3.公開撮影
晴天に恵まれ、絶好のお出かけ日和だ。天守閣が青空によく映えている。
模布城。かの織田信長が産まれた城にあやかって、徳川家康が建てたお城。江戸時代を通して、徳川御三家のひとつ尾張徳川家の居城であり続けたとされる重要なお城。
今でも模布市のシンボルであり、観光資源になっている。おもてなし武将隊の活動拠点でもある。
「改めて見るとでかい城だよな。しかも格好いい」
「そうだね。日本のお城って美しいよね」
「撮影場所はあっちだってー」
つむぎはもふもふ侍への興味しかなくて、ラフィオの手を引いてそっちへと向かっていく。
撮影場所はしっかりロープで区切られていて、部外者が入らないよう対策がされていた。警備員もいて、しっかりしている。これならトラブルが起こることはないだろうな。
既に人だかりができていた。
「むー。見えない。ラフィオ、前に行こ!」
「あ! おい!」
止めようとするアユムの言うことなんか聞かず、つむぎは小さな体を群衆の中に潜り込ませていく。仕方がないな。ラフィオも小さな妖精となって、人々の足元のすり抜けながら追いかけた。
なんとか先頭、ロープ際まで到達したつむぎの肩に乗っかる。
「勝手に行っちゃ駄目だよ。危ないから」
「えへへー。ごめんなさい」
つむぎは悪びれる様子もなく、ラフィオの体を抱きしめた。まあいいんだけどね。
ややあって撮影が始まった。
桜並木を前に、不破狩ノ助役の俳優がゆったりと歩いている。有名な若手俳優らしいけど、ラフィオはよく知らない。時代劇の格好とヘアスタイルでは普段との印象はかなり変わるだろうし。
そんな狩ノ助の姿をカメラが撮っている。彼と桜とバックの模布城は映りつつ、周りの見物人は映らないとかの絶妙なカメラワークが駆使されているのだろう。
さて、狩ノ助は侍という格好をしているが、ひとつだけ奇妙なところがある。
ファー付きの羽織りを身にまとっていた。
「あれがもふもふ侍のトレードマークなんだよ。もふもふ侍が故郷を追われることになった事件で、恋人も死んじゃうんだけど、その形見の毛皮を大事に身に着けているんだ」
「へえー」
形見の毛皮か。まあ、そういう物もあるだろうな。珍しい気はするけれど。
「悪者と本気で切り合う時は、返り血で汚さないように、あれを脱ぐんだよ」
「トレードマークなのに脱ぐのかい?」
「もふもふ侍が本気で戦うっていうのがわかるシーンで、毎回の見どころなんだよ」
「なるほど……」
今から見せ場が来ると、観客にわかりやすく伝える方法なんだろうな。
撮影では、ゆっくりと歩いている狩ノ助の前に、ガラの悪そうな男たちが立ちふさがるシーンへと移っていた。
わかりやすい悪役だ。この前の恨みがどうとか言いながら、狩ノ助に切りかかっていた。
まだ本気を出すシーンではないのか、彼はファーを脱ぐことなく剣を抜き、悪者たちを斬り捨ててしまった。平然と殺人が起こる世界というのも怖いけれど、これも映画の見どころのひとつなんだろう。
江戸時代っていうのは、今よりも治安が悪い世界だったらしいし。そういうものなんだろうな。
そして狩ノ助が格好いいセリフを口にして、そのシーンの撮影はおしまい。監督がカットと声を入れる。
公開ロケといっても、それくらいで終わり。この後は主演俳優のトークショーが行われるらしい。しかも模布城おもてなし武将隊の織田信長さんとの対談形式だ。
戦国武将と江戸時代の浪人だと、あんまり接点なさそうな感じはするけど、まあざっくりと武士っていう括りなら同じなのかな。うん、ファンが喜ぶ組み合わせなら、それでいいと思う。
ロケのセッティングが撤収されていき、集まっていた人たちも散り散りになっていく。狩ノ助の役者もロケバスへと戻っていった。
そういえば逸れたアユムはどうしたんだろう。スマホにも連絡が来てないし。
「あ、いた。あそこ」
「うん?」
つむぎが、少年の姿に戻ったラフィオの肩を叩く。
そこには。
「お仕事頑張ってください! SNSとかフォローするので!」
足軽姿のイケメンに前のめりで話しかけていた。
「アユムさんってああいうのがタイプなのかな?」
「どうだろう。悠馬みたいなのが好きだったんだろう?」
「でも悠馬さんも、小さい頃好きだった思い出を引きずってただけって考え方もできるし」
「確かに。というか、あの足軽はなんだろう」
「おもてなし武将隊のメンバーのひとりだって。武将以外にも足軽さんもいるんだって」
「へえー」
織田信長みたいなのだけじゃないんだな。サブメンバーみたいなのもいるし、そこにもイケメンが配置されていている。そしてファンの中にはマイナーな彼らを推す者もいるのだろう。
ちょうど今のアユムみたいに。
他のファンとの交流に移った足軽に、なおもアユムは目を向けていた。
幸せな気分に浸っている彼女に声をかかるべきか少し悩んだけど。
「アユムさんはああいうタイプが好きなんですね!」
つむぎは遠慮なく声をかけた。
「おわあっ!? びっくりした……べ、別にいいだろ。この街のみんなから愛されるイケメンだ。格好いいって思うのは普通だよ」
「そうですね! 推し活頑張ってください!」
「わからない言葉が出てきたな……都会、オレにはまだわからない」
そんな話をしながら、みんなでトークショーの会場へと移動していく。特設ステージが作られていた。既に多くの人が集まっている。