23 冒険者という仕事
「ふう。なんとか乗り込めた……」
カイ達はギルドを後にし、目的地へと向かう馬車に乗り込んでいた。
当初乗る予定だった馬車はとうに出発してしまっていたので、目的地を通過する他の荷馬車を探し、特別料金を払い、強引にスペースを作って乗せてもらったのだ。
もちろんの事、その料金はカイが支払った。支払わされた。
「……で、リンカ。さっきの続きだけど、今日はいちご狩りをするの?」
馬車に揺られながら、カイが期待混じりに問う。
「そうよ。いちごっていっても、危険な所にあるいちごだけどね」
「……だと思った」
カイはがっくりと項垂れた。
ギルドに届く依頼というのは、基本的に危なくて泥臭い仕事が多いが、たまに楽しそうな依頼もある。いちご狩りなんて聞くとまさにその類の依頼なので、カイは心躍る気分だったのだが――その期待は一瞬で砕け散った。
「モンスターの駆除をしつつ、いちごも取ってくる。それが今日の仕事よ」
そう言うとリンカは、続けて依頼の内容を説明してくれた。
今回の目的地は、首都ウェストレアよりずっと南に行った所にある、僻地のとある村。
その村の近くに、猛獣が棲まう危険な森があるのだが――猛獣の数が最近増えており、村に被害が出て困っているらしい。
なので、数を減らしてほしいそうだ。
加えてその森には、この時期だけ採れる美味ないちごがあるという。
それを採取する、というのも今回の仕事らしい。
「いちごの名前は、カルミットベリー。すんごい甘くて美味しいらしいんだけど、そのぶん希少なんだって。少なくとも3つは持ってきてくれ、って言われてるんだけど……見つかるかどうか」
「3つ!? おいおい、どんだけレアなんだよそのいちご」
アレクが驚きに声をあげる。
確かに、一日中森を探索して3つが期待値となると、もはやお宝と言ってもいい位だろう。やはり楽な仕事では無かったようだ。
「そんな事なら……私達に任せてください。きっと見つかりますよ」
何やら自信ありげに言うリーニャ。すると彼女は、肩から提げた大きい鞄をポンポンと叩いた。
その時、鞄の中身がもぞもぞと動きだす。
何だと思って見ていると――中から、一匹の小さな犬がひょこっと顔を出した。
「ワン!」
栗色の毛並みのその犬は、勢いよく鞄から飛び出し、馬車の中を元気そうに駆け回りだした。
そして暫くして、ルナの前で立ち止まり、彼女の服に頭を擦り寄せる。
「クーン」
「わ、わあっ」
「まったく、ロルフったら……ちょっと、背中を撫でてあげて下さい。喜びますよ」
ルナは驚いていたが、言われた通りその犬ロルフの背中を撫でてやる。
するとロルフは嬉しそうに尻尾を振り、ルナの手をチロチロ舐めた。
「……! かわいい……」
「1個でもいちごが見つかれば、その子が匂いを嗅ぎ分けて更に沢山見つけてくれるはずです。安心してください、リンカ」
「そうね。期待してるわ、ロルフ」
ロルフの事をひとしきり撫でた後、ルナが尋ねる。
「この子は、リーニャさんのペット……ですか?」
「いいえ? ペットではなくて相棒です。私はビーストテイマーですから」
リーニャは、動物を手懐け使役するビーストテイマーだ。
鳥や犬などの力を借り、索敵や探索など人間には出来ない仕事をこなす職業である。加えて狩人としての一面も持ち、戦闘にも貢献してくれる。
今日連れているのは犬のロルフで、小さい犬ではあるがきちんと訓練された狩猟犬だ。彼女の言う通り、嗅覚による木の実の探索くらいならお手の物だろう。
今回の仕事では心強い味方となりそうだ。
「……それより、カイ。その子の事、ちゃんと説明してくれますか?」
リーニャがルナの方を見ながら尋ねる。
「預かる事になったとか言ってましたが、色々省きすぎです。そんなので納得出来るわけないでしょう」
「確かに、俺も気になるな! 見た感じ親戚って訳でもなさそうだしよ」
そう言ってアレクも身を乗り出してきた。
二人の好奇の目がカイに向けられる。
「……わかった」
そしてカイは、ルナと出会った経緯を二人に説明してあげた。
迷子の紅血族の子で、一旦保護し、仲良くなったので今とりあえず一緒にいるのだ、と。
だが、電気の病気の事やそれにまつわる複雑な事情などは、話さなかった。
二人にルナを拒絶されるわけにはいかないし、伝えたとしても質問攻めに遭うだけだ。双方になんのメリットもない。今はこの程度の説明で済ましておくのがいいだろう。
「……なるほど。家出して迷子になってる所を拾って、懐かれたって訳ですか」
「まあ、そんな感じ」
「なんだ、昨日休んだのはそういう事だったのか! こんなかわい子ちゃんとデートしてたなんてよお! お前もやるようになったじゃねえか!」
「あ、あはは……」
アレクが笑いながら背中をバシバシ叩いてくる。カイは苦笑いした。
しかしそんなアレクと対照的に、リーニャは怪訝そうな顔だ。
「……で? そんな出会ったばかりの子に、冒険者をやらせたいと。カイ、さっきそう言ってましたね?」
「うん。でも、冒険者になりたいって言い出したのはこの子自身なんだ。ね? ルナ」
「え? う、うん」
それを聞いて、リーニャが露骨に眉をしかめる。
「……へえ?」
「俺は、付き添いって形でもいいとは思うんだけど。冒険者になる必要は別に無いと思うし」
「だ、だめ! それじゃ、助けられるばっかりになっちゃうもん。ルナもカイの役に立ちたいのっ」
ルナの真剣な眼差しがカイに向けられる。
「だから……ちゃんと冒険者になって、お手伝いしたいの。そうじゃないとお返しにならないもん」
「……そっか」
カイは返す言葉も無かった。こうまで言われては頷く他ない。
だがリーニャは納得いかない様子だ。
「よく分かりませんが、ほんとですか? 本気で冒険者になりたいと思ってるんですか?」
「は、はい!」
「ふーん。じゃあ聞きますけど、あなたは何歳です?」
「え? えっと……11です」
「「じゅういちぃ!?」」
リーニャとカイが同時に声を上げる。
「……って、何であなたが驚いてるんですか、カイ」
「え? いやあ、あはは……」
カイは素直に驚いていた。大体10歳くらいだとは思っていたが、見た目の割にしっかりしている子なので、もう少し年齢は上だと思っていたのだ。
「11だなんて……お子様じゃないですか。いくら頑丈な吸血鬼だとはいえ、冒険者なんか務まる訳ないでしょう」
リーニャがため息をつく。すると、それを聞いたアレクがニヤリと笑う。
「なんだ、別にいいじゃねえか。お前だってお子様みたいなもんだろ? リーニャ」
「!! と、取り消しなさい、アレク!!」
リーニャが勢いよく立ち上がった。顔を赤くして、アレクに怒りの目を向けている。
「おいおい、そんな怒るなよ。見た目の事じゃなくて、中身の話だぜ?」
「……っ! なおさらですっ!! 馬鹿にしないで下さいっ!!」
声を荒げ、アレクに食ってかかるリーニャ。
彼女は見た目が幼いのがコンプレックスなのか、子供扱いされるとこうやって激しく怒るのだ。だがそういう所もどこか子供っぽいので、毎回こうやってよくアレクにいじられている。
実際彼女は童顔で、身長もルナより少し高いくらいだ。色々な場面で、よく子供と間違えられるらしい。
「私はれっきとしたオトナなんですっ!! 毎回毎回、私の事をそうやって子供扱いして……子供なのはあなたでしょう! 少なくとも私は、あなたより人間性も何もかも上ですから! この、馬鹿アレク!!」
ちなみに彼女の年齢は、リンカやアレクと同じく20代前半だ。その点に限って言えば大人であるのは間違いないのだが――どうにも。
「分かってるって。俺は貶してるんじゃなくて、褒めてるんだぜ? お前のチャームポイントじゃねえか、ちっこくて可愛いってのは」
「……!?」
アレクのその切り返しに、リーニャは固まった。
怒りで真っ赤になっていた顔が更に紅潮し、何か言い返そうとして口をパクパクしている。
そして、アレクから目を逸らし。絞り出すようにして、一言反論した。
「……う、うるさいですよっ」
何かごにょごにょ小声で不満を吐きながら、リーニャは腰を下ろした。アレクはそれを見て、可笑しそうにケタケタ笑っている。
こういう所も、アレクが面白がって彼女を子供扱いする一つの理由だった。
「……コ、コホン。話を戻しましょうか。11歳には冒険者は務まらない、と言いましたが……まあ、年齢に関しては大目に見ましょう。カイのような例がありますからね」
リーニャが気を取り直して言う。
ルナも子供だが、かといってカイも歳は16で、まだまだ子供だ。しかし冒険者としてはベテラン級の働きをしているので、リーニャ含めメンバーからは一人前の冒険者として認められているのであった。いわば特例である。
「で、ルナさん。あなたは何ができるんです?」
「……え?」
「冒険者になるなら、与えられた役割をこなして貰わないといけません。戦闘はもちろん、索敵、補助……いろいろ。カイは子供ですけど、ちゃんとパーティに貢献してくれてます。あなたは、どう貢献できるんですか?」
「え……えっと……」
ルナは言葉に詰まってしまう。
「はあ……そんな事だと思いました。なんにも出来ないんでしょう」
再びため息をつき、呆れたように言うリーニャ。
「せいぜい荷物持ちとか、木の実の採集とかですかね。そんなんじゃ、冒険者とは言えませんよ」
「…………」
「よくいるんですよ。表面上の事だけ聞いて、冒険者ってちょっと楽しそう、とか思っちゃう子が。言っときますけど、冒険者ってのはあなたが思うより何十倍も厳しい仕事ですからね?」
棘のある言い方が気になるが、確かに彼女の言う通りだ。
冒険者は色々な場所に赴き、旅をしながら仕事をこなす。確かにその点では楽しいと言えるかもしれないが、仕事の内容としては危険で汚いものが殆どだ。
モンスターの討伐、危険地域の探索、護衛、犯罪者の追跡――とてもじゃないが、幼い少女に務まる仕事ではない。
「どうしても冒険者をやるというのなら、モンスターの一匹や二匹倒して貰わないと困ります。役立たずのお荷物は、ウチはもちろんどこのパーティでもお断りですからねっ」
「……!」
リーニャの鋭すぎる指摘に、ルナはバツが悪そうにうつむいてしまう。そこで即座にカイが言い返す。
「ちょ、ちょっとまってよ。俺はルナにそんな事させるつもりはないよ。ルナは俺の傍にいるだけで良いから……モンスターなら、俺がルナの分まで倒すから。それでいいじゃん」
「じゃあ、それはただの付き添いじゃないですか。そうじゃなくて、ちゃんと冒険者のお仕事がしたいのでしょう? それなら私の言ってることは正しいはずです」
「……それは」
「冒険者はその性質上、強さというのは必須条件ですからね。強くなければ冒険者は務まりません。最低それくらいの条件はクリアしてから、物を言うべきだと私は思いますよ」
リーニャのその主張を聞いたカイは、一瞬、電気の力の事を持ち出して反論しようとした。
この子は凄いんだと。もの凄い雷魔法が使えるんだ、と。
だがその直前で、何とか思いとどまった。
言えば話が余計こじれてしまうし、そもそも今言う訳にはいかない。
それに、彼女の電気の力は「強さ」ではないのだ。
確かに、うまく使いこなせれば強力な武器になるだろう力だ。訓練すればルナは凄い雷魔術師になれるかもしれない。
だが、彼女にとっての電気の力は、疎む対象であり、「病気」なのだ。
恐らくルナは、その力を戦闘になんて絶対使わない。
一匹の虫にすら、力を向けるのを躊躇うだろう。
それほど純粋で優しい子なのだから。
「リーニャ……言い過ぎじゃねえか? 何もそこまで言う必要ねえだろ」
落ち込むルナを見かねてか、アレクが割って入る。
「いいえ。私はこの子のためを思って言っているんです」
「分かるけどよ、言い方ってもんがあるだろ。お荷物だとか、あんまり言うもんじゃねえぜ?」
「それくらいの事を言わないと子供は分からないんです! 興味本位で足を踏み入れて良い世界じゃないんですよ。あなたもそれくらい分かるでしょう、アレク!」
「……そりゃまあそうだがよ、けど――」
またもや二人が言い合いを始めたかと思った、そのとき。
馬車の御者のおじさんがこちらを振り返った。
「ほら、お前さん達。ウェール村についたで」
気づけば、目的地についていた。
外を見やると広大な畑が広がっており、ぽつりぽつりと木造の家が建っている。こじんまりとした、いかにも田舎の村といった感じの場所だ。
そして村の奥には、鬱蒼と生い茂る深い森が広がっている。
「――どうも、ありがとうございました」
御者のおじさんにお礼を言って、カイ達は馬車を降りた。
「おお。なんだか知らねえが、仲良くな」
そう言い残し、おじさんは道を先へと馬を走らせて行った。
それを見送った後、リーニャが一歩前に出てルナの方を振り返る。
「とにかく。生半可な覚悟で冒険者になろうだなんて、言わない事です」
そう言い残し、リーニャはずいずいと村の方へ歩いていった。
「おい、待てって……」
アレクが彼女の後を追い走っていく。追いつくと、二人はまた何やら言い合いを始めた。
「……さ、私達も行くわよ」
ギャーギャー言い争う二人を遠目にリンカはそう言って、同じく村へと歩き始めた。
カイが少し気になって問う。
「リンカ、今日はやけに大人しいね」
その問いにリンカは立ち止まり、おもむろにカイを振り返った。
「……あんた達、昨日何かあったの?」
「ん?」
「一日見ないうちに、なんていうか……馴染んでたから。ちょっと、あんた達の様子を観察してたのよ」
「そうかな。特に変わったことは……」
なかったとは言えないな、と心の中で思う。
昨日は色々ありすぎた。
リンカは何やら口を尖らせてこちらを見つめていたが――次に目線をルナに移すと、落胆した様子の彼女が気にかかったのか、彼女の前で腰をかがめ、諭すように言う。
「ルナちゃん。リーニャのこと、悪く思わないであげてよね。言い方はアレだったけど、あなたの事を思っての事だから」
「……はい」
「あの子ね……昔、同じ冒険者だった身内の子を、亡くしているの。だから、こういう事に少し敏感なのよ」
カイは目を見開いた。
(……そうだったのか)
リーニャのあのキツい口調に、少しだけ納得がいった。
「私も正直、冒険者になるのはおすすめしないわ。あの子の言う通り危険なお仕事なの。今日は特別に見学ってことで……絶対に、カイから離れたら駄目よ?」
「……はい」
リンカはルナの肩を励ますようにポンと叩くと、リーニャ達の後を追って行った。
「俺たちも、行こっか」
「……うん」
ルナの手を引いて、カイもゆっくりと歩き出す。
「ルナ、気にする事ないからね」
「…………」
「別に何も出来なくていいんだよ。俺の傍に居るだけで、それでいいんだから」
「……でも、それじゃカイのお手伝い出来ない」
ルナは歩きながらじっと足元を見つめている。
その声は、少し震えていた。
「リーニャさんの言うこと、分かるの。よく考えたらルナ、戦ったりなんて出来っこないし。役立たず、だもん」
「…………」
「カイ、ごめんなさい。ルナ、冒険者になってカイのお手伝いしたかったんだけど……駄目みたい」
ルナが落ち込んでしまったのをみて、カイはやるせない気持ちを隠せなかった。
何とかしてやりたいと思いつつも、リーニャの言い分も一理あると納得している自分がいたのだ。
何も考えず冒険者になりたいというルナに、リーニャが厳しい態度をとるのはある意味仕方ない。付き添いではなく一人の冒険者としての立場を望む以上、強さなどを求められるようになるのは当然だからだ。
しかし、ルナが冒険者になりたいと言うのは、ただ自分と一緒にいたいから、それだけの理由なのだ。
病気を治し幸せになりたい、そのお手伝いをしてもらうかわりにこちらも役に立ちたい、という健気で純粋な思いが根っこにある。
カイはそれを分かっている以上、ルナに冒険者は諦めろとは言えなかった。
――何かいい方法はないか、と思案をめぐらせる。
ルナがちゃんとお手伝いできるような事はないだろうか。
木の実の採集などの雑用仕事もいいが、リーニャにそんなのは冒険者ではないと言われてしまっている。理想なのは、ルナが戦えるようになる事だ。ちゃんと戦力になる事が出来ればリーニャも納得してくれるし、ルナも冒険者の仕事ができて満足するだろう。
だが、剣でも持って戦えなんてルナに言える訳がない。出来たとしても戦闘の補助くらいだろう。
ちゃんとルナが活躍できて、かつそれが「お手伝い」になる。リーニャもルナを戦力として、冒険者として認めてくれる――そんな方法は、何かないだろうか。
そうやってあれこれ考え尽くした結果。
(……これなら)
カイは、あるひとつの方法に辿り着いた。
この方法なら、ルナもちゃんと戦闘に参加できて、「お手伝い」にもなれる。
しかし、上手く出来るかが心配だ。
初めての試みだし、下手すれば大事故に繋がりかねない、言ってみれば賭けのようなアイデア。
だが、ルナのためにやるしかない。やってみせなければ魔術師失格だ――そんな決意のもと、カイは彼女に提案する。
「ルナ。良い方法があるんだ。君が冒険者らしく戦えて、その……俺の、お手伝いにもなる方法が」
驚いたようにカイの顔を見上げるルナ。
「ほ、ほんとっ? どうやるの?」
「簡単だよ。さっきから言ってるように、ルナは俺の傍にいるだけでいいんだ」
「……え?」
「でね? ちょっと、俺が魔法を使うのを手伝って欲しいんだ。――その、電気の力で」
カイは、困惑するルナへにっこりと笑いかける。
「今日は、うんと強い雷魔法、使いたい気分なんだ」




