24 虎、いちご、ぬいぐるみ
ルナに詳しい事を説明しようとしたカイだったが、遠くから大声でアレクに呼ばれたので、後回しにすることにした。
何事かと思い駆けていくと、この村の住民と思わしき男性がリンカ達と一緒にいた。
男性はたまたまその辺を歩いていた村人で、リンカが依頼の件を尋ねると、村長の所へ案内すると言ってくれたらしい。
カイ達はその人の案内で村長に会いに行くのだった。
――――
「お待ちしておりました。遠いところをわざわざ、どうもありがとうございます……このウェール村の、長をやっとる者です」
村長は、森のすぐ手前にある広場のような場所でカイ達を待っていてくれた。
白髭を垂らしたお爺さんだ。
「ごめんなさい。もう少し早く着く予定だったんだけど、少し遅れてしまったわ」
「あら、そうだったんですかい? 全く気づきませんでしたよ。いやあ、この歳になると時間の感覚もおかしくなってきますわ」
村長はあっけらかんと笑った。リンカとカイはホッとしたように息をつく。
「して、お聞きとは思いますがね。この森の虎が最近村に出て来るようになりまして、困っとるんですわ」
「……虎?」
「ええ。ヴィルドタイガーという、真っ赤な毛並みの虎です。この頃は繁殖期らしくてですねえ、餌を求めて村までやってきて、家畜やら作物やらを食い散らかしてるんでさあ」
そう言って村長は大きなため息をついた。どうやら依頼にあった猛獣というのは、野生の虎の事らしい。
「いつもは村に出てこないんですがね、この時期だけはどうにもならないんですわ。そこで、冒険者の方々に駆除をお願いしたくて、依頼した次第でございます」
「なるほどなあ……でもよお、そういうのって国が対処するもんじゃねえのか? 軍の仕事だろ、それ」
アレクが不思議そうに呟く。
このファータイル国では、治安維持や危険生物の駆除などの仕事は基本的に軍が受け持っている。彼の疑問はもっともと言えるだろう。
「いやあ、お国もこんな辺境の村に出す金はないようで。相談はしてみたんですが、取り合ってもらえませんのですよ。だもんで、毎年この時期は村の皆でお金を出し合って、冒険者の方々に依頼しとるんです」
「はえー……ひでえ話だな、それ」
国の手が回らないような問題は、冒険者の所に依頼という形で仕事が回ってくることが多々ある。
きっと今回もそのケースなのだろう。
だがそうとは言え、その資金くらいは国が負担するのが筋ではないか。国も薄情なものだ。
なんだか、お金を貰うこちら側が申し訳なくなってくる。
しかし、事情は事情、仕事は仕事だ。
自分たちはただ依頼を遂行する事を考えていればいい。
「わかったわ、村長さん。虎は私達で駆除させてもらいます。それと……いちごを3つ、採ってくればいいのね?」
「……いちご? ああ、森になってるもんなら勝手に取ってって構いませんよ。我々は虎を駆除してくれれば、それで十分ですわい」
村長は何も知らないというように言った。カイ達は目が点になってしまう。
「ちょっと。いちごを採ってくるのも、依頼のうちじゃなかったんです?」
リーニャが小声でリンカに尋ねる。
「そういえば、いちごはギルドに持ち帰れって書いて気がするわ。別件の依頼なのかしら」
「ええ? なんですかそれ……ギルドもテキトーですね。帰ったらクレームを入れましょう」
どうやら、いちごの採取はこの虎狩りとは別の案件のようだ。
同じ場所の仕事だからと一緒くたにされたということだろうか。ギルドも人使いの荒いことだ。
「……わかりました。じゃあ村長さん、行ってくるわね。終わったら報告するわ」
リンカに先導され、カイ達はそのまま森へ向かおうとする。
が、村長に呼び止められた。
「ああ、お待ちになってください。あなた方のお仲間さんを、今から呼んできますんで」
「……え?」
――――
何のことだと思いつつカイ達が待っていると、村長は三人組の男達を連れてきた。
上裸の上にジャケットを羽織った大男と、杖を持った魔術師風の男二人。
どうやら別の冒険者パーティのようだ。
「がはは! 遅かったじゃねえかリンカ! 待ちくたびれたぜ!」
そういって近づいてきたのは、三人組のリーダーと思わしき大男だ。
粘っこい髪に、胸毛や腕毛を生え散らかし――不潔で近寄りがたい感じがする。
「ビーゾン……なんであんたがここにいんのよ」
「あ? 聞いてなかったのかよ。俺らもこの依頼を受けて来たんだぜ?」
リンカがビーゾンと呼んだその大男は、ドスドスとこちらの方へ詰め寄って来た。それをみてルナがとっさにカイの方に寄ってきて、ぎゅっと服にしがみつく。
怖がるのも無理はない。それほどまでにこの男は、子供が逃げ出すような悪どい顔つきをしている。
「……そうだったのね。別に待っててくれなんて、頼んでないんだけど」
「がはは! おいおい、冒険者は助け合いだろ? 虎狩りってんだから、協力して行かねえと死人がでちまうぜ。だからわざわざ待ってやってたんだよ!」
唾を撒き散らしながら高笑いするビーゾン。リンカは眉をひそめ、舌打ちした。
ギルドの依頼は、たまにこうやって他のパーティと競合する事がある。
競合と聞くと、悪いイメージがあるが――実は、一概に悪いこととは言えない。
報酬が減ってしまう等のデメリットは確かにあるが、別パーティと協力して安全に素早く仕事を終わらせられる、というメリットの方が大きいのだ。
モンスター討伐のような生死が絡む危険な仕事では、むしろ別パーティとの競合は歓迎すべき事というのが冒険者達の認識である。
もちろん競合する相手次第だが。
「リンカ、知り合い?」
カイが声を落としてリンカに尋ねる。
「いいえ……と言いたいとこだけど。向こうが勝手に絡んでくるのよ。こいつも冒険者よ、私達と同じBランクのね」
Bランク冒険者は、レベルでいうと中堅上位といったところ。男を見ると、確かにその貫禄は感じられた。
背中に背負っている巨大な斧はかなり使い込まれており、体つきもただ大柄なだけでなく筋骨隆々と言ったほうが正しい。こんなチンピラっぽいナリだが、Bランクというだけはあるようだ。
「なんだよ……ガキばっかりのパーティだな?」
「お前ら、ビーゾンさんの足引っ張るんじゃねえぜ!」
ビーゾンの後ろにいる魔術師風の男二人が冷やかす。彼らはどうやらビーゾンの取り巻きのようだ。
確かに、カイ達五人のうち三人――いや、二人が子供なので、見くびられても仕方ないかもしれない。
ふとリーニャの方を見ると、その瞳には怒りと嫌悪の気が伺えた。
だが、ビーゾン達を睨むにとどまっている。いつものリーニャなら子供扱いされるとすぐ突っかかっていくのだが、相手が相手なので躊躇っているのだろうか。
「ようし、行くぞお前ら! あんまり離れないように、互いにサポートし合いながらな! がはは!」
そういって、ビーゾン達が悠々と森へと歩を進めていく。
カイ達も、鬱屈とした感情を胸に、仕方なく彼らについていこうとした――そのとき。
「あのっ……待ってください!!」
後方から叫び声がした。
腰を折られるのは二度目だ。一体何だよ、と思って振り返ると――ルナより幼いくらいの少女が一人、村の方からこちらに駆けて来ていた。
「おねがい! ミーちゃんを……ミーちゃんを、取り返してほしいのっ!!」
息を切らしながら、少女は何やら必死そうに訴えた。
「なんだ? ミーちゃん?」
「こら、レイラ! そんな勝手に! すみません、冒険者の方々……」
少女の後ろから母親と思わしき女性が追いかけてきて、彼女を叱りつけた。何かただ事ではない様子だ。
「ど、どうしたの? 何かあったのかしら?」
リンカが心配そうに尋ねると、少女は泣きそうな声で訴えた。
「あのね、虎さんたちがね、私の大事なミーちゃんを取って行っちゃったの! だから……取り返してほしいのっ!」
声を詰まらせながら、少女はそのままうずくまり、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
カイ達は呆気にとられてしまう。
そんな中、ビーゾンがずいと前に出た。
「なんだあ? ペットか何かが連れてかれちまったのか? だとしたら、希望は薄いな。もう食べられてるってのがオチだぜ!」
「あ、いえ……ミーちゃんっていうのは、この子が大事にしていた、ぬいぐるみです。大きなクマのぬいぐるみで、毎日抱いて寝るくらい大好きだったみたいなんですけど……」
「あ……? ぬいぐるみ?」
母親がそう説明したのを聞くと、ビーゾンたち三人組は互いに顔を見合わせ――
大爆笑した。
「ぎゃはははは! ぬいぐるみだあ!? ばか言ってんじゃねえよ!!」
泣き暮れる少女をよそに、ビーゾンたちはヒーヒーと笑い合う。
「なんだって虎がわざわざぬいぐるみなんか奪ってくってんだ! かわいい虎さんも居たもんだぜ! がはははは!!」
「お前らよお……笑うこたねえだろ。状況分かってんのか?」
アレクが突っかかった。
少女の様子を見て、彼らへの怒りに声を滲ませている。
「……あ? なんだてめえ」
ビーゾンがその巨体を乗り出しアレクと対峙する。
だがアレクも体格では負けていない。そのまま二人は顔を突き合わせ睨み合った。
一触即発のムードだ。
隣でリーニャが小声で「いけ」と呟く。
「やめなさい!!」
だがやはりというか、リンカが鋭い声を上げて二人をぐいと引き離した。
「……ちっ」
ビーゾンが舌打ちする。アレクも不服そうな表情だ。
「リンカ、余計なお世話だぜ。明らかにこいつらが悪いだろ」
「いいから……あんたは黙ってて」
リンカはアレクを強引に諌めた。
彼女の気は、アレクやビーゾンではなく――むせび泣く少女に向かっている。
「……虎がぬいぐるみを盗む訳がねえってんだよ。食えもしねえってのに!」
リンカに横槍を入れられて不満そうなビーゾンが文句をつける。
すると村長が口を挟んだ。
「ああ、それは彼らの習性によるものでしょうな」
「あ?」
「ヴィルドタイガーは、色々なモノを使って巣を作るという習性があるんです。まるで鳥のように。あの家を見てご覧なさい」
村長はそう言うと、近くに見える家屋を指差した。
森に面したその家は大きな穴が開けられ半壊しており、中は無残にも荒らされているのが見える。
「中にあった家具や布、小物なんかを色々持ってかれちまってねえ。この子のぬいぐるみも、って訳でしょうな」
「おねがいします……ミーちゃんを……ミーちゃんを、取り返して……」
少女は消え入りそうな声だ。
カイは、服の裾を握るルナの手にぐっと力が入るのを感じた。
「うーん……」
リンカは何やら悩ましげに頭を掻いていたが、決心したように頷くと、少女の前に膝をついた。
「事情は大体わかったわ。あなた、名前は?」
「……レイラ」
「レイラちゃん。ミーちゃんの事、私達が探してあげるわ」
「……! ほ、ほんと!?」
「ええ。だから、泣いちゃだめよ」
リンカはレイラの頭をポンと撫でた。
「あ、ありがとう!! おねえちゃん!」
カイはやれやれというように一人微笑む。
(……優しいな、リンカは)
余計な仕事を請け負えば、依頼の達成にも響くというのに。
実にリンカらしい決断といえる。
「あ、ありがとうございます。娘のわがままを聞いて頂いて……」
「いいんです。ただ、見つけられるかどうかはわからないわ。できる限り探すけど、結果は保証できないので」
「いいえ……探して頂けるだけでもありがたいんです。ミーちゃんがいなくなって、この子毎日泣きっぱなしで……食事も喉を通らないくらい、落ち込んでるんです。私も、もう本当に不憫で、見てられなくって……」
そう言ってレイラの母親も声を滲ませた。
どうやら村を襲った虎たちは、この母娘に物理的ではない深い傷を残していったようだ。
「……カイ。絶対にぬいぐるみ、見つけてあげようね」
ルナは静かにそう言った。
その声色には決意と、初めて聞く――怒りが含まれていた。カイは少し気圧されてしまう。
「う、うん」
そして、顎をポリポリ掻きながら、何か考えるように母娘の様子をじっと見つめていたビーゾン。
だがその後で、ケッと舌打ちした。
「……俺は知らねえからな。お前らで勝手にタダ働きしてろってんだ。おらてめえら、行くぞ!」
「「はい! ビーゾンさん!」」
そして、仲間を連れて深い森へと入っていった。
彼らの背中を不審そうに見つめていたリーニャが、カイに囁く。
「あの三人組、怪しすぎませんか? 虎狩りは危険で協力する必要があっても、いちごの方は早いもの勝ちなんです。遅れた私達の事なんか待たずに、さっさと発てばよかったはずなんですよ」
「ん? まあ……そうだね」
確かに今回のいちごのようなレアなお宝を探すとなれば、わざわざ競合の相手を待つ必要はない。
虎狩りは確かに危険だが、Bランクほどの手練ならばそう苦戦する事もないだろう。あの3人でも十分こなせるであろう仕事だ。
「どうも妙です。何か企んでいるのかもしれません……特にあのビーゾンとかいう、肥溜めのような男。怪しい匂いがプンプンしますよ」
「……そうだね。あの人達には気をつけた方がいい。隙を見て、いちごとかを盗みにくるかも」
冒険者の中には、手柄を横取りしてくる悪い輩も一定数いる。
ビーゾン達はもれなくその類の人種だろう。見た所、悪人のイメージを具現化したような奴らなのだ。
「ルナも、ああいう悪い人には近づかないようにね」
「……そう? ルナ、そんなに悪い人じゃないと思うけど」
ちょっと怖いけど、とルナが付け足す。
彼女の目には、あの男がそれほど悪人に映らなかったみたいだ。
「……どうだろうね」
「ルナさんは子供だから分からないんですよ。大人には分かります。アレはどうみても悪人ですっ」
リーニャはそうきっぱり言い放つと、次にリンカへと近寄っていく。
「リンカ。本当にぬいぐるみ、探すつもりですか?」
「ええ」
「……分かってますか? 虎の討伐、希少ないちごの探索……それだけでも手一杯なのに、更に仕事を増やすことになるんですよ? 今日はAランク昇格テストがかかった大事な日じゃなかったんですか?」
「承知の上よ」
リンカは何の躊躇いも無くそう言った。
「……はあ。わかりましたよ。まったく、子供に甘いですね、リンカは」
「……ちょっと、勝手すぎたかしら」
「いいえ? 私はリンカのそういう所、好きですよ」
リーニャはニコと微笑んだ。
話もまとまったところで、アレクが威勢よく叫ぶ。
「よし。そうと決まれば出発だな! 虎狩り、いちご狩り、ぬいぐるみ狩りだぜ!!」
カイ達は、樹々生い茂る森へと足を踏み入れていく。
 




