ボクも聞きたいと思ったの。駄目かな。」


 茶色の青年は、肉食動物特有の鋭い目や(くちばし)を持っているが、性格はいたって温厚。彼は、私の黒い翼の友同様、最近知り合った大切な友なのだ。


「あのな。今、ものすごく真剣な話をしているところなの。何でこんな大事なときに、(とんび)のお前が来るんだよ。」


 黒い友は、どうやらおかんむりなご様子だ。しかし、茶色の友はとても愉快なご様子で、にこにこ笑いながら言った。


「同じ食べ物を取り合う仲じゃないの。ボクだって、健太さんの話を聞きたいもん。(からす)くん、ボクも仲間に入れてよ。」


「カラスとトンビは仲が悪いものなの。お前と仲良くする気は全くないね。」


 鴉は、フンッとそっぽを向いた。


「いいじゃない。ボクだって鴉くんと食べ物を取り合ってたら、山の仲間たちに『カラスと友だちだ』とか言われてさ、仲間はずれなんだ。この際だからさ、ちゃんと友だちになろうよぉ。」


「この際って、どの際だ!」


 私は、とうとう笑いをこらえることができなくなった。おかしくておかしくて、気が変になるのではないかと思うくらい、大笑いした。


 そんな私を見ていた鴉と鳶も、つられて笑った。


 ひとしきり笑った後、鴉がすがすがしい顔で鳶に言った。


「まあ、いいか。おい鳶。今までの話をお前にしてやるから、しっかり頭に入れておけよ。」


 鳶は嬉しそうに目をキラキラ輝かせて、鴉の話を聞いていた。


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