6 矛盾
「電気は……紅血族の大弱点?」
「ええ。だから、雷魔法で電気を出すなんてありえないわよ」
カイは伝えられた事実を処理しきれず、固まった。
この少女は恐らく紅血族――吸血鬼だ。
だがその吸血鬼は、電気が弱点だという。
ならば、先程少女が見せたあれは何だったのか。
「もっと詳しく聞かせて、それ」
「あら、知らなかったのね? 一般常識だと思うんだけど。大人びてる癖に、あんたもまだまだお子様ねえ」
「……いいよ、お子様で。実際そうなんだし」
ニヤニヤと子供をからかうように笑いながらも、リンカは丁寧に答えてくれた。
「紅血族って、人間よりかなり強いんだけど。その代わり体質的な弱点が色々あるの。特定の食べ物や金属へのアレルギーとか……で、そのうちの一つが電気ってわけ」
「なるほど?」
「静電気でも体に傷がついたりするくらい、紅血族の体は電気への耐性がないの。彼らの服とか家具とか身の回りの物は、帯電しないような特殊な加工がしてあるらしいわよ」
「……そんなに弱いの!?」
カイは素直に驚いた。静電気ほどの微弱な電気でも、彼らには堪ったものじゃないらしい。
「強力な雷魔法なんて、浴びたら即死よ。ましてやそれを使って電気を放出するなんて全くありえないわ」
普通の人間だってそうじゃないか――と、カイはひっそりと心の内で指摘する。
しかし、確かにリンカの言うとおりだ。電気に弱い体から、電気を発せられる訳が無い。
話を聞く限りでは、この少女は紅血族ではないように思える。
あれだけの電撃を放っておきながら、少女の体には傷一つ付いておらず――むしろ電気への耐性があるといってもいいくらいなのだ。痛がってはいたようだが。
なら、この子が電気が弱点の紅血族である可能性は潰えてしまう。
そもそも、この子が紅血族である確証は最初から無かった。
カイは紅血族の実物を見たことが無い。見た目の特徴と血を吸うという行動から、勝手にそうだと決めつけていただけなのだ。
「リンカ、一応聞くけどさ。赤い目で牙が鋭くて、血を吸う人間って……紅血族以外にいる?」
「いないわね。そんなのは全部紅血族よ」
リンカは即答した。
ならば、この少女は紅血族で間違いないのか。
そうすると、電気が弱点という特性が少女にも当てはまるはずなのだが――どうやらそうではないという訳だ。
だとすれば。
自分達には知りえない、何か特殊な事情があるのだろう。現状そう断定するしかない。
そしてその事情は――先程少女が見せた涙と、どうも関係があるように思えるのだ。
またもや根拠の無い話であるが、カイはそんな気がしていた。
「……とにかく、この子に話を聞かないとどうしようもないね」
カイは一つ頷くと、少女を起こさない様にそっと抱きかかえ、立ち上がった。
「そうね。じゃあ今すぐ起こしちゃいなさいよ」
「ええ、ダメだよ、こんなに気持ちよさそうに寝てるのに。それに寝起きが不機嫌だったら、また襲われるかもよ?」
忠告というより脅しが勝るような口調で、カイはリンカの提案を却下した。リンカは眉をひそめ、露骨に嫌そうな顔をする。
「それは御免被りたいわね。私、死ぬかもだし」
「……とりあえず、こんな場所にいても仕方ないし、帰ろう。リンカ、松明お願いね」
カイは少女を両腕でしっかり抱えて立ち上がり、ゆっくりと歩きだした。
少女の長いツインテールがカイの膝下まで垂れ下がり、歩調に合わせてゆらゆらと揺れる。
リンカはカイの脅しが効いたのだろうか、数歩距離を置いてから後を付いて行った。
――――
しばらく歩いていくと出口が、光が見えてきた。
時間帯は昼過ぎといったところだろうか。陽光が洞窟に差し込み、カイ達3人を徐々に明るく照らしはじめる。
当初の目的だったアリの巣殲滅に関しては完了だ。洞窟の中には一匹もアリは残っていない。ギルドに依頼達成の報告をすれば、今日の仕事は終わりとなる。
薄暗い闇からの解放。そんな期待を胸に、カイは洞窟の出口へと足を早めていく。
が、その時。リンカが何かに気づいたように立ち止まった。
「ちょっと待って。何か流されるままについて来たけど」
「どうしたの?」
「その子に話を聞くのは分かったわ。それはいいんだけど……これからその子を一体どうするつもりなの?」
カイは立ち止まり、ポカンとした表情でリンカの方へ振り返る。
「どうするもこうするも。連れ帰って、保護するんだよ」
「……はああっ!? その超危険な子を!?」
ありえない、といった表情でカイの顔を凝視するリンカ。
「だって、女の子一人こんな所に置いておく訳にもいかないし。迷子なら、家に帰してあげないといけないでしょ」
「いや、それはそうだけど……でも……」
正論をくらい、リンカは言葉に詰まった。
「魔力切れで寝てるんだったら、この子はあと数時間は起きないよ。ここで起きるのを待ってもいいけど、リンカ、今日早く帰らないといけないんでしょ?」
「……そうよ。ギルドで会合があるの」
「じゃあ、俺だけここに残って起きるのを待とうか。リンカは先に帰って、俺一人で……」
「ダメよ! 単独行動は二度と許さないわ!!」
強く、はっきりとリンカは言い切った。
先程の事件がかなり効いているようだ。カイを一人でいかせたために、危険な目に遭わせてしまった事。パーティのリーダーとして責任を感じているのだろう。
「じゃあ、連れて帰るしかないよ。ここから街までは1時間も掛からないんだし、帰ったらリンカの家で寝かせてあげようよ」
「…………は?」
リンカは口をあんぐり開けて固まった。
「……ちょっと待って。今良く聞こえなかったんだけど。もう一回言って?」
「ん? 連れて帰って、リンカの家で寝かせてあげたいんけど」
「はああああああっ!? なんでそうなるのよっ!!!」
リンカの凄まじい怒号が洞窟の奥へと響き渡っていく。
カイは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「俺の家でもいいんだけどさ……師匠が怒るかなって。それに、狭いし散らかってるし、ベッドとかも汚いし」
「そういう問題じゃないのよ!!」
カイはとある集合住宅の一室にて、師匠と二人で暮らしている。一度お邪魔した事のあるリンカはカイの言い分が真実である事を知っていたが、そんな事では彼女の気は収まらない。
「そもそも、そんな危ない子を家に入れるわけにいかないって言ってるの!! あんた馬鹿じゃないの!? こっちの身にもなりなさいよ!!」
「それは大丈夫。俺が一緒についているから、絶対安心だよ」
「…………え?」
怒り狂っていたリンカが一転、目を見開く。
「あんたも、ウチに来るの?」
「当たり前でしょ。万が一が起これば、俺が止めるからさ」
「…………」
するとリンカは何やら考え込むように、口に手を当てて黙り込んだ。
「それと、リンカならこの子が着れそうな服とか持ってそうだし。頼むよ」
カイは自分の上着を不相応に着ている少女を軽く持ち上げ、ほら、とリンカに見せつける。
今すぐ抱きついてしまいたいような無類の可愛さに溢れる少女の寝顔に、リンカはたじろいだ。
「…………はぁ」
しばらくしてリンカは大きな溜め息をつき、観念したかのように項垂れた。
「いいわ。ただし、条件があるけど」
「うん?」
「あ、あんたもうちに泊まっていってもらうわ!!」
リンカは何やら頬を赤く染め、ビシ、とカイを指差した。
「……え?」
「いつこの子が暴走するかも分からないんだから、つきっきりで護衛してもらうわ。もちろん、この子じゃなくて私をよ!!」
「……う、うん。もともとそのつもりだけど」
リンカは「よし」と笑みを浮かべて頷くと、足早にカイのもとへ近づいてきた。
そして腰をかがめ、上目遣いでカイを見上げる仕草をすると、
「じゃあ、今日はうちにお泊りね。その子はあんたが責任持って対処すること!」
ついて来いといわんばかりに、今度はカイの前を歩き始めた。
カイは少女を数時間ほど寝かせてあげられればよかったのだが――いつの間にか話が大きくなっている。
「別に泊まらせてあげてってお願いした訳じゃ……」
「何か言った?」
「……なんでもない」
「ん。じゃあついて来なさい。特別なんだからね、もう」
後ろで縛った茶髪を大きく揺らしながら、リンカは速歩きで洞窟の外へと駆けていった。
カイは彼女の妙な気の変わり様に首を傾げつつも、取り敢えずはその後を追っていく。