10.模布市での撮影
さて、撮影スタッフたちが今日の打ち合わせなんかをしている間、僕たちは手渡された台本を読むことになった。
映画に出るわけだからね。その台本を渡されるのは当然だ。この内容を外に漏らしてはいけないという文章も、契約書にはしっかり書かれていたぞ。
「へえー。やっぱり犬が出てくるんだね。狩ノ助と一緒に戦う強い犬」
僕よりもハンターの方が夢中になって読んでいた。
リメイク元である昭和のやつと同じようなシーンが多くて、ファン的には面白いらしい。
「ねえ見て! カピバラも出てくるって!」
「カピバラ?」
「そう! 南蛮から来た謎の生き物って設定で出てくるの」
それは僕の設定と被っている。まあいいんだけど。
江戸の街で巻き起こる騒動とその顛末を描くという大筋。撮影してるのは江戸ではなく、模布市と京都なのだけど、それを江戸の街に見せるのが映画作りの腕の見せ所だ。
「やあ。ふたりとも、おはよう」
「あ! おはようございます正治さん! これからよろしくお願いします!」
「ああ。よろしく……驚いたよ。君たちまで撮影についてくるなんて」
そう話す彼の視線は僕に向いていた。警戒をしてるのかな。してるのだろうな。
今の僕は、少年の姿だ。けれどその気になればすぐに獣になれるし、それが撮影に同行する意義でもある。
正治だってそれはわかっているのだろう。
「君たちには感謝してる。ありがとう。君たちに会わなかったら、俺はきっと秘密を隠し続けていた。実際に動物と触れ合うシーンの撮影に入る、その瞬間までだ。そして撮影中に気絶してただろう」
そうなったら大変だなあ。
「その前にスタッフたちに本当のことを教えてくれたこと、感謝している。俺も腹を括らなきゃいなくなったけど、これで良かったんだと思う」
「じゃあ、モフモフに慣れてみますか?」
「やってみよう……」
「ラフィオ」
「うん」
小さな妖精になって、ハンターの頭の上に乗る。正治はぎょっとした顔を見せた。
「ラフィオは小さいモフモフです。正治さんが映画の撮影の中で触る、馬や犬やカピバラよりも小さいです。それに話すことができます」
「僕は噛まないよ。それは約束できる。だから安心して撫でてくれ」
「モフモフしてあげてください。ラフィオはモフモフされるのが好きなんです」
「いや、別に好きではないけど」
こいつにモフられるのは苦しいぞ。
正治は恐る恐るこっちに手を伸ばして、僕の背中に軽く指を触れる。すぐに離してしまったけれど、昨日よりは触れていた。
「一歩前進だ。今度は手のひらで触れ」
「わ、わかった。大丈夫、怖くない……怖くない……」
震えているなあ。よほど怖いのだろうなあ。
それでも、正治は今回は気絶しなかった。触れる時間も少しずつ増えていった。
そうこうするうちに今日の撮影が始まった。このパートに僕は出てこないから、見学するだけだ。
さっきまで怯えていた男は、本番が始まると一瞬で表情を切り替えた。国を追われて諸国を放浪しながらも、ゆく先々で困った人を放っておけない優しい侍。それでいて悪を許さず、非道な行いをする者に容赦なく剣を振るう強い戦士。その二面性を自然に演じていた。
これがモフモフを見ると震える男だとは、知らない人には全くわからないだろう。
「役者さんってすごいね」
「そうだね。役になりきっている」
「ものすごく強い侍って感じがするもん」
彼は今、ヒロインと思しき和服の女が墓前に手を合わせている所に声をかけるシーンを演じていた。墓と言っても、道端に一本生えている木の下に簡素な墓標を立てただけのもの。
人間の墓ではないことは明らかだ。
ヒロインによれば、町人たちに愛されていた野良犬だっが、悪い代官が通りがかった際に吠えてしまったために斬り殺されたという。
「ひどい! モフモフを殺すなんて」
「はいはい。カメラが音を拾っちゃうから、静かにな」
「むー……」
ハンターを黙らせるのも僕の仕事だ。
普段は吠えない大人しい犬なのに、その代官には吠えた。きっと何かあるに違いない、みたいな謎解きを話の伏線にするのだろうな。それはそうとして、もふもふ侍である狩ノ助は墓前で手を合わせる演技をする。
野良犬が嫌いなのに、演技ならば自然とこれができる。
役者だなあ。
その日の撮影はつつがなく行われる。模布市内にある撮影に適した場所を車であちこち移動しつつ、必要なシーンを撮っていく。そして僕たちもそれについていく。
僕たちも車に乗り込んで移動していいのだけど。
「ひゃっはー! ラフィオ! もっと速く!」
「無茶を言うな!」
僕は獣化してハンターを乗せて自力で移動していた。車を追いかけてだ。
車よりはルートの制限が無くて、家々の屋根の上を突っ切ったりしてショートカットはできるのだけど、それはそうとして車の速度についていくのは大変だ。これでも全速力なんだ。
なんでこんなことをしてるのかというと、正治にモフモフの存在を強く認識させるため。いずれは、彼も僕の背中に乗せて移動させると話している。僕に乗れたら馬にも乗れるだろうしね。
彼はかなり戸惑った様子だったけど、努力すると頷いて見せた。
ただし、かなり震えながらの同意だったけど。カメラが回ってない時には、こうなんだよなあ。
ちなみにメイキング映像制作担当のカメラマンも、車から僕たちを撮影している。そしてテレビもふもふのカメラマンもだ。
僕たちのオフショットは、宣伝の特番とかソフト化した時の特典映像になるらしい。先の話だけど楽しみだ。




