聖なるイデアの邂逅
さらに5分ほど歩き続けた。
呼び掛けに応える音は聞こえず、次の出会いが訪れることもなかった。
自らを迷子とも知らずよすがを探す幼子のようにその者を求めた。
「天使様〜、何もしないから出ておいで〜」
ずる賢い大人ご用達の叙述トリックも。
「天使様〜、あなたを大好きなマギカですよ〜」
ロマンス香しい劇場型の甜言蜜語も。
「天使様〜、早くいらっしゃらないと今日の晩ごはんはピーマンにしますよ〜」
録音されたら物的証拠に化ける立派な恐喝も。
「天使様……このままだと私、天使様のこと好きじゃなくなっちゃいますよ……?」
ちょっと不器用な乙女の殺し文句も。
包み込むような自然の中で虚しく減衰して霧散した。
それでも歩いたら、木々の隙間に見慣れない色が覗いていた。
くすんだ白。
くすんでいても、茶色に挟まれ輝く白。
「――あのっ、誰かいらっしゃいますか!」
そう初出の二人称で呼び掛けたものの、頭の中ではある存在のことで得心が行っていた。
そうだ。
天使が降臨するなら使命があるはず。
それはたとえば、人を導くような人が必要なこと。
でも、人が住まない森にそれは来た。
きっとそこには人の目印があるんだ。
駆け寄って、森の切れ間に出る。
白の正体。
それは、忘れ去られた崩れかけの教会だった。
せめて扉とステンドグラスだけは護り通せるように、と僅かな壁が最後の力を振り絞っているような、危うく儚い秘境の聖域。
入り口の扉の前に進み出た私は、もはや意味をなさないドアノッカーを鳴らしその左側を押し開いた。
「し、失礼しまーす……」
声を少しくぐもらせて中に目を移す。
その瞬間。
私は目を奪われていた。
長椅子の向こう。ステンドグラスの前。
そこに鎮座する祭壇の上には。
優しい光輝を放つ女性が、四肢も双翼もだらりと投げ出し、横たわっていた。




