22.カピバラの鳴き声
そんなことして何になるのかはわからない。あの魔法陣がフワリーの意図した通りのものだったかも定かではないし。
けど案外、フワリーも大きな動物を求めていたのかも。フワフワみたいな名前を芸名として使ってたし。モフリストだったりするのかな。
とにかく、牧場に巨大カピバラが出現した。体の高さが三メートルとかある。横の長さはもっとあるから、見上げれば怪獣みたいな大きさにさえ思えた。
周囲は騒然となった。映画撮影のスタッフは逃げ出したりカメラを回したりと忙しい。牧場関係者は動物たちの保護に走った。
そして澁谷とそのカメラクルーは。
「魔法少女さん! フィアイーターではないですけれど、対処できますでしょうか!?」
ジャーナリズム精神を発揮して僕に呼びかけつつカメラを向けている。
ああそうとも。僕たちが対処するべき問題だ。
「ラフィオどうしよう! とりあえずキングカピバラさんをモフり倒せばいいかな!?」
「やめろ面倒なことになる。一番いいのは、弓で射抜いて殺すことだけど」
フィアイーターじゃないんだから、傷を与え続ければ死ぬ。もちろん、そんな手段は取りたくないけど。
「絶対に駄目!」
ハンターもそう言ってるしね。
「そうだね。これは最後の手段だ。カピバラは魔法で大きくなっている。つまり魔法がない場所に連れていけば、魔力切れで元に戻るはずだ」
幸い、ここは模布市の外。魔力が流れている地域の境目。この境界を超えさせればいいだけ。
「そっか! どこに行かせればいいの!?」
「模布市の反対側。山の方だ!」
僕はカピバラの方へと駆けていく。カピバラは突然自分の体が大きくなったことに戸惑っているようだ。こちらに気づかせて追いかけさせることで、境界まで誘導しよう。
「おーい! カピバラさん! こっちだよー!」
ハンターも僕の上で手を振って気を引いている。
「こっちにおいでー! モフモフしてあげるから!」
ただし、そのやり方はあまり適切とは言えなかった。
カピバラは、自分よりも小さなハンターを見て、しかしモフリストとしての恐るべき闘志に恐怖した。
体格差など問題ではない。真に考慮するべきは精神性だ。
そしてハンターのモフリストとしての内面に、モフモフである自分は勝てない。野生の勘でそれを察したカピバラは。
「ヴァァァァァァ!」
そんな鳴き声と共に僕たちへ背を向けて走った。へえ。カピバラの鳴き声、初めて知った。
じゃなくて。
「どうしようラフィオ! こっちに来てくれない!」
「お前のモフりたい欲を警戒したんだ!」
「そんな! わたしモフりたいとか思ってないよ! あのカピバラさんを抱きしめて! ぎゅってしたりナデナデしたいって思っただけ!」
「それが駄目なんだよ!」
カピバラがハンターを恐れるなら、取るべき手段はひとつだ。進路方向にハンターを存在させて逃げさせて山の方に誘導するだけだ。
「ハンター! もっとモフモフしたい欲を全面に出せ!」
「うん! カピバラさん! モフモフさせて!」
「ヴァッ!?」
カピバラの前に回ってハンターの姿を見せる。カピバラは身をのけぞらせて進路変更。
「下手な方向に行かないように矢を放て!」
「わかった!」
ハンターの矢がカピバラの鼻先を掠める。狙いは正確で、当たらないが恐怖を与える距離を正確に射る。
カピバラはまたぎょっとした顔を見せて進路変更。よしいいぞ。僕の足とハンターの矢で二方向から誘導すれば、いずれ山の方まで追い込める。
「あ! ラフィオ見て! あれ!」
「なんだ……うわ。あいつ倒れてる」
ハンターが指差した先には正治がいた。
ロケバスの側にいる。もふもふ侍の格好をしていて、仰向けに倒れている。
着替えてメイクしている途中で周囲が騒然となり、何があったか確かめてみたところ、巨大なモフモフを見てしまったのか。
周りにはスタッフの姿はない。逃げたのかな。
「おい! 誰か! あいつを助けてやれ!」
澁谷たちの方に声をかける。撮影スタッフたちは一瞬だけ顔を見合わせて、そして。
「行ってきます!」
真っ先に動いたのは陽向だった。自分の魔法陣がこの騒動を起こしたっていう責任感があるのかな。
僕たちはロケバスや正治からカピバラを離すべく誘導を続ける。
「正治さん! 起きてください! ここは危険ですから!」
陽向が彼の頬をペチペチと叩きながら呼びかける。正治もすぐに気づいたようだ。
「ここは……」
「正治さん逃げましょう! どこか安全なところに!」
「ヴァァァァァ!」
僕たちの誘導に追い詰められたカピバラが、おとなしく逃げればいいものを、死中に活路を見出すために逆にこちらに対峙する構えを取ってしまった。
力強い鳴き声と共に跳躍。カピバラって飛べるんだ。大きくなっているからパワーも上がってるのかな。
とにかく、咄嗟に避けた僕の横を通り過ぎていった。正面衝突はしたくないからね。ハンターは抱き止める姿勢でいたけれど。
そして少し駆けたカピバラが止まった視線の先には、正治と陽向がいた。
「に、逃げましょう正治さん!」
「ああ。そうだな……」
今度は気絶しないだけ、少しは成長している。
ふたり揃って逃げようとして、しかし陽向はすぐに何かに気づいて立ち止まり、絶望的な顔を見せながら振り返った。
「マロン……」
彼女の鞄から、小型のケージが無くなっていることに気づいたらしい。魔法を使おうとして出した直後にあの騒動だから、慌てて鞄に突っ込んで、直後に零れ落ちてしまったか。




