15 雷魔法
「どういうことかね? この幼い少女に、雷魔法を教えろと?」
ギルバートが一転して不審そうな目を向けてくる。彼だけでなく、マシアスとリヒトも呆気にとられたようにルナを見つめている。
「そうだよカイ。お前が学びたいんじゃなかったのかよ? 一体どういう事だ?」
やはりと言うべきか、リヒトが問いただしてきた。
「どうもこうもないよ。俺は、この子に雷魔法を教えたいんだ」
「いやいや、意味がわかんねえよ! 何だってルナちゃんに――」
「リヒト。後輩と約束してるんじゃなかったの?」
カイの指摘にハッとするリヒト。
「あ、やべ……くそ、すぐ戻ってくるからな! 後で説明しろよ!」
そう言いながらリヒトは来た道を走って行き、階段を登って姿を消した。
リヒトが居ても場に混乱をもたらすだけだと判断したカイは、彼を追い払うことにしたのだった。ギルバートのようなタイプの人間は、この場に一人で十分だ。
そのギルバートはというと、仁王立ちでルナの事をじっと見つめている。
「……今一度問おう。このいたいけな少女に、魔術の真髄ともいえる雷魔法を教えろというのかね?」
「はい。お願いします」
あくまでも毅然とした態度と口調で、カイは答えた。
真剣さが伝わるように。
「ふむ。この子は何年生かな?」
「ここの生徒ではないです」
「……魔術の経験は?」
「ないよね? ルナちゃん」
ルナは無言で頷く。
「はっ。冗談はよしたまえ」
ギルバートはフンと鼻を鳴らした。
「いくらなんでも、生徒でもない素人の子供に雷魔法を教えるわけには行かないな。私にはそんな時間は――」
「あ、あのっ!!」
ルナが口火を切った。
ギロ、と鋭い目で彼女を見下ろすギルバート。
「なんだね?」
「……そ、その。わたし、本当に、雷魔法を学びたいんです。だから、教えて下さい。お願いします!!」
ギルバートの威圧感に押されつつも、ルナは自分の思いを言葉に紡ぎ、そして頭を深々と下げた。
その言葉と態度には、幼い少女に似つかわしくない程の決意と必死さが表れていた。
「……俺からも、お願いします。この子に雷魔法を教えてやってください」
カイも同様に頭を下げる。
「…………むう」
ギルバートは困ったように首を捻った。
単に教えを乞うだけではない、どこか必死さが見受けられる二人の子供を見つめながら、考え込むように腕を組んでいる。
そして暫くして、ため息交じりに口を開いた。
「私には娘が一人いてね。この少女を見ているとどうにも娘の顔がチラつく。どういう事情か知らないが……ここで手を差し伸べずしては、一児の父として示しがつかないと思うのだよ」
「……! じ、じゃあ――」
「しかしっ!! 魔法というものは、一朝一夕で身につけられるものではないのだ! いくら頼み込まれても、やはり全くの素人に教えるような事は出来ない!!」
キッパリと言い切られた。
そこを何とか、とカイは口を開きかけるが、余りにも清々しく断られたために言葉が出てこない。
確かにギルバートの言う通り、魔法の習得とは並大抵の努力では達成できない。コツコツと毎日勉強し、鍛錬を積み重ねてようやく扱えるようになるのが魔法というものなのだ。
その中でも群を抜いて難しい雷魔法――それを素人の子供に教えろというのは、差し出がましい話なのだろう。
カイはそれでもルナに雷魔法を教える気でいたのだが、それはカイが相応の覚悟を決めたからだ。
考えてみれば、ギルバートにはそんな義理や道理など全く無い。
――それなら。
「あの……実はですね。ちょっとこの子には、特殊な事情があるんですけど」
「知らないね。どんな事情があっても、君達に構ってる暇はない!」
「いや、本当に特殊な事情で……先生も、ご興味があるかと……」
「いいや、そんなの私の知ったことではない! 冷やかしなら帰ってもらおうか。私は忙しいのだ!」
カイの説得も虚しく、ギルバートは聞く耳を持たなかった。一度決めたことは曲げないかなり頑固な人だ。
「まあまあ。ギルバート、話くらい聞いてあげなさい」
その様子を見かねたのか、マシアスが諭すように口を挟んだ。
「マシアス殿。しかしですな……」
「別にいいだろう。何を渋ることがあるんだね。子供が二人して頭を下げているというのに、突っぱねる事はないじゃないか」
柔らかい口調が、語尾にいくにつれ段々強まっている。
「そう言われましても――」
「教えるのは難しくとも、何かしらの助言くらいはしてやりなさい。君、それでも教師かね?」
「いや、しかし――」
「子供に物を教えることが君の役目だろう。ここで教師をやっている以上は職務を全うするべきではないのかい? それも出来ないようでは、君は教師失格だ」
「がっ……そ、そこまで言われると、面目ない……」
マシアスのお説教にギルバートは肩をすくめた。
次に、一つ大きいため息をつくと、やれやれと言うようにカイ達の方へ向き直る。
「……仕方あるまい。話してみなさい、その事情とやらを」
「あ、ありがとうございます!」
何とか話を聞いてもらえる流れになった。
だが、ルナの病気の事をエサに話を進めてしまった罪悪感がすぐにカイを襲う。
おそるおそる、ルナの顔を窺い見る。
だがそんな心配も及ばず、嬉しそうにニコニコしていた。
元よりルナも納得しているのだろう。雷魔法を学ぶのは病気を治すためであり、教えを請うならば、どちらにしろ事情は話さないといけない。
それに、もしかするとこのギルバートという人は病気の事を知っているかもしれないのだ。
これが大事な所だ。雷魔法を専門家である即ち、電気に関わるあらゆる現象について彼は熟知しているはず。病気の存在を耳にしている可能性は高い。
「……教えていいよね? 病気のこと」
「うん」
ルナはすんなりと頷いた。
カイはルナの特殊体質について話した。
彼女が紅血族にも関わらず、電気の弱点を克服していること。生まれたときからの病気で、自然と体に電気が溜まっていき、たまに発作が起きて、それを放出してしまうこと。
そのせいで、色々辛い思いをしてきたということ。
ルナが紅血族だという話をする時、彼らがどう反応するかカイは不安だったが――二人の教師は彼女の顔をチラとみるだけで、特に反応を示す事はなかった。リヒトのいう学のある大人というやつなのだろうか。
話終えると、ギルバートはいまいち飲み込めない様子でルナの方を見た。
「…………なるほど。それは本当の話かね?」
「はい。電気が溜まる病気だそうです」
「……ふむ」
何か考え込むように首をかしげ、ルナを食い入るように凝視するギルバート。それに耐えられないようで、ルナは伏し目になって体をもぞもぞさせている。
「先生はこの病気、ご存知ですか?」
「いや、恥ずかしながら全くの初耳だ」
カイは期待混じりに尋ねたが、ギルバートはサラっと答えた。
「…………そうですか」
カイは体の力が抜けていくのを感じた。
もしかして、という淡い期待のはずだったが、返ってきたのはそれ以上に深い失意だった。
一縷の望みが絶たれたような思い――雷魔法専門の教師が知らないのなら、誰がこの病気を知っていようか。ルナも落胆したように肩を落としている。
「電気が溜まっていく病気だなんて……君、大丈夫なのかい? 痛かったり、しないのかい?」
マシアスは腰をかがめてルナの顔を覗き込み、心配そうな声を漏らす。
「え、えっと……はい。どういう仕組みかは、わからないんですけど。痛いのは、電気が出る時だけです」
「そうかい。気の毒にねえ……」
気の毒。そう、本当にルナが不憫でならない。
かすかに見えた希望の光も消えてしまった。
しかし、落ち込んではいられない。
治せなくとも、雷魔法を学ぶ事によりコントロールは出来るかもしれないのだ。
「これは……いやしかし……ふむ…………」
何か考察するようにブツブツと独り言を言っているギルバートに、カイは提案する。
「どうでしょう、先生? この子に雷魔法、教えてはくれませんか」
「待ちたまえ……その話は後だ。君、名前は何と言ったかな?」
少女の方へ向き直り、問いかけるギルバート。
「ルナです」
「ルナ君。ちょっと試したい事がある。こちらに来てくれたまえ」
「……? は、はい……」
ギルバートはルナを連れて、部屋の奥の方に進んでいった。何をするのかとカイは不安になる。
「先生、何をするつもりですか?」
「……電気が身体に溜まっていると言うがね。ちょっと、私にそれを見せてほしいのだよ。聞いただけではどうにも信じられない」
「見せてほしいって……どういう」
「私の考えが正しければだが、雷魔法で少し刺激を与えれば、それをきっかけに体から電気が漏れ出てくるはずだ。それを試したい」
「……!!」
カイはギルバートがやろうとしている事を理解し、すかさず声を上げて止めようとする。
「だ、駄目です!! 下手に刺激すると――」
「心配には及ばない! 少しピリッとする程度の弱い魔法を使う。ルナ君も構わないね?」
「えっ……あ、その……」
そうじゃない――心配なのはルナではなく、あなただ。
そういえばさっきギルバートに事情を話す際、彼女の電気の威力について伝えていなかった。
「君はそこで下がってなさい。マシアス殿もですぞ」
「あ、ああ……」
「待ってください!! その子の電気は――」
カイの話を聞くことも無く、ギルバートはルナの腕を右手でがしと掴むと、空いた左手の指を立てて斜めに構えた。魔法発動のサインだろうか。
決断即実行。
カイが止める間もなく、ギルバートは雷魔法を発動した。
してしまった。
――パチッ
ギルバートの手から青白い光が閃き、細い電気の筋が放たれた。それはルナの腕を伝い、うねりながら彼女の肩の方に移動していく。
そのとき、ギルバートと繋がれたルナの腕が光り始めた。
明らかにギルバートのものではない、間違いなくルナ自身から発されている強い白光。
まずい、と思うのもつかの間。
カイの背中に冷たいものがスッと通り抜けた。
前にも味わったことがある――ルナと出会った時、放電される直前に感じた、あの寒気。
――バチバチッ
その火花が飛び散るような音を聞いた時。
この場で唯一その正体を知っていたカイは、既にルナのもとへ飛び出していた。
あれが来る。




