2 出会い
「誰だっ!!」
カイの叫び声が洞窟中にこだまする。
不意をつかれ、つい大声を出してしまった。
(……生き残りのアリがいたか?)
松明を振りかざし、何かが動いたであろう場所を確かめようとする。だが草の山が影になっていてよく見えない。
異様な雰囲気に静まり返る洞窟内。
カイはぞわりと肌が粟立つのを感じた。
おそるおそる、その草の山の方へ近づいていく。
不測の事態に備え、いつでも魔法を発動できるよう緊張を高めながら、一歩また一歩と慎重に距離を詰める。
そして十分に近づき、その正体を目にとらえたとき。
カイは驚きに目を見開いた。
――女の子だ。
植物の山をベッド代わりに、すやすやと寝息を立て眠っている。
小柄で、年は10歳くらいといった所の幼い少女。輝くような赤紫色のツインテールがお腹の辺りまで垂れている。
ツンと高い鼻や肌荒れひとつ無い綺麗な肌から、紛れもない美少女である事が伺えるのだが――
服を着ていない。
真っ裸だ。
雪のように白い肌が、全身あらわになっている。
(……何が、どうなってるんだ)
目の前の光景を理解できず、カイは口を開けたまま固まってしまった。
なぜ女の子がこんな所に。
この子がアリを殺ったのか?
なぜ裸なんだ?
アリのエサとして、運び込まれたか?
――なぜ裸なんだ!?
様々な疑問が脳内を駆け巡り、カイはその場に立ち尽くしてしまう。ただでさえアリの集団死という異常現象が起こっているのに、さらに理解し難いモノを目にし軽いパニックに陥っていた。
するとその時。
通路の奥から、足音が聞こえてきた。
「カイー? どうかしたのー!?」
リンカの声だ。
さっき叫んだのが聞こえたのだろうか、こっちに向かってきているようだ。
「来ちゃだめだ!!」
とっさに、反射的にカイはそう応答した。通路の奥から聞こえる足音が止まる。
「どうしたの? こっちはもう終わって――」
「い、いいから! とりあえず外で待ってて!!」
「……は? いや、何があったのよ。理由を教えなさいよ」
リンカが冷淡な口調で聞き返してくる。
(俺は、何を言ってるんだ)
別にリンカがこっちに来たらいけない理由などない。
思春期の少年が裸の少女を前にドギマギする様を見られるだけなのだから。
――できれば、それは回避したいが。
(……落ち着こう。平常心を失えば、正常な判断ができなくなる……いつも師匠に忠告されていたじゃないか)
カイは深呼吸して、弁解しようと口を開く。
「い、いや、その、だから……」
だがすぐ言葉に詰まってしまう。横たわる少女の裸体を目の前に、カイは思っている以上に動揺していた。
しかし。
「…………あー、そういうことね。じゃ、外に出てるから。大でも小でも、どうぞごゆっくり、ね」
リンカは何を思ったのか、そう言ってそのまま踵を返していった。
足音が遠ざかっていくのが聞こえてくる。
「……え?」
カイは呆気にとられてしまう。
(大でも小でも?)
言葉の意味が分からず、少し考える。
――もしかして。この期に及んで、この場所で。自分が便意を催してしまったとでも思ったのだろうか。
「……はあ」
カイは大きくため息をついた。
上手く勘違いしてくれて助かったのはいいが――何かこう、自分が物凄く惨めで情けない気がしてならない。
だが、兎にも角にも窮地は脱した。少女の裸体を前にフリーズするというあるまじき醜態を、リンカに目撃されるのは回避できたのだ。
カイは再び深呼吸し、頭の中で状況を整理する。
アリの不可解な集団死。外傷は見られず、原因は不明。そして、その現場で幸せそうに眠っているこの少女。
この子が集団死の原因だろうか。
可能性はあるが、今はわからない。
取り敢えず、一番手っ取り早いのはこの子に直接話を聞くことだろう。
カイは松明を地面に起き、羽織っていた白のローブを脱いだ。そしてそのローブを素肌の上から少女に優しく着せてやる。
ちょっとした罪悪感から、なるべく首から下を見ないようにして。
ローブが長丈なのもあってか、少女は首元から膝上のあたりまで、すっぽり隠れてしまった。取り敢えずこれで少女が起きても変質者扱いはされないだろう。
「もしもーし、朝ですよ……」
そして、カイは少女の肩をゆっくりと優しく揺すった。
赤紫のツインテールがサラサラと揺れる。
――しかし、近くで見ると分かるが、少女はかなり整った顔立ちをしている。
世で言う美少女であることは疑う余地もなく、幼くはあるがどこか上品な雰囲気さえ感じられた。よく見れば、二つ結びの髪を束ねる髪飾りはかなり上質な布が使われているみたいだ。
結構、育ちのいいお嬢様なのかもしれない。
「んぁ……」
暫くして、少女が薄く目を開きカイの顔を捉えた。
ひとまず意識はあるようだとカイはホッと息をつく。
「お、おはよう。大丈夫かい? こんなとこで――」
「血イイィィィーーー!!!」
カイが安堵したのも束の間。
少女は目を見開くや否や、突然襲いかかってきた。