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5.もふもふ侍とモフモフ

 しかしつむぎも引かない。


「さっきトークショー出なかったじゃないですか。ネットとかでもみんな心配してますよ。具合が悪いんじゃないかって。それでなんか三角座りしてたら、放ってはおけませんよ」

「……」


 正治は返事をしなかった。


 言い返せないのだろうな。つむぎの言ってることは間違いないというか、完全な善意によるものだから無碍にはできない。そのあたり、この男は人のいい性格をしてるのだろう。

 もちろん、つむぎの言い分も完璧ではないけれど。心配しているなら、自分で声をかける以外にもやり方がある。周りの大人に頼るとか。ここは観光地で、そこで働くスタッフもそこかしこにいる。そっちに対応を投げた方がいい。


 けど、正治はそれを指摘しない。


 ああ。この構図は見たことがあるぞ。アメリカから来た女の子の思い出だ。

 エリーは子供である僕たちに助けられることは受け入れても、大人に連絡がいくことに不安を見せた。大人に捕まったら面倒なことになる。あるいは、逃げられなくなる。

 この男はつまり、逃げたんだ。何からかは知らない。そして子供に見つかって構われてる今の状態ならまだ、子供を追い払えば逃げ続けることができると考えている。


 つむぎはそれを許さないのだけど。


「元気がないんですね。そういう時はモフモフすればいいですよ。ほら、これをモフモフしてください!」

「ひえっ!?」


 初めて、正治は大きな反応を見せた。


 モフモフという言葉に反応したようで、その場で飛び跳ねて顔を上げ、地面に両手をついた状態でつむぎの姿を仰ぎ見た。

 まるで、モフモフに怯えるかのような動きだ。


 彼はつむぎの言ったモフモフが、彼女が抱きしめているぬいぐるみだと認識すると、安堵したようなため息をついた。


「なんだ、ぬいぐるみか……ありがとうな。でも大丈夫だから」

「ぬいぐるみをモフモフすると元気になれますよ。でもぬいぐるみだと足りないのでしょうか? ラフィオ、こっち来て」

「なんだい?」


 つむぎが手招きしてる。いい加減、彼女にこの場を任せるのも問題だと思い始めてきたから、介入すべく近づいた。

 正直に言えば油断してた。


「こちょこちょー」

「うひゃっ! やめっ! うわっ!?」


 つむぎは僕の首筋をくすぐり、不意打ちを受けた僕は思わず妖精の姿になってしまう。

 それを空中でキャッチするつむぎ。


「はい! どうぞ! やっぱり生きてるモフモフの方が元気になれますよね!」

「おいこら。やめろ。人前でこんなことするな」

「でも、ラフィオのことはみんな知ってるし。もう隠すことじゃないし」

「だからって! 部外者に気軽に見せていいものではないからな! ほら、この人だって困って……困って?」


 なんか、正治が静かだなあ。そちらに目を向けると。


 彼は白目を向いて気絶していた。




 これはただならぬ事態だと察した僕は、すぐにアユムに連絡。ちょうどトークショーも終わった頃らしく、すぐに来てくれた。


 本当は今度こそ大人に対処を任せるべきなんだろうけれど、僕はそうしなかった。アユムと協力して、人目につかない場所へと正治を運んでいった。何かの建物の裏手だ。


「へえー。こいつがもふもふ侍か。確かに同じ顔だな」


 アユムがスマホで調べた結果と、目の前で倒れてる男の顔を見比べる。僕もそれを覗き込んだ。


 長坂正治。二十五歳。期待の若手俳優。去年、なにかのCMで話題になって仕事が増えてきたそうな。そしてもふもふ侍役に抜擢された。


 イケメン俳優として人気を得ながら、演技力も一定以上の水準を持つ。時代劇は今回初挑戦だけど、世間からは好意的な反応が寄せられている。

 人気ある俳優は何を演じても高評価になるんだよな。


 彼の人気があるのはわかる。イケメンだし、身長も高めだし。スマート体型だし。

 今は気絶してしまってるけど。あと、仕事を放り投げて体育座りしてたけど。なんというか、イケメン俳優にあるまじき行為だ。


 カメラの前では好人物を演じている人でも、実際の性格が悪いみたいなのは容易に想像できること。彼の場合はわからないけどね。


「アユムさんって、こういうイケメンも好きなんですか?」

「いや、別に」

「そうですかー」


 アユムとしては、おもてなし武将隊の面々の方がもふもふ侍よりも好きらしい。そこの判断基準はわからない。


「うぅ……」

「あ、目が覚めそう」


 正治がゆっくりと目を開けた。今の状況に混乱しているようでもあった。


「ごめんなさい、長坂正治さん。まさか気絶するほどモフモフが好きだったなんて思わなくて」


 つむぎが申し訳なさそうな顔で謝るけど、なにか根本的に誤解しているようだった。

 モフモフが好きなら悲鳴を上げたりしない。


「つむぎ。ここは僕が」


 と、彼女に代わって前に出る。今は少年の姿になっている僕に、正治は怪訝な顔を向けていた。しかし気絶する前に見た光景を思い出したのか、引きつった表情に変わった。


「正治さん。あなたがさっき見たのは、見間違いじゃない。はじめまして。僕はラフィオ。この街で戦っていた魔法少女の妖精のことは、あなたも知っているよね? 僕がそれだ。モフモフの妖精に変身できるんだけど……信じていないかい? 目の前で変身してみようか?」

「い、いや。いい。大丈夫だ。信じるから。変身しなくていいから」

「えー。モフモフですっごく気持ちいいのに? 正治さんもぜひむぐっ!?」


 なんとなく事情を察したアユムが、余計なことを言うつむぎの口を塞いだ。


 そういうことなんだろう。この人は。


「もしかして、モフモフが苦手なのかい?」


 彼はゆっくりと頷いた。

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