8 吐露
「………病気?」
「はい。電気の病気、です」
踏み込んだ質問に答えてくれた事の嬉しさは、病気という二文字がかき消した。
カイは座り直し、真剣な表情で彼女の話に耳を傾ける。
「その、私たち紅血族は、みんな電気が苦手なんですけど。私だけ、なぜか平気なんです。それどころか、逆に電気が体に貯まっていくんです」
「電気が、貯まる?」
「はい。原因は分かんなくて、生まれた時からそうだったんです。それに、たまに『発作』が起きて、その貯まった電気が体から出ていくっていう症状もあって」
「……発作」
「あの時も、発作が起こっちゃって、あなたを巻き込んでしまったんです。発作はいつ起こるか分かんなくて、自分じゃ止められなくって……ほんとうに、ごめんなさい」
「いや、大丈夫。気にしないで」
項垂れる少女を宥め、カイは考えるように顎に手を当てた。
要するに。
この子は、電気が勝手に体に溜まっていき、それを何らかのタイミングで放出してしまうという病気――特異体質なのだ。
それも、災害とも呼べる膨大な量の電気を。
しかも一族の弱点を克服している。
信じられないような事ではあるが、この子が嘘をつくとも思えないし真実なのだろう。
生まれつきの病気だと言っていたが、そんな病気があるなんてカイは聞いたこともなかった。
そもそも、体から電気を放出するという現象は雷魔法を使う事でしか引き起こせないはずである。カイは少女が雷魔法の魔術師かと思っていたが、全くそんな訳ではなく、魔法とは別物の何かによる現象だったという事だ。
しかし、この力。
病気というよりも、特殊な能力といったほうが良いのではないか。
(これって、大発見とかじゃないのか?)
彼女の特別な力に、カイは魔術師としての興味が湧くのを感じていた。
そんな中、少女はうつむいたまま話を続ける。
「この病気、治そうにも治せなくて。周りの人はみんな、異常だとか……『呪い』、だとかって言って。すごい怖がるんです。私もこの病気が怖くて、苦しくて、ずっとひとりで、家にこもってて――」
「あ、ご、ごめん! 話したくなかったら、話さなくていいからね!」
少女が話すにつれ苦しそうに言葉に詰まるのを見て、カイはすぐさま口を挟んだ。
そうだ。紅血族は、電気が弱点だ。
――ならこの子は、彼らからどんな扱いを受けて育ってきただろうか。
彼女の特殊な力にばかり気を取られ、その背景に思いを馳せる事すらしていなかった。
(……何が、大発見だ)
ギリ、とカイは歯を軋ませた。
同族の吸血鬼からしてみれば、この子の存在は余程危険で異質なものに違いない。腫れ物を扱うような処遇は起こるべくして起こるだろう。
ただ帯電するだけならば、さほど大した話ではない。問題なのは、それを予兆無く撒き散らしてしまうことだ。
静電気程度でも怪我をするという彼らは、この子にどんな感情を抱いていただろう。
ナイフを持った狂人を目の前にしているような――そう例えても言い過ぎではないような恐怖を、彼らはこの子に感じていたのではないか。
少女を慮っておきながらその事に頭が回らなかったカイは、自己嫌悪の感情に駆られていた。
「ごめん。話を変えようか」
「……大丈夫です。全部、話します」
赤くなった目をこすり上げ、少女はそれでも話すと言う。
「いや、無理して話さなくても」
「いいんです。話したいんです」
きっぱりとそう言い放つ彼女に、カイは困惑する。
しかし、やけに真っ直ぐな目をする少女を見て、とりあえず話を聞くことにした。
「……こんな病気だから、外に出るわけにもいかなくて、ずっと家の中で過ごしてました。お父さんや兄弟たちは、私のこと避けたりして、関わらないようにしてるみたいで。家の使用人さん達も怖がって、会話はまともにしてくれなくって……でも、私からは何もいえなくて。だって、悪いのは全部私だから」
「…………」
「で、でも! ママだけは、ママだけは違うんです。いっぱいお喋りしてくれるし、一緒に遊んでくれるんです!」
少女の口調が明るくなる。
その瞳にはさっきまでとは違い、光が灯っていた。
「へえ、そうなんだ」
「はい。大好きな……世界でいちばん大好きな、私のママ。危ないのに、それをわかってて、私を抱きしめてくれるんです。私が、あんな酷いことをしたっていうのに……今私が生きてられるのは、ママのおかげです」
「酷いこと?」
そう聞いて、カイはすぐ息を呑んだ。
流れで不躾な質問をしてしまった。
「あ、ご、ごめん! 何でもない」
少女が少し肩をすくめたのをみて、慌てて取り繕うように言う。
「……いいんです。話します」
「い、いやいや。ほんとに、構わないから」
「大丈夫です。話します……話させて下さい。せめてもの、お詫びです」
少女はカイの顔を見上げ、にこやかな微笑みをみせた。
「……!」
カイは、その顔に見覚えがあった。
あのときの。
洞窟で血を吸わせてあげたときに見せてくれた、あの笑顔だった。
(お詫びって……)
何故こんなにも自分をさらけ出してくれるのかと思ったが、そういう事だったのか。
カイは首筋に残る噛み跡をさすりながら、苦笑いした。
――――
少女は再び、静かに口を開く。
「私、ママの腕を吹っ飛ばしたんです」
カイは目を見開いた。
短い沈黙が生まれる。
「5歳位のときです。その頃には、私が危険だっていうのは家中に知れ渡ってたんですけど。でも、ママは気にせず接してくれました」
もう気にしていないといったように、柔らかな表情で少女は語る。
「ママに絵本を読み聞かせてもらってたんです。それが、ちょっと怖いお話だったんですけど……怖くなって、寂しくて、私がママの手を握ろうとしたんです。そしたらその瞬間、ビリビリって電気が走って。気づいたら、ママが倒れてました」
「…………」
「あの時の、何かが焼けたような匂いは今でも忘れません。お父さんからは、これでもかってくらい、すごい怒られました。兄弟達からも、酷いことを沢山されました」
少女は胸に手を当て服をギュッと掴み、声を震わせる。
「でも、ママは。ママは……残った片腕で、私を抱きしめてくれたんです」
そして何かを思い出すように、目を閉じうつむいた。
「……そう、だったんだ」
カイは、何か熱いものが胸の奥から込み上げてくるのを感じた。
(……なんて、強いお母さんだろう)
腕を吹き飛ばすような電撃を食らったら、人はとても正気じゃいられないはずなのに。
しかも電気が弱点の吸血鬼だ――運が悪ければ死んでいたかもしれないような事故だろう。一生モノの障害とトラウマは免れない。
にも関わらず、この子の母親はそれを責めるどころか、慰めてあげたのだ。
それが少女にとって、どれだけの救いになっただろうか。
「泣いて謝る私を優しく抱き寄せて、頭を撫でてくれました。で、そのとき、私思ったんです。絶対にこの病気を治して、ママに恩返しするって。ママを喜ばせるんだって」
「……そっか。素晴らしい目標だね」
少女はニコと微笑んだ。
(ああ、この子は……)
「ママを喜ばせたくて。みんなと同じになって、認めてもらいたくって。いっぱい調べて、いっぱい試しました。でも結局、この病気が治ることはなくて――」
(たくさん、愛を注がれて育ってきたんだ)
生まれつき皆と違うということ。
それは、幼い子供にとっては想像を絶する程の辛さだ。
忌み嫌われ、疎まれ、孤独のまま幼少期を過ごす――そんな子供は、果たしてどんな人間に成長するだろうか。
自己嫌悪や疎外感から、荒んだ心を持ってしまうかもしれない。または、他人に憎しみを抱くようになってもおかしくはない。
しかし、彼女が見せる微笑みには、そういったものが微塵も感じられないのだ。
疎外感は確かに感じているようだが、それを打ち負かすほどの優しくて前向きな気持ちを持っている。
きっと、寂しさを埋めて余りあるほどの愛情を、母親から受けて来たのだ。
「……なにしろ、体から電気が出るなんて、相当異常みたいで。誰もそんな病気知らないし、ママがお医者さんとかを連れてきてくれたりしたんですけど、全然解決しなくて」
(……?)
それを聞いた時、カイは少し疑問に思う所があった。
体から電気を出すことは、雷魔法さえ使えれば簡単だ。魔術をかじった事がある者なら、雷魔法を使うことは出来なくても名前くらいは聞いたことがあるはず。
この点で言えば、体から電気を出すことは異常とはいえない。
魔術に長けるという紅血族。
少女の周りには、雷魔法を知る者はいなかったのだろうか。
(……! もしかして)
カイは直感するまま、少女に問いかける。
「きみ、雷魔法は試したかい?」
「……え? 雷、魔法?」
「電気の魔法さ。もしかして聞いたことない?」
「魔法は分かりますけど……雷の魔法が、あるんですか?」
「やっぱり」
簡単な話だ。
紅血族の国では、雷魔法が一般に広まっていないのだ。
そもそも学んで使うことが自殺行為になりかねない――むしろ、タブーとして扱われていても不思議ではない。可能性としては十分有り得る話だろう。
この子はまだ、雷魔法というものを知らないんだ。
「雷魔法を使えば、電気を自在に出したり出来るんだよ。ほら、みてて……」
カイは胸の前で宙を掴むように、両の指を付き合わせる。
――パチッ。
火花が飛び散った。
指と指の間に、細い電気の筋が走る。
「わ、わあっ!!」
「ね。電気を出せるのは、君だけじゃないんだよ」
カイは今、全力をもって雷魔法を発動したのだが、練度が足りないのは明らかだ。少女のように家の柱くらい太い電撃を出すことは、出来なかった。
しかしその微弱な電光は、彼女に大きな衝撃を与えるに十分すぎるものだった。
「え、ほ、ほんとにっ!?」
目を輝かせてカイを見上げる少女。
「すごい、すごいよっ!! 私……私だけだと……思ってた!!」
驚きと喜びをあらわにして、興奮気味にカイの方へ近寄ってくる。
その顔は、希望に満ち溢れていた。
「雷魔法を習えば、君のその病気、もしかしたら治る……かは分からないけど。コントロールくらいなら、出来るかもしれないよ」
「も、もう一回!! もう一回やって、今の!!」
言われるがままカイは、また雷魔法で電気の筋を作り出してやる。
少女は、その弱々しくもまばゆい光を――疎む対象でしか無かったその電気を、食い入るようにずっと眺めていた。