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天才魔術師、ロリ吸血鬼を拾う  作者: くまねずみ
第一章 出会い編
14/34

13 魔術大学校へ

 

 外に出ると店内の静謐とした空気から一転、人で溢れかえった商店街の喧騒がカイ達を包み込んだ。

 通りの突き当たりに見える魔術大学校に向け、三人は人混みの中を歩き出す。


「ふー……しかし、あのおっちゃんもよく本屋なんて続けてるよな。客なんて全然来ないのに」


 リヒトがやれやれと言うように呟く。カイも同意したように頷いた。


「まあ文字を読める人自体、この国だと半分もいないくらいだからね」


 この国ファータイルはまだ発展途上の国であり、政策課題も多い。教育政策はその一端だ。


「ああ。俺は断言できるぜ……近いうちにあそこは潰れる。おっちゃんには悪いけどな」


 確かに街が賑わう時間帯、かつ休日だというのに客が一人も来ないようでは、その可能性は大いにある。カイはよく利用する場所なのでそうなって欲しくはなかったが、かといって自身がどうこうできる話ではないのも事実だった。

 需要がなければ市場から淘汰される。悲しいが世の常だ。


「……お、そうだ。君、名前は?」


 リヒトが思い出したようにそう言って、カイに引っ付くルナの顔を覗き込む。

 カイは服の裾がぎゅっと引っ張られるのを感じた。緊張しているのだろうか。


「……ルナ、です」

「ルナちゃんか。俺はリヒトだ、よろしくな」

「はい。よろしく、お願いします」

「…………んん!?」


 その時。リヒトは何かに驚いたように目を丸くした。

 ルナの口元でキラと光る、鋭い何かが目に入ったようだ。

 そして視線を彼女の眼へと移す――真紅に染まる虹彩が、リヒトの見開かれた目を反射する。


「今気づいたけど。もしかして君、吸血鬼か?」

「えっ!? え、えっと……」


 ルナが困ったようにカイを見上げる。


「そ、そうなんだよ! この子はそう……吸血鬼なんだ。大丈夫、襲ったりはしないから」


 戸惑うルナを見てカイがすかさず口を挟む。

 吸血鬼だと知られてはまずいというのは、事前に彼女にも説明していたのだ。


 できれば知られたくはなかったが――気づかれてしまっては、誤魔化そうにも誤魔化しきれない。面倒な事になりませんようにと願うだけだ。


 しかし、リヒトの反応は至極素っ気ないものだった。


「ん? そんな事分かってるよ。珍しいなって思っただけだぜ」


 特に動揺を見せる様子もなく、リヒトは平然とした顔をしている。カイは、リヒトが驚いてドン引きする事をも覚悟していたのだが、どうやら杞憂だったらしい。


「そ、そう? 俺の仲間が、あんまり人に吸血鬼って知られるのはよろしくないって言ってたんだけど」

「あー、だからそんなローブ着てんのか。顔を見たらバレバレだけどな」

「…………」


 確かに目と牙で吸血鬼と認識できる以上、バレるのは時間の問題だった。

 よく考えればそうだ。フードをかぶっても、顔までは隠せない。


「俺は気にしないぜ? 人の血を吸うのは知ってるけど、別に見境なく襲う訳でもないだろ」

「…………」


 カイは、ルナに襲われた時の一件を思い出した。

 あの時の彼女を思い返すと気持ちよく頷くことは出来ないが、まあ別に間違いではないだろう。吸血鬼にもちゃんと普段は理性がある。


「昔は凶暴だったみたいだけどな。でも今は違うらしいし、吸血鬼だからって態度を変えるような事はしないさ。学のある大人なら、そんな差別みたいな事はしない」

「……助かるよ」


 リヒトは白い歯を見せてニッと笑った。


 しかし彼はそう言っているが――その学のある大人は、この国にどれほどいるだろうか。識字率が半分に満たないこの国に。


 この商店街も表通りは平和でスリなども見かけないが、一歩裏地にでも出れば話は変わってくる。

 お世辞にも良い人とはいえない輩なんて、そこら中にいるのだ。その事を考えれば、やはりルナが目立たないに越したことはないだろう。


 ふと気になってルナの顔色を窺うと、幾許か安心したように、綻んだ顔つきを見せていた。

 吸血鬼である事をリヒトが受け入れてくれた事に安堵しているようだ。


「あ、あのっ! リヒトさんも、冒険者なんですか?」


 ルナが思い切ったようにリヒトに話しかけた。

 人見知りだと思っていたが、案外そうではないのか。


「ん? 違うよ。俺はこいつと違って、軍に所属してる。軍人さ」

「……軍隊のひと、ですか?」

「そうさ。まだ見習いだけどな」

「…………」


 ルナは何かを思い出すように下を向いた。

 そういえば、邪険に扱われていたという父親が軍の総司令だった。ルナは軍という言葉に余り良いイメージはないのかもしれない。


「リヒトは、大丈夫だからね」

「……うん」


 リヒトはカイと違い、軍に入る道を選んだ。

 

 魔術師というものは基本的にどこでも重宝される人材だ。魔術大学校の出身ともくれば、冒険者であれば色んなパーティからすぐに声が掛かるし、軍に入れば即戦力。

 特に軍の場合、魔術師は単なる歩兵よりも何倍と戦力になるために好待遇で迎え入れられ、華々しい将来が約束されるそうだ。


 そのため、自ら進んで軍に入る魔術師は多い。

 リヒトが軍に入った理由は、そんなヤワな理由ではないようだが。


「俺とカイの師匠がよ、軍人なんだ。今は引退しちまってるけど、すんげえ魔術師なんだぜ? 現役のときはめちゃくちゃ活躍してたんだ。そんな師匠に憧れて、俺は軍に入ったってわけよ」

「そ、そうなんですね」

「ああ。ゆくゆくは師匠みたいな大魔術師になって、軍で一番の魔術師になる。それが俺の夢さ!」

「……すごい。大きな夢ですね」

「ああ、だから今必死に頑張ってる所さ。ルナちゃんは? 将来何になりたいとか、夢はあるかい?」


 リヒトのその質問に、ルナが目を見開く。


「……ゆめ」


 そう呟き、足元に目を落とした。

 黙ったまま、考え込むように神妙な顔を浮かべている。


「あー……まあ、まだ子供だもんな。そのうち見つかるさ!」

「…………」


 ルナはそのまま、目的地に着くまで口を開く事は無かった。

 時折カイの方をチラチラと見上げてはいたが。



 ――――



「ほら、ついたぞ。魔術大学校だ」


 人混みに飲まれていて気づかなかったが、いつの間にか三人は学校の正面まで来ていた。


「……わああっ!!」


 ルナはその外観を目に捉えると、驚きと興奮に声を上げた。 


 緑豊かな広い敷地の中心にそびえ立つその建物は、まさに城。上に向かってすらっと伸びる尖塔や、細部に至るまで装飾が施された外壁は息を飲むほど美しく、白と水色を基調とした壮麗な装いに目を奪われてしまう。


「すごい! 何あれ、浮いてるよ!」


 そして嫌でも目につくのが、城の周りに浮いている3つの巨大な「球体」だ。

 魔法で浮いているのだろうか、日光を鈍く反射する美麗な白い石で造られた球が、ゆっくりと城の周りを旋回するように動いていた。よく見るとその球体には窓がついていたり、入り口らしき穴が空いている。


「俺は見慣れちまったが。初めて見たときの衝撃は忘れらんねえな、やっぱり」

「リヒト。あの球って中に入れるのか?」

「ああ、あれは中が普通に教室とかになってるぞ。ほら、本校舎のあそこ……少し伸びた通路があるだろ。あそこにちょうど球が移動してきた時に、乗り移れるんだ」


 リヒトは城を指差した。確かに外廊下から何本か枝分かれした通路が伸びている。


「ちなみに図書館もあの球の中にある。さ、行こうぜ」

「あれ、そうだっけ。図書館は確か城の方にあったはずだけど」

「昔の話だぜ、それ。本が多くなったから、でかい玉の方に移転したんだ。きっと雷魔法の教科書も追加されてるぜ、期待しとけよ」

「なるほど……ルナちゃん、行こう」

「……あ、うん」


 目の前の光景に見入ってその場に立ち尽くしていたルナを呼び、リヒトに付いて行く。


 そして三人は正門の前までやってきた。今日は休日だからか敷地内は閑散としており、出入りする生徒も全然いない。


 学校は敷地を見上げるほど高い鉄柵で囲われていたが、この正門には特に封鎖するための扉はついていないようだ。

 これでは部外者が入りたい放題ではないかと思ったが、その疑問はすぐに払拭される事になる。


「ほら二人共、俺の手を繋いで」


 突然、リヒトが両の手をこちらに差し出してきた。


「え?」

「ここに入るためだよ。結界を通るから」

「……あー」


 結界魔法。境界を作り出してバリアとして戦闘で使ったり、人の魔力を識別して通過できる者を個別に定めることができたりいう特殊な魔法だ。それなら門扉が無いのも納得できる。

 しかし、資格ある者と手を繋ぐだけで通過できるものなのか。


(……そういえば、師匠と来た時も門の前で手を繋いだっけ)


「ほら、どうしたんだよ。恥ずかしいのか? ルナちゃんはもう準備オッケーだぜ」

「……え?」


 気づけば、ルナは既にリヒトと手を繋いでいた。

 リヒトはもう片方の手を差し出してくる。


「…………」

「おいおい、恥ずかしがんなよ。大丈夫だって、誰も見てないから」


 カイは少し躊躇いを見せた後、そっぽを向きながらリヒトの手を取った。それを見てリヒトはニヤリと口角を上げたが、カイは気づいていない。

 三人は一列に並び、正門へと歩き出した。


「ちょ……自分で提案しといてアレだけど、やっぱり恥ずいなこれ」

「…………」


 リヒトの言う通りだ。

 傍から見れば異様な光景だろう。ルナが真ん中にいれば見栄えはするだろうが、残念ながら真ん中にいるのは丸刈り坊主なのだ。


「でも、通るためには仕方ないんだろ」

「いや? 別に、触れてさえればどこだっていいんだ。背中とかね」

「……おいっ!!」


 カイが叫ぶと同時に、三人は学校と街の境界を跨いだ。

 ぶわっ、と何か膜の様なものを突き破る感触が体を突き抜ける。結界を通過したのだろう。


 カイは怒りのまま、リヒトの手をバッと跳ね除けた。


「いやいや……逆に、なんで素直に手を繋いだんだよ。びっくりしたぜ? お前なら拒否すると思ったんだから」

「知らなかったんだよ、結界の仕組みを!」

「ふーん。お前、顔赤くなってないか?」

「……!!」


 一本取ったと言わんばかりのニヤけ顔を向けてくるリヒトに、カイは歯を食いしばりキッと鋭い目を向けた。

 ルナはその様子を見て、楽しそうにくすくすと笑っている。


「カイって、何だか可愛い所もあるんだねっ」

「…………」

「そうだぜ。いつもはスカしてるけどな、俺からしたらまだまだ()()()なんだ」

「……勝手に言ってろ」


 カイは二人を置いて、速歩きでズンズンと校舎へ一人向かっていった。


「おーい。帰る時も俺が居ないと出れないから、あと一回はおててを繋ぐ必要があるぜ!」

「……冗談は休み休み言えよ。帰る時は背中に触れてもらうからな。もう二度と手なんか繋ぐもんか」


 きっぱりと言い放たれたその言葉に、リヒトは再び何かを企むような卑しい笑みを浮かべたが――カイはそれを知る由もない。


「さ。行こうぜ、ルナちゃん」

「はいっ」


 リヒトとルナは落ち着かない様子で大きく揺れるカイの背中を追い、学校へと向かっていく。


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