26 甘さと覚悟
「ルナ、大丈夫?」
「う、うん……」
地面に倒れ込み、何が起きたか分からない様子のルナを抱き起こす。電撃を放った衝撃でかなり乱暴に吹き飛ばされたが、幸いケガはないようだ。
「……ど、どうなったの? ルナ、ちゃんとお手伝い出来た?」
「うん。ほら、見て」
ルナは立ち上がり、カイが指差す方に目を移す。
そこには丸焦げになった虎の死体があった。
「……! と、虎が……」
「おかげで、一撃で倒せたんだよ。凄い雷魔法だった」
「…………」
何か思うところがあるのか、ルナは倒した虎の死体をじっと見つめている。
もしかしてと、カイがとっさに問う。
「や、やっぱり、電気をこういう事に使われるのは嫌だった?」
「……ううん。カイの役に立てたんだから、それは全然いいの……ただ、ちょっと複雑な気持ちになっただけ」
カイの懸念を否定しつつも、ルナは何か思い悩むようにうつむいてしまった。
(……さすがに、まずかったかな)
やはりモンスター討伐のような仕事は、心優しい彼女には荷が重すぎたのかもしれない。カイは申し訳ない気持ちになった。
「ちょ、ちょっとまってくださいよ」
そんな中、リーニャが頭を抱えながらカイに問う。
「この子は、魔術師なんですか?」
「ん? まあ……そんな感じ」
「それを先に言ってくださいよ! カイ、あなた何も説明してなかったじゃないですか!」
「ご、ごめん」
「……で? 今のはカミナリ魔法で、この子がそれを使い虎を倒した。そういう事ですか?」
「うん。そういう事」
実際虎を倒すのは、カイが主体となってやった事だ。
だが、リーニャにはルナがやった事と認識して貰えれば都合がいいので、カイはあえてルナがやったと強調した。
「ちょっと、まだ発展途上でさ。俺が側に居て補助してあげないといけないんだ。でもちゃんと戦闘には参加してるから、冒険者になる資格はあると思うんだけど……どうかな?」
「…………」
リーニャは何も答えずに押し黙り、ただただ驚愕と疑念が混じったような目をルナに向けている。
そのとき。
どこからか、声が聞こえてきた。
「……カイ……カイ!」
聞き馴染みのある高い声が、自分の名前を呼びながら段々と近づいてくる。
見ると、遠くから息を切らして走ってくるリンカの姿があった。
「はあ……はあ……カ、カイ……」
顔面蒼白といった様子で駆けてきたリンカは、カイの顔を見るなり安心したように大きく息を吐いた。
「ぶ、無事なのね!? よかった……何だったのよ、今の雷みたいな音!!」
そう言ってリンカはルナの方をチラと見る。どうやら、さっきの雷魔法の爆音が彼女の耳に入ったようだ。
確かに、森全体に響き渡るような凄まじい音だった。なまじルナの事情を知るリンカがすっとんで来たのも頷ける。
「ご、ごめん……びっくりしたよね。さっきのは、俺の雷魔法の音だよ」
カイは事情を説明してやった。別にルナが発作を起こした訳ではないのだと。
「――な、なんだ。私は、この子が暴走したのかと思って……」
「ルナは全然大丈夫。この通り、落ち着いてるよ」
「よ、よかった……本当によかった……あーもう、心臓に悪いわ……」
リンカは胸をなでおろし、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
以前、ルナの電撃でカイが危険な目にあった事をリンカは知っている。だからこそ、先程の音を聞いてすぐに駆けつけてくれたのだろう。
仲間想いの良いリーダーなのだ。
「もう! あんまり変な真似をするのはやめてよね!? こっちだってびっくりするんだから」
「……ごめんなさい」
「まあいいわ。ところで、いちごは見つかった?」
リンカは気を取り直したように立ち上がり、カイに問う。
「ううん。全然」
「……そう。私達も収穫なしよ。虎は何匹かやったけどね」
カイ達の進捗を聞いて、リンカは少し落胆した様子だ。
同様にカイも肩を落とす。二手に分かれてからしばらく経ったのに、いちごが一つも見つかっていないようでは、先が思いやられる。
「絶対どこかにあるはずだから。よーく辺りを探すこと。いいわね?」
「うん」
「……じゃあ、私はアレクの所に戻るわ。何かあったらすぐ呼んでね? 私達、あっちの方にいるから」
リンカは走ってきた方を指差した。
「わかった」
「ん。じゃあね」
リンカは軽く手を振り、指差した方へ茂みをかき分け戻っていった。
その様子を見送っていると、リーニャが不機嫌そうに言う。
「リンカってば、私の方を見向きもしませんでした。まったく、そんなにカイの事が大事なんですかね?」
「……ん? あはは……多分、俺が子供だからだよ。リンカ、子供に優しいでしょ」
「ふっ。いいえ、そんなんじゃないですね。私は知ってるんですから……リンカはね、あなたに相当ご執心なんですよ?」
「……?」
ぽかんとした様子のカイ。
リーニャはやれやれというように、ジト目でため息をついた。
「まあいいです。さ、行きますよ二人とも。次も虎が出たら、あなた達にお願いしますからね」
「……え? 交代でやるんじゃないの?」
「別にそんな事決めてないでしょう……ちょっと、もう一回その子の魔法を見てみたいんです。さっきはイキナリすぎて、よく見てませんでしたので」
そう言って、リーニャは森を先へと歩いていった。
「……ルナ、いこう」
「うん」
ルナはずっと何か考えるように虎の死体を見つめていたが、呼びかけに応じてすぐに駆け寄ってきた。
そんな彼女を連れ、カイは再び森を進んでいく。
果たして、このままルナを虎討伐に付き合わせてよいのだろうか――そう悩みながら。
――――
森を先へ先へと進んでいく。
すると、周りの光景が少しずつ変化してきた。
密林のように生い茂っていた木々は徐々にその数が少なくなり、天井から差す陽光の筋が太くなっている。おかげで周りは大分見通しがよくなり、いつからか明るく爽やかな森の景色へと変貌していた。
どこからか川のせせらぎや鳥のさえずりが聞こえてきたり、うさぎ等の小動物もちらほら見られるほどだ。
虎たちが普段村に出てこないのは、きっとこのためだろう。
村に出るためには、さっきの薄暗い密林を抜けなければならないのだ。あんな息苦しい場所よりも、ここのほうが動物たちにとって何倍も過ごしやすい。わざわざあの密林に寄りつく道理はないのだ。
カイが緑溢れる自然のおいしい空気を堪能していると、ルナが物憂げに口を開いた。
「……ねえ、カイ。虎の事、倒さないとダメなのかな」
「ん?」
「その……見た感じ、おとなしそうな動物だから。駆除しなくても、ちょっと驚かしたりすれば、村には出てこなくなるんじゃないかなって思ったの」
「……まあ」
言われてみて思うが、確かに虎はあまり凶暴なモンスターではないようだった。
こちらが近づいても威嚇するだけで積極的に襲ってはこないし、村には被害が出たそうだが、特に人が襲われたという訳では無い。
先程から何か物思いに耽っていると思ったら、やはりというべきかそんな事を考えていたとは。
つくづく、心優しい子だ。
「そうだなあ。そう考えると、別に殺す必要はないのかもね」
「うん……」
虎を駆除する事への一抹の疑念が浮かぶ中、それを聞いていたリーニャが口を挟んだ。
「おどかして追っ払うだけで、村に来なくなったりなんて……理想論が過ぎますね。そんなので虎の習性は変わりませんし、逆に酷い結果を招きますよ?」
「酷い結果?」
「ええ。驚かしたり痛めつけたりすれば、虎は人間を危険な存在と認識するようになります。それで人を自分から襲うようになったらどうするんです? 次に村に出てきた時は、村人全員が噛み殺されますよ」
「…………確かに」
リーニャの言うとおりだった。正論すぎてぐうの音もでない。
ルナもその反論に同意したのか、少しきまりが悪そうにうつむいた。
「そういった中途半端な事は、あまり考えないでほしいですね。駆除しろという依頼なんですから、ただそれに従うまでなんです。私達は、ここに命の奪い合いをしに来ているんですよ……ルナさん、あなたに言ってるんですからね?」
「……え、は、はい」
「何度も言いますが。生半可な覚悟では、冒険者はやっていけません。あなたの言ってることは、まさに生半可そのものです」
「…………」
「あなたは、少しは戦えるみたいですが。もし、そういった甘い気持ちを捨てきれないのであれば……冒険者には向いていないと言わざるを得ませんので」
ルナに厳しい視線を向け、リーニャはきっぱりとそう言い放った。
また落胆したように下を向いてしまうルナ。
(……リーニャ、やっぱり言いすぎじゃないかな)
ルナはまだ子供だ。冒険者の仕事に参加するのも今回が初めてだし、甘い気持ちなんてあって当然。
そんな子に命のやり取りをする覚悟を決めろといっても、それは酷というものだ。
恐らく、リーニャはそれを分かっててあえて忠告しているのだろうが――ルナの落ち込む姿をみて、カイは心苦しい思いを抑えられなかった。
そもそも、ルナがこのようにリーニャに厳しく言われてしまう状況を作ったのは、カイ自身なのだ。
何も考えずに彼女を冒険に連れてきた挙げ句、モンスター討伐という純粋無垢な少女には厳しすぎる仕事に巻き込んだ。
責められるとしたらルナではなく、自分の方だろう。そう思い、カイはリーニャに説明しようと口を開く。
だがそれより先に、ルナが叫んだ。
「わ、私、やります!」
リーニャが眉をピクと動かす。
「……何をです?」
「そ、その……覚悟を持つことです。生半可な気持ちじゃ、やっていけないって……リーニャさんの言う事、全部、分かるんです。だから、辛いことも厳しいことも、私頑張ります。冒険者になりたいって気持ちは、本当なので!」
たどたどしくも、どこか必死さが感じられる語気だった。
リーニャは少し考えた後、
「……そうですか? じゃあ、頑張ってください。せっかく、凄い魔法が使えるみたいなんですからね」
ちょっとだけ感心したようにそう言って、森を先へと歩いていった。
一連のくだりを聞いて心配になったカイが問う。
「ルナ……いいの? 大丈夫?」
「うん。ルナ頑張るから。だから、次もお手伝いさせてねっ」
カイの顔を見上げ微笑んでみせるルナ。
その笑みは――どこか、引きつっているような気がして。
「行こっ。リーニャさん、行っちゃったよ」
「……うん」
(ルナ……)
色々無理をしているんじゃないか。
そんな不安を抱えながら、カイはルナと共に深い森を進んでいく。
 




