15.魔法はある
見た感じ、高校生くらいの女の子のアカウントだ。けどこのSNSは、どっちかというとオタク気質の人が使う傾向にある。なんというか、馬鹿馬鹿しいジョークとか与太話が人気を集めるやつ。
キラキラしたり映えたりする写真を投稿していいねを集めるタイプの、なんか女子高生が好きそうなSNSは別にある。
もちろん、このSNSにも未成年者の登録はたくさんある。アニメとかの話をするにはこっちの方が適しているし。
そのアカウントも、飼ってるペットの写真をアイコンにして、アカウント名も本名とは程遠いと思われるものに設定してあった。
女子高生の日常とか、見てるアニメの感想とかを呟くのが主な使い方。けどそのアカウントの投稿の中で「フワリー」と検索すると、色々出てきた。
ネットで見つけた過去のテレビの出演状況や、その他メディアから得られる限られた情報を片っ端から集める趣味を持っているらしい。
模布市ローカルな雑誌に記事が載った号があると知れば、それを取り寄せたりもしたとのこと。東京でやらかした当時の週刊誌の記事なんかも図書館で調べている。
高校生にしては行動力があるな。
そして、こんな投稿もあった。
「魔法は必ずあるはず。模布市には、それがあるんだ」
つむぎが投稿を読み上げる。
その投稿がされたのはちょうど一年前。
僕がこの街に来て、魔法少女の戦いが始まるよりも前だ。
その時点で、この地にだけ魔法があると気づいた人間が存在していた。彼女が物心つく前であろう時代にいたローカル占い師をきっかけにして。おそらくフワリー自身も気づかなかった、特定の地域にだけ魔法が使えるという正しい仮説を立てた。
その少し後に世間は魔法少女の存在を知り、僕はメディアに向けて説明をした。模布市には魔法があると。
そのアカウントは、正解を見つけた喜びを表明していた。その投稿は世間にはあまり注目されなかったし、彼女自身もそれを誇ったりはしなかった。
ただ、こう書かれていた。いずれ自分も模布市へ行って魔法を使うんだと。
そしてフワリーについての限られた情報を研究して、魔法陣の何たるかを学ぼうとしていた。これに関しては情報が少なすぎるから、あまりうまくは行ってないようだけど。
それでも、正しいかもしれない魔法陣は組めそうだった。
「そしてこの子はようやく、模布市に来たんだね」
「……ああ」
もう気づいているとも。昼間見かけたあの子が、このアカウントの持ち主だと。
アイコンにしているペットは、昼間も見たハムスターだ。僕にはハムスターなんてどれも同じに見えるから確証はないのだけど、つむぎには見分けがつくらしい。
「あのハムスターに魔法をかけるつもりだったのかな」
「どんな魔法だろう」
「んー。モフモフさが上がるように、とか?」
「それは君の願望だろう?」
「うん!」
「そもそもハムスターに魔法をかけるっていうのも定かじゃないんだから。……フワリーと同じことがしたいだけかもしれない」
「かもねー。でも、地面に魔法陣描いてたよね?」
「そうだね。フワリーと同じことするなら、手の甲に描くべきだよね」
「やっぱり魔法陣の真ん中にハムスターを置いて、モフさを上げるんだよ」
「だからなんでそうなる」
「モフモフはね、全部を解決するんだよー」
「それはお前だけだ」
「ラフィオモフモフさせて!」
「断る!」
「こちょこちょー」
「させないからな! お返しだ!」
「うひゃー!」
つむぎの着てるシャツをめくり上げて、脇腹をくすぐる。くすぐったそうに身をよじらせるのにも構わずくすぐり続けた。普段モフモフしてくるののお返しだ参ったか!
このまま、ふたり疲れて動けなくなるまでくすぐり合いが続いたから、その日の調べものもは終わりになった。
断じて不健全なことはしていないからな。
翌日。この日は映画の撮影はない。でもオフの日というわけではなくて、撮影のための訓練が行われることになっている。
すわなち、乗馬訓練だ。
「いやいや! 無理だ! 無理だって! まだ心の準備が!」
「心の準備をするために! ここに来たんです!」
「無理だー!」
本来なら朝から、模布市外にある牧場にお邪魔して乗馬の体験をすることになっているのだけど、当然ながら今の正治には無理。というか、目の前に迫る危機に普段以上に拒否反応を見せている。
このままでは時間を浪費するだけだから、乗馬訓練は午後からにして、午前中は動物園に行って正治に動物に慣れてもらうことになった。撮影スタッフの臨機応変な対応には頭が下がるばかりだね。
というわけで、僕とつむぎで正治を連れて動物園に向かう。あまり大勢で押しかけるわけにもいかないから、その他にはメイキングドキュメンタリー撮影班の数人しか同行していない。他のスタッフは、別の仕事をしていることだろう。共演者は既に乗馬を始めてるとか。
「ほら、正治さん。ライオンですよ」
「か、噛みそうだな……」
「大丈夫ですよ。檻の中にいるんですから。檻さえなければ、わたしモフりに行きたいところなのに。やっぱりこの檻、登れる気がするんだよね」
「おいこら。やめろ」
こいつはマジでやりかねないから、僕はつむぎの袖を掴んで止める。




